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062 呪われた宿命

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 玲子が湯飲みを手にし、口をつける。

「奈津子。あなたが今言ったこと、概ね正解よ。でも誤解もある。今、あなたにいている彼と話をしたんだけど、彼も納得してくれた。だから……少しだけ私の話、聞いてくれないかな」

「今更私に、何の話があるって言うの」

「そうね、そう言うのも理解出来るわ。でも奈津子、真実を知りたくない? 私たちがどういう存在で、何が目的なのか。そして……私の本当の気持ちを」

「玲子ちゃんの……気持ち……」

「ええ。彼もいいって言ってるわ。ここまで辿り着けた報酬。そうでないとフェアじゃないから」

「報酬って……もう一人の私も、同じことを言ってた。そんなことをしても、何の得にもならないのに……あなたたちって、一体何なの?」

「もう一人の奈津子ね。もう会ったんだ」

「……知ってたんだね」

「ええ。と言っても、直接会ったことはないわ。彼からの情報よ」

「……」

「今の問いへの返答も含めて、少し時間をくれないかしら。大丈夫、話をするだけよ。何もしないって約束するわ」

「……分かった。じゃあちょっと待っててくれるかな。お茶のおかわり、持ってくるから」

「ええ。ありがとう、奈津子」





 テーブルを挟み、奈津子と玲子が対峙する。
 互いに目をそらすことなく、じっと見つめ合う。

「……私たちはね、奈津子が思ってるよりずっと昔から、この世界に存在してるの」

 静かに語り出した玲子。
 一言も聞き漏らすまいと、奈津子が表情を引き締める。

「私たちがいつ、どうやって存在したのかは分からない。でも、それはどうでもよかった。どう考え悩んだところで、何も変わらないから」

「存在の理由が分からないって……あなたたちはそれでよかったの?」

「でもそれは、人間にしても同じじゃないかしら。奈津子はどう? 自分がなぜ存在してるのか、理解した上で生きているのかしら」

「それは……」

「そこは悩むところじゃない。多分それは……そうね、神の領域なんだと思う」

「……」

 確かにそうだ。私たちは、自分がなぜ存在してるのか、そんなことで悩んだりしない。
 自分たちがどこから来て、どこに行くのか。命とは何なのかなんて、考えたこともない。それは彼ら妖怪にしても同じなんだ、そう思った。

「理由は分からない。でも、私たちは確かに存在している。なら、私たちがすることは一つだった」

「それは」

「生きることよ」

「……」

「一言で言えば本能ね。それがいいことなのか悪いことなのか、そんなことすらどうでもよくなるくらい、私たちの中に刻み込まれたもの。自分に与えられた命を守っていくことこそが、生き物の本能なんだと思う」

「……その通りだと思う」

「でも私たちには、残念ながら肉体と言えるものが与えられなかった。あなたたちのように種を残す能力もなかった」

「影……だもんね」

「でもその代わりに、私たちにはある能力が備わっていた。人の肉体を奪うという能力」

「……」

「今の奈津子のように、これまで私たちはたくさんの人間にりついてきた。心を壊し、肉体を手に入れ、人間として生きてきた」

「でも、その人の体を手に入れても、周囲は気付くんじゃないの? 性格だって違うし、記憶だって」

「全てあるわよ」

「え……」

「私たちの憑依ひょういは、そんな上辺だけのものではないの。上辺だけなら、どんなによかったことか」

「どういうこと?」

「私たちが得るのは、肉体だけじゃない。その肉体に宿っていた持ち主の記憶、全てなの」

「それって」

「私たちはりつくんじゃない。奪うのでもない。簡単に言えば、その存在と融合するの」

「……」

「心は壊す。そうでないと、私たちはりつくことが出来ないから。でもね、例え心が壊れたとしても、本来の所有者の存在を無にすることは出来ないの。言ってみれば、心を壊す行為は、その人と融合しやすくする為の手段なの」

「……よく分からない」

「私は間違いなく玲子よ。彼女の存在と融合した、新しい和泉玲子」

「……もう少し分かりやすく言ってもらえるかな」

「ごめんなさい、うまく説明出来なくて。私はこれまで、たくさんの肉体を渡り歩いてきた。人にりつき、その肉体が朽ちれば新しい肉体に移る。私が憑依ひょういした全ての人の記憶は、私の中にある。全ての人の生きた証が、私の中にあるの。言ってみれば私は、たくさんの人格が重なった存在」

「本来の玲子ちゃんは、あなたによって殺されたんだよね」

「彼女の存在は消えたりしてないわ。彼女の人生、全てが私の中で生きている。新しい存在として生まれ変わるだけ。彼女もまた、私という存在に重ねられた大切な命なの」

「記憶を受け継ぐだけじゃ、生きてるってことにはならない。それはただのデータでしかないでしょ」

「もしあなたが彼と融合すれば、今言ったことも理解出来ると思う。何だ、こんなことだったのかってね。今の奈津子の中に、彼が憑依ひょういしてきたたくさんの記憶が重なっていくの。言ってみれば、新しい進化の形だと思う」

「でも、私の意識は消えている」

「消えているかどうかは、受け取り方次第だと思う。現に私は今、和泉玲子としてあなたと向き合っている。誰が何と言おうと、今の私は和泉玲子なんだから」

「……」

「でもね、全てを重ねるということは、憑依ひょういするまでに経験した絶望や恐怖も受け継ぐってことなの。だから私たちは苦しむ。傷つき涙する。
 私がこの肉体を手に入れて、一番初めに感じたこと。それはお母さんを失った哀しみだった。絶望だった。苦しくて辛くて、私は泣いた。
 そして思うの。この哀しみは、私が私の意思で背負ったものだと。この肉体を手に入れる為に、自分が犯した罪なんだと。そう思うとね、哀しむ資格すらないと気付くの。だってそうでしょ? お母さんを殺したのは私なんだから」

 玲子の瞳に涙が光る。その涙に奈津子は動揺した。

「きっとあなたは、こんなことを言ってる私を軽蔑するでしょう。自分で殺しておいて、何を今更泣いてるんだって。その涙だって嘘なんでしょ、そう思ってると思う。
 でもね、それでもね……私は、この世界で一番大切なお母さんを失ったの。私自身の手で……それがね……たまらなく辛いの」

 はらはらと涙が流れる。
 この涙は嘘じゃない。こんな綺麗な涙が、嘘の筈がない。
 玲子の感情が自分の中になだれ込んでくる。それを受け止めきれなくて、奈津子は視線をそらした。
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