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第4章 泡沫の愉悦

020 エアーホッケー

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「いやあ、堪能したぞ」

 そう言って、メイが無邪気に笑う。そこだけ切り取れば、本当に子供みたいだと思った。
 口が裂けても言えないが。




 三人は早めの昼食を済ませ、ゲームコーナーへと入っていった。
 中には、街のゲームセンターでは見ることのない、レトロなゲームがあちこちに置かれていた。

「雅司はこういうのが好きなの?」

「そういう訳でもないんだけどな。でも、出来ればお前たちとしたいゲームがあるんだ」

 そう言って雅司が向かったのは、エアーホッケーだった。

「これって」

「基本、二人でするゲームだ。子供の頃、他のやつらがしてるのを見ててな、自分もやってみたいと思ってたんだ」

 嬉しそうにマレットを取り、向かい側に立つ。

「そっちは二人がかりでいいぞ。これでそこの弾、パックを打つんだ。で、相手側のこの場所に入れたら得点になる。簡単だろ?」

 コインを入れると、卓上にエアーが吹き出してきた。

「じゃあ……いくぞ!」

 雅司が力強く打つと、勢いよくパックが向かってきた。ノゾミとメイが慌てて対応するが、あっと言う間にゴールに入っていった。

「やった! 人生初ゴール!」

 雅司がそう言って腕を上げる。

「おのれ雅司……貴様、そんなに私を本気にさせたいか」

 メイがそう言ってパックを打つ。
 パックがサイドに当たりながら、卓上を縦横無尽に駆け抜ける。
 三人は笑いながら、「どうだ!」「なんの!」と声を上げ、何度も何度も打ち返すのだった。




「結局、ジェットコースターとエアーホッケーだけだったな」

 ベンチに座ったメイが、そう言ってクレープを頬張る。

「でも楽しかったよ」

「だな」

「メイも楽しめたか?」

「ああ、満足だ」

 頬を染め、満足そうにうなずく。

「ノゾミと一緒に、トイレに行かなくてよかったのか」

「そういうことを聞くんじゃない。デリカシーに欠けるぞ」

「全くだ、ははっ」

「本当だぞ、お前」

 そう言って笑顔を向ける。

「ゲームの時のお前は、本当に楽しそうだった」

 メイの言葉に、雅司が照れくさそうにうなずく。

「子供の頃から、ずっとやりたかったゲームなんだ。家族で遊びに行った時とか、よく妹を誘った。でも妹は、『お兄ちゃんとなんかしたくない! お父さんとお母さんがいい!』って言ってな、いつも俺は見てるだけだった」

「……」

 雅司の魂に触れたメイは、当然そのことを知っていた。
 魂に深く刺さった、絶望の欠片。
 だからこそエアーホッケーの時、必要以上にはしゃいだ。
 あの絶望を、幸せな記憶に塗り替えてやりたい、そう思いながら。

「本当に楽しそうだった。何度か親父に頼んだんだが、『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』って言われてな。流石にそれを言われたら、諦めるしかなかった」

「そういう話を軽く言うんじゃない」

「軽く言うしかないだろ。重苦しい調子で言ったら、空気がおかしくなっちまう」

「……」

「いつか友達を作って一緒にしたい、ずっとそう思ってた。まあ、作れなかった訳だが」

「他人に心を開くことが出来ない、か……不便なものだな。ならどうして、私たちを誘ったのだ」

「お前たちは……何て言うか、今更だろ? 格好つけても仕方ないからな」

「初めて心を開いたのが、悪魔と死神という訳か。お前らしい」

「ははっ」

「楽しかったのならいい」

「ああ。これで人生が終わったとしても、俺は満足だ」

「……」

 こんなゲームひとつで、お前の人生は満たされたと言うのか。
 メイは心をえぐられたような気がした。

「雅司。私はお前のことを、ノゾミより深く理解している」

「半年以上、ストーカーしてたんだからな」

「黙って聞け。それでだな、実は……お前に謝らなければいけないことがあるのだ。ノゾミからも、そう強く言われてる」

「何だ今更」

「私は、お前の魂に触れたのだ」

「……触れるとどうなる」

「お前の過去の記憶、感情。その全てを見ることが出来る」

「俺の全てを見たってことか」

「ああ。すまない」

「まあ……嬉しくはないが、謝る必要もないだろう。俺の魂を刈りに来たんだ。そういう手順を踏むのも理解出来る」

「そういうところだよ、雅司。そんなお前だから、私は」

 そう言って、雅司を抱き締めた。

「……メイ?」

「そんなお前に、私は惚れたのだ」

「……」

 メイからの、突然の告白。
 想定外のことに、雅司は動揺した。

「……こんな俺にか」

「こんな、か……お前たち人間は、よくその言葉を使うな。私には理解出来ないが……まあいい。そうだ、そんなお前に私は惚れた」

 頬を染め、うつむきながらそう囁く。

「ありがとな、メイ」

「なぜお前が礼を言う」

「そりゃそうだろ。今の言葉にどういう意図があるのか、俺には分からない。それでも、俺を認めてくれたことが嬉しいんだ」

「本当、おかしなやつだ」

「自覚はしてるよ」

「たちが悪いな」

「ははっ、違いない」

「お前はノゾミと契約した。契約達成の条件は、ノゾミがお前を愛することだ」

「ああ」

「あの時のやり取り、ずっと見ていた。私も長くこの任務に就いているが、あんな願いは初めて聞いた」

「だろうな」

「だが、お前の口から出た言葉だ。命を賭して願った言葉、魂の叫びだ」

「あの時は、そこまで深く考えてなかったよ」

「それでも魂が望まなければ、その願いは出なかった筈だ。雅司、お前は愛されることを望んでいる」

「……」

「あの時、お前の目の前にいたのはノゾミだ。だからお前はやつに託した。言ってみれば、別の者でもよかった筈だ」

「……そうかもな」

「で、だ。今はどうだ? ノゾミではないが、私がお前を愛していると言った。お前の望み、叶ったことにはならないのか?」

「それは……」

 メイの言葉に、雅司が困惑の表情を浮かべた。


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