Ωの愛なんて幻だ

相音仔

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本編

小さな俺の世界

  
 二部屋続きの居心地のいい部屋。それが今の俺の世界の全てだ。

 一人で過ごすには持て余すほどの広さの部屋。初日はそわそわと立ったり座ったりを繰り返し、理由も無く部屋をうろうろしてしまうくらいは、落ち着かなかった。
 片方の部屋は完全なる寝室兼プライベート用。
 二日に一度くるハウスキーパーさんが掃除してくれる時くらいで、後は自分以外は入って来ない。
 もう片方の部屋は客間だった。
 何も理解できない俺に、この施設の人が懇切丁寧に説明をしてくれたのもこの部屋。言葉が分からない俺に苛立ちを示すこともなく、絵と身振り手振りを使って、何度も説明をしてくれた。
 すれ違いがおこっていなければ、俺はこの部屋にいるだけで、とりあえずの身の回りの保証はされるようだ。衣食住の心配もするなと言われた。
 求められる事は一つ、ほぼ毎日午後に、身分の高そうな男性と面談すること。

 最初は身構えたものだ。
 あぁやっぱりここでも求められるのは、”そういう”役割なんだなぁと。
 もはや諦めてしまっていて、さっさと隣の部屋の寝室へと相手を促そうとまでしてしまった。
 でも、男はそれにはのってこなかった。席を立った俺に、焦ったように座るように促すだけだ。
 慌ててやってきた施設側の人間が、二人に出されたお茶を指さし、まるで話をするだけでいいとでも言うように、身振り手振りで説明をしてくる。
 半信半疑のまま、俺は数十分、ただその男性の話を聞いていた。
 言葉は分からない。けれど、写真や絵などを使って俺が退屈しないように手を尽くしてくれているのが分かった。
 ちょっとした事で会話の流れが読み取れたり、この世界の事が分かったりして、俺が反応を返すと、相手はおおげさに喜んでくれた。
 
 変な気分だった。
 誰かが俺に尽くすなんて、おかしな話だ。Ωであることが分かってから、俺は絶対に下の立場だった。尽くす側だった。
 逆なんて天地がひっくり返ってもあり得ない事だ。
 
 それから毎日、違う人が部屋を訪れる。
 おそらく施設側が許可した人物をまるで俺に紹介するみたいに、毎日少しずついろんな人と会った。
 
 比率は男性が圧倒的に多いけれど、女性もいた。
 綺麗な女の人に優しく話しかけられたのなんて、いつ以来の事だろうか。
 気品と自信に満ち溢れた上流階級の女性。箱入りのお嬢様という雰囲気ではない、たとえるならば、やり手の女社長といった感じだった。

 初めて女性が部屋に来たときは、慣れなさすぎて動揺してしまった。
 俺の仕事の相手はもっぱら男だったし、こんな身分の高そうな人と目を合わせたら、ゴミを見るような視線を貰うだけだったから。
 いつも以上に、落ち着かない、目線も合わせれない状況に、施設の人が心配して部屋に来るくらいには酷かったと思う。相手には、随分と気を使わせてしまったことだろう。
 次の人からは、多少は落ち着いて話を出来るようになった。
 邪険にされたり、嫌がられたりしないと、ようやく実感が湧いたからかもしれない。
 
 ただ一つ、全員に共通しているだろうことがある。
 面会の相手は皆、αだった。
 そう説明されたわけではないけれど、Ωとしてそれなりに生きてきたし、直感的に分かる。
 なんだかお見合いみたいだと、思っておかしくなった。
 引く手数多のαが、わざわざ俺に会いに来るなんて、そんな事があるのだろうか。

 この施設は、本当にそれ以外は俺に何も求めなかった。
 食事は三食毎日出るし、日に日に俺の好みの味になってきている。
 足りないものを身振り手振りで伝えれば、何でも用意された。至れり尽くせり。
 ただ、この部屋をでて外をうろつく事はやんわりと止められてしまう。
 扉をでてすぐ前に、警備員のような人が二人も立っていた。用があるなら、施設の人を呼んでくると部屋に戻るように示される。

 歪な暮らしであることは間違いない。
 でも、ここにきてから数週間、人生で初めてといっていいくらい穏やかに日々が過ぎていった。

 最たる理由は、ここで関わる人たち全てが俺を気遣ってくれているのが分かるからだ。攻撃的な感情など一度も感じたことが無かった。
 不思議だけれど、言葉が分からなくても、そういう事は簡単に分かってしまうものだ。

 これまで感じていた恐怖や不安なんて、忘れてしまえとでも言うように、俺を脅かすものなんて一つも無かった。
 これからどうなるのだろうか、という漠然とした気持ちは勿論ある。

 けれど、それを考えるには俺の心は疲れ果てていた。
 特に害される危険性がない現状、考える事を放棄するのも仕方ない事だった。




 少しだけ、この施設に保護される前の話をしよう。

 俺が生まれた世界には、6つの性がある。
 まず、生まれた時に決まる男女の性。これを一次性という。
 そこからさらに思春期の頃に第二次性が発生する。α、β、Ωだ。

 大多数の人間はβになり、ごく普通な性環境で特に大きなハンデも無く、人生のパートナーを見つけて、一生を過ごしていく。
 数が多いって言うのは本当に強みだ。世界の総人口のおおよそ七割がβだと言われている。

 誰もが一度はなってみたいと思うのはαだろう。身体能力に優れ、何かしら飛びぬけた才能を持つ人が多い。第二次性の検査でαだと診断される人は、それまでにもその片鱗をみせている事がほとんどだった。
 社会的な地位や役職の高い位置にいる人はαだと思っていい。
 この世はαの手によって回っている、なんて言われるくらいには、世の中の中心にいた。

 そして、Ω。
 身体的な特徴で言えば、小柄で細身の事が多い。Ωの男性がスポーツが得意なαの女性に力で負ける事は珍しくない。
 Ωの社会的地位はおそろしく低く、その歴史は虐げられてきた歴史と言っても良い。
 Ωが肉体的に成熟すると、三か月に一度、発情期が訪れる。この動物的でやっかいな性質が、世間的にΩが忌避される大きな要因だった。
 番という特定のαを持たないΩは、この発情期の時にαを誘うフェロモンを出す。
 それは人の理性で制御できるものではなく、αもまたこれに誘われて拒否することは難しい。
 まるで獣のようだと、言われることもあった。
 薬で管理できるようになる近代まで、Ωとは隔離され、管理される事が常だった。
 今でこそ、ある程度のフェロモンの抑制が出来るようになり、社会的な仕事にもつけるようになった。
 それは、近代になって、人権がどうのと言われるようになり、やっとという形だった。

 俺には、母親の記憶はない。物心ついた頃にはいなかった。
 父親はβだったが碌な男では無かった。
 家を空ける事が多く、借金の取り立てがきた事だってあった。
 定職についている様子はなく、あっちにふらふら、こっちにふらふら。見知らぬ女性を連れてきて、家から追い出された事も、両手の数より多い。

 そんな家庭で育ったため、はやく自立したかった。
 一刻もはやくあの男の元から離れたかった。
 勉強は可もなく不可もなくだったけれど、上の学校に進学できるレベルではあった。学校以外で、家庭教師や私塾に通えるような金銭的余裕はなく、その割に頑張っていたのではないだろうか。
 少し専門的な学校に通い、工業系の資格の一つでも取って、はやく家を出たいと考えていた。

 そんなぼんやりとした未来にさえ暗雲が立ち込めたのは、俺が15歳の時だ。
 受験や会社など試験を受ける前には必ずバース検査が求められる。
 10歳の健康診断ではβだった俺は、何の心配もしていなかった。
 郵送で知らされる筈の結果が再検査になったときから、全てが狂い始めた。
 本来なら、βの証明書通知が来て終わりな筈なのに、再検査の結果は親同伴が求められ、医師から直接伝えられた。

 俺はΩだった。性的に未分化の幼い時にβ検査結果が出ることは珍しくないらしい。
 バース性が確定して定まるのは10代の後半からだという。

 ワンチャンもしかしたらαだったらなぁなんて思ったりもしたのだ。
 まぁありえないよな。
 このどちらか二つなら、αのような上等なものに成れるわけがなかった。

 親父は何も言わなかった。ただ俺のバース通知証を興味深く眺めているだけだった。
 てっきり罵倒の一つでも飛んでくるかと思っていた俺は、拍子抜けしたものだ。
 Ωが進学できる上等学校は少ない。
 あるのはΩばかりが集められた、私立の学費のバカ高い学校だけだ。
 そこに通うΩは殆どがαの子どもであり、のちにαの良き伴侶となるために花嫁修業をするようなお嬢さん、お坊ちゃんといった具合だ
 当然、一般市民どころか、極貧の生活環境の俺が進学できるわけがなかった。

 卒業したら、その先どうしようか。
 働くにしても、なんのスキルも資格もないΩを雇ってくれるところなど、碌なところでない事くらい分かっていた。



 そして、その日は、すぐにやってきた。
 どうしようもなくて家にいた俺を、親父は仕事を紹介してやると、無理やり外に引っ張っていった。

 連れていかれた先は、お店のようなところだった。
 それなりに大きく小奇麗な感じ、周りも似たような雰囲気の店が立ち並んでいた。
 働いている人は、みな綺麗な格好をして、愛想がよかった。
 お店の奥の部屋に俺を連れて行った親父は、そこの店主と少しだけ話をして、俺をその場に置いて行った。
 
 親父は仕事先を探してきてくれた訳ではなかった。
 まるで、そうする事が当然とでも言うように、あっさり俺をその店に売り払ったのだ。
 車を買えるくらいの現金を受け取ったあいつは、俺の事を一度も見ることなく、店をあとにした。



 その日から、俺は何かに期待することをやめた。



 店では暮らしだけは、保証された。
 俺は人としてではなく、店の備品として扱われているようなものだった。
 そんな店でΩに求められることなんて決まっている。

 来る日も、来る日も、色んな男の相手をした。
 こんなところに欲を発散しにくるような人に、まともな人間などまずいなかった。
 
 心身を使いつぶしながら、それでも、他で生きていく術などなかった。俺は言われるがまま、されるがまま、その店で4年も勤めていた。

 そんな店でも一応、休みはあったりする。
 というより、客が入らなければ休みだ。
 俺の容姿は特筆して良いわけでもなく、愛想が良いわけでもない。
 これだけ年数も経てば、若さという価値も減ってきていて、要は客が入りにくくなっていた。

 稼ぎが悪くなれば、当然待遇も悪くなる。
 ついには、こんな店でも俺はいらなくなるのかなんて、思ったりもした。
 まぁそれでも、一応固定客は何人かいたから、今すぐに追い出されるなんてこともないだろう。

 そんなことを考えながら、ふらふらと街中を歩いていた。
 その日のお勤めが終わった、深夜をとおりこして、朝が近いような時間だった。

 今日の客は、場所に変にこだわりがある客だったので、指定場所まで出向いて行かなければならなかった。帰りの交通費なんて出るわけもないので、寮までの道を歩き続ける。
 
 表通りにある高層ビルの大きなディスプレイに、ニュースが流れていた。
 近年、世界的な少子化が問題になっているらしい。
 他国では、今になってΩへの対応が変わってきている国があるらしい。
 αとΩの番からは、他のバースの組み合わせよりも圧倒的にαが生まれる確率が高いそうだ。
 人類の総数が減ってきているなかでも、αの数の激減が顕著なことが問題視され、同時に調べるのを進めるうちにΩの数の減少がその大きな原因になっていると伝えられた。
 要は番の数が減って結果、αが生まれなくなっているのだと。

 世界はαの手で回っていると言われている社会だ。αの相手であるΩの保護が声高に主張されはじめたらしい。

 まぁ、俺のいる国じゃ、Ω保護の法律なんてないが。

 ニュースの中のインタビューで、上流階級のαに嫁いだΩが笑って言う。
「僕と彼は運命で結ばれている。僕は世界で1番彼を愛している自信がある」
 鼻で笑ってしまいそうだった。
 
 愛、愛って何?
 形もない、目にも見えない、口からいくらでも出まかせを言える。
 画面の中のΩの笑顔は、ひどく、空虚なものに見えた。
 彼も自分の生きる場所を守るために必死なのだろう。
 番の関係だって絶対ではない。
 α側からは解除することだって可能らしい。もし、そうなったら彼はきっと生きてはいけない。
 そのために、相手のαに尽くすのだ。

 それは、今の俺の現状となんら変わりないように思えた。
 結局のところ、Ωの愛なんて幻なのだ。

 その日の天気は酷いもので、降り出した雨が止む気配はなかった。
 おまけに雷鳴まで轟きだす。

 どんどん近づいてきている。建物の中に入った方が良いかもしれない。
 たしか何もないところで、傘をさしているのは危なかった気がする。



 そう思った時、目の前がパッと光って、体にドンと衝撃が走った。






「00? %&O#A$**JD3G?」

 聞いたこともない外国語で話しかけながら起こされた時、俺は全く覚えのない森の中にいた。
 Ωの誘拐なんて珍しくもない話だ。
 意識を失っている間に、連れ去られた?
 とりあえずで捕まえたは良いものの、上物でもないから適当な所に捨てられたのだろうか?
 それにしても、周りの景色が変わりすぎた。
 犯罪を隠すために捨てるにしても、国外はやりすぎだろうと途方にくれた。

「D%$&A? $KA@++*%&#$」

 俺の様子をうかがうように、周りに男たちが集まり始めた。

「いや、何きかれてるか分からないので」

「D%$#III? EW==#$**`!!」

 心配そうに問いかけてくる男性は、困ったように周りの人を見渡した。目が合った他の人たちは難しい顔をして首を振っている。
 誰も、俺の言葉は分からないという事だろう。
 俺も彼らの言葉は全く分からなかった。学が無い自覚はある。外国語なんて近隣の国の挨拶がやっとなくらいだ。

 男たちの外見的に、警察みたいな雰囲気があった。制服だろうか?全員が同じような服を着ているし、動きも統率がとれている気がする。
 もし、そうなら下手に抵抗しない方が良い、ここが国外なら尚更だ。

 それに、今まで沢山の悪意に晒されてきたから分かる。彼らは誰も俺の事を害そうとはしていなかった。
 むしろ、驚くほど丁寧に扱われた。
 まるで迷子の子どもを助けるように。

 ついて行った先でも、ここが何処の国なのかはさっぱり分からなかった。
 されるがままに任せていると、あの施設に行きついたのだ。

 その日から今日まで、俺はこの夢みたいな優しい世界にいる。






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