Ωの愛なんて幻だ

相音仔

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本編

迷える子ども


「彼の様子はどうだ? 困っている様子は無いか?」
「はい。特に不満を訴えるような様子はみられません。とても物静かな方です。言葉が分からないために、遠慮されているなら可哀相ですが……」
 施設の警護についている部下は、そう彼の事を心配していた。
「本来なら、まだ大人に庇護されているべき年齢のはずだ。心細く感じていなければいいのだが」

 街の外れの街道で、迷子の子どもを保護したという報告が上がってきたのは、三週間前の事だった。

 我が国だけでなく、世界全体で出生率の低下が加速している今、子どもは殊の外大切にされる。
 深夜で、そのうえ盗賊や獣の脅威にさらされる城門の外で子どもが一人でいるとは、事件以外に考えられなかった。

 すぐに我々警備隊に保護されたその子どもには、不可解な点が多かった。

 まず、言葉がまったく通じなかった。
 意思疎通は出来る、こちらが問いかけると、この国の言葉ではない言語で反応があった。
 動揺はしていたが、泣きもせず年の割にとても落ち着いている様子だったのが印象深い。

 そして、調べてみたが身寄りが無かった。ブラウンの髪にブラウンの瞳、我が国でもよく見られる配色だったため、行方不明の届けが出ている子どもがいないかは当たったのだ。だが、該当者はいなかった。
 保護してから現在にいたるまで、あらゆる情報機関に当たっているが、ヒットするものはない。
 国民は大切な国の財産。生まれてすぐに、管理番号が振られ、入出国は厳しく管理されている現状、少なくともこの国の者ではない可能性が高い。

 何より、この事件の最大の問題点。
 擦り傷もあったし、他に傷は無いかと警備隊にいる医師に診せた所、子どもはΩ性だったのだ。
 もっと悪いことに、医師は暴行されたような痕があると、深刻な表情で告げた。
 また栄養状態も悪く、薬物を使用された反応もあると。

 我が国でΩを害することは重罪である。
 ましてやその尊厳が損なわれる事は絶対にあってはならないと、女神の下で定められている。
 これは、ただの警備隊の抱えられる問題ではないと、すぐ上にお伺いを立てた。

 劣悪な環境にいたと思われる身寄りのないΩの子どもがいる。しかも言葉は通じない。
 
 他国から犯罪に巻き込まれて逃げて来た可能性もあった。
 外交問題ならば、私たちの手に負える事ではないし、かなり長期的な観察が必要になる。
 もし仮に、その子はうちの国のΩなので帰して下さいと言われても、はいそうですか、と安直に頷けるわけもない。
 それが本当だったとしても、こんなめに合う事を良しとする国に彼を帰せるわけがない。
 
 対応は迅速だった。すぐに緘口令が敷かれ、子どもは手厚く保護される事となった。
 我が国ではΩ性の子どもはある一定以上の警護の体制を整えられる、それこそ貴族でなければ、基本的に国の管理下にある区域で家族と暮らす事になる。
 子どもはただでさえ、人身売買等犯罪に巻き込まれやすい。そのうえΩともなると、その危険が跳ね上がる。

 その区域の一角の屋敷で、ひとまずの生活をおくれるように整えた。
 Ωを支援保護する政府機関から人手がでて、彼の身の回りの世話をしてくれている。
 そして、現場で接触した私を含めた数人は、通常業務から、彼を警護する業務へと移された。

 国としては、一刻も早く彼に番を見つけて欲しいようだった。
 αとΩの番関係は、何よりも優先される。神話の時代からの不文律だ。
 いきなり保護者だと名乗り出てくる怪しい人物や、自国のΩだと急に主張してくる外国の要求を退けるのが簡単になる。

「はやく番が見つかると良いのですが。毎日、訪れるアルファの方々は、彼の気を引こうと一生懸命です。彼の方は、いつも穏やかに頷くだけですが」
 ほとんど毎日、こちらが促せばアルファとの面談を彼が断ったことはない。
 彼がはいと言いたいのか、いいえと言いたいのかくらいは、言葉が通じなくてももう分かる。
 いつだって彼は、嫌がる素振りもみせずに、ただ頷くのだそうだ。
 まるでそれが仕事だとでも言うように。
「今日でもう20人を超えたんだったか?」
「残念ながら一人も、良い反応をしめした方はいなかったそうですよ。私には分かりませんが、専門家が言うには、もし番と対面したなら部屋のフェロモンを測定する装置に目に見える反応があるそうですから」
 この国にも番を求めるαは多い。
 人生の伴侶、運命の相手。βである私でも憧れる。
 αにとっては特に、番がいない状態は未完成で欠けたような感覚を覚えるらしい。
 それでも、ここ数百年Ωの数は減るばかり。
 いまでは10人に1人、番がいるかどうかといった具合だ。

 もちろんβと結ばれて子供を作るαもいる。いるにはいるのだが、本能が求めるのだろうか、αはΩと番になりたがった。
 βと結ばれるのは一定の適齢期が過ぎて、番を持つということにある程度の諦めをもったαが多い。
 その中でも、温かな家庭を築いている者も多いし、そういう人々によっても国は支えられている。
 ただ、αやΩは、その性を持つ両親からの方が生まれやすい。国としても、その確率をあげるために番関係を結んだ者が多くなることは歓迎すべきことだった。
 近年では長く、国内のαと番関係が望めなかったΩのために、国際的な交流会なども盛んになってきている。
 番は他国にいた。なんて話はもう珍しいものでは無くなった。
 この世界にたった一人、貴方には運命の相手がいる。そう言われて、その一人を捜さない者など極少数だった。

「本当に彼にもはやく見つかると良いのだが」
 また、僅かに関わっただけだが、苦労してきただろう事が伺える子どもだった。
 こちらからの提案に一度も拒否を示さない。いつも淡々と受け入れている。
 その様子は、拒むことを許されなかったようにもみえた。
 まだ子どもだろうから、正式な番関係を結ぶというわけにはいかないだろうが、信頼を寄せられる庇護者が出来るなら、少しは安心できるのではないかと思う。



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