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本編
新しい名前
名前は時間が欲しいと言われたが、彼はまだまだ俺に聞きたい事があるみたいだった。
(君の世界にはバース性はあったかい?)
(α、β、Ωって分かれてた。リュミエールさんはαですよね?)
この感じでβだと言われたら、驚きだ。
(リュミエールで構わない。一緒に住んでいくのだし、楽に話してほしい。私はαだ。君は検査の結果はΩと出ていたんだが、向こうの世界でも変わりない?)
(変わる事なんてあるの? それなら俺、βになりたかったな。元の世界でもΩでした。と言っても、小さい頃はβに間違われたくらいには、Ω因子は薄いらしいけど)
招かれビトの中にはバース性がない世界から来る人もいるし、そういう人は急にΩになって驚くらしい。αとかΩが無い世界か。どうせ行くならそんな世界の方が良いかもなんて、思ったりした。
(小さい頃……、君が今いくつなのか聞いても? 成人しているかどうかで、権利の在り方も変わってくるんだ)
(19歳です。貴方は28歳であってる? 数字の表みたいなのくれたけどさ。あれ合ってるか自信がなくて)
彼は俺の年をきいて、驚いているようだった。
(19歳!年の数え方が違うのだろうか……。こっちの成人は16歳なんだ。すまないが……君はとても成人しているようには見えない)
(へぇ! こっちの成人は18歳だった。でも成人する前から働けるし、お酒も飲むし……区切りなんてあって無いようなもんだったけど)
確認したけど、月の数え方も、一年の数え方も大きな差はなかった。なんなら今の世界の方が、一月の日数がわずかに少なかったから、俺の世界の数え方なら、彼はもう少し若い事になる。
彼は逆じゃないことに驚いていた。
誕生した日数で数えると、この世界では俺はもっと年がいっていることになる。
(こっちの世界の人は大きいよね。俺が会っていた人がαだったからそう思ったのかな)
(確かに君の面談相手はαだったし、施設の職員はβが多かった。でも、Ωでも成人していれば君よりは背が高いよ。私の2つ上の兄はΩだけれど、君ほど華奢じゃない)
(人種の差ってことか。ねぇ、俺っていくつくらいに見えてた?)
(……13歳か14歳くらいかな)
目がだいぶ泳いでいた、これは多めに見積もってそのくらいって思ってたのだろう。
この世界では、8歳から12歳くらいで、下級学校。その上から成人の16歳までで上級学校に行くらしい。おおよその目安であって、勉強が遅れた子は次の学年には進級しないそうだ。
時間をかけすぎて、上級学校に進学せずに、成人を迎える子どももいるらしい。ただそういう子どもが劣等生と言われるわけでもないらしい。
誰しも得意なことや、やりたいことを成人までに見つけて、その職につくのだ。
(人口はどんどん減っていっている。皆得意なことで、社会に貢献している)
(へぇ、Ωでも何の仕事でも出来るの?)
(ん?あぁ、皆色んな職についているよ。もっとも子育てが一段落した者がほとんどになるが)
(えっ、先生とか、医者とか、役人とかでも?)
(君のいた世界では、そういった職にはΩはつかなかったのかい?)
信じられなかった。そういった職は皆αがほとんどで、βですら割合は少なかった。
(お兄さんΩなんだよね?どんな事をしてるの?)
(すぐ上の兄はいまは、子どもに手がかかるから、子育てに集中している。動物が好きでね。手が離れたら動物に関わる仕事がしたいって言っていたかな)
長男さんの番のΩは、お洒落が大好きで被服に関する職についていて、次男さんの番のΩは、結婚するまでは政府で働いていたらしい。
これには本当に驚いた、番を持っていない状態で、Ωがそんな高位職に就くなんてありえない事だった。
(君の事を聞いても良いかい?成人は18歳だったかな。まだ学校に通っていたのかい?)
話しても良いのだろうか。俺がいた環境は彼の周りとはあまりに違いすぎた。
上流階級でもないΩが辿る道としてありふれたものだったが、それは俺の世界の話にすぎない。
(答えたく無いなら、無理に話さなくても大丈夫だ。もし、似たような職につきたいならと思ってね)
(え、俺も働けるの?)
保護観察というから、てっきりまた外には出られないのかと思っていた。
(すまないが、今はまだ国の保護観察期間中だから、難しい。この国の生活に慣れて、君が自分の意思で国民になることを選んだら、それからは何にだってなれるよ)
何にでもなれる。
まるで、魔法みたいな言葉だった。
(学校は……行ってたよ。たぶんこの国の下級学校くらいまでかな。15歳になるまで通ってたんだ。もっと勉強したい人たちはその先に進学するけど、俺は出来なかった)
そうだ、本当は進学したかった。受験の準備だって進めていたんだ。インフラ系の技術者になるβは沢山いたから、そういうのにチャレンジしてみたかった。
(進学が出来なかったのはどうして?)
(家にお金が無かった。学力的にはいけたと思いたいけど、本当のところはどうだろうね。受験すらできなかったから)
(そんなにお金が要求されるのか。次代の育成のためなのに?)
この国では上級学校に進学したいのに、家の事情で難しいとなると、相談できる国の機関があるらしい。資金援助も受けられるそうだ。
(でもね、一番の問題点は俺がΩだったことだよ)
Ωに学なんて必要ないなんて言われてたっけ。まぁそりゃそうだ。雇ったところで、数ヶ月に一回は1週間から10日休むし、発情期の周期がずれたら余計なトラブルは引き寄せる。
お金のかかる私立の学校に行っていたΩたちだって、社会に出て働いていたわけじゃない。
良いところのαと対等に会話するための教養を、身に着けるために通っていた。
そして、嫁いだ先の跡継ぎのαを産むことを求められていた。
(ほんとは、俺がどんな仕事してたか、想像がつくんじゃない?)
この世界に来たときは仕事終わりだった。ちょっと前の仕事の怪我も残っていた。保護されてすぐの検査で情事の痕だって見られている。
彼は黙ったまま答えなかった。痛ましそうな表情が嫌で仕方なかった。そんな風に見ないで欲しい。
なんだか、イライラして、俺は今度は自分から、隣に座る彼の頭を引き寄せた。
両手を伸ばして彼の頭の後ろで組む。ソファに座っているから、少し伸び上がれば、彼の顔に届いた。
唇をあわせて、開けてと誘うように、彼の唇を食む。驚いたように少し緩んだそこに、自分の舌を入れた。
くすぐるように彼の口のなかをなぞると、優しく絡めてこたえてくれた。
がっついてなくて、俺の遊びに付き合ってくれてるみたいだった。
大人の対応って言うの? あーあ、なんだか意地になった俺が馬鹿みたいだ。
(薬の延長用。これで足りた?)
ただの口実だけれど、そう言うと彼は困ったように頷いた。
(充分過ぎるよ。君は、その……前の仕事が嫌なわけでは無かった?)
(まさか!大嫌いだったよ。お客は貴方みたいな人ばかりじゃない。あームカついてきた。売られたんだよ、父親に。だから他に行く場所なんてなかった)
(親が子どもを売る!?誘拐されたとかではなく!?)
(よくある話だったよ。Ωの子どもなんて、育てられない!っていう家は多かったし)
彼は信じられないみたいだった。この国では子どもはとても大切にされるらしい。一人親の家庭には支援もするし、金銭的に難しいから手放すなんて状況はありえないらしかった。
随分手厚いなと思ったけれど、子どもが年々生まれ難くなっていて、大きな社会問題になっているらしい。
(この世界にも花街みたいなのはあるの? 色事を売りモノにする仕事)
(あるよ。βは特に身体の相性も婚姻で重視するらしくて、様々な形で存在してる。中央区にはその系統のお店はないけど)
(どうして、中央区には無いの?)
(お酒も入るし、そういった店の周りで治安が悪くなることがあってね。まぁ一番は需要がないからだと思う。αもΩも自分のたった一人を捜したがる)
(あぁ! 運命の番! こっちの世界にもそんな話あるんだ)
(君の世界でもあったのか! ……もしかして、もう相手がいた?)
(ないない! あんな仕事してたのに、特定の相手がいるわけない。だいたいあれって、良いところのαとΩが結婚するときの理由付けでしょ)
彼はショックを受けたような顔をした。
(そうか……君は運命の番を信じてないんだな)
独り言のように静かにそう告げられて、俺は少し焦ってしまった。
(この世界の運命の番と一緒は分からないよ? ただ、俺の周りにはいなかったから、話だけに聞いた関係っていうか)
Ωの扱いも随分と違うみたいだし、ひょっとしたら番の関係性も違うのかもしれない。
もし、大事な関係なら、茶化したら悪かったかな。
俺の感覚だと、なんかおとぎ話みたいな遠い世界の話だったんだ。
(俺、今日からここで暮らすって認識であってる?何してたらいい?)
今までは、現実味が薄くて、なんだかぼんやり過ごしてたけど、流石にこのままでは駄目だろう。
ただ飯食らいに生きている価値なんてないって、散々言われてきたからな。
(そうだな……とりあえず明日は買い物に行こう。中央区内なら外出が許されてる)
(街を見てまわれるの? それは……ちょっとだけ楽しみかも)
保護された日は外だったけど、暗くてよく覚えていないし、その後は移動の時は乗り物の奥にいて、窓には近づけなかった。
ちゃんとこの世界の街並みをみるのは初めてになる。
(今のうちに君の部屋の内装とか決めておこうか。外でこの薬を使うのは危険なこともあるから、外出先では、今までみたいに意思疎通することになる)
効果が切れたときに、出先でキスしまくるのも恥ずかしいし、当たり前か。
(え、俺の部屋って言った?)
広い屋敷でいくつか部屋を見せられたけれど、どれが俺の部屋だったんだろう。
(二階の陽当たりのいい部屋だよ。外から見えないように、黄色のカーテンだけ先に取り付けさせて貰った。そうだ、好きな色は黄色であってる?)
二階に……あったな。保護されていた部屋といい勝負なくらい広かった。
あれが、俺の部屋かぁ。
4年過ごした寮の部屋の何倍あるだろう。ベッドと棚をいれたら、それだけで人が通るのはやっとになるくらい狭かった。
(……うん。ごめん、本当はさ、好きな色とかあんまり考えたことがなくて、でも黄色は良い色だと思う)
そう言って、彼の髪に手をのばす。少しウェーブのかかった柔らかい髪だった。
彼はお返しとでも言うように、俺の頭を優しくなでた。
食べるものがちゃんとあったからか、ごわごわで傷んでいた髪はこの2か月で少し艶が出た気がする。
(言語統一薬の使用のせいで、ある程度は受け入れてもらう必要はあるけど……。君自身は、触れられるのが嫌だったり、怖かったりはしない?)
(平気です。慣れてるんで)
仕事上ではどんなに不快でも拒否はできなかった。
でも、不思議だな。リュミエールに触られるのは、嫌な気分になったことはない。
顔が良いからか?なんて思ったけど、たぶん彼が、俺の事を対等に扱うからだ。
仕事で接した奴らは、どいつもこいつも、俺の事を何でもしていいおもちゃくらいにしか思ってなかった。そりゃ、嫌にもなる。
(あの、買い物は良いんだけど、他に何かしないといけない事とかない? 料理とか掃除とか、雑用みたいな)
家政婦みたいにそれを仕事にしてる人ほどは出来ないけど、やれと言われたら覚える気はある。
(日常品は使えた方が良いし、徐々に教えていくよ。焦らなくていい。まずは、言葉を覚えることを優先しないかい? この国で生活するなら、分かった方が良いだろう)
彼は、穏やかにそう言った。何か仕事があるのかと思ったけれど、そうじゃないらしい。
保護観察期間だと言っていたから、まだ俺は働く必要が無いのだろうか。
まだまだ、話足りないことは多かったけれど、次の日の買い出しのリストをまとめて、食事の準備をしていたら、その日は終わってしまった。
次の日起きたら、リュミエールが朝食を作ってくれていた。簡単なものだけれど、というが充分な量だった。
朝からこんなに食べるのは結構キツイ。俺の様子をみて察したのか、彼は無理に全部は食べなくて良いと言ってくれた。
なんとなく勿体ないって気持ちが先に勝って、全部食べ切りたかったけど、俺が食べたのは半分ちょっとだった。
こっちの国の人は身体が大きいし、俺より良く食べるのかもしれない。
初めて、昼間にみた街並みは、俺の国とは違いすぎて、何もかもが新しく思えた。建物の雰囲気も外国って感じだ。
素材は石が多いだろうか? あまり金属ぽくはない。色のついたタイルのような素材を、絵のように綺麗に嵌めてある壁もあった。
ごちゃごちゃと統一性がなく、路地裏にはいると、ゴミにあふれていたうちの国とは多い違いだ。
大通りからチラッと横の通りをみても、少し道が細いくらいで綺麗なものだ。
リュミエールはどのお店に入っても、店員が一人ついて、丁寧に接客されていた。
他の人の様子をみても、全員がそう言うわけじゃないから、よっぽどの常連なのだろうか。
寝具とか大型の家電ぽいものは、もう屋敷あったから、購入したのは他のこまごまとした雑貨や、日用品。食器なんかも買い足した。
何を買うのにも、彼は俺に選択肢をくれた。
正直困るから、自分の好みを選んで欲しい。数字は少しわかるけど、価格の高い低いまでは分からない。
それに俺は物に拘るほど、センスもなければ、好みもない。
あえて選ぶとしたら、安くて、壊れにくくて、長く使えるものが良い。
けど、まず最優先の安さが分からない以上、パッと見ての直感で答えるしかない。
リュミエールは最終的に俺が指さした物を買う。
正直本当にそれで良いのか?と思ってしまう。
そのあとは、服や靴を見てまわった。色々見せられて、ほとほと困ってしまった。
「リュミエールが、好き?似合う?思うもの、選んで」
単語があってるか、ちょっと自信が無かったけど、そう言えば、彼は大変喜んで、沢山購入していたように思う。
何店舗か回った後に、街の風景でもう一つ、俺の世界と違う点に気づく。
子どもをほとんど見なかった。
見たとしても学校に通っていそうなある程度育った子どもくらいだ。
家に帰ってから、小さい子どもを見なかったと聞けば、上級学校に通う年齢くらいにならないと、一人歩きはさせないらしい。学校に行くのも送迎つきだときいて、随分と驚いたものだ。
朝起きたら、リュミエールとご飯を食べて、一緒に庭を散策する。この前買ってきた植物を植えたから、育つがどうか楽しみだった。
昼は一緒に作る。台所の機械は、使い方も分からないものが多い。火はまだ使っちゃだめだと言われた。包丁を持たすのさえ、渋られそうだったけど、俺がちゃんと野菜の皮を剥いて見せると、それくらいはさせてくれた。
午後は彼と話しながら、本を読んだ。きちんとした答えをつきっきりで教えてくれるから、随分と読みやすい。
この分だと日常会話の聞き取りは、はやく覚えられそうだった。書くのはまだまだ難しいなとおもうけど。
そうして、この家で5日ほど経った朝。
リュミエールは緊張した様子で、紙にかいた単語をいくつか俺にみせてきた。
それぞれ、ゆっくりと読み上げる。
「君の名前の候補だよ、どの名前の響きが好きかな?」
俺はその中で一番短くて、シンプルな単語を選んだ。
「エクレ、これが良い」
「分かった、じゃあ今日からエクレと呼ばせてもらう」
意味は、閃光とか輝きという意味らしい。
雷に打たれて、この世界に来た俺には合うんじゃないだろうか。
「改めて、よろしく、リュミエール」
「こちらこそ、よろしく、エクレ」
新しい名前と、新しい居場所をもらった。
何の事情も分からない時は、されるがまま食事と場所を用意されて、助かったなぁと思ったけれど、不安もそれほどなかった。何処か現実味が乏しくて、このままでも別にいいやという投げやりの気持ちもあった。
今は、いよいよこの世界で生きていくという事が少しずつ実感が湧いてきている。
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