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番外編
名前を贈る
「おめでとうございます。既に、一ヵ月は過ぎてますね。心拍も確認できますよ」
医者からそう言われて、驚いてしまった。
「え、本当にですか?」
「えぇ、妊娠に間違いありません。ただ、安定期に入るまではまだ油断はできませんが。エクレさんの最近の体調不良は悪阻でしょうね。まだ、続くと思いますので、頑張っていきましょう」
「あ、はい。頑張ります」
最近、食欲の減衰と吐き気が酷く、リュミエールにも病院に行くように言われた。仕事を休んでついて来ようとしたから、必ず今日行ってくるからと、約束したのだ。俺自身は、最近身体が怠い日も多くて、少し疲れているんだろうくらいにしか思っていなかった。
それが、血液検査の後、産科へ紹介されて、まさかとは思ったけれど。
「俺の子どもか……」
今お腹にいますと言われても、全く実感はわかなかった。
「とりあえずは、リュミエールに報告かな」
結婚して5年。幾度かの発情期を共にしても、俺たちに子どもは出来なかった。
前々から、難しいかもしれないと言われていたから、覚悟はしていた。
逆に言えば、俺は親になる覚悟なんて、まだ出来ていないとも言える。
「え! 子ども⁉ それは、本当にかい?」
仕事からかえったリュミエールに伝えると、それはもう大喜びだった。
「私とエクレの子どもかぁ。ここにいるんだよね。本当にありがとう」
「一か月半くらいだって。最近の体調不良は悪阻だった」
「そうか……次の検診は私もついて行っていいかい?」
「一人でも大丈夫だよ?」
「いや、なるべく聞いておきたい。生まれてくるまでの時間も一緒に大切にしたいんだ」
そういうものなのだろうか。リュミエールは間違いなく良い父親になるだろうとは、常々思っていたが、この分だとその予想は違わないだろう。
「エクレは……、身体が辛いかい?」
「え? いや、今は大丈夫だよ」
「ひょっとして、不安だったりする?」
「うん……ちょっとだけね。ちゃんと嬉しいんだよ。ただ、少し突然だったから」 単純に喜んでいない事をリュミエールにはお見通しのようだった。
「これから、一番大変なのはエクレだものね。私も出来る限りの事はするから」
「出産に対する不安もそうだけど……、どちらかというとその先かなぁ。ねぇ、俺ちゃんと親になれると思う?」
一番不安なところはそこだった。
母親の記憶はなく、父親はろくでなし。両親に良い想い出が無い俺が、ちゃんとこの子を親になれるのか、全く自信が無かった。
「私にとっても、はじめの子どもだ。皆最初から親だったわけじゃない。子どもと一緒に成長するんだと、私はそう思うよ」
リュミエールはそう言うけれど、やっぱり土台が違う気がするのだ。
彼の両親は素晴らしい人だ。ショーンさんもスティークさんも尊敬できる大人だと思う。
彼はそんな両親の愛情を一身に受けて育った。
幼い頃にかけられた言葉が、彼を形作っている。。
色鮮やかな素敵な思い出もあるだろう。そんな経験一つ一つを思い出して、子どもに与えようとするだろう。
俺は……この子に与えられるようなものがあるだろうか。
決して、欲しくなかったわけじゃない。でもいざ恵まれると、俺の手には、その命一つが酷く重たく感じられてしまった。
吐き気は日を追うごとに酷くなり、俺が食べられるものは、どんどん限定されていった。
リュミエールの過保護度合いも増し、俺が家の事をできるようになってからは呼んでいなかったエンデさんまで、通ってきてもらう事になった。
日中一人で無い事は、少し助かった。なんでこんなにしんどいのだろうと愚痴ったり、彼女の体験について聞けたり、と心が慰められる事も多い。
低血糖や貧血でふらふらすることも多くなり、よほど体調が良い時以外は庭にも出なかった。
病人みたいな数週間を乗り越えると、わずかにだが体調が安定しだした。
リュミエールはそんな俺の様子をみてほっとしたようだった。
お腹の中で胎動を感じられるようになると、やっと本当にもう一人いるんだなぁと自覚が出て来た。
ルナールさんと話したのはそんな時だ。
「これからさぁ、どんどん大きくなるよ。足もむくむしつりやすくなるんだ。爪切りとかもしにくくなるから、困ったら切ってもらうと良いよ」
「皮膚が引っ張られる感じがしますね。無事に育ってるんだって、安心しますが」
「子どもは可愛いんだけどさ、色々しんどいよね」
「ルナールさんもそうでした!? 俺、こんなに吐くならもうやめてぇとか思ってた時期もあって」
「あるよ、もちろん。仕方ないよ、辛いのはつらいもん。それと、子どもへの愛情は別じゃない? エクレは頑張ってるよ。その子と一緒にね」
肯定されたことで、少しだけ気分が浮上した。
「その不安じゃありませんでした? 無責任だと思うんですけど、俺ちゃんと子育て出来るか心配で」
「あるある。僕も心配だった。オーベルなんて、有頂天で喜んでるだけでさぁ。ほんとに分かってんの? とか思ったりもした」
「ですよね⁉ リュミエールも凄く喜んでくれてるんです。子どもは授かりものだから、とは言ってたけど、やっぱり心の底ではほしかったんだろうなぁって」
子ども出来ないことへの焦りみたいなものは無かった。リュミエールはもちろんだが、お義父さんたちからも全く。
でも今のリュミエールの喜びようを見ていると、そうとう気を配って、俺がそう感じないようにしてくれていたように思う。
そんな彼に、子どもを抱かせてあげられる日がくるのは、勿論嬉しいと思っている。
「大丈夫だって、この世に生まれた瞬間から、世界で一番大事な存在になるから。もし仮に、エクレがどうしよう思ったより全然何も感じない……なんてことになってもさ、その分リュミエールが沢山愛してくれるよ」
ルナールさんの言葉には、確かにって思う。リュミエールは間違いなくこの子を溺愛するだろう。……俺の分までしっかり愛してくれるんじゃないだろうか。
「甘やかしてばかりになるかもしれないから、そこはエクレがきっちり締めないとね」
「そうですね。俺だけで育てるわけじゃない……」
「そうそう、もし二人に何かあってさ、育てられないなんて事になっても。父さんも母さんも、僕もオーベルも力になる。生まれて来たその命、皆で守るよ。だからエクレもそんな暗い顔をしないの」
ルナールさんはそう言って俺の頬を軽く引っ張った。
「リュミエールがだいぶ心配してた。身体はしんどそうだし、考え込むことが増えてるって」
「え、そうなんですか。そうか、やっぱりバレちゃうか」
あんなに喜んでる彼に、子どもを愛せるか不安だなんて、気軽には言えなかった。でも、やっぱりちゃんと話さないといけないな。
「その子はもちろんだけど、エクレの事も大好きだからね、あいつ。何言っても動じたりしないよ」
ルナールが今日来てくれたのも、リュミエールが声をかけたのかもしれない。
「兄さんが来てただろう? 色々話せた?」
「うん、ルナールさんが気が立って、オーベルさんを家から締め出しちゃった話とか、聞かせてもらった」
「えっ……そんな事あったの?」
「今となっては笑い話って言ってたよ。ちょっと安心した。いつも元気でからっとしてる人だけど、それでもそんな日もあったんだなって」
「……エクレは? 私に言いたい事とかない?」
リュミエールがすこしためらいながらそう、尋ねてくる。
「この子のこと、ちゃんと愛せるのか不安なんだ。貴方の気持ちに応えるのすら、時間がかかった俺だから。だからさ、俺の分までリュミエールが愛してあげて欲しい」
「それはもちろん、世界中の誰よりも、愛するって誓えるよ。でも、君が自分が思っている以上に愛情深い人だって知ってるから、私は不安は無いかな」
「俺が? そんな事初めて言われた」
「エクレから、一番愛情もらってる私が言うんだから間違いないよ」
リュミエールにそう言われると否定しづらいところではある。
「ちゃんと生まれてくるかな……」
Ωとして未成熟だと言われ続けて数年。お腹の中の子が無事に育つのかも不安だった。
「生きてさえ、居てくれれば。私は嬉しいよ。たとえ何かあったとしても、可愛い私たちの子だ」
そうだ、彼と自分の子だ。
「リュミエールに似てるといいなぁ。男の子でも女の子でもいいから」
「私はエクレに似ててほしいけどなぁ」
リュミエールはそう言うけれど、見た目的には彼に似た方がこの子は得だと思うのだ。
「名前……考えようか、この子にあげる贈り物」
まだ少し早いけれど、考える時間は沢山ある方が良いだろう。
「はじめまして、フレーズ。やっと、やっと会えたね」
生まれたその瞬間に呼んであげたいと思って、悩みに悩んでつけたその名を呼ぶ。
規定体重にも届かない、小さな命だった。
大きな声を上げ、力強く生きている。
人って感動で泣けるんだなぁと他人事にように思った。
「エクレ、ありがとう。元気な男の子だ」
リュミエールも泣いていた。
疲労と不安ももちろんあった。ふにゃふにゃで、柔らかくて、小さく、弱い。この子をちゃんと育てられるのか、まだ自信は無い。
でも、一人じゃないからね。貴方がいるからきっと大丈夫って思えるようになった。
一緒に笑って、悩んで、考えて、そうやって三人で生きていこう。
今日までの人生で、大切な人はたった一人だけだった。今日からはもう一人増えたことになる。それがこんなにも嬉しく感じる。
そう変われた自分を、ほんの少しだけ好きになれた気がした。
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