貪り

八花月

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 住所は調べてきたので家に行ってもよかったが、いきなり訪れて警戒されてもいけない。家族からすれば触れられたくないかもしれない。

 僕は悩んだ末、学校の帰り道に待ち伏せすることにした。

 登下校の道順も調べてある。自転車なども使っておらず徒歩通学だ。

 ニアミスを防ぐため、僕は少年の家の近くの笹の藪に潜伏した。ここで見張っていれば見逃すことはないだろう。

 一時間ほど待った。まだ少年の姿は見えない。

 早く着すぎたのだろうか。息を殺し、身を低くして何の変哲もない道路を見つめ続ける。

 笹の葉が揺れ、瞼の表面を擦った。僕は微動だにせず、全神経を眼に集中した。

 気を逸らしてはいけない。家に入られたら今日は諦めなくてはいけない。それは嫌だ。なんとか今日中に接触するんだ。

 異界に触れたい。一瞬でも触れたものと語り合いたい。本当かどうか確かめたい。

 別に嘘でも良いのだ。そういう嘘をついたということは、少なくともそういう世界に興味があるということだろう。

 なにかそういう因子、カケラでも持っている子なら……。

 そろそろ肌寒くなってきそうな風が吹いてきた頃、ようやく少年らしき人物が視界に入った。

『しめた』

 一人だ。自転車にも乗っていない。もっともそれは学校から彼の家までの距離でわかってはいたのだが。その辺りは調査済みだ。

「こんにちは!」

 僕は笹叢から飛び出した。頭の上の葉っぱが地面に落ちる。

 少年は立ち止まる。身体が硬直しているように見えた。

 僕は体中に付着したゴミを手で払いながら近づいていく。

「話を聞いてくれてありがとう!」

 少年は目を丸くしてポカンと口を開けている。ここまではOKだ。問題ない。

 ……と、思っていたら少年は僕に背中を向け一目散に走り始めた。

 もしかして……逃げている?

 気づくまで時間がかかった。

『家に入られたらマズい!』

 咄嗟にそう思った。僕の目的はあくまでも異界に行くこと。少年の話を聞くことではない。こんなフェーズはさっさと済ませてしまいたいのだ。

「怪しいものじゃないんだよ!」 

 僕は背中に呼びかけたが、少年は振り返ろうともしない。

「違うんだよ! 少し話を聞いて確認したいだけなんだ!」

 出来る限り情報を得たい、というわけでもないのだ。ただちょっとした確認だ。だいたい僕は少年の証言を丸々信じているわけでもないのに……。

 なのに何なんだこの扱いは! 僕はだんだん腹が立ってきた。
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