貪り

八花月

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「待ってくれ! 待て」

 僕の声も聞かず少年は家の中に逃げるように駆け込んでいった。

「待ってくれよ!」

 玄関のドアノブを握ってみる。施錠されていない。しめた!

 僕は迷わず少年の家へ飛び込む。チェーンも無かった。

 田舎だからだろうか?

「話を聞いてくれ。話を聞いてくれよ~」 

 僕は可能な限り優しい声音で呼びかけながら、奥へ向かった。

『家族が居なきゃいいけど……』

 普通いるような気もするが、今のところ出てきていない。

 いなければもっけの幸いだ。

「どこにいるの?」

 女のような声を出しながら僕は建物の一階を回ってみる。自分でいうのもなんだが、生理的に気持ち悪い。

 玄関、客間、居間、仏間、台所、と粗方回ってみたが誰もいなかった。今時仏間があるのも珍しい気がする。

 田舎だからだろうか? もちろんトイレも確認した。

 ドアはきっちり閉めた。誰かが開けた気配もない。

 少年は外には出ていない。

 僕は舌舐めずりをしながら二階への階段を昇り始めた。一歩踏みしめるごとにギシッ、ギシッ、と古い木材の軋む音が響く。気にしない。

「出てきてよ」

 僕は二階に到着した。

「出て来いよ」

 少し声を張る。何かがズレるようなざっ、という音がした。少年がいるのかもしれない。

「ちょっと話そうぜ」

 その途端、背中に激痛が走った。

 何が起こったのかわからない。手で痛みのある部分を触ってみる。


 ……何か刺さっている!


 僕は慌ててしまい、急いでそれを引っこ抜いた。

 こういう時、それはしない方が良いといううろ覚えの知識を思い出したのはその直後だ。

 もうしょうがない。もう一度刺すわけにもいかない。

「うわあ!」
 
 思ったより傷は深かった。血が噴き出る。

 声を上げたのは僕ではない。

 刺さっていたのは工作用の切り出しナイフらしい。刃先にはべっとり血がついていた。

 振り返ると少年がガタガタ震えながらこちらを見ている。

「やっと見つけた」

 やっと話を聞いてくれるのかい? くらいのつもりで言ったのだが、僕は余程凄惨な顔つきをしていたのだろうか?

 少年は脱兎の勢いで逃げ出してしまった。

「待ってよ!」
「来るな!」

 物干し台のある部屋で彼を追い詰めた。

 晴天の下、干し物の白いシャツが眩しく翻っている。

「話を聞いて欲しいんだ」


 だけなんだ? それだけ? だけでいいのか?


「もう行かない! 僕はあそこにはもう行かないんだ!」

 少年は叫ぶように宣言すると、止める間もなく物干し台から身を躍らせた。
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