イイ人やめました。うまく行ってたんだけどな

田中葵

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2 前日譚

〈ある人〉雇い止め→新天地をさがして

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終章 更新

 あぁ、そうなんだ……ふぅん。

 昔の愚かさは、
 履歴書にも、職務経歴書にも、
 書かれない。

 ただ、ワタシの中に残っている。

        ―

 ワタシは、派遣社員だった。

 正社員でも、契約社員でもない。
 肩書きとしては、それだけで十分に説明が終わる立場だった。

 更新の話は、個室ではなく、仕切りのある席でされた。
 声は低く、丁寧だった。

 「今回は、総合的な判断で」

 その言葉は、もう知っていた。
 理由を聞かなくても、理由にならないことも。

 能力の話は出なかった。
 態度の話も、評価の話も。

 「状況が変わった」 「体制の見直し」 「今後の方向性」

 どれも、ワタシ個人を指していなかった。

 異議は、申し立てられた。
 形式として。

 結果は、変わらなかった。

 派遣会社の担当は、困った顔で言った。 「タイミングが悪かったですね」

 そうかもしれない。
 でも、良いタイミングが存在したのかは分からない。

 次の仕事は、すぐには決まらなかった。
 書類は通る。
 面談も、行く。

 でも、どこかで、途切れる。

 理由は、聞かされない。
 聞いても、教えられない。

 「今回は、ご縁がなく」

 その言葉にも、もう慣れていた。

 数ヶ月後、田舎の中都市に戻った。
 生まれ育った場所ではない。
 ただ、家賃が安く、身の丈に合っていた。

 ハローワークは、思っていたより明るかった。
 掲示板には、紙が整然と並んでいる。

 ワタシは、職業訓練を選んだ。 パソコンによる情報処理。 再学習、という扱いだった。

 教室には、同じような年齢の人がいた。 皆、理由を語らない。

 講師は言う。 「基礎からやり直しましょう」

 キーボードを打つ音が、一定のリズムで響く。
 ここでは、沈黙は問題にならなかった。

 質問しなくても、怒られない。
 意見を言わなくても、評価は下がらない。

 出席して、課題をこなせば、それでいい。

 ワタシは、真面目な訓練生だったと思う。 遅刻はしない。 欠席もしない。

 ただ、誰とも深く話さなかった。

 昼休み、皆がスマートフォンを見る。 ワタシも、見る。

 通知は、ない。

 完成した人物像は、
 たぶん、まだどこかで機能しているだろう。

 ワタシが勤めた数々の会社の中で。 誰かの記憶の片隅の積まれた中で。

 「黙ってた人」 「分かってて何もしなかった人」

 訂正される予定はない。 更新も、されない。

 それでいい、と思う日が増えた。

 訓練が終われば、また職を探す。
 どこかに行き、
 また、席に座る。

 ワタシは、こんどは、ある確信を手にしている。

 とはいえ、
 それが安全だとはつゆほどにも思っていない。

 ~

 今なら、わかる。
 それが~ということを。 
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