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狐の花嫁

花婿は現役高校生

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「ゆかち、大丈夫? あと少しだから、気をつけてがんばってね」

 神社に向かう最後の難関、参道の階段に差し掛かったときに、介添え人役の雅美さんが声をかけてくれた。
 ゆかち、だって。
 子どもの頃みたいだ。
 ちょっと、笑ってしまった。

「ゆかちって、懐かしいな」
「やだわホント。つい出ちゃった。もうずっと、縁くんって呼んでいるのにねぇ」

 ふふふと笑って、雅美さんが改めておれの手を引く。

「さあ、神社で花婿がお待ちですよ、がんばって参りましょうね」
「……マジか」

 雅美さんの言葉に、もういっこ追加で解せない事柄を思い出して、おれはひっそりため息をついた。
 それでも仕方ないから、足を進める。

「あの子、すごく楽しみにしてたから」
「マジかぁ……」

 おれが『花嫁』なんだから、当然、神社で待っているのは『花婿』なわけで。
 その『花婿』、花も恥じらうと言っていいのか……ぴっちぴちの現役男子高校生ときたもんだ。
 氏子総代さんとこの息子……尾咲慎也おさき しんや
 元嫁の親戚の子で、結婚式の時にリングボーイを頼んだ子。
 何故かずっと懐いてくれていた。
 元嫁をすっ飛ばして、おれに連絡をよこすので「懐いてくれてんだなあ」とは、ずっと思っていたわけだよ。
 連絡が頻繁になり始めたのは、元嫁と揉め始めた頃だった。
 でも慎也も思春期にかかり始めた頃だったから、普段から近くにいるわけじゃないちょっと距離のある「兄ちゃん」が必要なのかなって思ってたんだ。
 離婚が成立したときには、おめでとうメールを送ってよこしやがって、なんだこれはって笑ってしまった。
 実は、おれに惚れていたからだとは思わないだろうよ。

『離婚おめでとう。これで身軽になるよね。オレ、ゆかりちゃんが好きなんだ。だから、離婚してくれて嬉しい』

 そんな風に気持ちを知らされたのは本人の口からで、おれが度肝を抜かれた以外に問題はない。
 おれは離婚後戻ってきたけど、元嫁は田舎なのが耐えられないと結婚生活を送っていた街に残った。
 ここはかなり閉鎖的な部分があるから、気持ちを隠しもせずにおれに懐く慎也はだいぶん異質。
 そんな慎也の趣味嗜好とか、隠しもしないぶっ飛んだ行動は、奇異の目で見られるんじゃないかって、おれは焦ったんだ。

 まあ、その心配は全くの杞憂だった訳だけど。

 何故か地域の人たちにぬるい目で見守られていて、おれの方がかえって困惑する。
 おおっぴらじゃないけど、応援ムードってどうよ?
 輝ける未来のまぶしい男子高校生が、バツイチのおっさんを追いかけ回してるんだよ?
 誰か止めろや。
 頼むからおれが間違いを起こす前に止めてくれ。
 そう思うおれは、間違っていないと思う。


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