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ナオとおれ
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誰かとの関係は期間限定で、永遠なんてない。
始めるのは難しくて、終わるのはとても簡単。
だから、ナオとのこの関係もいつか終わるものだって、知っていた。
知っている。
だけど、好き。
学生時代の交友関係は大事にした方がいい。
なんて言葉は、学生時代には『サムいな』って思っていたわけよ。
仲良くなれる相手とは仲良くなれるし、どうやったって受け付けない存在はあるし、努力したって続かない相手とは続かないし、大事にしたい人は誰に言われなくたって大事にする。
何、そんなわかりきったことを大げさなって。
卒業して仕事に就いてみれば、先人の教えは確かに『サムい』けど、間違いじゃないんだなって思う。
仕事以外の人間と関係を築くというのは、なかなか、難しい。
続ける以前に、出会うきっかけがない。
なーんて、さ。
そういうおれには、つるみだしたきっかけは覚えていないけど、学年越えていろんなイベントを一緒に過ごしてきたつきあいがある。
特に何で繋がっているというわけでもなく、がっちりと固定メンバーがいるわけでもない。
あえて言えば幹事役を引き受けてくれる人間がいるくらいで、イベントごとも参加自由つきあいも出入り自由な感じの、集団。
学生時代だからできたんだろうなってつきあい。
卒業して二年経った今でも何かと声がかかるのは、『人づきあい』っていう部分で、確かにありがたい。
おれ――生方 郁――がどういう場面でどういう行動をするか、元からの体質ですぐにダウンすることを飲み込んでくれていることも含めて、ありがたい。
「生方くん、じゃあ、ここね」
そういって、新幹線でおれに割り振られた席は、いつものようにメイン集団から少しだけ離れたところ。
指定された席で、コートを頭からかぶって、おれはありがたく仮眠する。
昔から、おれにとって移動時間は睡眠時間。
特に今日はいろんな理由で、一旦休憩したい。
他のメンバーはボックス席をふたつ占拠して、話に興じている。
ネタになっているのは、今日の主役の授かり婚で式をあげた増田夫妻と、その披露宴会場で縁談を暴露された岡田直純。
増田夫妻はつきあって半年になるそうだが、めでたいことに急ぎの事情で、今日の日を迎えた。
同じころからつきあい始めた岡田氏は、来年の桃の節句に華燭の典となるらしい。
丁度正月を挟んでいるから、お互いの家族の初顔合わせがその時なんだってさ。
高砂席へ挨拶に行ったら「次はお前だな」って、ニコニコした増田氏がつるっと口を滑らせて、岡田氏の今後が発覚した。
盛り上がっているのは主に女性陣。
まあ、女性は割と好きだよね、そういうネタ。
おれはこのポケットみたいな隙間の時間で、色々と考えなきゃなあと、ため息をつく。
コートに隠れて見えないだろうけど、一応は目を閉じて眠ったふりをしながら、耳に入る言葉を聞き流す。
この後どうしようか。
なあ。
おれは。
生方郁は、あんたの恋人じゃなかったっけ?
そう言って、ナオの――岡田直純の胸ぐらをつかんで問い質したい。
二股かけてた?
っていうか、おれがすでに終わってたのに気がついてなかった?
でも、今回の増田の結婚式にあわせて小旅行をしようとおれを誘ったのは、あんただよな?
いつものように、ふたりで前乗りして、行きたいとこに行った。
いつものように、ふたりで同じ部屋に泊まって、夜を過ごした。
半年前からのおつきあい、だって。
おれがナオとつきあいはじめたのは、大学三年の終わりだから、もう、三年も前ですよ。
学年がふたつ上で、OBだったナオに口説かれてつきあい始めた。
割り込んできたのは女の方だ。
だけど。
縁談が具体的になってるってことは、もうわかった。
相手もいて、日時も決まってるんだ。
噂とか話だけとか、そういう段階じゃないっていうのは、おれにだってわかる。
新幹線を降りた後のことを少し考えて、おれは眉間にしわを寄せる。
話し合いとやらがあるのだろうか。
なんて。
考えてもしょうがないことを考えて心配することを杞憂というなら、おれの新幹線の中での時間は杞憂だったのだろう。
結婚式の帰りと一目でわかる紙袋を持った集団。
それがぞろぞろと新幹線からおりてくるんだから、見逃すはずもないよね。
「直純さん」
全員下車して忘れ物もなさそうで、さて移動しますか次行きますかって流れになった時に、背後からかけられた聞き覚えのない女の声。
何事かと振り向いたら、そこにいたのは、ふわふわした女の子だった。
男としては小柄な方のおれより、さらに小さい。
ナオが両手を広げて抱きしめたら、腕の中にすっぽり入ってしまいそうなサイズ。
「え、なに? どうしたの?」
「迎えに来たの」
えへへと笑う彼女は、寒さのせいかうっすらとほほを染めていて、可愛かった。
ナオの方はといえば、慌てたようにもデレデレしたようにも見える、普段とは違う調子で。
慌ただしく彼女とおれたちを引き合わせ、手を繋いで去っていった。
なんとも、お似合いのカップルに見える。
へえ、あんた、そういう人だったんだ。
「はあ、行っちゃった、ねえ」
「かわいい子だったねえ」
「いやあ、なかなか、したたかと見た」
「そうねー、これ、結構な威嚇よね……」
ナオと彼女の後姿を見送って、ぼそぼそと感想が出てくる。
ホントにな。
新幹線のホームまでお出迎えとか、びっくりだ。
「ま、今が一番楽しい時らしいから、しょうがないか」
自分を一番に考えてねって感じの子だよね、と。
女性陣が肩をすくめて言う。
「これからナオさんに幹事頼みにくくなるかもですね」
「だねー」
「まっすんも新婚さんだしねー」
「ていうか、増田さんもうすぐパパさんですからね」
皆の声を聞きながら、おれは空を見上げる。
ホームの間、線路の上に、細く細く見える空。
どんよりと雲がおりてきていて、夜中だっていうのにうっすらグレイに見える。
降るのかな。
どうせ降るなら雨より雪の方がいいな。
どうせ降るならつながりでいうなら、今夜よりは来週のクリスマスイブの方がいいけどさ。
「生方くん、調子悪い?」
気遣い担当、といわれる女子が、おれの顔をのぞき込む。
「ああ、ごめん、ちょっと疲れたみたい。おれ、今夜はここで撤収するわ」
「また、岡田につきあって歩き回ったんだろ……断れよ、後で寝込むんだからさあ」
「やだな、寝込んだりしないって。それに、おれも行きたかったんだよ、復元集落」
皆でどこかに行くときに、ナオと少しだけ別行動させてもらうのは、いつものこと。
今回もナオが前乗りで旅行に行こうと言った時、何の疑問も持たずについて行った。
趣味兼仕事で、博物館や遺跡や城跡をとにかく歩き回る。
寝込むことはなくなったとはいえ、ナオとの小旅行の後、おれが体調を崩すのは毎度のことだった。
だってほら、旅先ってどうしても夜の方は激しくなっちゃうし。
でもせっかく行ったんだから、いろんなところも見たいし。
今夜の疲れは、それだけじゃないけど。
かけられた声にあいまいに笑って、おれは荷物を抱え直す。
他のメンツはこのままどっかになだれ込むんだろう。
「じゃ、帰るな。また集まるんだったら、声かけて」
始めるのは難しくて、終わるのはとても簡単。
だから、ナオとのこの関係もいつか終わるものだって、知っていた。
知っている。
だけど、好き。
学生時代の交友関係は大事にした方がいい。
なんて言葉は、学生時代には『サムいな』って思っていたわけよ。
仲良くなれる相手とは仲良くなれるし、どうやったって受け付けない存在はあるし、努力したって続かない相手とは続かないし、大事にしたい人は誰に言われなくたって大事にする。
何、そんなわかりきったことを大げさなって。
卒業して仕事に就いてみれば、先人の教えは確かに『サムい』けど、間違いじゃないんだなって思う。
仕事以外の人間と関係を築くというのは、なかなか、難しい。
続ける以前に、出会うきっかけがない。
なーんて、さ。
そういうおれには、つるみだしたきっかけは覚えていないけど、学年越えていろんなイベントを一緒に過ごしてきたつきあいがある。
特に何で繋がっているというわけでもなく、がっちりと固定メンバーがいるわけでもない。
あえて言えば幹事役を引き受けてくれる人間がいるくらいで、イベントごとも参加自由つきあいも出入り自由な感じの、集団。
学生時代だからできたんだろうなってつきあい。
卒業して二年経った今でも何かと声がかかるのは、『人づきあい』っていう部分で、確かにありがたい。
おれ――生方 郁――がどういう場面でどういう行動をするか、元からの体質ですぐにダウンすることを飲み込んでくれていることも含めて、ありがたい。
「生方くん、じゃあ、ここね」
そういって、新幹線でおれに割り振られた席は、いつものようにメイン集団から少しだけ離れたところ。
指定された席で、コートを頭からかぶって、おれはありがたく仮眠する。
昔から、おれにとって移動時間は睡眠時間。
特に今日はいろんな理由で、一旦休憩したい。
他のメンバーはボックス席をふたつ占拠して、話に興じている。
ネタになっているのは、今日の主役の授かり婚で式をあげた増田夫妻と、その披露宴会場で縁談を暴露された岡田直純。
増田夫妻はつきあって半年になるそうだが、めでたいことに急ぎの事情で、今日の日を迎えた。
同じころからつきあい始めた岡田氏は、来年の桃の節句に華燭の典となるらしい。
丁度正月を挟んでいるから、お互いの家族の初顔合わせがその時なんだってさ。
高砂席へ挨拶に行ったら「次はお前だな」って、ニコニコした増田氏がつるっと口を滑らせて、岡田氏の今後が発覚した。
盛り上がっているのは主に女性陣。
まあ、女性は割と好きだよね、そういうネタ。
おれはこのポケットみたいな隙間の時間で、色々と考えなきゃなあと、ため息をつく。
コートに隠れて見えないだろうけど、一応は目を閉じて眠ったふりをしながら、耳に入る言葉を聞き流す。
この後どうしようか。
なあ。
おれは。
生方郁は、あんたの恋人じゃなかったっけ?
そう言って、ナオの――岡田直純の胸ぐらをつかんで問い質したい。
二股かけてた?
っていうか、おれがすでに終わってたのに気がついてなかった?
でも、今回の増田の結婚式にあわせて小旅行をしようとおれを誘ったのは、あんただよな?
いつものように、ふたりで前乗りして、行きたいとこに行った。
いつものように、ふたりで同じ部屋に泊まって、夜を過ごした。
半年前からのおつきあい、だって。
おれがナオとつきあいはじめたのは、大学三年の終わりだから、もう、三年も前ですよ。
学年がふたつ上で、OBだったナオに口説かれてつきあい始めた。
割り込んできたのは女の方だ。
だけど。
縁談が具体的になってるってことは、もうわかった。
相手もいて、日時も決まってるんだ。
噂とか話だけとか、そういう段階じゃないっていうのは、おれにだってわかる。
新幹線を降りた後のことを少し考えて、おれは眉間にしわを寄せる。
話し合いとやらがあるのだろうか。
なんて。
考えてもしょうがないことを考えて心配することを杞憂というなら、おれの新幹線の中での時間は杞憂だったのだろう。
結婚式の帰りと一目でわかる紙袋を持った集団。
それがぞろぞろと新幹線からおりてくるんだから、見逃すはずもないよね。
「直純さん」
全員下車して忘れ物もなさそうで、さて移動しますか次行きますかって流れになった時に、背後からかけられた聞き覚えのない女の声。
何事かと振り向いたら、そこにいたのは、ふわふわした女の子だった。
男としては小柄な方のおれより、さらに小さい。
ナオが両手を広げて抱きしめたら、腕の中にすっぽり入ってしまいそうなサイズ。
「え、なに? どうしたの?」
「迎えに来たの」
えへへと笑う彼女は、寒さのせいかうっすらとほほを染めていて、可愛かった。
ナオの方はといえば、慌てたようにもデレデレしたようにも見える、普段とは違う調子で。
慌ただしく彼女とおれたちを引き合わせ、手を繋いで去っていった。
なんとも、お似合いのカップルに見える。
へえ、あんた、そういう人だったんだ。
「はあ、行っちゃった、ねえ」
「かわいい子だったねえ」
「いやあ、なかなか、したたかと見た」
「そうねー、これ、結構な威嚇よね……」
ナオと彼女の後姿を見送って、ぼそぼそと感想が出てくる。
ホントにな。
新幹線のホームまでお出迎えとか、びっくりだ。
「ま、今が一番楽しい時らしいから、しょうがないか」
自分を一番に考えてねって感じの子だよね、と。
女性陣が肩をすくめて言う。
「これからナオさんに幹事頼みにくくなるかもですね」
「だねー」
「まっすんも新婚さんだしねー」
「ていうか、増田さんもうすぐパパさんですからね」
皆の声を聞きながら、おれは空を見上げる。
ホームの間、線路の上に、細く細く見える空。
どんよりと雲がおりてきていて、夜中だっていうのにうっすらグレイに見える。
降るのかな。
どうせ降るなら雨より雪の方がいいな。
どうせ降るならつながりでいうなら、今夜よりは来週のクリスマスイブの方がいいけどさ。
「生方くん、調子悪い?」
気遣い担当、といわれる女子が、おれの顔をのぞき込む。
「ああ、ごめん、ちょっと疲れたみたい。おれ、今夜はここで撤収するわ」
「また、岡田につきあって歩き回ったんだろ……断れよ、後で寝込むんだからさあ」
「やだな、寝込んだりしないって。それに、おれも行きたかったんだよ、復元集落」
皆でどこかに行くときに、ナオと少しだけ別行動させてもらうのは、いつものこと。
今回もナオが前乗りで旅行に行こうと言った時、何の疑問も持たずについて行った。
趣味兼仕事で、博物館や遺跡や城跡をとにかく歩き回る。
寝込むことはなくなったとはいえ、ナオとの小旅行の後、おれが体調を崩すのは毎度のことだった。
だってほら、旅先ってどうしても夜の方は激しくなっちゃうし。
でもせっかく行ったんだから、いろんなところも見たいし。
今夜の疲れは、それだけじゃないけど。
かけられた声にあいまいに笑って、おれは荷物を抱え直す。
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