ようよう白くなりゆく

たかせまこと

文字の大きさ
2 / 43

チュンに捕まる

しおりを挟む
 衝撃の日から、丸二日。
 終業の手続きを終えて、服を着替え、職場を出る。

 今日も、なんとか一日が過ぎました。

 難しく考えることはない。
 淡々と目の前にあることを片付けて時間を過ごしていけば、いつかはこれが普通になって、何も感じなくなる。
 そういうもの。
 自分にそう言い聞かせて、空を見上げた。
 年末近い今は、暮れるのも早い。
 うっすらと陽光の名残がある空。
 駅に向かおうとしたら、目の前に人影が立ちはだかった。
 ででん、って感じにふんばって仁王立ちのつもりなんだろうけど、お前小柄なんだから、迫力ないよ。

「よう、ぶー」
「やあ、チュン。どうした?」
「すっげえ不愉快な噂を聞いたから、確認しにきた」
「ああ、そうなんだ」

 奴は雀部弘樹ささべ ひろきという。
 高校時代の寮のルームメイト。
 学部は違うけど進学した大学も一緒で、卒業後も何となくずっとつきあいが続いている。
 先日の増田の結婚式には、仕事で不参加だったけど、あの集団とも仲がいい。
 苗字に入る『雀』という字から、チュンと呼ばれる男は、それはもう前向きでパワフルだ。
 見た目は名前のとおり『雀』。
 小柄でチュンチュンとやかましい。
 だけどつきあってみると全く違って、義理と人情に厚い、オトコ。

「そろそろ来るかなって気はしてたんだよね」

 苦笑いでそう言ったら、チュンはますます機嫌の悪そうな顔になる。
 高校から数えてつきあいはほぼ十年にもなるわけで、チュンの行動、予想はできてたんだ。
 チュンはいい奴だから、噂を聞けば騒ぎ出すだろうなとは、思っていた。

「だったら速やかに報告しろよ」
「やー、口に出したくない事柄って、あるじゃないか」
「それでもだよ」

 で、あんまり気が進まないと態度で示したにもかかわらず、引きずられるように連れて行かれた先は、半個室でお手軽値段の居酒屋チェーン店。
 一応は向かい合わせだけどカップル席じゃね? っていうような二人席にぐいぐいと押し込まれて、居酒屋ならおれの説明にチュンが大声を出しても、それほど迷惑がかからないだろうと、言い切られた。
 大声出すのは、前提なのかよ。
 差し出されたメニューからいくつか注文をして、おれはため息をつく。

「ぶー?」

 おれがこいつをチュンと呼ぶように、こいつはおれを『ぶー』と呼ぶ。
『ぶー』というのは、高校時代に生方という苗字から付けられたあだ名。
 チュンは小柄でにぎやかだから、あまり違和感のないあだ名だけど、おれは違う。
 ぎりぎり一七〇に届くくらいの身長に、「小骨が刺さりそう」といわれる肉付き。
 初対面の人の前で、呼ばれたあだ名に返事をすると、ほぼ必ず確認するように二度見されるのだ。
 体型とあだ名の印象に、ギャップありまくりだからね、その反応もわかる。
 当時はお互いに嫌がっていたけど、そういうあだ名こそ定着するもの。
 雀部弘樹はチュンと呼ばれ、おれ、生方郁はぶーと呼ばれている。
 今では愛着すら感じてるから、いいんだけどさ。
 テーブルに置かれたつき出しに、箸をつけていたら、とりあえずのビールが届いた。

「おつかれ」

 仕方がねえな、というように笑って、チュンがジョッキを掲げる。
 無言でジョッキを手にして、こつんとぶつけた。

「なあ、俺の記憶が確かならさあ」
「チュン。聞きたいことはわかってんだけどさ、あんま楽しい話じゃないから、先に食わねえ?」
「あ、そう」

 この期に及んで、まだそう言うおれに、チュンはちょっと呆れた顔をしたけど、それ以上は言わずにぐいっとビールをあおる。
 だって、なあ。
 そういうもんだろ?
 とは言っても、そこはチュンだから。
 注文した料理がそろって、一通り味わったところで、口火を切ってきた。

「なあ。岡田直純は、ぶーの、恋人だったよな?」

 おれは昔から男に惚れる男だ。
 自分の性癖が少数派なのは知っているけど、隠してはいない。
 偏見を持たれることが多いから、おおっぴらにもしていないけどな。
 チュンは、知っているけど「だからどうした?」というスタンス。
 人の好みにとやかく言うのは、野暮なんだそうだ。
 ちなみにチュン自身は「好きになった相手がタイプで、今のところ全部相手は女」だって言っている。

「あー、そうな」

 ついに出された話題に、渋々答える。

「なんか、次は岡田氏が結婚らしいよ」
「らしいって、他人事じゃねえだろ」
「だって、本人からはなんも聞いてねえし」
「はあ?」

 目の前にあるサラダを箸でつつきながら、あの日のことをチュンに話す。
 高砂席に挨拶に行ったらば、新郎の口からいきなり「次は岡田だな」と聞いたこと。
 披露宴中にはそれ以上のことは、聞くに聞けないままだったこと。
 友人たちと一緒の帰り道に、三月に挙式だって、知ったこと。

「え、何それ? もうじきにクリスマスだよ、三月なんてもうすぐじゃん。それ、岡田が自分で言ったの?」
「そう。女子に追求されて、渋々、認めた。あれ、照れてたんじゃないかな?」
「野郎の照れはどうでもいいんだよ。つか、その結婚するって話、ぶーに直接言ったんじゃなくて?」
「女子トークの中で暴露されてたのを、聞いたきりだな」

 おれはジョッキに残ったビールをゴクゴクと飲む。

「まあ、あれから、連絡取ってないし」
「どういうことだ、それ?」

 むうっとチュンが眉をひそめた。

「迎えに来てたから、なんかもう、そういうことならいいかあって」
「迎え? 誰が?」
「彼女」
「いつ、どこに?」
「新幹線のホーム。結婚式の帰り、新幹線を降りたら彼女が来てて。ナオ、お持ち帰りされてたから……そっから連絡してない」

 かわいい子だったな、と思う。
 足元がすうっとなって、心臓がぎゅん、ってなったけど。
 息が苦しくて、でも、笑っていなくちゃいけないってことは知っていて。
 だから笑っていたと思う。
 皆と別れた後どうやって帰ったのか、しかと覚えてはいないけど、気がついたら自分の部屋にいた。

 一人暮らしの、真っ暗な部屋にいた。

 おれの話を聞きながら、チュンの眉間にますますしわが寄る。
 いやその顔やめれ、怖いから。

「なにそれ、友達といるって知ってて迎えにくるって、その女怖いよ?」
「え? かわいかったよ?」
「いやいや、見た目の話じゃなくて。その行動、計算入ってるだろ。大丈夫? 岡田、逃げられんの?」
「逃げないんじゃない? 逃げる必要ないじゃん。そのまま結婚すると思うよ」

 外堀埋められてそうだしねえ、と笑ったら、チュンがキレた。
 ガン。
 拳をテーブルに叩きつける。
 だから怖いって。
 大声出さなくても、その行動、怖いから!

「だったら、お前はどうなる? 岡田がつきあってるのは、お前じゃないのか?」
「そのはず、だったんだけどねえ……」
「ぶー!」
「怒るなよ。仕方ないことだからさあ」
「いや、お前は怒れよ!」

 怒るっていうより、やっぱりなあって、思ってしまったんだ。
 男同士だからっていうんじゃない。
 つきあっている相手がいるのに、別の相手と結婚するなんて話は、男とでも女とでもよく聞く話。
 だからそこじゃなくてさ。
 なんか、しょうがないよなあ……相手、おれだもんなあって。

「ナオは多分、おれじゃないって思ったんだよ」
「なにが」
「結婚相手」
「男だからか?」
「じゃなくて、おれだから……おれじゃ、ダメだって思ったんじゃないかなあ」

 誰が悪いわけでもないと思うよとそう付け加えたら、

「あのな、岡田のしてる行動は、二股っつーの! 二股かけてるのは、誰がどう見ても悪いんだよ!」

 って、ますますチュンが怒り狂った。
 面倒だけど、ありがたい。
 チュンはホントにいい奴だと思う。
 けど、賑やかなとこ選んだって言っても、やっぱ店で荒ぶるのは止めれ。
 面白くない話はそこで切り上げて、ほどほどに腹を満たして、店を出ることにした。

「ぶー、ちゃんと話せよ」

 店から駅に向かう道中、渋い顔のままでチュンが言う。

「ん? 何が?」
「お前に不誠実だった時点で、俺は、お前と岡田がつきあってんのは、賛成できない。でも、お前が納得してんだったらそこはもうしょうがないのかな……とも、思う。とりあえず、お前はちゃんと岡田と話をしろ」
「いやあ、でももう、連絡するのも、なんだか気が引けて」
「だったら尚更、ちゃんと話をしてきっぱり別れろ」
「既に、別れてるようなもんだと思うんだけどね」

 おれはコートのポケットに手を突っ込んで笑う。

「ぶー」
「ん?」
「暴走すんな。マジで、ちゃんと、岡田と話をしろよ」
「何それ」
「我慢してるウチはいいけど、お前、時々訳わからんことするから」
「訳わからんて」

 難しい顔をするチュンに、おれは笑う。

「いや、おれ、愛されてんなあ……」
「キモっ! ぶーのくせにデレてんなよ! 鳥肌立つわ!」
「ははは、ひでえなあ」

 チュンは時々うざいけどいい奴で、こういう時にアツくて、頼りになるんだ。
 それで、どうしようもないおれのことでも、大事なんだと思い知らせてくれる。
 いや、ホントに、義理と人情に厚い、いいオトコ。

 チュンなんだけどな。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...