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ナオと、会う
しおりを挟む受験生にはクリスマスはない。
シュンは冬休みに入ると同時にお母さんの家に行って、そこから塾に通い詰める冬休みになるらしい。
途中で勉強合宿もあるんだってさ。
って、小学生だよ?
すごいよなあ、昨今のお受験事情。
そんな理由で、クリスマスは前倒しでケーキ食った。
ツリーこそ飾らなかったものの、寺なのにクリスマス。
寺で、すき焼き鍋を囲んだ後にクリスマスケーキって……って思ったけど、なんか日本人っぽくて面白かった。
家に帰ったらゆず湯が用意してあるんだそうだ。
宗教信条無視なのに、季節感だけ満載なのが、ホントに面白い。
「あ、鼓星」
帰り道で夜空を指して、シュンが言った。
「お前、難しい名前知ってるな」
住職と呑んだビールでふんわり赤い顔をしたテルさんが、シュンの髪をぐしゃぐしゃかき混ぜながら笑う。
「去年、いっくんに教わった」
「へえ……さすが物知りだな」
「ああ、そういえば自転車で轢かれたの、去年の今時分だったっけ」
「うん」
そうか。
初めてこの二人に会ってから、もう一年になるんだ。
あの頃、シュンはもう少し背が低くて、ちょうど目の高さにつむじがあったのを思い出した。
今じゃほぼおれと並んでいる。
テルさんはもっと背が高いから、きっとシュンもまだ伸びるんだろう。
「そっかぁ……」
ナオの縁談を聞いてどうしようもなくひとりだって思って、辿り着いたのがここだった。
仮の場所だって知っている。
けど、温かい場所。
「もう、一年になるんだ……」
口に出したら、きっちり巻いたマフラー越しに、ふわりと白い息が舞う。
おれの隣に立って、シュンが笑った。
「来年は受験も終わってるから、みんなでどっか行こうよ。イルミネーション? とか、見に行こう!」
確実とは言えない、未来の約束。
あいまいに笑って頷いた。
クリスマスが過ぎたら、余韻に浸る間もなく正月の準備で、あっという間に大晦日。
寺の正月は忙しい。
二回目の手伝いだから、こっちも少しは要領がわかってきているけど、それでも慌ただしいことに変わりはない。
特に今回はシュンが勉強合宿でいないからね。
昨年と変わらないようにてきぱきと動くテルさんは、それでも少し寂しそうだった。
チュンと会うことにしたのは、企業の休み最終日だろう四日。
おれも五日が仕事始めで、仕事始めは職場に出勤の予定。
なので、今夜はホテル泊。
先にチェックインしてから待ち合わせ先に向かったら、なんとも言えない顔をしたチュンがいた。
「よう、チュン。どうした、景気悪そうな顔して」
「あけましておめでと」
「あ、おめでと。何? どうした?」
景気の悪いチュンが視線を向けた先を見て、自分の顔がこわばったのがわかった。
つるんでいる連中がいるのは、いい。
けど。
「……ナオ?」
そこで一緒に笑っているのはナオで。
増田氏もいるとこから察するに、いつもの連中といつもの新年会なんだろうけど。
けど。
「チュン、どういうことだ? 来てるの知ってたなら、先に連絡してくれりゃいいのに」
おれは他の奴らの目につかないように、チュンを詰める。
チュンに会うつもりで来て、実質新年会なのはいい。
まだ、いい。
なのに不意打ちでナオがいるとか、それはないだろうって思うわけだよ。
尖がったおれの声に気がついているだろうに、チュンは肩をすくめるだけで悪びれた様子はない。
「色々と考えたんだけどさぁ、今回は乗っかった方がいいかなって思ったんだわ」
「どゆこと?」
おれの知らないところで、ナオとおれが仲違いしているんじゃないかって、気遣い担当の女子が気をまわしたらしい。
おれが仕事を理由に合流しなくなって、ナオは会いたいけど連絡がつかないんだとこぼしていたんだって。
元々おれと直に連絡していたのは、主にナオとチュンだったからね。
気遣い担当さんが新年会でナオとおれを会わせたいって言い出したのを聞いて、チュンも一度は水を差してみたっていう。
別に特別な理由があるとは聞いてないし、ナオは新婚だし、おれは仕事で出向してるんだから、会う機会が減っても仕方ないだろって。
けど、ナオの方が会いたがったらしい。
そしておれの好きにさせてはくれていたものの、「一度は話をさせた方がいい」と思っていたチュンは、日和った。
「あの子たちは、お前らが付き合ってたのを知らない。だから、恨むのはお門違いだよ」
「それでもさあ……」
「お前の気持ちもわかるんだけどな……でも、やっぱりちゃんと話した方が、お前のためだと俺は思うわけだ」
とりあえず、二次会は抜けていいから話をしろ。
チュンはそう念を押してきた。
だまし討ちには驚いたけど、そこは大人だからね。
新年のあいさつや久しぶりだなって声をかけられて、ひとまずは笑って答える。
予約しておいてくれたっていう居酒屋に雪崩れ込んでの新年会では、できるだけナオから離れて座った。
交わされる会話の中で、いつの間にかナオが父親になったって知った。
オクサンは今、里帰り中なんだってさ。
増田氏と愚痴とものろけともつかない、家庭の話をしている。
こんなので何を話したかったんだ? って不思議に思いながら、おれは目の前に置かれた小鉢やビールをちびちびと進める。
まあ、皆がいるところなんだから、うかつなことは言わないだろうけどさ。
そんな何とも微妙な気分の新年会。
チュンに言われていた通り、一次会で抜けて、ホテルに足を向ける。
話をしろって言われてもなあって思うから。
「郁」
角を曲がったところで、声がかかった。
懐かしい呼び方。
「久しぶりだな」
足は止めた。
止めたけど、振り向けなかった。
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