ようよう白くなりゆく

たかせまこと

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じゃあ、さようなら

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 振り向かないまま口を開いた。

「何の用?」

 自分で思っていたよりも冷たい声が出る。
 手が震える。
 心は震えない。
 あれほど聞きたかった声のはずなのに、聞きたくない。
 その口から出てくる言葉が、怖い。

「用……っていうか、話をしたくて」
「話? 何の? ああ、そうだ。ご結婚おめでとうございます。仕事で祝いに行けなくて、すいませんでした。お子様も生まれていたんですね。重ね重ね、おめでとうございます」
「郁……そういう話じゃなくて」

 嫌味っぽいのはわかっているけど、口から出てくる言葉はそういうのしかなくて。
 振り向くこともできなくて、足元を眺めながら早口で言った。
 ナオはそういうのじゃなくてって言って、おれの腕をとる。

「こんなとこでする話でもないだろう。どこかに入ろう」
「いやだ」
「郁」
「離せ。こういうとこでできない話なら、聞く気はない」
「郁」

 今更、何を話すっていうんだ?
 しばらくにらみ合って、結局、どこかで腰を落ち着けてっていうのはなしで、立ち話をするだけにした。
 迂闊にどこかに入ろうっていうのに頷いて、個室にでも連れ込まれちゃたまらない。
 長く付き合っていたんだから、ちゃんと覚えているんだ。
 ナオはそういうとこ、ズルいと思うくらいうまいから。
 目についた自動販売機で温かい飲み物を買って、近くのガードレールに凭れる。
 並んでいるのに顔を見る気にはなれなくて、靴の先を眺めた。

「お前は、許してくれていると思っていた」

 おれが風邪をひく前に手早くしなきゃなって、苦笑いしてナオは口火を切った。
 無駄に優しいのが、悔しい。
 
「何を?」
「俺のことを。何も言ってこなかったから、許されてるんだって、増田の結婚式の日、思ったんだ」
「何を勝手な」
「そうだな……勝手だった。お前は、俺を諦めてたんだな。気がついたのは連絡が取れなくなった後だったよ。……ごめん」

 ナオがおれに頭を下げる。

「俺が不誠実だった」

 道端で、それなりにいい年齢のいい見た目の男が、貧相なおれみたいなのに頭を下げるなんて、なんて滑稽。
 意地が悪いってわかっているけど、おれは黙っていた。
 こんな終わりを求めていたんじゃない。
 それなのに何をしてるんだろうって、思った。

「順番を間違えた。ちゃんとお前と話をしなかった」
「それ、自分で気がついたんじゃ、ないだろ?」
「ああ……うん、実は……雀部に言われて、気がついた」

 おれが行方をくらませた形になった去年の正月、チュンと二人で会ったんだって。
 チュンのやつ、心配してたぞしか言ってなかったけど、ホントはかなりナオを詰めていたらしい。
 別れるのは仕方ないけどちゃんと話をしろって、ナオにも言ってたって。

「面倒だって思うなら、そのままにしておいてくれてよかったんだ」
「郁」
「ホントはそうしたかったんだろ?」

 だから、あの時何も話をしなかったんだろ?
 自然消滅を狙っているんだなって、おれはそう思っていたんだ。
 今更こんな形で話するなんて思ってなかった。

「ごめん……」

 ナオの声が揺れて、驚いた。
 目を上げて顔を見たら、本気で困ったときの顔をしていた。
 しょうがないから口を開く。

「おれはさあ……ただ側にいてくれたら、それでよかったんだよ。他には何にもいらなかったんだ。だからあんたが先に結婚するって話してくれていたら、多分そのまま付き合っていたと思う。そういう意味では、これで良かったんだ。順番間違ってくれて、ありがとう」

 じゃないと、きっと、別れられなかった。
 都合のいい存在だってわかっていても、おれから手を離すことはできなかったと思うから。

「あんたがどうしておれに話してくれなかったのかとか、なんで結婚したのかとか、色々と思うところはあるけど……そういうのはもういいよ。聞いたってもう、どうしようもないことだから」
「ああ……そうだな」
「話は、これだけ?」
「ああ」
「じゃあ、行く。連絡することももうないだろうし、アドレスは消しといて。おれもそうするから」
「郁……」

 まだ何か言いかけていたけど、おれはガードレールから体を離す。

「じゃあ、さようなら」

 理由を聞いたって、今の思いを聞いたって、どうしようもない。
 だってあんたは、もう誰かの旦那で誰かの親だ。
 好きだったよ。
 ずっと側にいて欲しいと思っていた。
 いられると思っていた。
 気持ちは変わる。
 あんたがおれの手を離したから、おれも諦めた。
 ただ、それだけの話。
 
 で。
 話をさせたがっていたチュンには、感謝しているけど尻ぬぐいもしてもらうことになった。
 夜中に外で立ち話したら、そりゃあ熱くらい出るよね、おれだし。
 次の日の退勤後、待ち構えていたチュンと合流したときは、すでに微熱にしてはちょっと高めだった。
 ため息つきつつ、チュンはおれを引き受けてくれたのだ。
 ちゃんと、テルさんにも連絡入れて。
 以前、三者面談みたいな挨拶をされた時にはすごく恥ずかしかったけど、これの伏線だったのかなってことにしておく。
 


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