ようよう白くなりゆく

たかせまこと

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旅立ちの日

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 シュンは中学進学を機に実家に――お父さんとお母さんのところに行くって自分で選んだ。
 それでも、最後まで自分の家はここだからとテルさんに念を押して、たくさんの荷物を置きっぱなしにして行ってしまった。
 週末はこっちに来ると何度も言っていたけれど、入学してすぐは何かと忙しないらしくて、まだ叶っていない。 
 それからちょっと後、おれが関家を出るその日は、嫌になるくらいに天気が良くて、引っ越し日和だった。

「いっくん、忘れものない?」
「うん、大丈夫。予定より長くなっちゃったけど、お世話になりました」

 おれがこの家にいられたのは、約束通り一年間。
 あとは通いで作業を進めることになる。
 それでもできるだけ長くここにいたかったから、家が見つからないとかなんだかんだと言い訳をして、ゴールデンウィークまで引っ張った。
 さすがに組織に所属する社会人としては、これ以上はまずいでしょってくらい粘った。
 かりそめの場所だけど、ホントに居心地が良かったんだよ。

「寂しくなるなあ……」
「シュンもいなくなっちゃったし?」
「うん」

 シュンがいなくなったことを寂しいと素直に認めて頷くテルさんは、大型犬が耳も尻尾も下げてしまったみたいな感じで、かわいい。
 
「やっぱり、テルさん、かわいい」
「年上をからかわない」
 
 シュンが持ち出した荷物も少なかったけど、おれの荷物もやっぱり少ししかなくて、おれは薄っぺらいままなんだなって思った。
 家電や大型家具がないにしたって、宅配で引っ越しがすむって、どうよ。

「いっくんが出てったら、また、シュンが荒れそう」

 溜息と一緒にテルさんが吐き出した。
 自分の引っ越しの時も、ずっとぐずっていたもんなあ。
 おれの荷物を勝手にシュンの部屋に運んで、「これの置き場所はここ! 動かしちゃだめ!」なんて言っていたし。
 
「あー……でもまだ作業も残ってるし、折をみて顔を出しますよ」
「うん、じいさんも寂しがってたから、そうしてやって」

 オレがここから離れる今日、テルさんの大きな体はすごく影が薄かった。
 寂しいなって、全身で訴えているみたいに。
 だから全然、おれの柄じゃないんだけど、ちょっとだけお節介を焼こうなんてことを、思っちゃったんだと思う。

「テルさん」
「ん?」
「ひーさんと暮らさないの?」

 オレがそう言うのは予想外だったんだろう。
 テルさんが、目を丸くした。

「テルさんはきっと誰かといる方がいいよ。今日のテルさん、すごく影が薄い」
「そうかな……? 結構かさ高くて場所取りだから、そういうふうに言われたことなかったな」
「テルさん。もっとわがままになっていいよ。聞き入れられるかどうかはわからないけど、言ってくれていいんだよ」

 そう言ったらテルさんが微笑んだ。
 でもね。
 お世話になった時間の中で、テルさんがおれを知ってくれたみたいに、おれもテルさんのこと知ったんだよ。
 テルさんは優しくて、こっちが心配になるくらいに誰かのためにいようとする人。
 
「シュンが気にしてたのは、そういうとこだと思う。シュンがここを離れたがらなかったのだって、おれのこと引き留めようとしていたのだって、テルさんが心配だっていうのがあったと思う。ひーさんが誰彼かまわず威嚇するのだって、同じだよ。テルさんは、もっとわがままになっていい」

 柄じゃないのはわかっていて気恥ずかしいから、おれは結構いっぱいいっぱいだ。
 一気に言いたいことを言ったら、テルさんが真っ赤になってた。
 それから困ったようにあっちこっち見回して、大きく息をついて、笑った。

「ありがとう。そうだな……ちゃんと、考えてみる。自分のこと。そんで、いっくんもな」
「え?」
「シュンは俺が育てた。だから、間違いないって思ってる」

 テルさんがオレの頭を撫でた。

「シュンは、気の迷いでいっくんを好きだって言ったんじゃない。本気で、好きだと思うよ」
「テルさん……」
「いっくんの気持ちは、俺にはわからないけど……あいつの気持ち、気の迷いって決めないで」

 だけど……だけどさ。
 オレは、そんないいやつじゃないんだよ。
 優しくしてもらえるほどの、人間じゃないんだよ。
 だって困る。
 シュンの好きが気の迷いじゃなかったら、どうしたらいいんだろう。
 オレの両親は、オレの存在が疎ましくて、離婚を決めたと言っていた。
 身体は弱いし、男が好きな変な奴だし、思うことをちゃんと言わないし、面倒な奴だって。
 ただ好きで、側にいてくれるだけでいいと思ったナオだって、いなくなった。
 聞きたくないって最後に話した時は突っぱねたけど、周囲の気持ちに負けて見合いして結婚したんだっていうことは、あとからチュン伝いで聞いた。
 きっと、オレが重かったんだと思う。
 だからシュンが本気ならなおさら、どうしたらいいのかわからなくなる。

「オレなんか、大事にしたって、なにもいいことないよ」
「そんなことないよ……いっくんが笑ってくれたら、嬉しい。その嬉しいって気持ちは、いっくんがくれるものだ」
「テルさん……」
「自分が重荷になるとか、足かせになるとか、あいつの若さとか……いろいろと気にしてくれてるのかもしれないけど、シュンにはそれくらいが丁度いいくらいと思う。あいつ、重しがないとどうなるかわからないとこあるから。だから、いっくんがいいんだよ」
 
 そう言われて、今度はおれが赤面させられた。
 耳が熱いから、きっと見てすぐわかるくらい赤くなってると思う。
 最後の最後で、何やってるんだろう、オレたち。
 そう思ったけど、テルさんが優しくて、目の奥がかあってした。
 テルさんの顔を見上げたらボヤってしてた。
 
「いっくんはもう、もう一人の弟だからね。いつでも帰っておいで」
 
 そう言って、テルさんがおれの頭を抱え込んでくれた。
 もう、ずっと。
 誰もそんな風におれを甘やかそうとはしなかった。
 なのに、あんまりにも普通に当たり前のようにテルさんがそうするから、おれの涙腺は緩くなる。
 テルさんに甘えて、たくさん泣いて。
 やっと、泣けた。
 そう思った。

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