ようよう白くなりゆく

たかせまこと

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嬉しい不機嫌

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 現地派遣期間が終わった。
 毎日何かしらすることがあって忙しなくて、目の前の事柄を片付けていくうちに時間がたっている。
 有名進学中学校に進んだシュンは、少しでも連休があると関家に戻っていて、戻るたびに連絡をよこす。
 仕事して、チュンに呼び出されて、シュンに呼び出されて、テルさんに呼び出されて……って呼び出されてばっかりだなおれ。
 そうは思いながらも、ありがたいことなので応えてる。
 呼び出されてばっかりの生活はすごく受け身なんだけど、意外と楽しくて充実してバタバタしていた。
 ほとんど仕事の生活だった以前から、じんわりと変わったところ。
 仕事を始めたら、大きく生活が変わることなんてあんまりないっていうのは、実感として知っている。
 学生の間の進級進学みたいに、定期的に環境が変わるなんて言うのは、まずないことだしね。
 環境が変わることなんて、後は転勤や転職や結婚くらい? って、勝手に思っていた。
 当たり前のように、忙しくて代わり映えのない生活っていうやつを、享受して過ごしていたというのに、それが、あった。
 当然のことだけど、おれにじゃなくて。
 ついにテルさんとひーさんが、一緒の生活に踏み切ったんだ。
 おれが関家を離れて一人暮らしに戻ってから、三回目の年越しのこと。

「わざわざ、この時期に合わせなくてもいいと思うんだよな」

 すっかり恒例になった年末年始の手伝い、おれの担当は台所。
 最初は伝言係やお運びさんだったんだけど、回を重ねるごとに何となくの担当が定まっていって、建物の中の仕事がおれに回ってくるのが定番になった。
 で、前回に続いて今回は台所。
 寺の台所はおばあさん――住職の奥さんが生前に調理台やシンクを新調したそうで、建物全体から比べれば新しい。
 男二人が並んで立っていても狭いって感じない広さなんだけど、若干高さが足りないのは難点。
 おれでさえ低いと思うんだから、テルさんにはかなり低いはず。
 並んで作業をしながら、照れ隠しなのか何なのか、わざとらしいくらいの渋い顔でテルさんが言う。
 
「なにが?」
「引っ越しをさ。こっちは年末年始が繁忙期だって知っているくせに、何だってわざわざ年末にって思うわけだよ」

 ここは給食室ですか? ってくらい大きな鍋を二つコンロにかけて、テルさんはぶつぶつ言っている。
 鍋の片方にはけんちん汁が、もう一つには甘酒がいい感じにくつくついってる。
 大鍋で煮込まれているものって、中身がなんだろうがちょっとこうワクワクするっていうかぐるぐるかき混ぜたい衝動に駆られるっていうか、そういう感じ、あるんだけどさあ……さすがに二鍋だと壮観だね。
 これでも減ったって聞いた。
 テルさんが子供の頃は、当番の人もそうじゃない人も、たくさんの檀家さんたちが寺に集まって除夜の鐘を打っていたんだってさ。
 おれから見ると今でも人が集まっているように見えるけど、だんだん減っているってお年寄りたちが言っていた。
 温かいものを摂って体を温めながら、集落の人たちで除夜の鐘を打って、年越しの挨拶をしてっていう、昔ながらの行事。
 ひーさんが引っ越しにそのタイミングを選んだことを、テルさんはぶつぶつ言っているけど、いいんじゃないのかなあって思う。
 だっておれだってここの仕事にかかる前、年末年始の手伝いで顔つなぎしたもん。

「改めてあっちこっち挨拶に行くより、楽そうだけど?」
「以前はこっちで生活していたんだから、挨拶なんて今更なんだよね。それに、ひーがそんな気を遣っているとは思えない」
「ひでえな、俺だってそれくらいは気にするぞ」

 さっき届いた灯油のポリタンクを裏に運んでいたひーさんが戻ってきた。
 寒い寒いとぼやきながら、ぶつくさ言ってるテルさんに抱き着いて、暖を取る。
 当たり前のように抱き着いてるひーさんを見て、いろんな意味でひえってなった。
 おれいるんですけどとか、ここ関家じゃなくて寺なんですけどとか、檀家さんに見つかってしまわないかとか、見られてもいいのかとか。
 とかとか。
 うん、色々な意味で驚いてしまうよね。

「邪魔」

 ていっとひーさんをあしらって、テルさんは台所から離れる。
 
「外が寒かったんだよ。あとちょっと」
「いやだ。ちょっとはわきまえろ」
「ケチ」

 その後ろをためらいなくひーさんがついて行く。
 ……カルガモですか?
 うっかり連想してしまったのはほわほわかわいいひよこなんだけど、現実的にひーさんにそんな要素は全然ない。
 ないんだけど、さっきから用事が終わるたびに戻ってきてテルさんの後ろをついて歩いているその感じが、どうにも……ねえ。
 似合わないけどでもやっぱりカルガモだなって思いながら、甘酒の鍋を軽くぐるぐるかき混ぜた。
 具材が焦げ付かないように、混ぜなきゃなんないのはけんちん汁の方。
 底の方を玉杓子でこそげるように掬って、上下入れ替えるように混ぜる。
 普段料理なんてしないから、加減がわからないなあって混ぜていたら、テルさんに追い払われたらしいひーさんが戻ってきた。
 
「生方……お前、今なんか変なこと考えたろ?」
「いいえ~、変なことなんて考えてませんよ」

 カルガモですか、なんて聞けるわけないじゃん。
 ひーさんはなんかちょっとだけおれにあたりが強いので、うかつなことを言ったら絞められそうだ。
 
「隠さなくていいのかなって、ちょっとだけ気になっただけです」
「お前が気にすることじゃねえ」

 不機嫌ですって顔でひーさんが言う。
 理由はわからないけど、ひーさんはおれがここにいるのをよく思っていなさそうで、おれはこのままここにいていいのかなって、ふと気になった。

「ええ、と……」

 次の言葉を探していたら、戻ってきたテルさんが全く容赦ない感じで、ひーさんの後頭部に張り手をかました。

「でっ何すんだ!」
「そういうのを止めろって言ってるだろ!」

 今、べしってスゴイ音したよ?

「まだ足りないのか? 本気で殴ろうか?」
「えええ? 待って待って、テルさん、何怒ってんの?!」

 おれは慌てて声をかけた。
 なんだこのカオス!
 テルさんは何だか笑顔で物凄く怒っていて、そのタイミングで到着したシュンに、ひーさんを引き渡して追い払ってしまった。

「ごめんな、あれ、いっくんには何にも悪いとこないから。俺とひーの話だから」
 
 作業台の椅子を出してきて二人で腰かけて、困ったような顔でテルさんが笑う。
 二人がずっと別々にいたのは、旅が多いひーさんに合わせてのことだとおれは思っていたんだ。
 実際は、ずっと一緒にいたがるひーさんを、テルさんが留めていたらしい。
 
「俺がひーに甘えすぎてたんだ。だから、いっくんにまでよけいな嫉妬してんの。シュンにも。そのうち落ち着くと思うんだけど……」

 そう言って溜息つくテルさんは、すごく困っていそうで嬉しそうだった。
 そういうテルさんは気がついてない。
 ひーさんといるとテルさんは穏やかなだけの人じゃなくなるんだ。
 おれは、それが嬉しい。

 ひーさんは怖いけどね。
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