WaterDrop

たかせまこと

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いつもと変わらない朝

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 目覚まし時計が鳴って、あたしは目を覚ました。
 すーーーーーん、って、耳の奥で音がする。
 周囲が静かな時、妙に気になる耳鳴り。
 築浅のこのマンションは機密性が高くて、マンション生活の困ったあるある、なんて話を聞くほどには、周囲の音なんて聞こえてこない。
 これで隣近所と騒音問題で揉め事を起こすなんてどうやって? って、思うくらい。
 この部屋、機密性が高くて防音機能がしっかりしているっていう売り込みは、間違いじゃなかったんだなってぼんやり考える。
 多分、機密性の高い部屋っていうのは、穏やかに生活するにはいいのだろうなと思う。
 それがその人にとって好ましいかどうかっていうのは、また別問題だけど。

 2DKって聞いてはいたけど、実際は2LDKくらいあるんじゃないのってくらい、ゆったりした間取りのマンションは、自分以外、誰の気配もないいつもの様子。
 カーテンの隙間からはそろそろ夏も近づいてきたなあって思わせるくらい、眩しい朝の光。
 リビングのテレビが、セットしておいた時間にニュース番組を流し始める。
 ああ、そろそろ布団から脱出しないと、電車を降りた後で最寄駅から職場へ走って行かなくちゃいけなくなる。
 もそりと体を起こして、ベッドの下にある部屋履きに足を入れて、客がいるとき以外は開けっ放しにしてあるドアからリビングへ向かう。
 どれだけ気配を探っても、この部屋は私以外には人の気配が感じられない。
 一人暮らしなんだから、当然。
 逆に、したら困るわ。
 自分で自分に突っ込みを入れながら、朝の支度に手を付けようとキッチンに立って、ますます一人をかみしめた。
 昨夜、ここで職場の人たちと、たこ焼きパーティーをした名残が、ある。
 散らかしたままなんじゃなくて、なんていうのか、人がいた名残みたいなもの。
 たとえばいつもより多い使用済みの布巾とかハンドタオルの洗濯とか、水切り籠に伏せられたコップの数とか、ちょっと大きい生ごみの袋とか。
 そんな、ホントに些細で小さな、名残り。
 朝、いつもしているようにコップ一杯の水を飲んでから、トースターにパンを突っ込んでやかんを火にかける。
 それから、リビングを挟んで寝室と反対側にある部屋に行く。
 そこも基本的には、ドアを開けっ放しにしている。
 閉め切られた空間ってやつが、あたしは嫌いだから。
 それに対して文句を言っていた人は、もう、いない。
 あたしのベッドくらいしか置いていない殺風景な寝室とは対照的に、ごちゃごちゃと物が置いてある部屋。
 ほとんどは引っ越してからこっち、放っておいたまま開けていないダンボールだ。
 入り口近くではそれほど感じないけど、部屋の中に踏み込めば、マンションとは違う懐かしい香りがする。
 今はもうない、あの家の匂い。
 奥の、ぽっかりと空いたスペース。
 そこだけ周囲を片付けて置かれているのは、仏壇。
 マンション生活に見合ったサイズのそれには、あたしの両親の位牌が納められている。
 懐かしい家を処分してこのマンションに腰を落ち着けたのは、まだ、そんなに前じゃない。
 それでもある程度の時間は経っているのだから、いい加減にちゃんと片付けなくちゃと思うのに、仏壇の周りを整理するのが精いっぱいで、ごちゃごちゃになったままの部屋。

「おはよ、今日も暑そうね」

 もうずっとそうしてきたように、声をかけてからコップの水を入れ替えて、簡単に仏壇や周囲の埃を払って、鈴を鳴らす。
 仏壇に対してこういう表現は変だと思うけど、いつもと変わりがないのを確かめて、ホッとする。
 昨日、客として来てくれた後輩は旧家の出身で、年齢や外見の割に妙に気が回る男の子だから、日もちまで考えたお供えを持参してくれた。
 一晩仏壇の前に供えていたけど、この時期にこれ以上閉め切った部屋に置きっぱなしにするのは気が引けるから、箱ごと冷蔵庫に入れてしまおう。
 そっと手を合わせてから、あたしは本格的に出勤準備に取り掛かる。

 職場の人たちと楽しく過ごした夜の果て、少しすうすうとした気分にはなったけれど、いつもと変わりのない、朝を迎えた。
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