あなたの仰ってる事は全くわかりません

しげむろ ゆうき

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「あの馬鹿は何を考えているんだ……」

 そう呟きながら怒りを必死に抑え込んでいるのは私、アリーナ・アーガイルの父であり、このエイダール王国の宰相、サイラス・アーガイル公爵である。
 ちなみに父がどうして怒っているのかというと、王宮の執務室の窓からエイダール王国の王太子殿下であり、私の婚約者でもあるネイダン様の浮気現場を見てしまったからだ。
 しかも、あろう事かネイダン様は私の友人アナスタシアと木の下で熱く抱擁し、キスまでして……と、私はショックのあまり口元を押さえる。
 ただし、すぐ我に返ると父の方を向いてしまったが。
 何せ、ここにいる全員の立場からすれば婚約者と友人、双方から裏切られただけの問題ではないので。

 お父様に見られたからには更に……

 そう思っていると案の定、父が再び呟いてくる。窓の外を睨みながら「なぜ、王太子という立場であんなに堂々とできるんだ? ここからはっきりと見える位置だぞ。それともあれは我がアーガイル公爵家に喧嘩を売っているということなのか?」と。
 震える拳を握り締めながら。
 今にも壁に掛けてある剣を持ち出しそうな勢いで……と、思っていると父は壁の方に視線を向けてしまう。
 もちろん剣が飾られている方の。

 ま、まずいは……

 なので、私は急ぎ父の気が紛れる言葉を言わなければと頭の中を回転させたが。
 自分の今の状態を理解せずに……と、目の前の光景にやはりショックが強すぎたのか、ふらつき倒れそうになる。
 「アリーナ!」と、こちらの様子に気づいた父がすぐに支えてくれ、近くのソファに座らせてくれことでことなきを得たが。

「大丈夫かアリーナ?」

 そして優しい言葉もかけられてしまい。
 こんな時だからしっかりしなければいけない立場なのにと、私はなんとか「……大丈夫です」と、作り笑顔をする。
 この国の宰相を騙す事はできなかったけれど。

「何が大丈夫だ……あの馬鹿に裏切られたショックで顔が真っ青じゃないか」

 そう、すぐバレてしまったので……と、私はゆっくりと口を開く。

「すみません。でも、少し休めば」
「わかった。ただ、その表情だとどうやら知らなかったらしいな」
「ええ、全く……」

 何せ、今の今まで知らなかったのだから。
 しかも、昨日はネイダン様に会ったが全くそういう素振りも見られなかったし。アナスタシアにしても。

 いや、そもそも二人に接点があったなんて全く……

 そう心の中で呟きながらも窓の方に視線を向けてしまう。疑問を抱きながら。婚約者候補から正式に婚約者になったばかりだというのにどうしてあんなことを? と。
 だって、来年は結婚式を挙げる予定で二人とも喜んでいたので。
 もちろん、別々に。
 いや、本当は……と、私は二人の仲を想像してしまい何も知らなかった事への恥ずかしさと情けなさて涙が込み上げてきてしまう。
 それと若干の怒りも……と、今度こそは表情を作ることはできたが。執務室の扉が勢いよく開き、騎士団長のレンゼル・ハミントン伯爵が入ってきてすぐに。

「おい、窓を見ろって……ア、アーガイル公爵令嬢」

 いや、やはり私と目が合うなり、隠しきれなかったみたい……と落ち込んでしまったが。

「その様子だと見てしまったのか……」

 そう言ってこられたので。
 お辛そうな表情で……と、私は答えられず顔を伏せる。

「娘はショックを受けている」
「すまん、配慮が足りなかった」

 二人の言葉に申し訳なけさで押し潰されそうになりも……と、部屋の空気が徐々に重くなっていく。なんとなく身体が冷えていく感覚も。
 ただし一人の若い騎士が入ってきたことで少しだけ散っていったが。
 更には父の側に行くなり勢いよく頭を下げられることで。

「すみません、父が勝手に部屋に入ってしまいまして……」

 レンゼル・ハミントン伯爵の御子息であり、正義の塊であり、なおかつ微笑みの貴公子と呼ばれるアルト様だったので。
 まあ、今はなんだか苛々している様子だったけれど。父以上に……と、なんとなく思っていると父は少しだけ落ち着きを取り戻した表情になる。

 「いや、レンゼル卿はいつもの事だ……。それより、二人ともあの醜態は見たのか?」

 そして、そう尋ねるなり再び怒りの形相に。それはレンゼル様も……と、同じ表情で頷かれる。

「俺達だけじゃなく、かなりの数が見ている……」

 その言葉で、父は何かを決心するように頷きも。肩を震わせながら。

「そうか……」
「どうするサイラス卿?」
「もちろん、陛下に話をつけにいく。あんな馬鹿に大切な娘はやれんからな」
「なら、手伝うぞ」
「頼む。だから嫌だったんだ。王妃に溺愛されて常識知らずなあの馬鹿は。絶対いつかやらかすと思っていたんだ。なのに王命で大切なアリーナを縛りやがって!」

 お父様はそう叫ぶなり窓の方を睨む。
 ただ、ハッとすると私の方を向いてきたが。

「とにかく、まずは娘を医務室へ連れてく。アリーナ、必ずあの馬鹿から解放してやるからな!」

 そして、私を抱き上げて……と、そこまでが自分が知っているその日の記憶だったが。
 何せ、そのまま意識を失ってしまったから。起きた際に、だいたいのことが終わっているのも知らずに。



 あれから、アナスタシアは修道院に送られ、私とネイダン様の婚約はあっという間に解消された。
 まあ、解消にあたってはかなり揉めたらしいけれど。お妃教育を学び終えた私を手放すなんて嫌だと王妃様がひたすら渋ったそうなので。
 第二王子と婚約して欲しいと懇願してくるぐらい。既に婚約者がおり二人が心の底からお互いを想い合っているのも知りながら……と、もちろんそんなことは絶対にさせないと父とお相手の父親が二人の仲を押し切ったらしいけれど。
 滅多に動こうとしない重い腰を持つ国王陛下をきびきびと動かしながら。更には先読みもして隣国に嫁ぎ、両国の橋渡しという役割りもさせないようにも。

 ほぼ、王命という感じにして……

 まあ、実際には父がグダグダいう王妃様に怒り心頭になり宰相を辞めると言いだしたため、国王陛下が大変焦って動いただけなのだが。
 この国は父の手腕で半分持ってるようなものなので。
 つまりはこの婚約は王家がアーガイル公爵家と強固な繋がりを持ちたかっただけという。

 愛のない政略結婚。
 あの木の下であったような情熱なんて微塵もない……

 だからこそネイダン様とアナスタシアが今になってああなってしまったのは仕方ないと無理矢理納得することにしたのだけれど。起きてしばらくの間は……
 何せ、ネイダン様が駄々をこねはじめたようなので。私は正妻でアナスタシアは側室として欲しいと……
 王家について全く勉強してなかった事を露見させながら……と、現在、ネイダン様は再び一から王太子教育をやり直してる最中なのである。

 なのに……

「アリーナ!」

 なぜか学院内でもう婚約者ではない私の名前を大声で叫び腕まで掴んできて……
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