桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない

しげむろ ゆうき

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 昭永(しょうえい)三十年

 小さな島国、和国(わこく)はここ数十年で生活様式が目まぐるしく変化していた。衣類に日用品、馬を必要としない車、そして西洋建築の建物、簡単に言ってしまうと和国の技術力が上がり便利な世の中になったのだ。
 ただし、そうなったのは隣りの大陸から溱璽国(しんじこく)が来てくれたから。数十年前この和国にも現れてしまった世界中に恐怖を撒き散らしている魔獣(まじゅう)を討伐しに。
 何せ言葉通りの意味で和国軍の力では魔獣を倒すことができないので。
 銃や刀などでは全く傷すらつけれず。
 だから溱璽国から派遣された対魔獣師団(たいまじゅうしだん)が彼らしか使用できない異能の力を武器に纏わせ、日々、魔獣を倒すために戦ってくれているのである。
 それは数十年間経った今でも。魔獣が現れたと知らせる警報が鳴るたびに。

◇ 始まりのあの日

 私は街中を着物が乱れるのも構わず走り続けていた。そして混乱しながらも考えていたのだ。結界が張られている安全地帯になぜ魔獣がいたのかを。
 ただ、そんなことを考えている余裕がないことをすぐ理解してしまうが。何せ逃げられたと思っていたのに再び聞こえてきたから。魔獣の足音、息遣い。そしてわかりたくもないのに背中に刺さる殺意がこもった視線も。
 それでも私は死に物狂いで逃げ続けるしかなかったのだけれど。
 ただし魔獣に追いつかれ、右肩に深々と牙を突き立てられるまではだったが。

「ううっ……」

 激痛と共に唯一の肉親である父の顔が浮かぶ。そして同時に死が近づいてくる感覚も。
 ただ絶望感に襲われることはなかったけれども。その前に魔獣の牙から解放されから。軍服姿の男性……対魔獣師団員(たいまじゅうしだんいん)の攻撃によって。
 きっと警報が鳴りすぐに駆けつけてくれたのだろう。
 いつものように。
 だからこそ、私もいつものように言ったのである。薄れゆく意識の中で。

「あり……がとうご……います……」

 まともに喋れず掠れるような声しか出せなかったが男性はすぐに振り向いてくれる。残念ながらお顔が見える前に私の意識は深い闇へと落ち拝顔することは叶わなかったが。


三年後

「本当にすまない」

 父、宗方 藤五(むなかた とうご)が深く頭を下げてくる。その際、薄緑色の髪のほとんどが白髪になっているのに気づいてしまう。
 私……優月(うつき)は気づかないふりをしておいたが。だって、今日は父にとって素晴らしく良い日になるのだから。
 厄介者の自分がいなくなる……と、もう気にしないでほしいという思いを込め私は首を横に振る。父はそれでもすまなそうな表情をしてきたが。そんな顔を絶対にしなくていい相手に。世界一の親不孝者にと罪悪感から思わず私は唇を噛み締めそうになってしまう。
 すぐに状況を思い出すなり精一杯微笑んでみせるが。「私は今幸せなのですよ。何せ一番望んだことが叶ったのですから」と本音を含め。
 それでも父は「……優月」と、探るようにこちらを見つめてきたけれど。
 しばらくすると「わかった。ではもう何も言うまい。けれども気をつけるのだよ」とも。私の左肩に手を置きながら。本当は色々と言いたいという表情を見せて。
 もちろん私は気づかないふりをして「はい」と頷くしかなかったけれども。しかも足早に小さいが自慢の我が家を出て。
 何せ私も色々と口に出そうだったので。ただし父が幻滅してしまいそうな言葉だったけれどもと、口元を歪めながら歩き続ける。
 目的地である私が今日結婚するお相手……ただし、まだお会いしたこともない九条(くじょう)家という格式高い家柄の出であると同時に現在、対魔獣師団(たいまじゅうしだん)の第二師団長をされている方の住まわれる家に。

 つまりは本来なら低い家柄の私ではどんなことをしても一生お会いすることができないお方……

「なのに……」

 近くのガラス窓に映る自分を見つめる。垂れ目に薄緑色の緩いウェーブがかった腰まで伸びた髪、そして頬が痩けた貧相な顔。九条様にとっては誰でも良かったとしてもなぜ私だったのだろうと。
 ただ、しばらくして硝子窓から視線を外すと余計な考えを振り払って襟を正したが。だって、なんだかんだいっても宗方家から嫁ぐ身としてきちんとしておきたかったので。決して向こうからはそう見られなくてもと、私は再び口元を歪める。
 すぐに表情を戻すが。見たことのある一台の立派な車が私の横を通り過ぎゆっくりと止まり、中から九条家で使用人をされ、宗方家に縁談話を持ってこられた匙裏 敬耀(さじうら けいよう)さんが慌てて降りてこられたので。

 しかも焦った様子……

 だからなのか私はこの時、匙裏さんの様子に一抹の不安を感じてしまったのだけれど。九条家の方で何らかの不備があってこの縁談はなかったことにして欲しいと言われるのではと。

 いいえ、もしかしたら……

 私は恐る恐る右肩に触れる。すぐ我にかえると手を下ろし匙裏さんの前に出たが。とにかく挨拶しないとまずいと思ったので。

「おはようございます匙裏さん。いったいどうなされたのですか?」

 そして疑問もと、おそるおそる尋ねると匙裏さんは姿勢を正し頭を下げてこられる。拍子抜けするほどの答えで「すみません。迎えに来るのを伝え忘れました」と。続けて車のドアを開けられながら「さあ、どうぞ乗ってください」とも。
 丁寧な対応でと、私は「あ、ありがとうございます」と言われるままに車に乗り込み、大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。
 すぐ表情を作り姿勢を正したが。匙裏さんが運転席に座り振り向いてきたので。

「本当は李玲(りれい)様も一緒に来る予定だったのですが至急作成しなければいけない報告書があると……」

 私は再び安心しながら口を開く。

「お気になさらないで下さい。九条様のお仕事は大切なものだと存じ上げてますから」

 すると匙裏さんは少しばつが悪そうな表情を浮かべられる。なので、その態度が少し気になってしまったのだが……いや、結局は気づかないふりをしたが。
 何せばつが悪いのはむしろ私の方であるから。それは九条家の方で何があろうとも。
 だから重苦しくなった車内でその後、私はじっと置物のようにしていたのである。

「ま、街中もだいぶ平和になりましたね」

 どうやら匙裏さんの方が耐えられなかったみたいだけれどと私は苦笑する。
 それから三年前を思い出しながら頷きも。

「そうですね。これも溱璽国から来られた対魔獣師団の皆様のおかげです」
「なら、李玲様に仰ってあげて下さい。きっと喜びますから」
「九条 李玲様……。対魔獣師団の第二師団長をなされているのですよね」
「ええ、あの若さで本当に凄いです。まあ、その所為で……いや、やめておきましょう」

 匙裏さんはそう仰ると黙ってしまう。もちろん私もその後は静かに車窓の風景を眺めることにしていたが。
 だって、九条家の方に余計なことを言って嫌われないようにしなければいけないから。

『ウウゥーーーーーー!! 魔獣が現れました。皆様、今すぐ結界の中に避難して下さい』

 ただし、魔獣が現れたという魔獣警報が響き渡った直後、つい前のめりに匙裏さんの方に顔を向けてしまうが。
 何せ今走ってる道路は安全地帯から外れているので。
 つまりは私達が襲われる危険性が。

「ま、魔獣警報が……」

 そう呟いた直後「安心して下さい。この車には魔獣が近づけないよう携帯型の魔除けを施していますから」と、匙裏さんが仰ってこられる。
 しかも余裕ある表情でと、私はほっと胸を撫で下ろす。
 ただし「な、なぜこっちに来るんだ!?」と焦った声が聞こえてくるまでだったけれど。

「えっ……」

 私はすぐに窓の外に視線を向け、直後に悲鳴を上げそうになる。だって魔獣が一定の距離を保ち並走してきたから。
 殺意の籠った瞳を私だけに向け。

『グルルルルルッ……』

 更には唸り声もと、私は恐怖のあまり動けないためその瞳と見つめ合ってしまう。
 匙裏さんの安堵した声が聞こえてくるまでは。

「ふう、対魔獣師団が来ましたからもう大丈夫ですよ」

 何せ同時に魔獣も対魔獣師団に気づいたらしく車から離れていってくれたので。つまりは殺意からの解放。
 ただ、今だに恐怖心が残り胸を押さえていた手は小刻みに震えていたが。
 いや、すぐに必死に震えている手を重ね膝に押さえつける。なぜって、これから対魔獣師団の団長の元へ嫁ぐ者が震えてるいるのがばれたらこの話がなくなってしまうと思ったから。相応わしくないと。
 ただ、結局は大丈夫だったけれど。匙裏さんはこちらに気づく様子もなく大きく息を吐くなり独り言を呟いたので。

「助かった。しかし、なぜこっちに来たんだ? 魔除けもあったのに……」

 もちろん私は口を閉じたままにする。何せ理由なんてさっぱりわからないから。

 それに、そもそもこの魔除けが施してある車にだって初めて乗ったわけだし。

 そう思いながら不思議そうに首を傾げ、独り言を続ける匙裏さんの後ろ姿を黙って見つめる。魔獣が倒されたという警報が鳴った直後、つい安心して口を開いてしまったが。

「お怪我をされていなければ良いのですが……」

 すると匙裏さんがすぐに笑顔で首を横に振ってこられる。

「噛まれても早く治療すれば問題ありませんよ」
「でも、場所によっては……」
「まあ、それは皆、覚悟の上でしょうからね。宗方様が心配されることではないかと」
「確かに……そうですね」

 「ええ、それに宗方様が心配しなければならないのはまず九条家での生活かと思いますよ。何せ……いや、実際にご覧になられた方がいいか」と、匙裏さんはある方向を指差すため私は目で追う。
 そしてあるものを目にするなり先ほどまでの会話を忘れるぐらいに驚いてしまいも。匙裏さんが指差す方に大きな館が建っていたから。
 しかも私が考えうる想像以上の。

「九条様はこんなにご立派なところに住われていたの……」

 すると私の独り言が聞こえていたらしく匙裏さんが答えてこられる。苦笑しながら。

「ええ。李玲様は華族出身ですからね。ただ、西洋被れのところがありまして溱璽風や和風の屋敷は嫌がって……ああ、これは内密にお願いしますよ」

 もちろん私は表情を引き締めながら頷く。

「大丈夫です。私は契約の通りに行動致しますから」

 するとバックミラーごしになんともいえない表情で匙裏さんが見つめてこられる。いや、きっと憐れんでいるのだろう。まあ、あの契約はこちらにとっては都合が良い。なので私にとってはむしろありがたいものなのだけれどと思っていると、匙裏さんが今度は何かを言いたそうな表情を浮かべてこられる。
 ただし、結局は何も仰ってこられないので再び不安になってしまったが。何か粗相をしてしまったのではと思い。

 しかも致命的な……

 まあ、ただ、その心配もすぐに取り越し苦労だったと理解したけれど。車を館の入り口近くに止めるとドアを笑顔で開けてくれたので。

「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」

 私は笑顔で礼を言い、車を降りる。
 ただし、九条家の広い敷地に入ると黙って匙裏さんの後に続くことにしたが。もう余計なことを言うべきではないとそう判断したので。
 特に私の立場ではと、その後は館の周りを囲う整備された庭園を見ても入ってすぐの玄関付近の内装が素晴らしくても表情を作り続ける。匙裏さんに声をかけられるまでは。

「宗方様、これから使用人の皆さんを呼びますので。ああ、ちなみに彼らを呼びたい時はこれを使って下さい」

 更には笑顔を作る私におそらく一生使わないだろう鈴を見せながら鳴らされる。使用人の皆様を呼ばれるため。

「ようこそおいで下さいました。宗方 優月様。さあ、お疲れのようですので一旦お部屋へ」

 もちろん私は首を横に振ったが。一番大事なことを早く済ませておきたかったので。この館の主への挨拶を。そしてここに来た最大の目的をと、焦る気持ちを抑えて私は口を開く。

「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですのでまずは九条 李玲様にご挨拶をさせて下さいませんか」

 すると声をかけてきた年配の女性は困った顔をされる。

「それは……ええと」
「……何か不都合が?」

 私がおそるおそる尋ねると何か思い当たる節があるのか匙裏さんが溜め息を吐かれる。

「まさかあれほど言ったのに魔獣討伐に出て行かれたのですか?」

 女性が申し訳なさ気に頷くと匙裏さんは顔を手で覆う。

「ふう、今日だけは絶対に館を出ないよう何度も伝えたのに。契約書のことはどうするつもりなんだか」
「契約書をおいておくので書いてもらうようにと」
「こんな大切な日にあの方は……。宗方様、すみませんが契約は明日以降でよろしいでしょうか?」

 匙裏さんはそう仰ってきたが私の答えは決まっているため笑顔を作る。

「うちで聞いた通りの内容なら後は名前を記入するだけですから別に明日でなくて大丈夫です」
「しかし、お二人でしっかりと話し合われた方が……」
「問題ございません。こちらの言い分も考慮して頂けたのでしたら満足ですので」

 そう返事すると匙裏さんは諦めたような表情を浮かべられる。

「……そうですか。では、早速、応接室にご案内致します」

 そして私を応接室に案内するとすぐに契約書を出してくださったのだ。ただ、その際に何か言いたげな表情を浮かべてきたが。
 もちろん私は気づかないふりをして素早く九条様の名前の下に自分の名前を書きこんだけれど。何せ契約成立さえすればもう何を言われても問題ないので。
 こんな失礼なことを言ってもと、匙裏さんの方に顔を向ける。

「それでは……約束通りのものをお願い致します」
「必ずお約束の金額を宗方 藤五様宛に送るよう李玲様に伝えますのでご安心下さい」

 匙裏さんは嫌な顔をせずに頷いくれる。内心では最低な奴だと軽蔑はしているだろうけれど。
 何せ契約した直後にお金の無心をしたしたのだから。
 まあ、だからといって私は気にもしていないしそう思われていようが満足しているけれど。それも心の底から。

 だって、お互いに都合の良い白い結婚なのだから。

 私は気にせずに心からの笑顔を向ける。本来なら座っていなくてはいけない場所に誰も座っていなくても。
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