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しおりを挟む◇お飾り妻の日常
病院での件より、すぐに多忙になられた旦那様は現在、職場で寝泊りするという状況である。
しかも一ヵ月間。
なので、ここ最近の私は幽霊のように庭や自室を行ったりきたり、もしくは定期的に来る旦那様の手紙への返事を書くだけに留まってるのだが。
そして今日もと、私は溜め息を吐くなり机に突っ伏する。それから万年筆を投げだし途中まで書いた手紙をくしゃくしゃに丸めてしまいも。
つい書いているうちに自分の思いまで書きこんでしまったので。
契約だけで結ばれただけのお飾りの妻のはずなのに……
いったい何を考えているのだろうとも。
ただし、これはしょうがないのではとすぐに自己弁護もしてしまうのだが。なぜって、見惚れてしまうほどの美しい文字で旦那様は私に早く会いたいだの一緒に何処かへ出かけたいだのと書いてこられるから。
しかも他にも情熱的な文章も……と、私は少しだけ赤くなった頬に手を当てる。すぐに頭を振るが。
これについては周りに私達の仲の良さを訴えるために書かれているのはわかっているので。
なんとか頭の中では……と手紙を見つめる。
そして、もう少し適当に書いて頂いた方が、そう思ってしまいも。
だって嘘でもやはり嬉しくなってしまい勘違いしてしまうので。
「こんなものを頂いてしまうと特に……」と、私は手紙と一緒に送られてきた箱を開け、高価そうな鼈甲(べっこう)のかんざしを眺める。
しばらくしてかんざしには触れずに箱の蓋を閉じたが。契約が終了した際、返さないといけないから。たとえ旦那様が持っていっていいと仰られても。
数ヶ月後に私はいなくなるので。
「存在そのものさえ……」
そう呟くなり私は小さな丸テーブルに積み上げられた贈り物に視線を向ける。それから頂いた箱を慎重に積み上げ、早急に返事を書かなければと机に移動も。
周りにわからせるための贈り物はもう十分であるし、これ以上は無駄になる。旦那様にもう必要ないですと書かないといけないので。
なるべく早くと。
まあ、気持ち半分、これ以上は贈り物が増えると雪崩が起きてしまうのではという思いもあったからなのだけれど……
そう考えながら振り返り、積み重なった贈り物を見つめる。
それから崩れ落ちる光景を想像も。
でも、それでも万年筆に伸ばす手を途中で止めてしまうが。「奥様、旦那様からお電話がございます」と部屋の扉がノックされそう言われたので。
しかも旦那様からの初めての電話と、思わず扉の方を向いてしまう。
ただし、手紙に目を落とすなりすぐ納得もしてしまったのだけれど。数日経っても返事が来ないから催促の連絡をよこしたのだろうと。
だって、早く誰かに手紙を見せて夫婦仲は良い、だから誰も間に入ってこないでほしいと仰りたいだろうし……
旦那様に取り入りたい人達、そして、職場の方にたまに押しかけてくる女性陣には特にと、私は申し訳ない気持ちで万年筆を手に取る。
「すみません。こちらからの手紙でしたらもう少しだけお待ちを……」
そう言いながら。
ただし、「いいえ、少しパーティーのことで話をしたいと」
そう返事が返ってきたので「パーティーですか? わかりました」と拍子抜けしながら電話がある場所まで行き、受話器を取ったが。
「旦那様、あの……」
「優月か?」
「はい。どうされましたか?」
「岩倉総大将が主催するパーティーがそろそろあるだろう。あれに伊野淵博士の娘の星羅が来ることになってしまってね。しかも私が他の客と挨拶している最中、君に勝手に話かけてしまう可能性も……。だから、その時にはっきりと私が来るまでは話ができないと申してほしくてね」
「……わかりました」
受話器を握る力を強めそう返事すると旦那様の安堵する声が聞こえてくる。
「よかった。実をいうと……彼女にはいまだに会えてなくてね。だから、このままだと会うのはパーティーの日になるのではと思ってしまってね」
「そうでしたか……。それで、わざわざお忙しいのにお電話を。でも、それでしたら一言書いた手紙を送っていただくだけでよろしかったのに」
「いや、それだと届かない可能性があるだろう?」
「確かにそうですが……仮にもし、そうなったとしても私は旦那様を困らせるようなことは致しませんので」
そう言いながら受話器を少し耳から離す。残念ながら嫌でも聞こえてきてしまったが。
「いや、それだと駄目なんだ。私が優月の側にいないと彼女は……」
ただし言葉は途中で止まってしまったが。
旦那様……
私は思わず口元を歪めそうになる。すぐに自分の感情より優先される魔獣警報が鳴ったので心を落ち着かせたが。
「やれやれ、またか」
「今日も戻れなさそうでしょうか?」
「ああ、そうなるな」
「では、そのように皆様には伝えておきます」
「頼む」
旦那様はそう仰られると通話を切られる。ちなみに私はというとすぐには受話器から耳を離せずにいたが。久しぶりの旦那様の声の余韻に浸っていたかったから。
まあ、ただし、しばらくして急ぎ受話器を置いたが。唯一の仕事を早くやらねばと思い出したので。
お飾り妻の仕事を。
「ふうっ」
私は大きく深呼吸し気持ちを切り替える。それから唯一の仕事、旦那様への手紙の返事を書きに部屋へと戻るのだった。
◇
ある日、こちらから無理を言い、廊下の掃き掃除を手伝わせてもらっていると、石さんが心配気な表情を向けてこられる。「奥様、大丈夫ですか?」と。
仕事のことではなくこちらの顔を見つめて。更には体調を気遣うように。
なので私はすぐに頷いたが。
「顔色が悪いのは少し寝不足なだけですよ」
そう言葉を付け足して。
石さんは、「奥様……」と呟くなり探るような視線を向けてこられるが。
ただし、こちらのことは基本詮索しないという契約なのでそれ以上は追求してくることもなかったのだけれど。
「そうですか……。もし何かあればいつでも相談して下さいね」
そう続けて仰ってこられたのでと、私は申し訳なさで俯く。
「はい、いつかは……」
それと詮索してこない優しさに感謝もと。すぐに顔を上げ笑顔も。もちろん心からの。
だからなのか石さんの表情は和らいでいったが。続けて「では、私は他の仕事をしてきます」と、その場を後にされも。
こちらが気を使わずに休めるようにと、私は深く頭を下げる。再び感謝しながら。相談は改めてしないと心に決めて。
特にこの秘密だけは……と、私は右肩をさすり、昔のことを思い出す。魔蝕病に侵された者を見た人々の表情を。皆、気持ち悪がり距離をとったあの表情を。
だから、きっとばれてしまったら私も……
そう見られてしまうのだろうとも。
ただ、すぐにその考えを頭の中から振り払うなり急いで庭へと向かったが。庭に咲く花々を見ればこの浅ましい考え、それに歪んでしまった感情も薄まるはずなので。
ただし、残念なことに庭に到着することは叶わなかったけれど。軍の車がこちらに来たから。
「良かった」
しかも甲斐様がそう仰り安堵した表情を浮かべ。
対して私の方は首を傾げかけてしまったけれど。病院でのやり取りを、そして和国軍と対魔獣師団の仲を思い出すまでは。
いいえ、違うわね。旦那様と甲斐様の仲かしら。
そう考えていると甲斐様が旦那様宛の厚味のある封筒を出してこられる。そして考えは当たっていたと言わんばかりに顔を顰めながら仰ってこられも。
「私は和国軍所属、第一部隊の長をしております甲斐と申します。これをあの男……いや、九条殿に……」
私は内心苦笑しながら「わかりました」と頷き封筒を受け取る。
「ありがとうございます。岩倉総大将にこれを命令された時は本当に気が滅入ってしまって。何せあの男になぜ私が……はっ、すみません」
「いいえ。お気になさらないでください」
「えっ、で、でも……」
甲斐様は不思議そうに見つめてこられる。更には「……あの、怒っていないのですか?」と。もちろん私は笑顔で頷く。
「私達のために命懸けで魔獣と戦ってくださる方を怒るなんてことは絶対にできませんから」
「しかし、私は貴女の……そのご主人のことを……」
「旦那様だってわかってくださいます」
私は旦那様と岩倉様の関係を思い出しながらそう答えると甲斐様は俯き黙る。それから、しばらくすると黙ったまま車に乗り込んでしまいも。
ただ、動き出す車から顔を出してこられたが。更には「貴女はあの男には相応しくありません。もし何かあればいつでも相談に乗りますから」とも。
私は頷くことはしなかったが。
だってそうだろう。相応しくないのは旦那様ではなくむしろ私の方なのだから。
「何もかも……」
私はそう呟くと去っていく車にゆっくりと首を横に振る。そして庭へ行くのは諦め、仕事をこなしに館へと戻るのだった。
◇ 岩倉様主催のパーティー
ついに岩倉様主催のパーティーに向かう日になった。
ただし、魔獣の対処に日々追われ、館に帰る暇がない旦那様とはまだお会いできていないのだけれど。
あの電話以降も、回数が減った手紙のやり取りのみと、私は小さく息を吐く。ある意味、今日は旦那様との幸せな時間が終わる日かもしれないので。
星羅様を紹介され、お二人の仲を話される可能性があると。そして、お飾り妻に送る手紙なんかとは比べものにならないぐらいの言葉で本当に妻にしたい相手とも。
旦那様の口からと、私はその場面を想像してしまう。喜ばしいことであると思いながら。
旦那様……九条様には本当に愛する女性と結ばれて欲しいから。
心の底から……と、言いたいけれど。
やっぱり……
私は唇を噛み締めてしまう。覚悟が全然できていないと痛感したので。
その時にお二人の仲を喜べるだろうか、作り笑いではなく心からの笑顔ができるだろうかと、そう考えてしまったので。
まあ、ただし笑顔も何も自分の感情なんて旦那様にとっては不要なものだとも続けて思ってしまったけれど。
そして、それで良いのだとも。
「絶対に……」
そう呟くなり私は小さく頷く。
それから深呼吸すると運転してくれている匙裏さんにバレないよう笑顔の練習も。お会いした時にきちんと言えるように、お二人の幸せを願いながら。
「そろそろ到着しますよ」
「はい……」
まあ、結局は到着するまでにはできなかったのだけれど。
どうしても気持ちに余裕が持てず、集中することができなかったので。
まったくもってと、目的地に到着するなり私は頑張って笑顔を作り車を出る。ここからは契約書通り九条 李玲様の妻を演じなければいけないから。
しかも仲むずまじく。
ただし五秒もしないうちにせっかく作った表情は崩れてしまったのだけれど。目の前に私の命を助けてくれた方が着ていたものと同じ軍服姿の旦那様が立っていたので。
要は見惚れてしまったのである。先ほどのことなど頭からすっぽりと消えてと、自分自身に不甲斐なさを感じていると旦那様が無言で見つめ返してこられる。
しばらくすると吐息を吐くように仰ってこられたが。
「本当に綺麗だ、優月」
更には「その着物、とても似合っている」「他の連中に見せたくないな」等、普段では考えられないほど褒め言葉を沢山飛ばしてこられ。
むろん、お世辞、そして演技であることを理解はしていたのだけれど……
「あ、ありがとうございます。旦那様もそのお姿、とても……素敵です」と、残念な私は浮かれながらそう返事してしまったのである。
まあ、周りに聞こえるよう少し声を大きすることはできたので仕事はできていたはずだけれど……
確認するように辺りに視線を向けていると旦那様は大丈夫だと言わんばかりに優しげに微笑んでこられる。
そして私の方に更に一歩近づいてこられも。
ただし、そこまでだったけれど。匙裏さんの咳払いで演技は終了と、現実に引き戻されてしまったので。
「とりあえずお二人は会場に向かって下さい。私は車を移動しなければなはらませんから」
更にはそう仰ってこられも。
要は早く仕事をこなせとの指示に私は慌てて頷く。
今度こそは冷静な対応をとらねばと。
それは旦那様が手を私の背に手を添えてきても。契約書に書かれた仕事がこれから本格的に始まるはずなので。
旦那様と一緒にパーティーに出席し、仲が良いことを他者に見せるが。
ただし、パーティー会場に入場した直後、あっという間にその考えが半分ほど頭の中から消えうせてしまったのだけれど。
「凄いですね……」
何せパーティー会場は私が生まれてこの方、見たこともないほどの豪勢な空間だったので。そして着飾ったパーティー客もと、私は状況を忘れて周りを見回してしまう。口をだらしなく開けて。旦那様の声ですぐに閉じたが。
「なかなか良い内装だな。特にあのシャンデリアなんか悪くない」
「シャンデリアですか?」
聞いたことのない言葉につい尋ねると、旦那様は天井からぶら下がった輝く宝石のような装飾が付いた明かりを指差さされる。
「あれだ」
「あれがシャンデリア。綺麗ですね……」
「気に入ったなら館にもあれをつけるか?」
そう聞かれて想像する。そして私はすぐに首を横に振る。
「いいえ。あの館の内装は今のままがいいので」
「優月は落ち着いた感じが好きなのか?」
「はい」
頷くと旦那様は目を細める。そして何か仰ろうと口を開きかけも。
ただ、その口はすぐ閉じられてしまったが。和国軍の軍服を着た男性がこちらに歩いて来たから。
こちらに向かって気さくな表情で軽く手を振りながらと、旦那様も私に動かないよう指示した後、男性に歩み寄っていかれる。向かってくる男性と同じ気さくな表情で。
「平井(ひらい)第二隊長。わざわざ来られらくてもこちらから伺いに行こうとしたのですが……ああ、そういうことですか」
旦那様がこちらをじっと見てくる人達に視線を向けると平井様はそうだとばかりに頷かれる。
「私の周りは敵だらけだから九条第二師団長が来ると揉めると思ってな」
「じゃあ、岩倉総大将があることをするまでは静かにしてほしいと言いにきたわけではなかったのですね」
「なんだ九条殿は知っていたのか?」
「詳しくは知りません。まあ、なんとなくってところです」
「そうか。なら上手くいきそうかわかるか?」
「正直、逆効果になる可能性がありますね」
「ふう、やはりか。いったいなぜこうも我が国は頭が堅い奴しかいないんだ。敵は魔獣だけだろうに」
「まだ和国と溱璽国が敵対していたことを気にしているのかもしれませんからね」
「だが、もう過去のことだろう?」
「過去も大事ですから……」
旦那様の言葉に平井様は困った表情を浮かべる。すぐに旦那様と一緒にある方向に視線を向けるが。
また別の和国軍の格好をされた方が来たから。
まあ、ただし今度は平井様と違い厄介そうな相手だったけれども。「総大将の庭で悪巧みをしていると聞いて来てみればお前達か」と、そう嫌味のこもった言葉をお二人に投げたので。
ただし平井様の怒った表情と違い、旦那様の方は気にしている様子はなさそうだったけれど。
「杉沼(すぎぬま)第五隊長、新たな武器でずいぶんと活躍されてるそうで」
だからなのか杉沼様はこめかみを引くつかせ、再び嫌味を仰ってこられるが。
「ほお、今じゃ和国軍の功績の方が多くなっていると客人の耳にも届いているとはな。では、もうわかるだろう?」
「おい、それ以上はよすんだ杉沼殿。九条殿に迷惑だろう」
しかし杉沼様は気にする様子もなく平井様を一瞥する。
「ふん、腰抜けどもめ」
そしてお二人が何か仰られる前に背を向けるとさっさとその場を離れていかれたのだ。悪い空気感だけを残して。
ただ、バツが悪そうに平井様が頭を下げてこられ「杉沼殿に変わって謝る。すまない九条殿」と仰られたため和らいだけれど。
「気になさらず。それよりも岩倉総大将の案が上手くいかないのではと思ってしまったのはこちらだけでしょうか……」
「いや、私もだが上手くいってもらえなければ和国は恩を仇で返す恥晒しになる。だから絶対成功してもらわなければならないんだ」
そう仰って平井様は杉沼様が去った方を睨むと旦那様は目を細められる。
「溱璽国はこの国の内情を理解してますからあまりこん詰めすぎないようにお願いしますよ」
「……わかった。皆にも伝えておく」
平井様は頷かれると続けて私にも無言で一礼してこられる。
すぐに動かれとあっという間に招待客に紛れ込んでしまったが。
まるで小説に出てくる密偵のように。
そう思っていると旦那様が振り返ってこられる。苦笑した表情で。「醜態を晒してしまってすまないな」と。もちろん私は首を横に振る。
「いいえ。でも、大丈夫なのでしょうか?」
「問題ないさ。結局、最終的に世界中の魔獣を根絶やしにできればいいのだからな」
「根絶やしですか……。できるのでしょうか?」
「まあ、まずは岩倉総大将の話を聞かないとな。だから、ここで始まるまで静かにしていよう」
「でも、挨拶まわりはよろしいのでしょうか?」
契約書の事を思い出しながらそう尋ねると旦那様は首を横に振ってこられる。
「必要ない。契約に書かれたことは忘れていい。それにもう契約の事は気にしなくてよくなるからな」
「えっ、そ、それはどういうことですか?」
しかし旦那様は私の問いに答えられずに別の方に視線を向かれる。そして「岩倉総大将が来たぞ。話を聞こう」とも。
だから私は黙って頷くしかなかったのだけれど。内心、意味を尋ねたくて仕方ないという気持ちを抑えて。
岩倉様の話の方がやはり重要だとそう判断したから。
きっと病院でのこと、更にはお二人の会話から今日はとても大切な話をするだろうと。
すると、その考えは当たっていたらしい。岩倉様が早速、見たことない形の刀と銃の様なものを出すなり話始めたので。
「皆の者、よく来てくれた。今宵はゆっくりと楽しんでほしい……と言いたいところがこいつの話をしたくてな」
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