桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない

しげむろ ゆうき

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◇  旦那様の過去1

 ある日、昼食後にいつも通りの流れで席を立った私に珍しくも館におられた旦那様が声をかけて下さった。「優月、今日は天気も良いし気分転換にこれから街へ出かけないだろうか?」と。
 つまり久々の仕事を……と、いつもの私ならばもちろん即座に頷いていただろう。今はというと「その、すみません」と首を横に振るしかできなかったが。契約上のことを踏まえても。
 何せ星羅様との会話で魔蝕病に侵された人々を魔獣が狙っている可能性がある、つまりは私の命を狙っているため不用意に外出しない方が良いとわかっていたので。
 ただ、そのことは説明できないので旦那様には申し訳ないが続けて嘘を吐くことしかできなかったけれど。

「今日は庭に咲いてある花を見ながら父宛の手紙を考えようかと思ってましたので……」

 俯きながらそう答えると嘘吐きに疑うことすらされず旦那様は納得された表情をされる。
 「それでは仕方ないな。今日はお互いにゆっくりとするとしよう」と立ち上がり食堂を出ていかれようとも。
 「では、庭にテーブルをご用意致しますからそこで少しの時間だけでも過ごされたらどうでしょう? その後、ゆっくりとお父様宛の手紙を考えれば」と側にいた匙裏さんの機転がきいた提案で再びこちらに顔を向けてこられたが。
 もちろん私も……

「急ぎならばこちらは気にしなくていい」

 そう旦那様の言葉がなければだったがと思わず唇を噛んでしまう。
 何せ思い出したから。急ぎという言葉に私がやるべきこと、そして仕事とはいえ旦那様が愛する女性の場所に居座り続けようとしていることを。しかもよくよく考えれば残り数ヶ月もと、本当は今すぐにでも旦那様の愛する女性を確かめに行がなければいけないのに。理由は明確で私の命が遠くないうちに尽きるので。
 もしかしたら想像よりも早く……と旦那様の方にそっと視線を向ける。
 目が合いそうになってしまったのですぐにテーブルの方へと落とすが。直接聞くのは気がひける……いや、やはり怖くて聞けない、そう思ってしまったからと、今日まで無駄に時間が過ぎてしまっていることに私は小さく溜め息を吐く。
 しばらくして覚悟を決めるが。

 だって、もういくばくかも時間はないのだから。

 私はそう強く思い、重ねた手を強く握りしめ「いいえ、大丈夫ですよ」と庭へと踏み出す。
 「庭の石に躓いたら私の服を掴むといい」と仰り私の背中に添えられる暖かな手に胸をちくりとさせ。すぐに我に返り俯いては駄目よと、その痛みが消えないうちに旦那様の方へと顔を向けるが。

「私、旦那様の事をもっと知りたいです」
「私のことを?」
「はい。私に会うまでの旦那様を」

 私がそう言うと旦那様は腕を組み、難しい表情を浮かべられる。
 庭に置かれた上品なテーブルに視線を向けられ、しばらくするとこちらを真っ直ぐに見つめてこられたが。

「わかった。では、今日はそのことを話そう。あそこで良いだろうか?」

 更には覚悟を決められた表情でと、私は「はい……」と頷く。自分から言いだしたことなのに唇を振るわせ。何せあそこで話を聞いてしまったら本当に終わってしまうと本能で感じとってしまったから。
 この幸せな生活が。

 まあ、そうは思っても所詮は残りわずかの命。

 なので体は自然と歩み出してしまったのではあるけれど。旦那様が引いてくれた椅子の方に。

「ここに座るといい」
「ありがとうございます……」

 言われた通りに座ると旦那様が私の対面に座られ「では、何から話すか……」と近くの花に視線を向けられる。
 しばらくして話す内容が纏まったのか慎重に言葉を選ぶようにして口を開かれたが。

「実をいうと私は和国を守る為に来たわけではないんだ。家族が亡くなった理由は星羅に聞いているだろう。復讐だよ」

 更には話された後にじっとこちらを見つめてこられ。反応を待つように。
 ただ、きっと期待した反応はできなかったけれどと私は首を傾げてしまうが。何せ旦那様の復讐相手は溱璽国に現れる魔獣なのではとそう思ってしまったから。和国の魔獣ではなく。

「私は溱璽国では軍の規律を守らずひたすら魔獣を狩り続けたただの復讐者であり問題児だったんだ。だからこの和国に左遷されたんだよ」

 まあ、そんな私の浅はかな考えなどお見通しなのか旦那様は紅茶を一口飲んだ後、疑問に答えるようそう仰ってこられるが。

「お怒りにならなかったのですか?」
「最初はな。だが魔獣は所詮何処に行っても魔獣。狩り続けているうちにいつの間にか気にならなくなっていたんだ……いや、むしろ気にするどころか半年後には左遷した者に感謝するようにまでなってね」
「感謝をですか?」
「ああ、何せ和国には異能者がいないからな。私がすることを誰も止めずにむしろ魔獣をひたすら倒すから疎まれずにありがたられたんだ。ああ、中には軽く嫌味を言うものもいたが」

 旦那様の言葉に私は和国軍や一部の人々を思い浮かべる。

「……すみませんでした」
「いや、正直彼らの態度も心地良かったんだ。溱璽国で幼くして九条家当主になったからか皆からは取り繕う会話や、上辺だけの会話しかされなかったからな。だから和国では生きてる実感ができてね」

 そう仰られていた旦那様はしばらくして溜め息を吐かれるが。

「ただ、ハメを外しすぎて負傷を。まあ、たいしたことではなかったのだが今まで魔獣との戦いで負傷したことがなかった私には精神的な衝撃が大きくてね……」
「落ち込まれてしまったのですね」
「ああ、あの時ほど自信自身に腹が立ち、失望を感じたことはなかった。まさに天狗の鼻折れさ。しかも普段は感じなかった周りの言葉にもその時にはこたえて。だが、そんな時に……励まされて。なのに私は……」

 旦那様は俯きそしてテーブルの一点を見つめてしまう。苦悩した表情で。
 だから、つい咄嗟に私は口を開いてしまったが。

「あの……無理はなさらないで下さい。話したくなければ良いのですよ。誰にだって話したくないことはあるのですから」

 最初に話を振ったくせにと自分を責めながらそう言うと旦那様がこちらをじっと見つめてこられる。しばらくして大きく息を吐かれるが。

「怖いんだ。あの日に会った事を……知られてしまうのが。きっと嫌われてしまうだろうから……」

 更にはそう仰られ手で顔を覆われて。まるで全てを拒絶されるような姿で。
 ただ、その様子に私は歩み寄るわけではなく思わず膝の上で両手を強く握りしめていたが。何せ今の会話と旦那様の表情で理解してしまったから。
 これは旦那様の愛する方との話だと。それもかなり重要で私如きが旦那様と愛する方との間に入り込めないことを改めて認識させる。
 まあ、だからこそ旦那様……九条様には想い人とは幸せなになっても欲しいと、そう切に願ってしまうのだけれど。

「貴方様が嫌われることなんて決してありませんよ。私だったら絶対に嫌いにはなりませんもの」
「優月!?」

 こちらを驚いた表情で見る旦那様に私は力強く頷く。

「だから自信をお持ち下さい」
「そうか……」

 旦那様は嬉しそうに何度も頷ずかれる。
 ただ、しばらく考えるような仕草をされた後に真剣な表情を向けてこられたが。そして私にとって終わりの始まりとなる言葉も。

「もう少しで魔獣との戦いに一区切りつきそうなんだ。その時に君と大事な話をしたいんだがいいだろうか?」

 私はそれでも「はい」と頷くしかなかったけれど。笑顔が崩れないようにするのを必死にしながら。
 いや、すぐに旦那様の大きく息を吐き、心からの安堵した表情と紅茶を飲まれる様子に自然に笑顔が出てきてしまったけれど。
 次第に心が落ち着きを取り戻し、同時にこれで私のやるべきことは済んだと安心感も。
 ただし、ふと考えてしまったのではあるけれど。こちらからではなく旦那様から婚約解消の言葉を言われたら私の方が耐えられるだろうかと。
 しばらくして結果は関係なくそれでもやらなければと、右肩から広がる魔蝕病を思いだしながら紅茶に手を伸ばすが。

「口に合うだろうか? 君のために溱璽国から取り寄せた茶葉なんだが」
「……とても美味しいです」
「そうか、良かった」

 旦那様は嬉しそうに頷く。
 しばらくして申し訳なさそうな表情をされるが。私なんかもう気にしなくても良いのに。

「すまないが明日からしばらくまたここをあける。何かあれば佳子達に言ってくれ」

 お仕事なら特にと今度は心からの笑顔で私は「はい、わかりました」と頷く。
 それからこちらに来られた石さんに会釈も。

「どうです、お二人方。お話の方は済みましたか?」
「私も彼女も有意義な会話ができたよ。それより佳子。私は明日からまたしばらく戻れない。だからいつも通り頼む」
「もちろんです。でも、長くまた帰られないと今度こそ奥様に嫌われてしまいますからね」

 石さんはそう仰り私を見てきたので首を横に振る。

「私が旦那様を嫌うことはありません。だから心配なさらずお仕事を頑張ってきて下さい」
「ほら、彼女もこう申しているだろう」

 旦那様が口角を上げると石さんは溜め息を吐く。

「奥様に甘えてはいけません。坊ちゃんはもっと……」

 そして旦那様にこんこんと説教を始めてしまわれたのだ。旦那様はそれでも楽しそうに耳を傾けられていたが。私に定期的に微笑まれながら。

「ふふ」

 だからこそつい口元が緩んでしまうのだけれど。そしてつい願ってしまいそうにも。このまま時間が止まってしまえばと。
 すぐに頭を軽く振りその考えを追い払うが。だって決して願ってはいけないことだから。

 決して……

 私は紅茶を再び一口含むと別のことを考える。
 もちろん離縁した後のことを。旦那様はすぐに愛する人に告白しにいくだろうから早く出ていかなければならないから。
 まあ、だからといって同時に父にも迷惑をかけたくないので実家にいない方がいいとも考えてしまうが。

 やっぱり……

 和須田先生の療養所を思い浮かべる。そして小さく頷くのだった。

◇ 総大将の企み

 和須田先生は治療記録から目を離しこちらを見る。

「それで相談に来たと……」
「はい。それで大丈夫なのでしょうか?」
「別に部屋を用意するのは構わないが……本当に良いのか?」
「もちろんです。実家だと迷惑をかけてしまいますので」

 そう答えると和須田先生は咎めるような視線を向けてこられる。私がその視線の意味を理解しながら頷くと溜め息を吐かれ、渋々と頷いてくださったが。

「……わかった。部屋は用意しておこう」

 しかも「感謝します先生」と深く頭を下げると「礼は必要ない。本来ならこちらが謝らなければいけないのだからな」と仰ってこられも。
 全く謝る必要がないのにと慌てて私は口を開く。

「そ、そんなことは……」

 「あるさ。私の処置がもう少し早ければ君は助かったかもしれないのだから」と結局、和須田先生は私の言葉を遮ってこられたが。ご自分を責められる様子でと、私はその言葉を否定するようにすぐ首を横に振る。「いいえ。魔獣に噛まれた後、近くにあった和須田先生のところにすぐに運ばれから助かったのですよ。他の先生方だってそう言ってました。もちろん私もそう思っています」とあの日を思い出しながら。
 和須田先生の表情はそれでも硬かったが。
 しかも、その表情のまま治療記録に目を落とされる。「進行はあれから緩やかだが痛みはどうだ?」とも。質問後には私の右手付近にも視線を向けてこられ。
 「ほとんどありません。もしかしたら魔獣の側にいないからかもしれませんが」と私が袖をまくりながらそう答えるとやっと安堵の表情を見せられたが。

「ふむ」

 更には側に置いてある新聞に視線を向けられて。魔獣研究の成果……魔獣と魔蝕病の繋がりという見出しを。
 「まあ、そういう説も最近出てきてるみたいだが……だからといって鵜呑みにはしないことだ。魔蝕病は今だに不明な部分が多く重度には治療薬もないのだからな」と仰られも。再びその表情を硬くされながらと、その様子に私は申し訳ない気持ちになり、立ち上がる。

「そろそろ帰ります。あまり長居をして九条家にご迷惑はかけれませんから」
「前回の様子を見てそんなこと気にしないと思うが……まあ、とにかくわかった。部屋の手配はしておくから全て済んだら来るといい」

 私はその言葉に深く頭を下げる。内心で早く和須田先生の視界からいなくならなければと思いながら。
 一分一秒でもと。
 ただし「ありがとうございます。では」と、実際には心配をかけないようにと落ち着いた動きで医院を出たけれど。
 残りわずかな回数しか来れないだろう医院を。それと迎えの車にもと、私は足早に向かう。何もかもに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら。

「お待たせ致しました」

 そして感謝もと笑顔を向けるとすぐに運転席のドアが開く。流れるように匙裏さんが後部座席のドアに移動も。
 ただ、いざ私に声をかけようとした直後、驚いた表情を別の方に向けられたが。

「どうして伊野淵博士のお嬢様がここに?」

 そんな疑問の言葉もと、私も同じ方を向く。

「えっ、星羅様が……」

 そして一瞬、言葉に詰まってしまいも。

「ごきげんよう優月様。この医院に通われているのですか?」

 そう尋ねられてしまったから。この医院の前で。
 ただし、この医院は色々な病に対応していることを思い出しすぐに落ち着きを取り戻すことができたが。

「持病がありまして……。星羅様こそ、こちらには何をされに?」
「こちらで魔蝕病の研究をされている方にお話を聞くたくて。ご存知ですか?」
「多分ですが和須田先生かと。中におられますし今なら話ができると思いますよ」
「ああ、良かった。急な訪問だったので心配していたのですよ」

 星羅様の安堵した表情に私はつい笑顔になる。

「きっと良い情報交換ができますよ」
「ええ、新たな発見もされてますからね」
「新たな発見ですか?」
「説明するとなると専門用語が沢山と話が長くなりますけれど?」
「ではやめておきます。私には理解できないでしょうし関係ない病ですから……」

 目を伏せながらそう答えると星羅様が早足で歩み寄ってこられる。

「溱璽国の医療技術は和国より進んでいます。もしかしたらお役に立てるかもしれませんよ」

 思わず口元が緩んでしまうが私はゆっくりと首を横に振る。

「そんなにたいしたものではありませんから」
「そうでしたか。でも、何かあれば仰って下さいね。もちろん病気以外のことでも」
「病気以外のことでもですか?」
「ええ。たとえば九条 李玲様の対魔獣師団での様子とか。知りたくないですか?」
「そ、それは……あの、その……」
「やはり優月様はそうなのですね」
「ち、違います」
「本当に?」
「……本当です。それに私は対魔獣師団のことに反応しただけですから」
「対魔獣師団ですか? それならば私で答えられる範囲なら教えられますが」
「ええと……」

 私は困ってしまう。何せ対魔獣師団のことに反応したと言ったのは話を逸らすためについ口に出してしまったことなので。
 ただ、しばらくしてある考えが浮かび口を開いてしまったけれど。
 
「あるお方をお探ししてほしいのですが……」

 更には駄目もとで三年前の話、私が魔獣に襲われある方に助けられたこと、そして助けていただいた方にお礼を言いたいことも説明する。
 星羅様は痛々しそうな表情で私の右肩に視線を向けてこられるが。更には匙裏さんまでと、私は笑顔を作り痣が見えないよう右手を動かす。

「怪我はもう大丈夫なんです。それよりもどうでしょうか?」
「それならば旦那様に尋ねた方がよろしいのではないでしょうか。きっと探してくれるかと思いますが」
「それは……」

 匙裏さんの言葉に私は私情を挟みたくないと思っていると星羅様が微笑んでこられる。

「私は今時間がありますから探してみますよ。それでいいですよね?」

 なので私は思わず星羅様に手を合わせかけ……ただし、すぐにはっとすると手を下ろしてしまったが。星羅様だってああは仰っていたが今は忙しいはずだと。

 もしかしたら旦那様より。

 いいえ、きっとそうよねと私は彼女の活躍が書かれた記事を思いだす。
 それからすぐに首も横に振り「やはり昔のことなのでお相手の方は覚えていないでしょうし今更迷惑でしょう。なので今の話はお忘れ下さい」とも。身勝手すぎるが、もうこれ以上はこの話はしないでほしいと願いながら。深く頭を下げも。

「……わかりました」

 しばらくすると星羅様が頷かれたので私は安堵することができたが。きっと私の雰囲気を察してくれたのだろうと。
 そう判断しながら星羅様と別れた後、私は迷惑になるのでもう二度とあの日のことは誰にも話さないでおこうと心に誓う。
 ただし、そう考えていた矢先に「先ほどの話ですがもしかして……」と匙裏さんがそう仰ってこられたが。更にはあの日にちと場所まで。

「なぜ、知っているのですか?」
「三年前に一般人の怪我人が複数出た場所といえば隣町のみ……魔獣避けがされたのに魔獣が現れた伯楽街しかしかありませんからね。ちなみに奥様はどの辺りにおられたのですか?」
「弥勒(みろく)橋の近くです」
「なるほど、そうでしたか……」
「あの、どうかされましたか?」

 しかし匙裏さんは何故か私の問いに答えず黙ってしまう。しばらくして慌てて仰られてこられたが。

「すみません。少し運転に集中したいのでよろしいでしょうか?」

 もちろん私は「はい」と頷くしかなかったけれど。内心安堵して。
 何せ匙裏さんの急に壁を作る態度に距離を感じ、これからのことを考えると良かったと思ったので。それに私自身、改めて九条家で部外者だと思いこむこともできたから。
 それは心からと膝の上で拳を強く握り、会話のなくなった車内から意味もなく外を眺める。
 もちろん館に帰ったらいつも通りの態度に戻したが。
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