桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない

しげむろ ゆうき

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◇  二人の関係

 残念なことにあの日より一週間経った今でも、私はまだ一言も旦那様とは会話ができていないのだけれど。
 もちろん魔獣の所為で。あのパーティー以降は更に頻繁に出現するようになり、対魔獣師団も、そして新たな武器を手に入れた和国軍も駆り出されているから。
 それはあの杉沼様も。
 まあ、ただし杉沼様率いる第五部隊は既に撤退してしまっていたようだが。
 あんなに威勢を張っていたのにと、側にあった『根を上げた第五部隊、そしてめざましい活躍の第一部隊』という新聞の見出しを一瞥する。
 それから治療記録に書き込みをしている和須田先生の方に視線も。いつもなら、そろそろ記入が終わる頃なので。九条家にお暇を頂き、急な依頼で診てもらった私の検診内容が。
 何せ早く知らなければならないから。

「後、どれくらい……もつのでしょう?」

 私の命がと治療記録を置く和須田先生に恐る恐る尋ねる。
 返ってきた答えはこちらが思っていたものとは違い、辛くて痛い言葉だったけれど。
 覚悟していたものより。

「君の旦那さんと溱璽国から来た例の女性が噂になっている。しかも、君が二人の邪魔をしていると」

 ただ、それでも何とか微笑んでみせるが。
 だって、噂であろうが本当であろうが私には関係ないので。
 まあ、今はお二人の事情もあるだろうからこう言うしかなかったのだけれど。「あくまで噂……何も問題はございません」と。続けて心の中で私は契約内容通りに動けばいいだけ、それから旦那様の幸せを願えばいいのだとも。
 残りの時間は……と治療記録に視線を向ける。
 「そうか。それなら良いのだがね」と和須田先生が再び治療記録に目を落とされたので視線を戻すが。
 そして「では、本題だ。次に胸の方に痣が広がったら覚悟はしてほしい」という言葉でゆっくりと小さく息を吐きも。最初から想定していたし覚悟もしていたので心は穏やかなままで。

「わかりました」

 更には内心でお役目は最後まで出来そうだと安堵も。

 安堵……か。

 私はつい口元が歪んでいく。
 すぐに現実に戻されてしまうが。

「これからどうするつもりだ?」

 そう尋ねられてしまったから。和須田先生にと、隠す必要もないので私は素直に答える。

「離縁をしてあそこを出ます」
「……本当にそれでいいのか?」
「ええ。もう旦那様に近づいてくる女性もいませんから」
「役目は終わりと?」

 「はい」と頷くと和須田先生は顔をゆっくりと伏せられる。

「君は強いな。いや、強く見せているのか……」

 私はその言葉には答えることはせず一礼し、医院を足早に出る。外で待機されている匙裏さんの元へと向かうために。
 今日は早く帰らないといけないので。

 私のことを伝えるために……

 そして離縁の話しもと、車から出てこられる匙裏さんに声をかける。

「お待たせ致しました」

 急なお願いと少し待たせてしまったことに申し訳なさを感じながら。
 ただ、匙裏さんは「ああ、奥様、大丈夫でしたか?」と気にされる様子どころかこちらを心配する言葉を発してくださったが。
 しかも、私が笑顔を見せるなり「それなら良かった。今日は一週間ぶりに旦那様がお帰りになられますのでお二人でゆっくりとして下さい」とも。優し気な表情でと、私は「はい」と答える。内心では既に緊張して。
 何せ、これから旦那様が戻り次第すぐに話を切り出そうと思っているので。
 もちろん私の病気の症状、そして何より星羅様と早く一緒になれるかもしれないという朗報を。

 お優しい旦那様はきっと複雑な表情を浮かべるだろうけど。

 いいえ、もしかしたら悲しんでもくれるかもと、お墓参りに行く方達を思い出す。即座に頭を振りその考えを追い払ったが。
 館に着くまでに説明する言葉を考えなければいけないので。旦那様、匙裏さん、石さん、それにお優しい九条家の方々がなるべく私の病を気にされず、最後は笑顔で別れられるようにと。
 もちろん、なによりも私の気持ちをしっかりと固定しなければならないのだけれど。

 お二人の仲を祝福できるように……

 心からの笑顔でと何度も頭の中で想定し続ける。そして館が見える頃にはなんとかいけそうだとも。
 ただし、想定外のことが起きなければだったけれどと必死に考えた説明を胸の中にしまいこむ。

「ごきげんよう、来てしまいましたわ」

 そう微笑む星羅様と今現在、応接室の中でテーブルを挟み見つめ合っていたので。旦那様の視線を感じながらと私はすぐに挨拶する。

「ようこそいらっしゃいました」

 そして続けて契約のことは気にせず「今日はどのようなご用件でしょうか?」とも。
 何せ微笑んでこられる星羅様の雰囲気から重い話は来ないと思ったので。要は前に会った時みたいな会話があるのではと。
 ただし、すぐにそれは間違いだと気づくが。「貴女様にお会いしたくて」と返事が来るなり、お二人の仲のことを説明しに来られたのだろうという考えが自然に頭の中に浮かんだので。
 私の役目が近いうちに終わるとも。

 もしかしたら今日……

 そう考えながらちくりとする胸に必死に触れないよう私は笑顔を作る。

「私もですよ。少しお話をしたかったので」

 声は少しだけ震えてしまったけれどと内心反省していると星羅様は手を合わせてこられる。「まあ嬉しいことを。では早速、お話ししましょう」と立ち上がりも。
 わざわざ私の隣へと。
 ただし、旦那様がなぜか素早く私達の間に立ち塞がってしまったが。

「星羅、君は絶対に余計な事を言うだろう。だからやはり駄目だ。帰ってくれ」

 更には玄関を指差しと、もちろん私が驚いたのは言うまでもない。まさか旦那様がそんな対応を星羅様にされるとは思わなかったから。
 まあ、すぐにある考えが思い浮かび腑に落ちてしまうけれど。もしかしたらまだ星羅様を迎えいれる準備ができていないのかもと。

 だって、私のことを九条家の方々に説明しなければならないだろうし。

 だからそういうことならもう問題はなくなったと二人に説明をしようとしたのである。私が口を開く前に星羅様が旦那様を押し除けなければだったけれど。

「貴方はうるさいわ。そうだ優月様、私とドライブ致しましょう」
「ド、ドライブですか? ええと.……」
「車で少しお話しをするだけです。邪魔者が入らないように」
「邪魔者….…」
「それは私のことか?」

 「ええ、そうよ」と星羅様は私の左手を引きながら扉の方に歩き出してしまう。むろん、私は「い、行ってまいります」と旦那様に頭を下げるが。何せ星羅様とはこの際、しっかりと話をしておきたかったし。
 特にこれからのことをと、何か仰りたそうな旦那様の視線を感じながら館を出で星羅様と一緒に車に乗り込む。それから「出して」と運転手に仰られる星羅様の声で行儀良く前を向いて小さく深呼吸も。
 静寂の中、星羅様がゆっくりと顔を向けてこられ学校の先生のような喋り方で質問をされるまで。「優月様、魔獣がなぜ現れるかご存知ですか?」と。私は一瞬、首を傾げそうになるが。何せ、こちらとしては旦那様の事を話されると思っていたので。
 まあ、なんとか平静さを保ちながら答えることはできたけれど。「和国と溱璽国から遠く離れた国で突然現れたのですよね」と。
 星羅様は頷かれる。

「そうです。そして徐々に他の国に現れるようになったのです。ちなみにその時、他にも異変が起きたのは知っていますか?」
「同時に異能の力を持つ者も現れるようになった……です」

 すると星羅様は正解とばかりに頷き指先を光らせられる。すぐに力なく項垂れるが。「私はこの程度しかできないですが」と唇を噛み締められ、心底悔しげにと、その姿に私はある考えが思い浮かんでつい尋ねてしまう。

「本当は対魔獣師団に入りたかったのですか?」
「ええ、そうです。でも私には彼らほどの力が……。ですから私は別のやり方で魔獣と戦うことにしたのです」
「どうしてそこまでして……」
「母を殺されたのですよ。九条 李玲様のご家族と一緒に」
「そんな……」

 私は思わず絶句してしまっていると星羅様が悲しげに窓の方を向かれる。

「李玲様はご家族を殺されてから一人でひたすら魔獣討伐に明け暮れていたわ。それはもう鬼神の如し。誰も止められなかったのですよ。ある日まで……」
「ある日ですか?」
「ええ、和国に来てしばらくしてから昔ほどではないですが笑うようなったと九条家の方から連絡が。だからどうしてそうなったのか気になりまして……」

 星羅様は再びこちらを向かれるが、もちろん私は首を横に振る。

「私ではありません」
「でも、妻といったら貴女様以外いらっしゃらないでしょう?」
「……私は最近嫁いできたばかりですしそもそも旦那様との結婚は愛のない契約結婚ですから」

 「えっ!?」と星羅様は驚いて私を見るため頷く。

「私はただの風避け。旦那様が本当に好きな方は他にいらっしゃいますから」

 すると星羅様は疑う様子でこちらをじっと見つめてこられる。更には真剣な眼差しで。「貴女様はそれで良いのですか?」とも。
 ただ、「ええ、もちろんです。だから九条 李玲様は自由ですよ。いつでも」と答えると星羅様は大きく息を吐かれるが。

「そうですか。まさか、こうなるとは……。では、そのうち契約も切れるのですね?」
「はい、なるべく早くにと。九条様が愛する方と一緒になれるように……」
「そ、それなら、せめて一カ月程お待ち頂けませんでしょうか? 後、少しで魔獣を抑え込める装置ができるのです。その時に李玲様の力が絶対に必要になりますので」

 「で、でも……」という言葉を星羅様の懇願するような姿を見た私は咄嗟に飲み込むが。内心で後一カ月もこの命が持つのだろうかと右手をさすりながら考え。
 何せもたなければもっと迷惑をかけてしまうだろうからと、私はこの際、思ったことを口にしてみる。「それなら今日、言ってしまった方が良いのではないのでしょうか?」と。
 即座に星羅様は首を横に振られてしまうが。

「もしかしたら李玲様が精神的に参ってしまう可能性がありますので……」
「ええと、それこそ星羅様がお側におられれば大丈夫なのでは?」

 「へっ?」と星羅様はよくわからないという表情で首を傾げられる。
 しばらくして驚いた表情を向けてこられたが。

「あっ、もしかして私が李玲様が好きな女性だと思っていません?」
「違うのですか?」
「ええ、ありえませんよ。まあ昔はお互いに異性を近づけさせないよう許嫁のような約束は致しましたがね」

 「で、でも、あの方は本気かもしれませんよ?」と内心複雑な気分になりながら尋ねる。それでも星羅様はゆっくりと首を横に振ってこられたが。

「それこそあり得ませんよ。何せ私に自分の命よりも大切な存在ができたみたいなことを仰ってきたのですから」

 そして私を再び見つめて。もちろん私が首を横に振ると星羅様は小さく息を吐かれ「そうですか」と。しばらくすると真剣な表情を向けてこられたが。

「あの、もしもの話です。李玲様が優月様のことを心から愛していても離縁しますか?」

 もちろん私は「はい」と頷く。病のことを考えれば当然なのでと思っていると星羅様は考える仕草をされる。
 それからしばらくして首を横に振られも。

「この話はやめましょう。部外者の私が余計なことを言うべきではないですから。ただ、先程のことは考えておいて下さいね」

 そして、運転手の方を向かれると館に戻るよう指示をされたのだ。要は会話はこれで終了と。
 ただし旦那様関連は。しばらくしてまた尋ねてこられたから。

「そうだ、最近の研究でわかったのですけれども、魔獣が無差別ではなく意識を持って行動しているのをもう知っておられますか?」
「確か岩倉総大将が仰ってました。あの、それは本当なのでしょうか?」
「十中八九間違いないです。しかも倒されても新しく現れた魔獣に意識が引き継がれるらしいのですよ」
「そうなると殺し損ねた人を付け狙う可能性が……」

 今までの魔獣の行動を思いだし身震いしていると星羅様が頷いてこられる。

「ええ、その通りです。自分が殺し損ねた人……魔蝕病にした相手を付け狙うみたいなんです。まあ、早期なら治療してしまえば狙われなくなることもわかったのですが」
「でも、治療できない者は一生魔獣に追われるか魔蝕病に侵されて死ぬしかないのですよね……」

 右手を強く握りながらそう言うと星羅様は微笑まれる。

「もう少ししたらそれさえも治るかもしれないのです。研究がかなり進みましたからね」
「では、魔獣に恐怖する心配もなくなる日がくると?」
「ええ必ず」
「そう、良かった……」

 私が心から安堵していると星羅様が今度は手を打たれる。

「そうだ。来月辺りに魔獣を抑制する装置の修理が完了する予定なんです。だから是非とも、テレビをつけておいて下さいね。魔獣が和国から消える歴史的瞬間を見れますので」

 もちろん私は頷く。何せ星羅様の言葉通りに歴史的瞬間が見れるのだから。生きているうちにと私達はその後も色々な会話をし続ける。
 ただ、そんな楽しい会話も終わりを迎えるが。館に到着したのでと、私は「では、また」と仰られる星羅様に頷く。

「はい。今日はありがとうございました」

 そして去っていく車に頭を下げも。足音が聞こえたためすぐ振り向くが。

「おかえりなさい奥様」

 そう仰ってこられる匙裏さんと、その横で不安気な表情をされる旦那様に笑顔も。「ただいま戻りました」と。内心では複雑な気分になりながら。
 だって、わからなくなってしまったのだから。旦那様と愛し合う女性が誰かを。

 いえ、でも、やっぱり……

 応接室での光景……お似合いのお二人の姿を思い出していると旦那様が安堵した様子で側に来られる。それから着ていた羽織ものをさっと脱がれ私に。

「夜風で体が冷えてしまう。さあ、これを」

 おかげで羽織ものを通しての温もりに先ほどの考えなど吹き飛び、私は頬を赤く染めてしまうが。
 もちろんばれないようにと咄嗟に顔を下に向けたけれど……いや、残念ながら気づかれてしまったが。しかも勘違いされて。旦那様が焦った様子で私を抱きかかえてこられたから。

「顔が赤い。やはり夜風で風邪をひいてしまったに違いない。急いで館に戻ろう」

 更にはそんな言葉までと慌てて私は口を開ける。違いますと言うために。
 ただし、匙裏さんが手を合わせて首を横に振り、更には館から顔を出した石さんまで同じことをしなければだったけれど。
 いいえ、違うわねと私は口を閉じる。それからゆっくりと目も。欲に負けてしまったことを理解しながら。この短い距離だけでも一緒にいたいと。旦那様の温もりをもっと感じていたいと。

 本当に卑しい。でも……

 私は旦那様にバレないよう服を指先でそっと掴んでしまうのだった。
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