天才騎士候補生、自分探しの旅に出る

戸山紫煙

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外の世界

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歩きはじめてしばらく経ち、街の門はもはや見えなくなった。
「さて…」
男は足を止めて口を開いた。
「アランには武器を渡さなくてはいけないね。」
そう言って男は懐から剣を取り出し、アランへ差し出した。
「こ、これは?」
「銅の剣。安物ですが、この辺りを歩く分には差し支えないでしょう。」
アランは初めての真剣に目を奪われた。これまで持ってきた木刀よりも重く、鈍い光を放っていた。
「振るえそうですか?」
「はい、ありがとうございます。」
アランは男へ向かい、礼儀正しくお辞儀をした。
男は再び歩き出すと、アランもそれへ続いた。歩きながら初めての剣にたびたび目をやる。
『これが、剣。外には“魔物”もいると聞くから、これで戦うのか…』
未だ見ぬ景色、武器に胸を震わせながらアランの足取りは弾んだ。
しばらく二人は無言で歩いていたが、アランはいくつかの疑問が浮かんだ。ふとした疑問を男へ投げかける。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「その…なんて呼べばいいですか?」
男は足を止めてアランを振り返った。
「申し遅れたね。プフーラン、と呼んでください。」
男の口元には笑顔が見えたが、仮面で目元が見えないため、細かな表情はわからなかった。
「プフーランさん、ですね。わかりました。」
再び二人は歩き始めるとアランは続けて質問した。
「あの、プフーランさんは何故仮面をしてるんですか?」
プフーランは振り返ることなく言葉だけを返した。
「占い師として、目元を見られるのは…心を読まれているようで心地が良くない。」
「そういうものなんですか。」
アランはプフーランの背中を見ながらまじまじとその姿を観察した。ローブの下に見える手は手袋をしており、服も長袖長ズボンで、彼の肌は口元以外には見えそうになかった。
アランにしてみれば未だ彼の素性はわからない。旅についてきたはいいものの、アランはまだ警戒していた。

日が傾き始めた頃、彼らは街から出て遠く、林の半ばにいた。
「そろそろ今日の寝床を確保しましょうか。」
プフーランはそう言うと僅かに懐に持っていた荷物を木陰に下ろした。
「危なくないですか?」
「大丈夫。この辺りなら魔物もそう出ないでしょう。」
そう言って辺りにある燃えそうな枝や葉をプフーランは早々に集め始めた。
「魔物も火さえあれば迂闊に近寄りはしませんよ。」
支度をするプフーランを見てアランも見よう見まねで燃えそうなものを集め出す。
かき集められた植物の山にプフーランが火を灯す。魔法と思われるが彼は詠唱を必要としなかった。
「プフーランさん、魔法得意なんですか?」
「ほんの少し、嗜む程度ですよ。だから魔物が出たら、アランにお願いします。」
プフーランは冗談めいて笑った。しかしアランは魔法を呪文なしに発動した姿を見て、かなりの手練れだと確信していた。
「僕は…まだ剣を振ったこともないし。」
「大丈夫。きっと君なら出来ますから。」
アランはプフーランが絶対的な信頼を置くことに対して疑問を抱いた。だが、何故そうなのかは聞かずにおいた。
火がついてしばらくすると、辺りは夜になり、一層静かになった。風が木々や草木を撫でる音だけが周りに響いた。
静かに腰を下ろして休んでいると、プフーランがふっと顔を上げた。
「魔物が来そうですね。」
全く気がつかなかったアランはえっと声を出し驚く。すぐ背中に置いていた剣に手をかけた。
魔物は二人のすぐそばの茂みを揺らした。初めての魔物との対面にアランの鼓動は速くなった。
『魔物…一体どんな姿をしているのだろう。』
息を殺して揺らいだ茂みをじっと見つめる。その瞬間、目の前の茂みと、後ろの茂みから合わせて3体の獣が現れた。
驚き、半歩下がったアランの背中に獣の爪がぶつかった。
「くっ…」
幸いにも深い傷にはならず、かすり傷で済んだ。3匹の獣はアランを中心に円を描くように取り巻き、様子を伺っている。
『いきなり3体も…どうすれば…』
3匹の獣は再び息を合わせてアランへ飛びかかった。アランも先ほどの反省を踏まえて右側に避ける。今度は爪がアランの左肩をかすめた。アランはジリジリと精神が削られる。
『どうしよう、どうすれば…』
これまで学校では負けなしだったアランも、人相手の一対一の場合であった。そのため、一気に複数の敵を相手にすることなど、戦略の授業で話を聞く程度にしかわかっていなかった。
焦れば焦るほどアランの足元はすくんでいった。獣の描く円が小さくなっていく。
ーー野性を。
ふとプフーランの声が脳に響いた。出会ったときのように、テレパシーのような技で語りかけてくる。
『野性……』
ーーアランの中の野性を、呼び起こすのです。
アランはますます混乱し、動けなくなっていく。その状況を打開するために無理やりに目の前の獣へ踏み込み、剣を振り下ろした。
獣は振り下ろされた剣をひらりとかわし、牙を剥いて反撃に出た。飛びかかった獣への受け身が取れずにアランは左肩に傷を負い、体勢を崩した。体勢を崩したことを合図に残りの2匹がアランへ飛びかかろうとする。
『いけない』
プフーランはそう思い、アランへ駆け寄ろうとした。
そのとき、血液の流れるアランの左腕が素早く空を切った。
獣たちは恐れをなし、ひらりとアランから距離をとる。
素早く立ち上がったアランは姿勢を低くし、これまでとは一転して攻勢に転じた。目にも止まらぬ速さで目の前の獣に近づき、獣の顎に一撃を喰らわせる。打たれた獣は吹き飛ばされながらも姿勢を立て直す。牙を剥いた口からは血が垂れていた。
その姿を見ることなく後ろにいる獣2匹へも素早く剣を振った。横になぎ払った剣は1匹の獣にぶつかり、そのままもう一方へも当てて2匹ともを吹き飛ばした。
アランを囲う姿勢を崩された獣は、残ったなけなしの力で一斉に正面からアランへ襲い掛かった。
アランはその獣たちの大きく開いた口めがけて横に剣を振るった。獣たちの口が大きく裂け、その場に横たえる。
それと同時にアランも力尽きたようにその場に座りこんだ。受けた傷の痛みが蘇り、左肩を右手でギュッと押さえた。
「大丈夫か?」
プフーランはアランに駆け寄り、肩を抱いた。
「だ、大丈夫。こ、これって…」
「君がやったんだよ。今さっき。」
アランは目の前に倒れた3匹の獣を見て絶句した。
「ぼ、僕が…だって…僕は…」
「…怪我をしている。とりあえず休もうか。」
プフーランはそう言ってアランと共に立ち上がると、焚き火の元までアランを連れていき、そばの木に腰掛けた。
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