Apricot's Brethren

七種 智弥

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序章:混沌に帰す者

File 03:練兵に倣う灰滅-10-

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 まず血晶刃ブロッジについて。対侵蝕者イローダー戦で要となる第一級接触禁忌種の血液を用いた戦闘展開において、相手を仕留める確実性と速攻に向いた効率性を追求した末開発された仕込み籠手である。
 外観は一般的な籠手と類似しているが、前腕部に格納できる鉤爪が特徴的である。また、籠手内部には注射針が内蔵されており、鉤爪を格納庫から表出させる際に針が使用者の手首静脈に刺さることによって血液が鉤爪へ輸送される(輸送ルートに弁が付いているため逆流は生じない)仕組みとなる。
 血液との接触面は侵蝕因子の侵食を最も受け易いために、第一級接触禁忌種の血晶粉末を各部の製造材料に練り込むことで侵食を防止しているが、これが硬度・密度・融点等の安定性の増加に寄与した。
 一方人造人間ホムンクルス用の血晶刃ブロッジは通常型と異なって籠手内部の注射針がなく、第一級接触禁機種の血液貯蔵槽が付随している。この構造は、体内に侵蝕者イローダーへの攻撃性質を顕示する特殊な血液を持さない人造人間ホムンクルスが戦闘に参加できるよう配慮して製造された正式な型で、プロトタイプである通常型は壱式血晶刃ブロッジ、改造型は弐式血晶刃ブロッジと呼ばれる。本武器は使用者により非常に高くバトルプルーフされているため、仕込み籠手以外の形状は現場利用までに至っていない。

 そして虚飾面ノースについて。虚飾面ノースは、K-9sケーナインズ侵蝕者イローダーとの接近戦において霧散した侵蝕因子を過失吸入しないよう防ぐ役目が備わっている。
 侵蝕因子の特性上、対物的侵襲力に「有機物質≫無機物質」の関係が成立するだけでなく、対人的侵襲力として「血液>呼吸器≫皮膚≫その他」の関係性が成り立つが故に、侵蝕者イローダーとの戦闘区域内で不用意な露出は推奨されず、特に因子の侵入影響を受け易い出血部位や鼻口を露わにすることは忌避されるべきだとされる。
 特に、空中浮遊型侵蝕因子の誤った吸入を防止する役割を担う虚飾面ノースの呼吸部分には、最先端技術を講じた細密な網目状フィルターが張られており、戦闘時の被曝率を減少させるに多大な貢献をする。
 K-9sケーナインズは一般人と比較し侵蝕因子への抵抗性が強いものの、実際の現場は戦闘による消耗状態でK-9sケーナインズの異物抵抗力は低下し易く、被曝の危険性が拭えない。この他「本来戦闘に充当するべき身体能力や思考能力が免疫力や抵抗力の向上・維持に充てられることで戦力低下を来す虞」を危惧した側面もある。故に戦闘中の侵蝕因子の曝露回避を受け持つ虚飾面ノースの装備は欠かせないのである。
 これまでに説明してきた通り、侵蝕因子の甚大な侵襲能力は無機物質にも及ぶが、対物的侵襲法則より無機物への侵襲速度は遅く、対有機物ほどの即効性は認めない。また、K-9sケーナインズによる侵蝕者イローダー掃討から間もなくして、空中浮遊型侵蝕因子を無力化させる拮抗剤を散布するため、戦闘区域は浄化される。しかし散布剤が侵蝕因子に抵抗性のある血液を持つ第一級接触禁忌種及び第二級接触禁機種・人造人間ホムンクルスの免疫系に悪影響を及し兼ねないため、戦中散布は行わないが、万が一に備えたガスマスク着用は必須となる、と言う訳だ。

「この二つの装備があれば、杏病原体プラルメソーシの感染のリスクは大きく低くなります。だからこそハチ、貴方の参戦も可能となる。ただ、一般人の参戦を許可すれば、第一級接触禁忌種の血液を永続的に、大量に供給しなければならなくなります。隊長とて人間の亜種ですから、一日の血液生産量には限度がある。人類が侵蝕者イローダー討伐戦線に大々的に参与し得ない理由はこの観点にもあるということです」

「それだけじゃないですよね。第一級接触禁忌種やK-9sケーナインズの存在を軍は周知から秘匿すべきものとしています。血液運用が広まれば、その正体を探ろうとする者も現れるはず。そうなれば貴方達の隠蔽工作に支障が出る。違いますか?」

「ハチ、君は勘がいいですね。その通り。全てはK-9sケーナインズが粛然と任務を熟すための布石に過ぎない。血液が足りない、なんてただの欺瞞ですよ」

 要は人間の存在が関わると何かと面倒なのだろう。「関わって欲しくない」というあまりにも率直な言い様に思わず苦笑してしまう。

「ここからは人間が参与し得ない対侵蝕者イローダー戦でのイロハを教えましょうか」

 これまでは座学に相応しい知識の叩き込み作業が行われていたが、今度はルカさんが教鞭を振るう傍らでティムさんが実践して見せる、所謂いわゆる目で見て覚える特殊講座が始まった。恐らくは侵蝕者イローダーとの戦闘における基本的な動き方の手順を教育するための講釈。戦闘時の立ち回りを眼前で実技講演しながら学べるというのは、何とも贅沢な勉学である。
 アクションゲームで言うところの動作把握。様々な形態を取る相手毎の攻撃と防御のモーション・パターンから隙を見出し、最適解の進攻を繰り出す典型的必勝法則。実戦的な殺陣たてを実演するティムさんの動きは正しく人間離れしているが、それは洗練された運動であって真似できないほど高難度のものではない。基礎の基礎を教えるとしているだけあって、動作は極めて単純明快だ。但し、筋力トレーニングや実践経験を積んでいない僕にとって、あんなにキレキレの動きができるかどうかは、想像さえ付かないことなのだが。

 しかし今は座学の時間である。ティムさんの動きを敢えて模倣して見せる必要性は現段階ではないと言える。飽くまで実演と共に記憶しやすい状況を作ってくれているだけだ。僕はルカさんから配られたノートに習ったことの要点を纏めて綴っていく。数十分で随分と濃密な内容を勉強したものだと、これまでの軌跡を辿るようにして頁を捲っていけば、まるで予備校の講師が教えたかのような分かり易さに計らずも脱帽した。そうして短い休憩を挟みながらの長丁場に渡る講義は、対侵蝕者イローダー戦、対人戦に関する習熟を含めて三日間に及んで続いたのだった。
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