4 / 18
4:海辺の家 ―ハイヘイズの子ら―
しおりを挟む
日が暮れる。
2月初頭の東京湾の埋立地は寒い。
周囲を海に囲まれている上に、風雨を遮るものが無いためだ。
それでも埋立地の内域に住んでいるならまだ住みやすくはあるだろうが、水辺際となるとそうも言っていられない。
この洋上の埋立地のスラム街では水際に近くなればなるほど、生活の程度は貧しくなる。最下層の人々となると沈みかけの廃船に暮らしているケースもある。
逆に陸地の中心地へと近づけば近づくほど、生活の度合いは高くなる。
その中心地にて支配者の如く君臨するのが金色の高層ビルだ。その土地に住む者なら支配者の名を知らない者は居ないが、誰もその名を口にすることはない。災厄を招くからである。
ラフマニたちが、互いに助け合いながら暮らす廃ビルは海際にほど近い。200mも歩けば岸壁にたどり着く位置である。
冷たい海風が吹き抜ける場所にありながらもなんとか暮らしていけるのは、ビル自体が割と傷んで折らず、窓や扉の建て付けもしっかりとしているためである。
その意味ではこのビルに住むハイヘイズの子供らは幸運だったと言えるだろう。
――ハイヘイズ――
中国語では【黒排子】と記述する。そもそもは中国の一人っ子政策の制約で法的戸籍を得られない未承認の二人目以降の子供らを意味する暗語だった。
それがこの東京湾の洋上のスラム街では、身を寄せる同族のない混血の無戸籍孤児たちを意味するスラングとして使われていた。
その総数は未だに正確に把握はされていない。社会の暗部と言える存在だ。
だがそれでも懸命に前向きに生きている者たちもいた。
ラフマニ少年がまとめる18人程度の集団だ。
アラブ系のハーフで最年長のラフマニ青年をリーダーに
同い年でアフリカ系の青年のオジー
パキスタン系のハーフの少女でジーナ
北欧系と黒人のハーフでアルビノの症状を持つアンジェリカ
そして、アンドロイドの身の上を隠して身を寄せているローラがおり、
彼ら5人が年長組になる。
その下に1歳未満の赤子から12歳までで14人が居り、それを年長組が懸命に養っているのだ。
ラフマニとオジーが外で生活費を稼ぎ、ローラとジーナとアンジェリカが家の中を切り盛りしている――
そう言う日常が営まれて居るのである。
彼らが家として暮らしている廃ビルの中で夕食前の支度が行われていた。
「ねぇ、子どもたち寒がってない?」
ローラが一階奥から声を掛ける。相手はジーナと言いパキスタン系の混血の少女である。歳の頃は15くらい。
ビル入口近くにリビングとして用意したフロアで子どもたちの面倒を見ていたのだ。
「えぇ、大丈夫です。ここ隙間風も無いから」
「そうね。でも今日は風が結構強いから気をつけてね」
「はい」
リビングからジーナの声が返ってくる。ローラはそれを聞きつつ、傍らのもう一人の年長の少女にも声をかけた。北欧系でアルビノの因子をもつアンジェリカである。歳はアンジェリカよりひとつ下である。
「そっち、準備どう?」
「はい、盛り付け終わりました。まぁ、適当ですけど」
「いいわよそれで。どうせ食べ始めると散らかるし」
一階奥は台所代わりの水場である。
屋根上に設置した中古の太陽光発電からの電気と、海水から真水を取り出す簡易蒸留装置で飲料水を確保する。
機材は裏で流通しているジャンク品を修理して使えるようにしていた。それらにコンロ機材を加えてとりあえずの煮炊きはできるようにしてある。水回りの衛生は子供たちの命をつなぐ上で最も留意しなければならない。そう考えてローラとラフマニが中心になって自分たちで考えたものである。
足らないものは少しづつ手に入れていく。
それが二人がこの〝家〟を営んでいく上での大切なポリシーだったのである。
「出しちゃいますか?」
アンジェリカの声にローラは思案げだった。
「ローラさん?」
黙して答えないローラをアンジェリカは訝しがる。
「ん? あぁ――いいよ。出しても。ラフマニとオジーは?」
「まだです。もうじき帰ると思いますけど」
「そう――、でも良いわ。二人の分は別にしたの。小さい子を先に食べさせたほうがおとなしくなるし。アンジーはジーナと一緒に子どもたちと食べちゃって」
「ローラさんは?」
「あたしは二人を待ってるわ」
「そうですか。じゃぁえんりょなく」
アンジェリカがそう答えながら今日の夕食を運んでいく。さっきほど台湾人街で手に入れた食材である。それにいろいろなつてをたどって手に入れた食料の蓄えもある。それらをうまく使いまわして子供らと年長組の胃袋をなんとか満たすのはローラたち年長組女性陣の役目であった。
「さて――」
そう一言つぶやくと、ローラは別にしておいた分をあらためて準備し始めた。
ラフマニとオジーの男性陣二人のための食事である。
そんなときである――
「あ! お兄ちゃん!」
「おかえり~!」
小さい子どもたちの嬉しそうな声が響く――
噂をすればだ。ラフマニとオジーが帰ってきたのである。
「おかえり」
そう優しく声をかけたのはローラだった。宅内に入ってきた二人に声を掛ける。
「お、おう――」
ぎこちなく、それでいて少し気まずそうに答えたのはラフマニだった。
「ねぇ――」
一言問いかけようとしたのはローラ。だが――
「わるい、ちょっと落ち着いてからにするわ」
――目線ですまなそうな表情を浮かべながらも、ラフマニはその言葉を残したまま階上へと上がっていってしまった。
「あ? ――うん」
その反応にローラも戸惑いを隠せない。とはいえ理由の根っこの部分はローラ自身にもよくわかっていた。
そんなローラに背後から、ジーナの声がかけられる。
「あれ? ラフマニは?」
「あ? う、うん――、少し休憩してから食べるって」
「そう、じゃぁラフマニの分だけ別にしますね」
「えぇ。そうして頂戴」
「はい」
そんなやり取りをしつつジーナは姿を消した。
ひとりローラは思う。
「まったく、ラフマニったら何を考えてるだろう――」
ため息を付きつつ、ラフマニの分の食事を支度する。
想い人が笑顔になってくれることを願いながら――
2月初頭の東京湾の埋立地は寒い。
周囲を海に囲まれている上に、風雨を遮るものが無いためだ。
それでも埋立地の内域に住んでいるならまだ住みやすくはあるだろうが、水辺際となるとそうも言っていられない。
この洋上の埋立地のスラム街では水際に近くなればなるほど、生活の程度は貧しくなる。最下層の人々となると沈みかけの廃船に暮らしているケースもある。
逆に陸地の中心地へと近づけば近づくほど、生活の度合いは高くなる。
その中心地にて支配者の如く君臨するのが金色の高層ビルだ。その土地に住む者なら支配者の名を知らない者は居ないが、誰もその名を口にすることはない。災厄を招くからである。
ラフマニたちが、互いに助け合いながら暮らす廃ビルは海際にほど近い。200mも歩けば岸壁にたどり着く位置である。
冷たい海風が吹き抜ける場所にありながらもなんとか暮らしていけるのは、ビル自体が割と傷んで折らず、窓や扉の建て付けもしっかりとしているためである。
その意味ではこのビルに住むハイヘイズの子供らは幸運だったと言えるだろう。
――ハイヘイズ――
中国語では【黒排子】と記述する。そもそもは中国の一人っ子政策の制約で法的戸籍を得られない未承認の二人目以降の子供らを意味する暗語だった。
それがこの東京湾の洋上のスラム街では、身を寄せる同族のない混血の無戸籍孤児たちを意味するスラングとして使われていた。
その総数は未だに正確に把握はされていない。社会の暗部と言える存在だ。
だがそれでも懸命に前向きに生きている者たちもいた。
ラフマニ少年がまとめる18人程度の集団だ。
アラブ系のハーフで最年長のラフマニ青年をリーダーに
同い年でアフリカ系の青年のオジー
パキスタン系のハーフの少女でジーナ
北欧系と黒人のハーフでアルビノの症状を持つアンジェリカ
そして、アンドロイドの身の上を隠して身を寄せているローラがおり、
彼ら5人が年長組になる。
その下に1歳未満の赤子から12歳までで14人が居り、それを年長組が懸命に養っているのだ。
ラフマニとオジーが外で生活費を稼ぎ、ローラとジーナとアンジェリカが家の中を切り盛りしている――
そう言う日常が営まれて居るのである。
彼らが家として暮らしている廃ビルの中で夕食前の支度が行われていた。
「ねぇ、子どもたち寒がってない?」
ローラが一階奥から声を掛ける。相手はジーナと言いパキスタン系の混血の少女である。歳の頃は15くらい。
ビル入口近くにリビングとして用意したフロアで子どもたちの面倒を見ていたのだ。
「えぇ、大丈夫です。ここ隙間風も無いから」
「そうね。でも今日は風が結構強いから気をつけてね」
「はい」
リビングからジーナの声が返ってくる。ローラはそれを聞きつつ、傍らのもう一人の年長の少女にも声をかけた。北欧系でアルビノの因子をもつアンジェリカである。歳はアンジェリカよりひとつ下である。
「そっち、準備どう?」
「はい、盛り付け終わりました。まぁ、適当ですけど」
「いいわよそれで。どうせ食べ始めると散らかるし」
一階奥は台所代わりの水場である。
屋根上に設置した中古の太陽光発電からの電気と、海水から真水を取り出す簡易蒸留装置で飲料水を確保する。
機材は裏で流通しているジャンク品を修理して使えるようにしていた。それらにコンロ機材を加えてとりあえずの煮炊きはできるようにしてある。水回りの衛生は子供たちの命をつなぐ上で最も留意しなければならない。そう考えてローラとラフマニが中心になって自分たちで考えたものである。
足らないものは少しづつ手に入れていく。
それが二人がこの〝家〟を営んでいく上での大切なポリシーだったのである。
「出しちゃいますか?」
アンジェリカの声にローラは思案げだった。
「ローラさん?」
黙して答えないローラをアンジェリカは訝しがる。
「ん? あぁ――いいよ。出しても。ラフマニとオジーは?」
「まだです。もうじき帰ると思いますけど」
「そう――、でも良いわ。二人の分は別にしたの。小さい子を先に食べさせたほうがおとなしくなるし。アンジーはジーナと一緒に子どもたちと食べちゃって」
「ローラさんは?」
「あたしは二人を待ってるわ」
「そうですか。じゃぁえんりょなく」
アンジェリカがそう答えながら今日の夕食を運んでいく。さっきほど台湾人街で手に入れた食材である。それにいろいろなつてをたどって手に入れた食料の蓄えもある。それらをうまく使いまわして子供らと年長組の胃袋をなんとか満たすのはローラたち年長組女性陣の役目であった。
「さて――」
そう一言つぶやくと、ローラは別にしておいた分をあらためて準備し始めた。
ラフマニとオジーの男性陣二人のための食事である。
そんなときである――
「あ! お兄ちゃん!」
「おかえり~!」
小さい子どもたちの嬉しそうな声が響く――
噂をすればだ。ラフマニとオジーが帰ってきたのである。
「おかえり」
そう優しく声をかけたのはローラだった。宅内に入ってきた二人に声を掛ける。
「お、おう――」
ぎこちなく、それでいて少し気まずそうに答えたのはラフマニだった。
「ねぇ――」
一言問いかけようとしたのはローラ。だが――
「わるい、ちょっと落ち着いてからにするわ」
――目線ですまなそうな表情を浮かべながらも、ラフマニはその言葉を残したまま階上へと上がっていってしまった。
「あ? ――うん」
その反応にローラも戸惑いを隠せない。とはいえ理由の根っこの部分はローラ自身にもよくわかっていた。
そんなローラに背後から、ジーナの声がかけられる。
「あれ? ラフマニは?」
「あ? う、うん――、少し休憩してから食べるって」
「そう、じゃぁラフマニの分だけ別にしますね」
「えぇ。そうして頂戴」
「はい」
そんなやり取りをしつつジーナは姿を消した。
ひとりローラは思う。
「まったく、ラフマニったら何を考えてるだろう――」
ため息を付きつつ、ラフマニの分の食事を支度する。
想い人が笑顔になってくれることを願いながら――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる