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第1章ルーキーPartⅠ『天空の未来都市』

第2話 頭脳は舞い降りる/警護官フィール

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 女性向けの警察礼服に身を包んだ小柄の彼女――フィールと呼ばれたその女性は毅然とした姿勢のままガドニックを見つめ返す。

「君が我々のSPとは驚いたな、しかし君の部署は違うところではなかったのかね」

 ガドニックはフィールの笑顔に微笑み返す。

「いえ、教授をはじめとする皆様方を特にお守りするようにと、一時出向の辞令が出ましたので」
「そうか、それはわざわざ、すまなかったね」
「いいえ、お気になさらないでください。私、日本警察の代表にと、よく借り出されるモノですから」
 
 ガドニックはフィールのその容姿を見るにつけて、彼女の言葉が妙に納得できてしまう。
 
「君ならそうだろうね。その愛嬌を当て込んで君を使いたがる上層部が居るのだろう?」
「はい、仰るとおりです。まぁ、それはそれで困るんですけどね」
「君本来の仕事に差し障りが出るだろうからね」

 照れくさそうにフィールをガドニックはフォローした。それを受けてフィールはさらに言葉を続けた。

「そう言えば教授、〝円卓の会〟の皆様は、私たち特攻装警の事は初めてですよね?」

 フィールは笑みを浮かべつつも、すこしばかり韻を含んだ言い方でガドニックに問いかけた。ガドニックもフィールが何を言わんとしているか言葉の裏が分かったらしい。
 
「あぁ――そうか。なるほどな、君なら確かに適任かもしれんな」
「ありがとうございます」
「まぁ、何より元気でよかった」

 二人はにこやかに会話を交わしていたが、傍らからウォルターがガドニックの肩を叩いて言った。

「チャーリー、すまないがそろそろ時間だ」

 ウォルターが同僚に声をかけつつガドニックに出立を促す。その時、ガドニックと親しそうにするその女性警護官を、英国アカデミーの一人、マーク・カレルだけは少しだけ怪訝そうに眺めていた。

 VIP用待合室を抜け列が動きだす。前方から、序列は以下のとおりだ。
 
・名誉会員、エネルギー工学博士「ウォルター=ワイズマン」
・名誉会員、サイバネティックス学・人工頭脳学・アンドロイド工学博士「チャールズ=ガドニック」
・会員、ロボティクス工学博士「エドワード=J=ホプキンス」
・名誉会員、生命工学・人体生理学博士「アルフレッド=タイム」
・会員、情報通信技術工学博士「トム=リー」
・準会員、ケンブリッジ大学大学院・建築工学助教授、兼、学術ジャーナリスト「エリザベス=アクシス」
・会員、機械工学博士・軍事情報研究者「マーク=カレル」
・名誉会員、社会人類学・国際政治学博士「ギルバート=R=メイヤー」

 アカデミーの来賓たちが出立の列を作れば、それに対して警護官たちが速やかに動き出す。

「各自、配置に」

 その号令に応じて、警護官たちは使節団の集団の周囲に速やかに移動した。
 一方でフィールは列先頭の隣に立ち、警護官たちの動きをチェックしている。再び、使節団の行列は移動を始め、ビル中央の巨大吹き抜けの地下直行の螺旋エスカレーターへと乗り込んでいった。
 中央の巨大吹き抜け、「セントラルホール」からの眺めは壮観であった。
 2名が並んで乗れるそのエスカレーターに、英国王立科学アカデミーの他、全ての使節団の人間は乗っている。ウォルターが身をわずかに乗り出し「セントラルホール」の中を見降ろした。
 眼下には、螺旋エスカレーターが地下遥かに奈落に落ちるかの様に進んでいる。彼の目に収っているエスカレーターの全てには、使節団の人間の姿があった。各国毎に警護の警官が混じって乗っている。スーツ姿の学者たちの中に明らかにSPと分かる背広姿の人々が混じっているのだ。

 セントラルホール内を上り降りする螺旋エスカレータはそれ一基ではない。他にも、各階停止の螺旋エスカレータもある。それらの各階の螺旋エスカレーターには他の一般人の姿もある。時折、それらの一般人から螺旋エスカレーターの方へと好奇の目が向けられる事がある。

 一般向けの各階停止のエスカレーターと地下直行のエスカレーターとの間は、鋼線入りの強化スモークスクリーンガラスで間を仕切っているので、直接にちょっかいを出す事はできないし一般人の方から全てが丸見えと言うわけでもない。
 だが、さすがに延々と続く、螺旋エスカレーターの閉鎖空間はいささか気楽と言う言葉とは縁遠かった。
 無言の時間が過ぎる。
 それをして英国のアカデミーの者の一人が口を開いた。

「しかし、日本人は時々に、物凄いものを造り上げる時があるわね」

 BGMと館内放送が鳴る中を螺旋エスカレーターが音も少なに降りて行く。建築分野が守備範囲のエリザベスである。

「二十一世紀の十年代現在、世界中の海上国際空港は、日本の関西国際空港がある他に、香港・ニューヨーク・上海・シンガポール、これらの物と比較しても、この空港はトップクラスの規模ね」

 その言葉にあとから口を添えたのはカレルだ。

「しかも、空港その物の大部分は埋立ではなく、海上に浮かんだ浮上地盤だ、耐震設計の精度と言い、滑走路の安定性と言い、見たところは超一級品だな。だが、強いて言えば――」

 カレルは、頭上の「セントラルホール」の空間を仰ぎ見ながら言葉を足す。

「警備体制にはもうひと工夫欲しいところだな」

 そこの言葉は、列の先頭の件の女性警官――フィールにも届いた。彼女は、後ろを上半身で振り向き眉をわずかに動かすとカレルの方を見る。そして、彼に対して勤めて冷静な声で尋ねた。

「それはどう言う意味でしょうか?」

 彼女だけではない、他のアカデミーの者もカレルの方を向いた。それをしてウォルターは、気も弱そうに両の眉を寄せて困った顔をすると小声でこう洩らす。

「またか――」

 そんな周囲の様子をよそにカレルは言葉を続けた。視線は自分の言葉に挑戦的に反応したフィールの目を真っ向に見つめている。

「まず第一に、警護を付けるなら本来ならば、2階フロアと3階フロアの間のエスカレータの前でつけるべきだ私は考える。4階フロアがあの様に展望形式で3階フロアが見降ろせる形状になっている以上、どれほど3階フロアの空港オフィシャルの民間警備を強化したとしても、それを掻い潜って4階フロアから3階フロアに攻撃を加える事は可能と考えるべきだ。
 通常の概念では、警備は一般に、水平方向よりも、頭上方向からの攻撃に対する防備が極めて難しいものだ。しかもだ。君たちの国『日本』は、現在、特殊な犯罪に見舞われているはずだ。ちがうかね?」
「武装犯罪、あるいは機械化テロリズムの事をおっしゃいたいのですか?」

 彼女は問う。その問いにカレルは、彼女の目を見つめたままやや間をおいて再び言葉を続けた。

「特に、ロボット・アンドロイドによる犯罪の場合、一般の人間に偽装して侵入する事が十分可能だ。」
「侵入者に対するチェックは万全の体制を敷いております」
「そんなチェックなど、身障者などに偽装すれば造作も無く通過可能だ。身体検査には特例がある。全ての人間を完璧にチェックするなど不可能なのだよ。一年半前の成田を忘れたわけではあるまい?」
「よくご存知ですね」

 女性警官はじっとカレルを見つめていた。挑戦的ではあるが、懐疑的ではない。カレルのその言葉をじっと受け止めている。怒るでもなく、当惑するでもなく、彼女はじっとカレルの目を見つめ返している。その二人の視線のやり取りに当惑していたのはむしろ周囲の方である。
 メイヤーが背後からカレルの肩を叩き声をかける。

「マーク、その位でいいだろう。彼女は上からの指示で、こう言う警備体制に従事しているだけさ。彼女の責任ではないよ」

 カレルは目を閉じると言葉をつぐんだ。その様子を見て、メイヤーは勤めて穏やかな声でその女性警官に謝罪の声をかける。

「すまんね、彼は軍事や警察に関わる研究もしててね、専門だから気になるらしいんだ」

 その言葉に彼女は緊張を解くと、満面の笑みで返事をする。

「お気遣いありがとうございます。ミスターメイヤー」

 そして、カレルにあらためて視線を向けると彼に向けてこういい放った。

「それとミスター・カレル」

 カレルがその言葉に反応して目を開ける。静かな澄んだ声に彼も緊張を解く。

「ご忠告、ありがとうございます。上層部にわたくしの方から上申させていただきます」

 カレルが釣り上げていた眉を穏やかにゆるめる。顔は笑ってはいないが、心の中では和んでいる。その女性警官からの返事はそれが彼女なりのジョークである事はカレルにもよく判る。カレルは、彼女のいたずらな笑みで全てを了承していた。だが、カレルはあらためて彼女に問うた。

「なぜ私の名を?」
「皆様方を始め、今回の国際未来世界構想サミットに参加なされるVIPの方々のプロフィールデータは全て私にはデータバンクに登録済ですので」
「データバンク?」
「はい」

 明快な肯定の返事が返ってくる。その言葉に、ウォルターはあらためてその女性警官の容姿をじっと見つつ彼女に問い掛けた。フィールは警察規定の女性向けのビジネススーツ姿をしていたが、その頭部には頭髪に混じって分割されたメット形状の装着物が確認できるのだ。

「ひょっとして、いや、その頭部を見てうすうす判るんだが、君は――アンドロイドなのか?」

 彼女は笑ったまま黙して答えなかった。
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