上 下
316 / 462
第2章エクスプレス サイドB①魔窟の洋上楼閣都市/グラウザー編 

Part18 サイドストーリー・ファミリー/『ふぁみりー?』

しおりを挟む
「だから、もう何も怖がることはねえ。安心してゆっくり休め。そしてこの病院で体をゆっくりと治すんだ。また来てやる。おみやげは何がほしい?」

――おみやげ、その言葉に涙で曇っていたジズの顔が微かに笑みを浮かべる。だがジズが求めてきたおみやげの名は意外なものだ。

「おじちゃん」
「なんだ?」
「ジズ、あんよが欲しい。お外で歩きたい」

 あんよ――ジズが求めた物、すなわちそれは〝足〟だった。そして本当の己の足と心とで歩くための〝自由〟だったのだ。意外と言えば意外、当然と言えば当然、だが無理といえばあまりに無理な注文である。だがジニーロックは――
 
「あぁ、わかった。つけてやる。お前の体にピッタリのやつだ。おじちゃんが最高の足をジズにつけてやる」

――ジズの求めを一切拒むこと無く受け入れたのだ。

「本当?」
「あぁ、本当だ。俺は約束を必ず守る。それは解るだろう?」

 ジニーロックの言葉にジズは何度も頷いていた。

「でもその為にはちょっとだけやらないといけない事がある。準備する物が必要なんだ。それは解るか?」
「うん。わかる」

 すぐには要求が通らないと知って少し不満げなジズだったが一人の子供としては素直と呼べる範疇の反応だった。そしてジニーロックがジズに告げる。
 
「だから3日だけ待つんだ。この病院でみんなの言うことを素直に聞いておとなしくしていろ。そうすればお前のお願いを叶えてやるからな」

 そしてジニーロックは体を少し離すと、ジズの頭をそっと撫でながら告げる。
 
「約束できるな?」

 優しく、教え諭すように問いかければ返ってきたのは、子供らしい純粋な言葉だった。
 
「うん、約束する。ジズ、ここで待ってる」
「いい返事だ。それじゃおじちゃんはジズとの約束のための準備をしてくるからな」
「わかった。気をつけてね」
「あぁ、それじゃおやすみ」
 
 そして再びジズにベッドで寝るように教え諭せば、彼女も抵抗すること無く素直に聞き入れて、その身をベッドへと横たえたのだ。ベッドに身を預けて一呼吸するがその吐息は荒い。やはりまだダメージから回復していないらしい。ジニーロックとは入れ替わりにメテオラがジズの様子をたしかめている。体と心に加えられたダメージはあまりに大きかったのだ。
 ジズの頭を再びそっと撫でてジニーロックは歩き出した。相棒であるモンスターに目配せし、メテオラに声をかけつつ。
 
「それじゃ、あとは頼むぜ。アイツの新しい体を準備してくる」
「かしこまりました。それではオペの準備も手配しておきます」

 ジニーロックの言葉にメテオラは冷静な判断で返した。今この場で何が必要なのか、そしてどういう采配を行わねばならないのか、聡明で優秀な彼女は即座に判断したのだ。歩き出したモンスターとジニーロックの背中に声をかける。
 
「こちらはおまかせください。それではお気をつけて」

 丁寧な口上に、モンスターが答える。
 
「あぁ、頼むぜ。お嬢ちゃんが退屈しないようにな」

 モンスターもジニーロックも、二人とも分かっていた。メテオラが幼児退行を起こしてしまっていたジズを相手に、確実な信頼と親愛を得ていると言うことに。二人は、メテオラとジズのやり取りの様子を眺めながら病室をあとにする。そして先に口を開いたのはジニーロックだった。
 
「いい部下だな。兄貴」
「あぁ、メテオラは長い付き合いだ。俺の表の仕事も裏の仕事も完璧にフォローできる。ジズの嬢ちゃんの世話もアイツなら大丈夫だ」
「だろうな。そのうちジズのやつ、メテオラをママなんて言い出すかもな」

 ジニーロックの言葉にモンスターは笑いながら答えた。

「かもしれねえ。でもアイツ、まだ21だぜ? 子持ちをイメージするにゃちょーっとばかり早すぎるな」

 2人で笑い声を上げながら歩いて行く。だが少し声をトーンを低くして、モンスターはジニーロックに問いかけた。
 
「でも、本気か? ジニーロック」
「何がだ? 兄貴」
「アイツをファミリーにするって話だ。アイツはジャパニーズだ。俺が同意しても周りが納得しねぇだろう。どうする気だ?」

 それは深刻でセンシティブな問題だった。どんなにサイボーグ技術が進歩して人間の外見が自由自在になったとは言え、人種問題はそう容易には解決できない問題だ。人種や民族ソサエティの壁を超えて行動を共にすることは何時の時代でも困難を伴うのだ。その事を案じてのモンスターの言葉だったが、そんな懸念に怯むジニーロックでは無かった。
 
「それだが――、俺に考えがある」
「ほう? どんなだ」

 モンスターが問えば、ジニーロックが自信アリげに笑いながら答えた。
 
「アイツの体をすべてつくりなおす。12歳の年相応の体にして、その上でアイツを俺のファミリーにふさわしい体にしてやる。俺達と同じブラックにな」
「そうか、やっぱり黒くするのか」
「俺は端っからそのつもりだった。アイツは脳みそ以外は全部作り物なんだ。体の一部の生身の部分ですら他人から移植されたものだ。頭だって生身に見えるが、それは外見だけで一皮めくれば人工物が詰まってる。くそったれハイロンのご意向ってやつでな」
「実の娘を自分の居のままになるキラーセックスドールにしたって事か。悪趣味の限度を超えてるぜ」
「でも、そのハイロンももう居ねぇ。あいつは自由になれたはずだが、今となっちゃあの体のままで居続けること自体が、アイツにとっちゃ拷問であり足かせなんだ」
「わかるぜ。自分の望まない体を押し付けられるほど辛いことはないからな」
「そう言うことだ兄貴。そこからあいつを開放してやるのが、俺とアイツの約束だったんだよ」
「約束か――」

 モンスターはしみじみとつぶやいた。

「そいつは重いな。約束を違えたら男じゃねえ」
「あぁ」

しおりを挟む

処理中です...