アーヴィン

テル

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取り替え子

魔術師

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 屋敷の中からは物音一つしなかった。
 私は繰り返し扉を叩いたが、これといって反応がないまま時が過ぎた。
 諦めようとした矢先、私は扉に文字が刻まれていることに気付いた。
 その文字列はそれ一つ一つでは意味を成さないただの言葉の羅列であったが、その中でいくつかぼんやりと輝く文字が見て取れた。
 私はその光る文字を繋げて読み上げることにした。
「この扉は扉であって……扉では、ない」
 その瞬間、固く閉ざされた扉はまるで煙のように姿を変えるとあっという間に霧散してしまった。
「信じられん……」
 今まで扉があった場所に手を伸ばしてみてもその空間には何もなく、振り回した手は虚しく空を切った。
 扉の奥は薄暗い通路が続いていたが、壁に取り付けられた燭台の明かりがまるで私を導くかのように通路の奥を照らしていた。
「進めということか」
 私は慎重に屋敷の中へと足を踏み入れた。
 どれくらい進んだだろう、気が付くと私は金属製の大きな扉の前に立っていた。
 私が恐る恐る扉の取っ手に触れると、扉は音を立てながらひとりでに開き始めたのだった。
「時間通りだ」
 その部屋は何かの研究室のようになっており、部屋の中央には見覚えのある人物が私を出迎えるようにして立っていた。
「やあアーヴィン。久しぶりだね」
「ロイド、前に来たのは確か三ヶ月前だったかな」
「会う約束をしていた覚えはないのだがね。まるで私が来るのが予め分かっていたみたいじゃないか」
「占星術の一種さ。君が今日来ることは占いの結果に出ていた。もちろん何か不可思議な案件を持ち込んで来ることもね」
「友よ。やはりここに来て正解だったようだ」
 私とアーヴィンは固く握手を交わすと互いに再会の喜びを分かち合うのだった。
 その後私は案内された椅子に座り葉巻に火を付けた。
 アーヴィンはというと来客用のティーカップを用意し、所持している中で最も高級だという紅茶の茶葉を取り出した。
「この茶葉は以前ある貴族を呪いから救った時にお礼に貰ったものなんだ」
「それで用件なのだが……」
「まあ待ち給え。せっかくの機会なのだからまずはもてなさせてくれ」
 彼がそう言って手を叩くと部屋の奥から給仕の居ない無人の台車が現れ、ティーポットや砂糖やミルクの入った小瓶が運ばれてきたではないか。
「驚いた……。これは魔法か?」
 驚く私の表情をアーヴィンは満足げに微笑みながら観察していた。
「いや違う。私はあくまで彼らに合図を出したに過ぎないのだよ」
 最初私は彼が何を言っているのか理解出来なかったが、彼の指し示す方向――ティーカップの裏側を見て私はやっとその意味を理解した。
 そこに居たのは茶色い服に身を包んだ小人、それも一人や二人ではない。
 アーヴィンが再び手を叩くとその小人達はそそくさと退散し、やがて見えなくなった。
「彼らは私の身の回りの世話をしてくれる小さな友人達だ。妖精の一種で名をブラウニーと言う。彼らの纏っている茶色い服にちなんで付けられた名前さ」
「身の回りの世話をさせている割に随分と粗末な服を着せているのだな」
 私がそう言うとアーヴィンは呆れるかのように肩をすくめて見せた。
「君は何も分かっていないようだ。彼らは労働に対して対価を求めない。労働は彼らの存在意義であり私が彼らに報酬を払おうとすればそれは彼らに対する侮辱になる。そんなことをすれば彼らはたちまち私の前から消えてしまうだろう」
「では君は彼らに対して何もしていないのかい?」
「それは違う」
 アーヴィンは即座に否定した。
「私とて感謝の気持ちを忘れた事は一度もない。毎日カップ一杯のミルクとビスケットを数枚彼らの通る場所に置いておく、そして彼らはそれを勝手に持っていく、それ以上のこともそれ以下のこともしてはならない。それだけ妖精との付き合いはデリケートなのさ」
 妖精との付き合い方なんてこれまで一度も考えたことがなかった私にとって、彼の語ること一つ一つがとても新鮮だった。
「それは面白い。是非私の家にも妖精に来てもらいたいものだ」
「来るかどうかは運次第だろう。彼らは非常に気まぐれだ。ただ先程言った習慣をもし忘れた場合、君にとんでもない不幸が訪れることもあるから気をつけないといけないよ」
「とんでもない不幸?」
「こんな話がある。昔ある村に妖精たちの為に毎日バケツ一杯の綺麗な水を用意する少女がいた。翌朝には水が無くなる代わりにバケツには金貨が一枚入っているのだ。しかし少女が水の用意を怠ると、どこからともなく少女に片足が不自由になる罰を与えようという話し声が聞こえたらしい。そして実際に少女は片足が不自由になってしまったのだ」
「行った行為に対してあまりにも重い罰だな……」
「だが安心したまえ。少なくともその少女は最後は幸せになったそうだ。毎回そうなるとは限らないけれどね」
 その話を聞いた私は居なくなったアランの行方がことさら心配になっていた。
 そんな私の心情をアーヴィンも察しているようだった。
「それで、今回はどんな用件なんだい?」
「私の妹夫婦の事なんだが、その息子――アランの様子がどうもおかしいんだ」
「おかしいと言うと例えば?」
「以前会った時の明るさや幼さといったものがまるでない。まるでどこかに忘れてきたかのようだ」
「体調が優れなかったのでは?」
「それは私も考えたがどうやらそうではないんだ」
 私はエレナに聞かされた最近のアランの様子を事細かにアーヴィンに伝えた。
「ふむ、子供の成長は速いとは言うが……」
「そうではない! 私はこの目で実際に見ているんだ。あれは成長したとかそういう類の変化ではない」
 興奮する私を落ち着かせる為、アーヴィンは紅茶を勧めてきた。
「まあ落ち着きたまえ。砂糖はいくつ入れるね。ミルクもあるがこちらはあまりオススメとは言えない。眠気を呼んでしまうからね」
「すまない……。とにかくあれがアランではない事は確かなんだ。エレナ達もすっかり参ってしまったし、もう頼れるのは君だけなんだ」
 アーヴィンは椅子に深く腰掛けると両手を顔の前で合わせ思案し始めた。
「恐らくは取り替え子だろうな。だが一口に取り替え子と言ってもいくつかのパターンがある。一つ目は丸太や岩なんかの無機物を魔法で子供の姿に変身させ取り替えるというもの。これは取り替えられてしばらくするとその偽物の子は死んでしまう」
「では違うな。少なくともアランの偽物は今も元気に生きているはずだ」
「では二つ目、妖精が自分の子を人間に育てさせようとして取り替えるパターンだ」
「妖精の子というのは私には分からないがあそこまで子供らしさが欠如しているものなのだろうか」
「いや、少なくとも妖精の子であろうとなかろうと子供らしい無邪気な部分はそう変わるものではないよ」
「つまりあの偽物はそもそも子供ですらないということか」
「そうなるね」
 その時アーヴィンの表情が少し曇ったのを私は見た。
「そうなると少し厄介な事になる」
「と言うと?」
「その子供――アランと入れ替わっている妖精は恐らく大人の妖精だろう。子供と違って賢く場合によっては一筋縄ではいかないかもしれないな」
「何か方法はあるのかい?」
「あるにはあるが、その為にはまず情報を集めなければなるまい」
「一体どうやって集めると言うのだ」
 私がそう言うとアーヴィンはおもむろに立ち上がった。
「とっておきの策がある。まあ見ていたまえ」
 そう語るアーヴィンの顔が私にはどことなく楽しそうに見えた。
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