【完結】ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜

水都 ミナト

文字の大きさ
11 / 17

第十一話 メアリーの苛立ち

しおりを挟む
 メアリーはとても苛立っていた。

 ここ最近、ルイーゼを取り巻く環境に変化が見られるのだ。
 ロベルトの元婚約者であるルイーゼ・ヴァンブルクは、嫌われ者の悪役令嬢であるはずだった。それなのに、今まで嫌がらせの筆頭であったマリアを始め、メアリーの友人のラナまでもがルイーゼと行動を共にしているのだ。
 それだけでなく、他の生徒のルイーゼを見る目にも変化が生じていた。これまで表情がなく、氷のような女だと揶揄されていたルイーゼが、少しずつではあるが微笑みを見せたり、雰囲気が柔らかくなったりと近付きやすくなったため、チラホラと挨拶や会話をする生徒が増えて来ていた。

 元々容姿端麗なルイーゼである。その可憐な微笑みに充てられて、多くの生徒は頬を紅潮させて、熱っぽい眼差しでルイーゼを見つめていた。これまでとのギャップも相まって、ルイーゼへの評価がガラリと変わりつつあった。今では男女問わずに多くの生徒が、ルイーゼの貴重な笑顔を拝もうと、彼女を遠巻きに眺めていた。
 その手のひらを返したような周りの態度に、メアリーは不満を抱かざるを得なかった。

 自分以外がチヤホヤされることも気に食わないが、何よりその相手が今まで目の敵にしてきたルイーゼであることがメアリーを苛立たせていた。
 由緒ある家の出であり、頭脳明晰で美しく、第二王子であるロベルトの婚約者だったルイーゼ。田舎の小さな男爵家で育ったメアリーにとって、ルイーゼは自分が欲しいものを全て持っている疎ましい存在であった。

 表立ってはいないが、メアリーはラナや他の生徒をうまく扇動し、ルイーゼの悪評を流させていた。
 そして頃合いを見てロベルトに近づき、ルイーゼにキツく当たられただの、ルイーゼが陰でロベルトの悪口を言っていただの、有りもしないことをロベルトに吹き込み、うまく懐に入り込んでいった。あの日、晴れてロベルトの婚約者の座を奪い取った時には、内心笑いが止まらなかった。パーティの場で笑いを堪えるのに苦労したものだった。

 それなのに、昨日メアリーの耳に飛び込んできたのは驚くべき一報であった。なんとマリアを中心として、密かにルイーゼのファンクラブなるものが設立されたという。ルイーゼの知らぬところでその会員は着実に人数を増やしているのだとか。


 そして今、メアリーは近頃の鬱憤を晴らすために街へ買い物に来ていた。新しいドレスを購入しようと、ロベルトを引き連れて街一番のドレス専門店を訪れたのだが。

「何よ!どういうことなのよ!?」

 語気を荒げるメアリーの目の前には、黒いスーツを身に纏った屈強な男性二人が立ちはだかっている。店のSPと思しき彼らは後ろ手を組んで仁王立ちをし、店の入り口に立ち塞がっていた。
 ここはメアリーがロベルトと何度も訪れたお気に入りの店である。なぜ今、自分達が店に入ることを止められているのか理解ができなかった。
 ロベルトも驚きを隠せないようで、怪訝な顔で眉間に皺を寄せている。

「申し訳ございません。とあるお方からあなた方を店に入れるなとの指示が入っております。恐れ入りますがお引き取りください」
「なっ…俺が誰だか分かって言っているのか!?命令だ、今すぐそこを退け」
「いくら殿下とはいえ、それは致しかねます。どうぞお引き取りください」
「ぐっ…」

 ロベルトの言葉にも顔色ひとつ変えず、男達は断固としてその場を動こうとしない。ロベルトもぎりりと歯を食いしばっている。

「なんでよ!?私たちがこの店でどれだけドレスを買ってきたと思ってるの!?急に出入り禁止だなんて納得できないわ!誰なのよ!私たちを店に入れるなって言ったやつは!今すぐここに連れて来なさいよ!」

 メアリーも怒りが治らない様子で、キャンキャン甲高い声で叫ぶ。男達はうるさそうに僅かに顔を顰めながら答えた。

「この店のアドバイザー様です。その方の手腕により、この店は王都で一番のドレス専門店の地位を確立しました。その方のご命令は最優先事項でございます。いくらあなた方がここで喚こうと、私たちが道を開けることはありません」

 何を言っても動じない意志が男達から感じられた。
 一流のドレス専門店前での騒ぎに、いつの間にか周りには野次馬が集まって来ていた。ロベルトは、流石に体裁が悪いと悟ったのか、諦めたように息を吐くと、メアリーの腰に手を添えて帰りを促した。が、納得のいかないメアリーはロベルトの手を振り払い、目を釣り上げながら尚も喚き続ける。

「この店が客を追い出すような横暴な店だって言いふらしてやるんだから!」
「ええ、構いませんよ。そんなそよ風のような風評なんて痛くも痒くもありませんから」

 悔し紛れに喚いたメアリーの言葉に返事をしたのは、目の前に立ち塞がる男達ではなかった。キッと睨みつけるように声の方を振り返ると、いつの間にか背後に藍色の髪の青年が佇んでいた。後ろに従者と思われる人物を連れている。

「…誰なの?」
「アレン様!わざわざご足労いただいたのですか!?」
「うん、やっぱり気になってね。僕の指示通りにしてくれてありがとう。ご苦労様」
「とんでもございません!」

 メアリーの問いかけに青年が答えるより早く、SPの男達が慌てた様子で藍色の髪の青年に頭を下げた。アレンと呼ばれた青年は、メアリーとロベルトには目もくれず、悠然とした態度で男達の隣まで歩を進め、彼らに労いの言葉をかけた。

「ちょっと!?無視しないでくれる!?」

 メアリーが怒りのままにアレンへと手を伸ばそうとしたが、その手を従者の男がペチンと叩いた。そのことに絶句したのはメアリー当人である。醜く顔を歪めて従者を睨みつけるが、従者はどこ吹く風である。

「穢らわしい手で僕に触らないでくれますか?僕に触っていいのはルイーゼ姉さんだけなので」

 にこりと爽やかな笑顔で答えるアレンの言葉に、メアリーの表情が強張る。

「ルイーゼ、姉さん…?あんた、まさか」
「ええ、ルイーゼの弟のアレン・ヴァンブルクです。ああ、以後お見知り置きしなくて結構ですよ。あなたと話すのはこれっきりでしょうし」

 ニコニコと無垢な笑顔で毒を吐くアレン。侮辱されていると悟ったメアリーはギュッと拳を握りしめる。怒りのあまり肩は震え、血管が切れるのではないかと思うほど、顔が真っ赤になっている。
 メアリーの様子に顔を青くしているのはロベルトである。ロベルトの前ではいつもは小動物のような愛らしい笑顔のメアリーが、今は鬼のような形相をしているのだから当然ではあるのだが。

「さて、そろそろ帰ってくれませんか?他のお客様の迷惑です」
「あんた何様のつもり!?」
「おや?さっき聞いてなかったんですか?この店は僕がプロデュースしてるんですよ。だから僕が売らないと言った客には商品は絶対に売りませんし、そもそも僕が客と認めない人を中に入れるわけにはいきません。業務妨害ですのでそろそろお引き取り願えませんか?」

 笑顔を崩さず、帰り道の方向を指差し帰りを促すアレン。頑としてその場を動こうとしないメアリーに見切りをつけ、アレンはロベルトと向き合った。

「ロベルト殿下。いいんですか?こんなにも人が集まって来ています。今どう行動するのが最善か、頭の弱いあなたでもこれぐらいは分かりますよね?」
「ぐ……メアリー今日はこれで帰ろう」
「嫌よ!!何で私がこんな扱いを受けないといけないわけ!?私はロベルト殿下の婚約者なのよ!?」
「メアリー!!頼むからこれ以上恥をかかせないでくれ!」
「ろ、ロベルト殿下…」

 思わずメアリーを怒鳴りつけたロベルト。そこでハッと我に返ったメアリーは、周りを見回してようやく自分の置かれる状況を理解したようだ。黙り込んだメアリーにロベルトはホッと息をつくと、アレンをキツく睨みつけたままのメアリーの手を引いて逃げるようにその場を後にした。

「やれやれ。品性のカケラもないな。姉さんの爪の垢でも煎じて飲めばいいものを」

 アレンは呆れたように二人を見送ると、SP二人に感謝を伝えて持ち場に戻るように指示をした。野次馬も揉め事が落ち着いたと判断し、パラパラと各所へと散っていった。

 アレンはクロードの方を向くと、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「さて、と。頼んでいた件の調査はもう済んでるよね?」

 完了していることが前提の問いかけに、クロードは苦笑しつつも頷いた。

「ええ、もちろんです」

 その返事に満足そうに口角を上げるアレン。

「流石だね。よし、じゃああの女の件については目処が立ったし、いよいよ大本命といこうか」

 そう言ってアレンが懐から取り出したのは、一通の手紙であった。ヴァンブルク家の家紋で封がされている。

「レオ君に手紙を出したいんだけど、お願い出来るかな?」

 アレンの頼みを聞き、クロードは頬をひくつかせた。

「はぁ…いつも言ってますけどその呼び方はやめた方がいいかと」
「えーだってレオ君がそのままでいいって言うんだもん」
「…分かりましたよ。許可を頂いているのならもう何も言いませんよ」

 クロードは溜め息をつきながら、アレンに手渡された手紙を持ってとある場所へと向かった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依
恋愛
"氷の令嬢"と揶揄されているイザベラは学園の卒業パーティで婚約者から婚約破棄を言い渡された。それを受け入れて帰ろうとした矢先、エドワード王太子からの求婚を受ける。エドワードに対して関心を持っていなかったイザベラだが、彼の恋人として振る舞ううちに、彼女は少しずつ変わっていく。 ■《夢見る乙女のメモリアルシリーズ》2作目  ■拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』と同じ世界の話ですが、続編ではないです。王道の恋愛物(のつもり) ■第17回恋愛小説大賞にエントリーしています ■画像は生成AI(ChatGPT)

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...