上 下
11 / 13

episode10 sideクロ

しおりを挟む
 それからの二人は、薬草を取りに行ったり、町へ出かけたり、お茶をしたりと楽しそうだ。僕は留守番する日もあれば、二人について行く日もある。

 そんな日々が半年ほど続いた頃、留守番をしていた僕に頬を上気させながら慌てて帰宅した君が駆け寄ってきた。

「クロ…!マクベルさんに告白されたわ…!」

 ほほう、よかったじゃないか。これで晴れて恋人同士だ。

 めでたい知らせのはずなのに、君はどこか寂しげな目をしていた。どうかしたのかい?

「にゃ?」
「ふふ、ありがとうクロ。クロは何でもお見通しだね…実はね、告白への返事は保留にしてもらっているんだ」
「んな!?」
「そうだよね、私の気持ちもマクベルさんと同じなんだから受け入れれば済む話なんだけど…私たちは魔女と人間だから、時の流れが違うんだ」

 切な気に瞳を揺らす君の目には薄っすらと涙の膜が張っている。

「私はマクベルさんと一緒に老いることはできない。私よりずっと早くマクベルさんは死んでしまうわ。愛する人を失う悲しみに耐えられる気がしないの」

 とうとう君のアメジスト色の瞳からはボロボロと大粒の涙が溢れてしまった。仕方がないので僕はその涙を舐めて拭ってやる。しょっぱい。

「人間になれたらいいのに…」

 涙が収まった頃、不意に君が呟いた言葉は確かに僕の耳に届いた。

 
 ――君との付き合いも、もう百年。
 ようやく心から愛する男ができたんだよね。

 僕は君に拾われてから、毎日幸せだった。だから、ここらでちょっとした恩返しをしようと思う。ずっと考えてたんだよ?何がいいかなーって。

 
 ――ねぇ、人間になったら魔法を使えなくなるよ?
 調合の知識はそのままだから趣味の調薬はできるね。
 もう空も飛べないし、水中歩行もできない、それでも、本当にいいんだね?

 
「例え魔法が使えなくなっても、空が飛べなくても、私は人間になりたい。もう何百年も生きたんだもの。大好きな人に残りの人生を捧げたい」

 まるで僕の言葉が聞こえているかのように、君はそう言った。君の目は力強い光に満ちていた。

 
 ――うん、君の気持ちはよく分かった。それじゃあ僕も覚悟を決めなきゃね。


 僕はスタッと床に降り立ち、ぷにぷにの肉球をにぎにぎする。

 そろそろ力も戻ったみたいだし、僕が君の願いを叶えるよ。


「んにゃあ」
「ん?なぁに、クロ」

 君を見上げて呼び掛ければ、どうしたの?と腰を屈めてくれた。君はいつも僕に視線を合わせてくれるよね。そういう優しいところ、大好きだよ。きっとあの男も君のそんなところに惹かれたんだろうね。

 僕は前脚を持ち上げると、ぷにっと肉球を君のおでこに押し当てた。すると目を開けていられないほどの眩い光が部屋に満ちた。

 これで君が目覚めた時にはもう、人間になってるよ。だからすぐに大好きな人のところに行くんだよ。決して居なくなった黒猫のことは探さなくていいからね。分かった?

 僕?僕はちょっぴり眠るだけだから、大丈夫。君は君の幸せのために生きるんだ。僕は僕で目覚めたら、一人でも何とか生きていくよ。君との思い出があればそれなりにやっていけると思う。だから寂しくないよ。




 ――ああでも、もう君と空を飛べなくなるのは、ちょっぴり寂しいなあ。
しおりを挟む

処理中です...