黒猫のクロ〜優しい魔女に拾われた僕のちょっとした恩返し〜【改訂版】

水都 ミナト

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episode11 sideクロ

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「にゃ…」

 どれぐらい眠っていただろう。

 目覚めてまだぼんやりとした視界で辺りを見回す。次第に焦点が合ってきて、ここはあの三角屋根の家だとすぐに思い当たる。
 もう何年も経ってるはずだけど、思ったよりも部屋の中は綺麗だ。埃もさほど積もっていない。だけど、見慣れた椅子や調薬のための変な形のガラス瓶一式はない。ガランとしてどこか淋しい雰囲気だ。

 僕はよいしょと立ち上がる。何だか視界が低いし、記憶よりも随分と短い手足。子猫に戻っているのか。

 そうか、僕は力を使い果たしたんだ。身体の中に満ちていた魔力が底をついている。僕はもう普通の黒猫になったんだ。

 さて、もうこの小屋にあの優しい魔女は居ない。
 ということは無事に人間になれたのかな?
 君はちゃんと好きな男と結ばれたのかい?

 ともかく、寝床はここでいいとしても、当面の食糧を調達しなきゃだね。
 僕は風を取り入れるために開けられたままの窓からひらりと外に出た。ふわりとした浮遊感が、君との空の散歩を想起させる。

 ――ダメダメ、一人で生きる覚悟をしただろう?

 気合を入れるために、ふんっと鼻から息を吐いて歩き始めた僕の頭上に影が差す。考え事をし過ぎて頭上を取られるまで全く気が付かなかった。

「ままぁー!見てー!子猫がいるよ!」

 恐る恐る見上げると、そこには好奇心で目を爛々と輝かせた女の子が一人。髪は栗色、瞳は綺麗なアメジスト色。五歳ぐらいかな?小さいな。

「あらほんと?」
「ねぇ、連れて帰ってもいいー?一緒に暮らしたい!」
「ふふ、ちょっと待ってね」

 少女にママと呼ばれた女性は少し後方から早足で近付いてきた。耳当たりのいい声で、なんだか懐かしくて胸がきゅっと締め付けられる気がした。

「っ!……ええ、猫ちゃんがついて来てくれるなら、いいわよ」
「やったー!名前は何にしようかなぁ…うーん、そうだ!」

 僕と少女の側に来た女性は、僕を見てハッと息を呑んだ。
 母親に承諾を得た少女は、母親と同じアメジスト色の瞳をキラキラと輝かせながら思案している。

「クロ!アナタは黒猫のクロ!うふふ、これからよろしくね!」
「…にゃあ」

 黒猫だからクロとは、なんて短絡的なんだ。
 
 そうか、そうだね。この子は…ノエル、君の娘なんだね。

 いつの間にか側まで来ていた君は、相変わらず艶やかな黒髪を靡かせていたけど、記憶の中より少しだけ大人びて見えた。子猫の視点が低すぎて、君の顔がよく見えないや。
 
 あれから何年が経ったのかな?
 そんなことを考えていたら、君はひょいと羽のように軽い僕の身体を抱き上げて強く胸に抱き締めた。ぐえ、ちょっと苦しいなあ。今はか弱い子猫なんだよ?手加減してよね。

「あっ!ママずるいー!わたしも!」
「んなー」
「クロ、クロ…っ、あなたなのね。うっ、また会えて嬉しいわ」

 娘の抗議も僕の抗議も無視して、君はボロボロ涙を溢す。僕は仕方がないなあとその涙を舌で舐めてやる。相変わらずしょっぱい。

 君の肩越しに、遅れて走ってくる男の姿が見えた。栗色の癖毛は三角屋根の家によく訪れていた彼のもの。

 そうか、君はしっかりと幸せを掴んでいたんだね。安心したよ。

「クロ、クロ。私、今とっても幸せよ」
「にゃふ」

 涙で濡れた顔でふにゃりと君が笑うもんだから、間の抜けた声が出てしまったじゃないか。

「あなたが居なくなってから、毎年この場所に来ていたの。あなたとの思い出がいっぱい詰まった大事な場所。あれからもう十年になるのよ」

 そっか、十年の間僕は眠っていたんだね。力を失くしている間は実体が無いから君には見えなかったんだよ、ごめんね。

「ねぇ、また一緒に暮らしてくれる?あ、この子は娘のメアリ。あの人はマクベル。あなたもよく知ってるわよね。私たちは結婚して家族になったのよ」
「メアリだよー!クロ、よろしくね!」

 ようやく抱擁から解放されて一息ついた僕の前に、君は娘と共にしゃがみ込む。そして満面の笑みで手を差し出した。

「改めて、よろしくね」
「…にゃあ」

 僕は差し出された手に、よろしくの意味を込めてむにっと肉球を押し当てた。



 

 僕は何の変哲もないただの黒猫。もう魔力がないから本当に普通の黒猫さ。
 
 さて、僕は普通の猫としての短い余生を君の側で過ごせることになったみたい。あーあ、せっかく恩返しできたと思ったのに、まだ君は僕に幸せを与えてくれるのかい?これじゃあキリがないじゃないか。

「にゃぁん」

 だけど、既に君たちとの時間を愛おしく感じている僕がいる。僕も君たちを幸せにできるように、これからも側にいてあげる。辛いことがあれば愚痴だって聞いてあげる。でもその分楽しい話をいっぱい聞かせておくれよ。たくさん笑って過ごそうじゃないか。

 
 そよそよと優しい風が僕たちを包み、周囲に咲き誇る花弁を揺らしている。君の腕に抱かれながら、僕はかつて君と飛んだ青く澄んだ空に想いを馳せた。
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