【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

水都 ミナト

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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

63. 闇の魔道具

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 翌日の正午前、70階層のボスの間には、エレイン、ホムラ、アグニ、ドリューン、そしてリリスの姿があった。

「エレインちゃん、くれぐれも気をつけてね」
「はい!」

 エレインがローラに呼び出され、地上へ降りる。ドリューンはそう聞きつけて見送りに駆けつけたのだ。

 地上でアレクと対峙した時、怪我人を出しかねない強力な魔法を行使した罪により、ダンジョンへ追放となったエレイン。地上へ降り立つのはその時以来のこととなる。

 ドリューンの心配そうな言葉を受け、エレインは元気よく返事をしたが、心なしかその表情は固い。やはり緊張している様子だ。

「ご安心ください。私が責任を持って送迎いたしますので」

 エレインの横に立つリリスは、ローラに頼まれてエレインの送り迎えを任されている。エレインを呼び出すというローラの話を聞いて自ら名乗り出たという。

「わざわざ追放されたおチビを呼び付けるなんざ、まあ良い話ではないだろうな」

 ホムラの表情も険しい。要件の記されていなかったローラの手紙を警戒しているのだ。

「ローラさんのことだもん。きっと何か私に伝えたいことがあるんだと思います。大丈夫です!用事を済ませたら戻りますので!」

 エレインは自分に言い聞かせるように胸の前で握り拳を作って言った。そして覚悟を決めたのか、地上への魔法陣に向かう。

「で、では!行ってきます…!」

 エレインがそう言って魔法陣に乗ろうとした時、グッと何かに腕を引かれた。
 何事かと見上げると、ホムラがエレインの腕を掴んでいた。ホムラは切羽詰まったような余裕のない表情をしている。

「ホムラさん…?どうかしましたか?」

 エレインは戸惑いがちにホムラを見つめる。

「あー…いや、何でもねぇ」

 ホムラはハッと我に返ると、もう一度ギュッとエレインの腕を握る手に力を入れ、静かにその手を離した。

「大丈夫です!…ちゃんと帰ってきますので」

 エレインはにこりと微笑んで、所在なさげに下ろされたホムラの手をそっと握った。

「必ず、無事に帰って来いよ」
「はい」

 ホムラもエレインの手を握り返し、優しく微笑んだ。ギュッと手を握り合うと、2人は名残惜しそうにその手を解いた。

「行ってきます!」

 エレインは手を振りながら、リリスと共に魔法陣に飛び乗ると光の粒子となって消えていった。

 こうしてエレインは、数ヶ月ぶりの地上へと旅立って行った。

「…ホムラ様」
「…なんだよ」

 その場に残されたアグニが、そっとホムラの着物の袖を握った。

「エレイン、ちゃんと戻ってきますよね」

 そして、不安げにホムラを見上げる。その目は心なしか潤んで見えた。

 アグニは以前、エレインが地上へ遊びに行き、アレクの陰謀に巻き込まれた時も、ジッと70階層でエレインの帰りを待ち続けていた。
 エレインを救うためにホムラが飛び出した時もそうだ。いつもアグニは大切な人が戻るのを今か今かと不安な気持ちと闘いながら待っている。

「…戻ってくる。本人がそう言ってんだからよ。俺たちは信じて待つしかねぇだろ」

 ホムラは優しくアグニのふわふわの髪を撫でた。ドリューンも胸に手を当ててエレインの無事を祈っていた。


◇◇◇

「ふぅ…久々の地上だ…」

 エレインは地上に降り立つと、ぱさりと外套のフードを被った。間もなく正午を迎えるため、リリスと共に人目を避けてギルドへ向かう。

「ウィルダリアの街は何も変わってないね」
「ふふ、そうですね。流行り廃りはありますが、街の様子自体は何も変わっていませんわ」

 数ヶ月ぶりの街を懐かしそうに眺めるエレイン。季節が1つ進み、以前来た時よりも涼しい風が吹いている。エレインは吹き抜ける風を感じながら目を細めた。そんな様子をリリスは微笑みながら見守っている。

 エレインとリリスは、少し歩いた位置にあるギルドの裏口に到着した。エレインは追放された身なので、流石に正面から堂々と入るわけにはいかない。
 リリスが緊張した面持ちで裏口の扉をノックすると、すぐに中から扉が開かれた。

「ご無沙汰しております。エレイン氏」
「ローラさん!お久しぶりです」

 現れたのは、エレインを呼び出した張本人のローラであった。相変わらず毛量のある赤毛を三つ編みにしている。

「さ、中へどうぞ。部屋を確保しております」

 エレインとリリスは、ローラに促されてギルドに足を踏み入れた。人通りの少ない通路を選んで、防音設備の整った小部屋へと案内された。
 以前エレインとアグニが案内されたものよりは少し大きな部屋であった。低いテーブルを挟んでソファが2つずつ置かれており、テーブルの上にはお茶と茶菓子が既に準備されていた。

 向かい合う形で席に着くなり、ローラは手のひらサイズの巾着を取り出してテーブルに置いた。

「エレイン氏、そしてリリス氏。お呼びたてしてしまい申し訳ありません。実は今日は見ていただきたいものがありまして」

 挨拶もそこそこに、早速本題に入るローラ。ローラは巾着の口を開けると、ひっくり返して中身をテーブルの上に取り出した。

 ゴトン、と音を立てて現れたのはーーー

「こ、これって…」
「何故ここに…」

 アレクが所持していた魔道具の手鏡であった。

 実際に手鏡を目の当たりにし、意識を奪われ、魔法を跳ね返された経験のあるエレインとリリスは、手鏡を前にしてサッと顔を青くした。

「やはりご存じでしたか。お2人のお話に出てきた手鏡と特徴が類似しておりましたので、もしやと思ったのですが…お呼びして良かったです」

 エレイン達の反応を見て、ローラは嫌な予感が当たったとばかりに溜息をついた。

「あの、これ…どこで…?アレクが使っていた手鏡は、私の魔法で溶けて消えたはずなのに…」

 エレインが恐る恐る尋ねると、ローラは少しズレた丸眼鏡を直しながら話し始めた。

「ええ、これは恐らくアレク氏が使っていた手鏡とは別物かと。お話に聞いていた催眠効果は無さそうでが、魔法を跳ね返す効果はあるようです。ギルドでは、アレク氏が使用していた手鏡の劣化版、あるいは贋作ではないかと考えております」
「贋作…偽物ってこと…?」

 エレインの言葉に、ローラはこくりと頷いた。

「ええ。あるいは、量産型か…ギルドが問題視しているのは、この手鏡がいくつも秘密裏に出回っているということです。あまつさえ犯罪に使用された得体の知れない闇の魔道具です。オリジナルほどの力がないにせよ、使い方を誤れば十分危険な代物となり得ます」
「そう、ですね。あれは恐ろしい魔道具でした」

 リリスもあの手鏡の被害者だ。ブルリと身を震わせて忌々しそうにテーブルの上の手鏡を睨みつけた。その様子に、ローラもこくりと頷いた。

「ギルドはこの魔道具の使用を禁止しています。ですが魔道具の力を使ってダンジョン攻略を進めたり、階層主に挑む冒険者も居ると聞いています。勿論そんなことは刑罰の対象となりますがね」

 ローラは一息に話すと、少し温くなったお茶に手を伸ばして乾いた喉を潤した。そして、エレインを真っ直ぐに見つめると、再び口を開いた。

「エレイン氏、70階層も例外ではありません。くれぐれもあの鬼神殿にも注意を促してください。そして、もし可能であれば…手鏡を使用した冒険者を捉えて地上へ送還して欲しいのです」
「え…」

 エレインはごくりと喉を鳴らし、目を見開いた。

「手鏡だけでなく、例の呪詛が込められた短剣、でしたか。万一にもあんなものまで量産されては敵いません。ギルドは現在、生産者を突き止めるべく捜索を開始しておりますが、なかなか手がかりが掴めず…」
「…それで手鏡を持ち込んだ冒険者が居たら捕縛して欲しい、というわけですね」
「はい。危険なお願いなのは重々承知しております。70階層の鬼神殿の強さを見込んでの依頼となります」

 エレインは、二度とホムラが命の危険に遭うことだけは避けたかった。ダンジョンでは地上のように弱体化することはないため、滅多なことは起こらないと信じているが、不測の事態が起きないとも限らない。
 だが、エレインは何よりもホムラの強さを信じていた。

「分かりました、ホムラさんに伝えます。きっと、ホムラさんならきっと協力してくれます!それにそんなインチキで挑みに来る奴らなんて、けちょんけちょんにして地上へ送り返してくれますよ!」

 エレインは元気よく腕を回して見せる。その様子にリリスは微笑み、ローラも優しく目元を和ませた。張り詰めていた空気が少し和らいだ気がした。

「捕縛の際にはこちらを使ってください。投げつけるだけで蜘蛛の糸のように絡み付きます。ロックスパイダーの粘糸をギルドが加工して作成したものです」

 ローラが懐から取り出した別の巾着には、小さな白い玉がたくさん入っていた。

「分かりました。えっと…それで、ローラさんが今回私を呼んだのは手鏡の件の協力を仰ぐため、ということでしょうか?」

 エレインの確認のための問いかけに、ローラは少し眉根を下げて曖昧に頷いた。

「…ええ、それもありますが…一番は情報の共有です。明らかに悪意を持って闇の魔道具を流通させている者がいる。冒険者もですが、あなた方ダンジョンの住人にも危険が及ぶ可能性がありますので」

 ローラは、ギルド要員という立場上、依頼という形で手鏡を使用する冒険者の捕縛の協力を仰いできた。だがそれは建前であり、本音は、エレインやホムラ達を心配してくれているのだろう。

 エレインはそんなローラの本意を悟り、思わず頬が緩んでしまう。地上とダンジョンという離れた場所に居ても、気に掛けてくれる人が居るというのはなんと幸せなことなのだろう。

「ああ、折角地上までご足労いただきましたので、今日は久しぶりに街を散策してはいかがでしょうか?協力してくれる見返りとしては、不十分かと思いますが…」

 そして、不意にローラが提案した事に、エレインは目を瞬いた。

「いっ、いいんですか!?」

 そして目を輝かせて両手を合わせた。

 実のところ、用件が済んだらすぐにダンジョンに帰還せねばならないと思っていたため、少し残念に思っていたのだ。ダンジョンに店はないため、服や下着、身の回りの品などはいつもリリスを介して調達していた。久しぶりに買い物が出来ることはエレインの心を浮つかせた。

 その後、ローラと少し近況の報告をし合い、エレインは嬉々としてウィルダリアの街へと繰り出したのだった。
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