【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

水都 ミナト

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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

72. それぞれの想い

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「ホムラ様…」
「えっと、そんなに自分を責めないで?オニドクカソウのせいで正気を失ってただけなのよ。あの花はダンジョンでも有数の危険な植物なのよ。アナタの意思ではないわ」

 エレインを残し、ダンジョンの裏に戻ったホムラは、ソファに背を預けて深く沈み込んだ。天を仰ぎ、右手で額を押さえているため、その表情は窺えない。
 そんな様子に、手当てが終わったアグニとドリューンが心配そうに声をかけた。

「……情けねぇ、護るって決めてたもんを、自分で傷付けるなんざ…」

 消え入るような声で、ホムラが漏らした言葉。その言葉にアグニとドリューンは顔を見合わせた。

「…エレインのことなら大丈夫ですよ。きっと理解してくれています」
「そうよ、あの子がアナタを責めるなんてこと、あり得ないわ」

 どんな励ましの言葉をかけられても、ホムラが自分を責める気持ちは収まらない。

 やがて、ポツリポツリと正気を失っていた時のことを語り始めた。

「俺の中の破壊衝動が、どんどん膨らんでいって…抑えつけ抗おうとしても次から次へと噴き出してきやがる。……ハッ、そんな危険な存在が、アイツの側にいていいのか、いつか壊しちまうんじゃないかって、そんなことを考えた」

 ホムラは自分の手をじっと見た。アグニを殴り飛ばし、エレインを傷付けたその手を。

「ホムラ様…」
「だから、しばらく距離を置こうと思う」

 アグニは想定外のホムラの決断に、思わず目を丸くして身を乗り出した。

「えっ!?ど、どうやって…エレインにはここしか帰る場所がないのですよ?」

 ドリューンも絶句したように口を開けている。そして慌ててボスの間へと駆けて行った。エレインを迎えに行ったのだろう。

「さっき、腕の中のアイツは小さくて、細っこくて…簡単に折れちまいそうだった」
「…エレインはそんなにやわじゃありませんよ」

 ホムラは、身体を起こすと、爪が食い込むほど拳を強く握りしめた。

 その時、ボスの間から焦った様子でドリューンが戻って来た。

「大変よ、エレインちゃんが居ないわ!」
「えっ!?一体どこに……あっ」

 エレインが70階層以外に唯一身を寄せれる場所に、アグニは1箇所だけ心当たりがあった。思わず漏れた声を慌てて両手で押さえたが、ホムラも同じ考えに至っていたようで、僅かに表情を歪めた。

「…あの狐の面の野郎のところか」
「なっ!エレインちゃん、こんな時に何でっ」

 エレインの行き先を聞き、ドリューンは目を怒らせた。


◇◇◇

「…そんなところで蹲っていては邪魔なんだが」
「………ウォン」

 エレインはホムラに1人にしてくれと言われ、フラフラとその足で75階層のウォンの元へとやって来ていた。他に行き場がなく、縋るようにこの場所に来た。

「…大体のことは把握している。あの階層主は無事だったのか?」
「うん…何とかね」

 ションボリ項垂れるエレインの頭を、ウォンはポンと撫でた。そして懐から小瓶を取り出すと、塗り薬のようなドロリとした液体をエレインの首や肩など、目に付く傷跡に塗ってくれた。少し沁みたが、よく効きそうだ。

「今日はもう遅い。寝床を用意してやるから早く寝ろ」
「え、泊まってもいいの?」

 処置を終えると、ウォンは静かにそう言った。
 エレインは、ホムラと顔を合わせづらいため、ウォンの提案はとてもありがたいものだった。だが、誰にも何も言わずに出て来てしまったため、躊躇いがちに瞳を揺らす。

「よく眠れる香を炊いてやろう」

 ウォンは立ち上がると、樹洞の中へと消えて行った。エレインも後に続くために立ちあがろうとしたが、ふと足元に違和感を覚えて視線を落とした。すると、しゅるしゅると蔦が伸びて来て、ポンっと手のひらほどの花を咲かせた。中にはドリューンからの手紙が入っていた。

『どこにいるの?連絡だけでもちょうだい』

 そして手紙と共にペンが添えられていた。エレインは手紙とペンを手に取ると、75階層のウォンの元に身を寄せていることと、勝手に出て来たことへの詫びを記した。

 そっと花の上に手紙を乗せると、花を咲かせた時と逆再生のように蕾が閉じてしゅるしゅると蔦が地中へと消えていった。

「ドリューさん…ごめんなさい、ありがとう」

 エレインは花が咲いていた場所に頭を下げ、樹洞の中へと入って行った。

 ウォンは優しい香りの香を炊いてくれた。1人だと悶々と色々なことを考えて眠れそうになかったのだが、その香りに包まれていると不思議と気分が落ち着いて、いつの間にかエレインは眠りに落ちて行った。


◇◇◇

 翌朝、エレインが目を覚ますと、既にウォンの姿はなかった。ウォンがしつらえてくれた草のベッドはとても寝心地が良かった。
 まだ重い瞼を擦りながら、エレインは樹洞から外に出た。すると、ウォンが火を焚いてスープを作っていた。

「起きたか」
「うん、おはよう」
「よく眠れたようだな」
「おかげさまで」

 ウォンは木製のおたまでスープを掬うと、木皿に盛り付けてエレインに手渡した。ホコホコと湯気を立てるそれは、山菜と溶き卵のスープだった。

「ありがとう」

 エレインは木の根に腰掛けると、そっと木皿に口を寄せた。スープは薄味だったがとても優しい味がした。ほっこりとエレインの胸の奥まで温めてくれる心地がした。

「後で湯を沸かしてやる。湯浴みをするといい」
「何から何まで…ありがとう」

 寝床を用意し、朝食を作り、湯まで用意してくれたウォンに、エレインは頭が上がらなかった。しっかりスープを飲み切ると、エレインは木陰で湯浴みを済ませてさっぱりした。

 水を飲んで一息ついていると、ウォンが無言で隣に腰を下ろした。どうやら話を聞いてくれるようだ。エレインは内心で感謝しつつ、昨夜起こった出来事をゆっくりと語って聞かせた。

「…それで、お前は何故ここに来たのだ?ホムラとやらは無事に元に戻ったのだろう」
「うん…そうなんだけど…」
「では何故そこまでしょぼくれている」

 エレインは指をくるくるこまねきながら視線を落とした。

 苦痛に顔を歪めながら暴れ回ったホムラ。正気を取り戻した時、ホムラは自らの行いに酷く傷ついているように見えた。
 エレインもアグニも、ホムラのことを恨むことはあり得ない。元に戻ってくれてどれだけホッとしたことか。
 だが、自分を責めるホムラの姿に、エレインは何も声をかけることができなかった。それどころか、決して泣いてはいけないところで涙を見せてしまった。あの場面だと益々ホムラが自分を責めてしまう。
 エレインはホムラの支えとなれなかったことで自己嫌悪に陥っていたのだ。

「私は今までたくさんホムラさんに助けてもらって来たのに…ホムラさんが辛い時に支えになることが出来なかったの」
「ふむ…そんな状態で離れてしまってよかったのか?」
「…だって、1人になりたいって…しばらく私に近付いてほしくないって…」

 ホムラの辛そうな表情を思い出して、エレインの視界は再び涙で滲み出した。側にいることでホムラの負担になるのなら、今は離れることしか出来なかった。
 ウォンはそんなエレインの様子をじっと見つめ、少し考えると、納得したように頷いた。

「そうか、好いている者に避けられるのは辛いのだろうな」
「うん、そうなの……………え?なんて?」
「ん?」

 想定外の言葉が聞こえ、エレインは思わず聞き返してしまった。驚きの余り涙も引っ込んだ。

「好きな人?」
「ああ」
「誰が?」
「ホムラとかいう男が」
「誰の?」
「お前の」

 エレインが1つ1つ確認すると、ウォンはサラリと独自の見解を言ってのけた。

「………ええええええぇぇぇ!?!?」
「ん?違うのか?」

 大絶叫をして木の根からずり落ちそうになるエレインの様子に、キョトンと首を傾げるウォン。

「無自覚なのか?お前はここに来る度に、いつもホムラとかいう男の話ばかりしていたぞ?」
「えっ、えっ!?!?そ、そりゃ、ホムラさんのことは、好き…だけど。でも!それは家族愛みたいなものというか何というか…」

 エレインは目をぐるぐる回しながら必死で弁解した。身体が火照ってじんわりと汗が滲んできた。

「本当にそれだけか?」
「うぐっ…」

 ウォンに真っ直ぐと問いかけられ、エレインは言葉に詰まる。

(そ、んなこと急に言われても…ホムラさんはホムラさんだし…今までそんな、すっ好きとか考えたことなかったし…!!)

 確かにホムラはエレインにとってかけがえのない存在だ。だが、ホムラに対して抱いている温かな気持ちは親愛であり、恋慕ではないと思っていた。いや、思うようにしていた…?

(うぅ…益々ホムラさんに合わせる顔がないよぉ…)

 エレインは答えが出せぬ問いに1人頭を抱えた。
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