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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される
73. 魔石のペンダント②
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エレインが70階層を離れて2日。
ホムラとアグニは日々来る挑戦者を叩きのめしていた。だが、ホムラにいつものような覇気は無かった。
「ホムラさん…エレイン、いつ帰って来るんでしょう」
「…さあな。俺がしばらく離れるって言ったからな」
「…迎えに行かないんですか?」
遠慮がちにアグニが問うた言葉に、ホムラからの返事はなかった。
(俺の気持ちが整理できてねぇのに、迎えにはいけねぇよな)
ボスの間にしんみりとした空気が流れる。が、その静寂を打ち破るかのように、部屋の中心で転移の光が弾けた。
「おっとっと…お邪魔します。エレインは何処ですか?」
にこやかに登場したのは、リリスであった。
「えっと…エレインは…」
アグニが躊躇いがちにホムラに視線を投げるが、答えるより先に、リリスが目を輝かせてホムラに駆け寄ってきた。
「まぁ!まぁまぁまぁ…そのペンダント…」
両手を胸の前で組んで、どこかニヤニヤ頬を緩ませながらリリスが見つめるのは、ホムラの胸元で光る赤い魔石のペンダントであった。
「あァ?…ああ、アイツに貰ったやつだな」
「よかった、きちんと渡せたのですね」
いつもはホムラに何処か怯えた様子を見せるリリスが、今日はやけに食い気味だ。ホムラが少したじろぎながら答えると、リリスはホッと安堵したように胸を撫で下ろした。
「なんだァ?何か特別なもんなのか?」
ホムラがリリスの様子を訝しんで尋ねると、リリスは伝えるべきか伝えまいか少しの間逡巡した。だが、お節介な乙女心が振り子を振り切り、口角が上がって仕方のない口を開いた。
「うふふふ。今ウィルダリアでは、大切な人に、その方の瞳と同じ色の魔石が使われた装飾品を贈るのが流行っているのです!」
「大切な人…」
リリスの言葉に、ホムラは僅かに目を見開き、指先で赤い魔石を摘み上げた。
「エレインはそのペンダントを見て、真っ先にホムラ様のことを口にしておりましたよ?」
「アイツが…?」
ホムラはきらりと輝く魔石をジッと見ながら指でなぞった。
エレインがペンダントをくれた時のことは鮮明に覚えている。照れ臭そうにペンダントを差し出し、ホムラが受け取ったことに嬉しそうに頬を綻ばせていた。
その時のエレインのことを思い出し、思わずホムラは笑みを溢していた。
そして、ふととあることを思いつき、リリスに声をかけた。
「…薄紫の魔石のペンダントを手に入れることはできるか?」
「え?…ええ!!もちろんです!!」
少し気まずそうに視線を逸らせたホムラの意図を瞬時に察知したリリスは、鼻息荒く何度も頷いた。リリスの快諾を得て、ホッとした表情を見せたホムラは、懐を探り、幾つかの魔石を取り出した。
「ダンジョンで拾ったやつだ。支払いに充ててくれ」
「ええっ!?こ、こんなに…」
「余ったやつはお前にやるよ。礼金代わりに受け取ってくれ」
「えっ!??」
見るからに純度の高い魔石を手にし、リリスはあわあわと焦りながらハンカチを取り出して丁寧にその魔石を包み込んだ。
「で、では、今日中には入手して、明朝にお届けに参りますね!」
リリスはホクホクした顔で地上への帰還用魔法陣に飛び乗った。
嵐のようにリリスが去り、ボスの間は、再びホムラとアグニだけになった。
「そういえばホムラ様、最近そのペンダント付けてますよね。エレインに貰っていただなんてずるいじゃないですか」
アグニはぷぅっと頬を膨らませて拗ねているが、自分はお土産にパンやパスタなどの食品をたくさん貰ったことを棚に上げている。
ホムラは調子のいいアグニに思わず苦笑した。
「それで、リリスに頼んでいたペンダント…薄紫といえば…エレインの瞳の色と同じですね」
「……そうだったか?」
すっと視線を逸らすホムラであるが、その耳はほのかに赤い。
「エレインにあげるんですね」
「…気が向けばな」
「またまたぁ、素直じゃないんですから」
「…ウルセェ」
ニヤリと口角を上げながらアグニに揶揄われて、ホムラはジロリとアグニを睨みつけた。だが、そんな凄みのない睨みは全く怖くないアグニは、調子付いて尚も口を開く。
「ふふふ、ホムラ様はエレインのことが大好きですもんね。ボクもエレインのことは大好きですけど」
「はぁあ!?なんだそれは」
「え、違うんですか?」
アグニにとんでもないことを言われて、思わず吹き出しそうになったホムラ。慌ててアグニに問い返すが、アグニはキョトンとした顔をしている。
「ホムラ様ってば、エレインに対してはかなり過保護ですしねぇ」
「…そんなことはねぇだろ」
「ありますよぉ。無自覚なんですから、困ったものです。仕方ありませんよね、エレインはもうすっかり家族も同然ですからね」
「家族…」
アグニの『大好き』が家族愛を指していると悟り、少しホッとしたホムラである。
だが、本当に自分がエレインに対して抱いている親愛の念は、家族愛に起因しているのだろうか。
目を閉じれば、思い浮かぶのはエレインのことばかり。
すぐにべそをかき、放って置けなくてつい手を焼いてしまう。かと思えば魔法の腕は確かで、厳しい修行にも必死で食らいついては新しい魔法をどんどんと覚えていく。努力を怠らないエレインとの修行は、ホムラにとっても充実した時間である。エレインがうまく立ち回ったり、新しい魔法が使えるようになったりすれば、ホムラの心も弾む。
気がつけば、エレインと出会うまでは毎日骨のない冒険者との戦いばかりで変わり映えのなかった日々が、今ではこんなにも多彩に色づき、楽しいものとなっていた。
エレインの泣き顔、怒った顔、照れた顔、そして心から笑った顔。それらを思い浮かべるだけで、ホムラの胸は満たされ、自然と表情も和らいだ。
(いつの間に、お前はこんなにも心の奥深くまで入り込んで来やがったんだ)
一度は傷付け、離れようと考えたが、どうやら自分はエレインのことを手放したくないらしい。
今まで胸の中にじんわりと広がり、名前を得ていなかった感情に、ホムラはようやく気が付いた。
(……アイツの顔が見てぇな)
ホムラは胸元で光る赤い魔石に視線を落として、心の中で呟いた。
ホムラとアグニは日々来る挑戦者を叩きのめしていた。だが、ホムラにいつものような覇気は無かった。
「ホムラさん…エレイン、いつ帰って来るんでしょう」
「…さあな。俺がしばらく離れるって言ったからな」
「…迎えに行かないんですか?」
遠慮がちにアグニが問うた言葉に、ホムラからの返事はなかった。
(俺の気持ちが整理できてねぇのに、迎えにはいけねぇよな)
ボスの間にしんみりとした空気が流れる。が、その静寂を打ち破るかのように、部屋の中心で転移の光が弾けた。
「おっとっと…お邪魔します。エレインは何処ですか?」
にこやかに登場したのは、リリスであった。
「えっと…エレインは…」
アグニが躊躇いがちにホムラに視線を投げるが、答えるより先に、リリスが目を輝かせてホムラに駆け寄ってきた。
「まぁ!まぁまぁまぁ…そのペンダント…」
両手を胸の前で組んで、どこかニヤニヤ頬を緩ませながらリリスが見つめるのは、ホムラの胸元で光る赤い魔石のペンダントであった。
「あァ?…ああ、アイツに貰ったやつだな」
「よかった、きちんと渡せたのですね」
いつもはホムラに何処か怯えた様子を見せるリリスが、今日はやけに食い気味だ。ホムラが少したじろぎながら答えると、リリスはホッと安堵したように胸を撫で下ろした。
「なんだァ?何か特別なもんなのか?」
ホムラがリリスの様子を訝しんで尋ねると、リリスは伝えるべきか伝えまいか少しの間逡巡した。だが、お節介な乙女心が振り子を振り切り、口角が上がって仕方のない口を開いた。
「うふふふ。今ウィルダリアでは、大切な人に、その方の瞳と同じ色の魔石が使われた装飾品を贈るのが流行っているのです!」
「大切な人…」
リリスの言葉に、ホムラは僅かに目を見開き、指先で赤い魔石を摘み上げた。
「エレインはそのペンダントを見て、真っ先にホムラ様のことを口にしておりましたよ?」
「アイツが…?」
ホムラはきらりと輝く魔石をジッと見ながら指でなぞった。
エレインがペンダントをくれた時のことは鮮明に覚えている。照れ臭そうにペンダントを差し出し、ホムラが受け取ったことに嬉しそうに頬を綻ばせていた。
その時のエレインのことを思い出し、思わずホムラは笑みを溢していた。
そして、ふととあることを思いつき、リリスに声をかけた。
「…薄紫の魔石のペンダントを手に入れることはできるか?」
「え?…ええ!!もちろんです!!」
少し気まずそうに視線を逸らせたホムラの意図を瞬時に察知したリリスは、鼻息荒く何度も頷いた。リリスの快諾を得て、ホッとした表情を見せたホムラは、懐を探り、幾つかの魔石を取り出した。
「ダンジョンで拾ったやつだ。支払いに充ててくれ」
「ええっ!?こ、こんなに…」
「余ったやつはお前にやるよ。礼金代わりに受け取ってくれ」
「えっ!??」
見るからに純度の高い魔石を手にし、リリスはあわあわと焦りながらハンカチを取り出して丁寧にその魔石を包み込んだ。
「で、では、今日中には入手して、明朝にお届けに参りますね!」
リリスはホクホクした顔で地上への帰還用魔法陣に飛び乗った。
嵐のようにリリスが去り、ボスの間は、再びホムラとアグニだけになった。
「そういえばホムラ様、最近そのペンダント付けてますよね。エレインに貰っていただなんてずるいじゃないですか」
アグニはぷぅっと頬を膨らませて拗ねているが、自分はお土産にパンやパスタなどの食品をたくさん貰ったことを棚に上げている。
ホムラは調子のいいアグニに思わず苦笑した。
「それで、リリスに頼んでいたペンダント…薄紫といえば…エレインの瞳の色と同じですね」
「……そうだったか?」
すっと視線を逸らすホムラであるが、その耳はほのかに赤い。
「エレインにあげるんですね」
「…気が向けばな」
「またまたぁ、素直じゃないんですから」
「…ウルセェ」
ニヤリと口角を上げながらアグニに揶揄われて、ホムラはジロリとアグニを睨みつけた。だが、そんな凄みのない睨みは全く怖くないアグニは、調子付いて尚も口を開く。
「ふふふ、ホムラ様はエレインのことが大好きですもんね。ボクもエレインのことは大好きですけど」
「はぁあ!?なんだそれは」
「え、違うんですか?」
アグニにとんでもないことを言われて、思わず吹き出しそうになったホムラ。慌ててアグニに問い返すが、アグニはキョトンとした顔をしている。
「ホムラ様ってば、エレインに対してはかなり過保護ですしねぇ」
「…そんなことはねぇだろ」
「ありますよぉ。無自覚なんですから、困ったものです。仕方ありませんよね、エレインはもうすっかり家族も同然ですからね」
「家族…」
アグニの『大好き』が家族愛を指していると悟り、少しホッとしたホムラである。
だが、本当に自分がエレインに対して抱いている親愛の念は、家族愛に起因しているのだろうか。
目を閉じれば、思い浮かぶのはエレインのことばかり。
すぐにべそをかき、放って置けなくてつい手を焼いてしまう。かと思えば魔法の腕は確かで、厳しい修行にも必死で食らいついては新しい魔法をどんどんと覚えていく。努力を怠らないエレインとの修行は、ホムラにとっても充実した時間である。エレインがうまく立ち回ったり、新しい魔法が使えるようになったりすれば、ホムラの心も弾む。
気がつけば、エレインと出会うまでは毎日骨のない冒険者との戦いばかりで変わり映えのなかった日々が、今ではこんなにも多彩に色づき、楽しいものとなっていた。
エレインの泣き顔、怒った顔、照れた顔、そして心から笑った顔。それらを思い浮かべるだけで、ホムラの胸は満たされ、自然と表情も和らいだ。
(いつの間に、お前はこんなにも心の奥深くまで入り込んで来やがったんだ)
一度は傷付け、離れようと考えたが、どうやら自分はエレインのことを手放したくないらしい。
今まで胸の中にじんわりと広がり、名前を得ていなかった感情に、ホムラはようやく気が付いた。
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ホムラは胸元で光る赤い魔石に視線を落として、心の中で呟いた。
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