【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

水都 ミナト

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第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

81. 憎しみの記憶

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 熱い、暗い、苦しいーーー

 エレインの意識は深い深い闇の中に落ちていった。遠くでホムラがエレインを呼ぶ声がするが、声を出そうにも声帯が自分のものではないかのように声が出せない。

 エレインの奥深くに何かが入り込んでくる。

 これは、記憶ーーー?…誰の?
 いつのものなのかーーー


◇◇◇

「おい!どういうことだ!エルフィンを、息子を助けてくれるのではなかったのか!」

 暗い森の中、見知らぬ男が悲痛な叫びをあげている。その耳は特徴的に鋭く尖っている。
 男が睨む先には、松明を持った10人程の人間がいた。その中心にいるフードを被った人物が、耳の尖った子供を抱き抱えている。だらんと腕を垂らし、苦しそうに浅い呼吸をしている。
 天には満月が昇り、その月光により辺りがぼんやりと照らされている。ダンジョンにも、地上と動きがリンクした擬似的な空のある階層がある。だが、恐らくここは地上だ。ハイエルフと思しき男を取り囲む人間の装備は、ダンジョンに挑む者のそれではなかったし、周囲に魔獣やモンスターの気配がない。

「その子は病気なのだ!言ったではないか!地上の流行病は人間の薬が効くはずだと…!ところがどうだ、病状は悪化するばかり…本当に救ってくれるのか!?」

 額に汗を滲ませながら尚も男は訴える。だが、人間たちは顔を見合わせて肩を震わせている。笑っているのだ。

「ふふ…人の血が混じっているとはいえ、ハイエルフと人間は異なる種族。体に有害なものもあるということだ」
「なっ…!?話が違うではないか!エルフィンを救ってくれると、そう言うから私は…!くっ」
「どちらにしろこの子は助からない。そもそも病気などではない、この子は地上に順応できなかったのだよ。恨むならば地上に降りた先祖を恨むが良い」

 フードの男は、ハイエルフの男を嘲笑うかのように言った。ハイエルフの男はキツく歯を食いしばり、一筋の血が顎まで伝った。

「どうだ?信じたものに裏切られる気持ちは?お前たちハイエルフは人間との共存の道を選んだ。実際に交わりを持ち子を残した。だが中には己の内包する魔力が強すぎて制御できない子供もいるのだよ。この子のようにな。身体が未熟すぎて膨大な魔力に耐えることができずに体力を消耗し、いずれは死に至る。簡単な話さ」
「き、貴様…」
「ああ。取り返しがつかなくなる前に、ダンジョンに戻れば症状は安定したかもしれんがな。ははっ、だがもうこの子は手遅れだ。もう数日も持つまい」

 理由は分からないが、どうやらフードの男はハイエルフの男に有効な解決策を示さずに地上に足止めをしていたらしい。そのことを悟ったハイエルフの男は益々額に青筋を浮かび上がらせている。

「ここにいる者たちのことを心から信じていたのだろう?同じ村に住み、良き隣人として生活をしてきたのだろう?それは表面上だけの偽りの和睦だ。本当はハイエルフという異形を皆どこかで恐れていたのだよ。いつかその牙を剥き、自分達に襲い掛かるのではないか、とな。だからこの者たちは私に加担した。我が身可愛さにな」
「ぐぅっ…」
「ふふふ、恨め、憎め…その負の感情に魂を染めるのだ。そうすれば取り出した時にその負の感情ごと魂に止めることができる。その強い憎しみが宿ったハイエルフの魂が欲しいのだよ」
「貴様…!そんなくだらないことのために…!いいだろう。望み通りにしてやる。死んでも恨むなよ!」

 ハイエルフの男が咆哮を上げると、カッと金色の光が弾け、男を包み込んだ。驚くべき魔力量だ。瞬きの間にフードの男を取り巻く人間たちを鋭い手刀で一人残らず仕留めていった。
 そして、血に濡れた手を高く掲げ、手のひらに光を収束させていく。高濃度に圧縮された魔力が甲高い音を立てている。その手が振り下ろされ、フードの男に魔法が襲い掛からんとしたその時、フードの男はまるで盾にするかのようにぐったりと顔面蒼白なエルフィンを前に突き出したのだ。

「くっ、エルフィン…!この外道め!」
「ククク、なんとでも罵るが良い」

 ハイエルフの男は慌てて光の玉を握り潰し、魔法を解除した。と同時に、フードの男はエルフィンをハイエルフの男目掛けて投げ飛ばした。

「エルフィン…!」

 ハイエルフの男が慌てて両手を差し出し、エルフィンを受け止めた時、フードの男はハイエルフの男の背後を取っていた。

「護るべきものがあると隙が生まれる。そして利用されるんだ」
「くっ…許さない。俺は、お前を…この世の全てを、許さな、い…」

 ハイエルフの男は振り返ることも叶わず、エルフィンをキツく抱きしめたままその場に崩れ落ちた。

「ああ…なんと上質な魂だ。食ってしまうのは勿体無い。そうだ、魔道具を作ろう。長きに渡り魂を保管しておける魔道具を」

 フードの男は、血の海の中、手のひらの上で揺蕩たゆたう黒い靄を歪んだ笑みで見下ろしていた。月光が血濡れた地面を明るく照らしていたーーー



◇◇◇

 エレインは深い意識の底でボロボロと涙を流していた。

(辛い、苦しいよ…どうして…)

 そしてその意識まで、黒い靄に取り込まれ、徐々に意識が遠のいていく。

(お前の身体…そうか、我らの遠い子孫。ククク、ならば我が力を解放することができる…少々借り受けるぞ)

 意識を手放す前、最後に聞いたのは遠い記憶の彼方のハイエルフの男の声であった。

◇◇◇

 地上へ帰還したルナは苛立ちながら足早に裏通りへ入った。

「どうだ。ガラス玉はうまく投げつけたか」
「チッ」

 だが、そこにはルナが来ると分かっていたかのように、フードを被った闇魔法使いが壁にもたれて待っていた。

「ルナは言われた通り、エレインにガラス玉を投げた。エレインに弾かれて足元で砕けたがな」
「そうか。黒い靄が小娘を包み込んだんだろう?」
「む、知らない。ルナはガラス玉を投げてすぐに地上に帰還した」
「そうか。ふむ、足元で砕けたと言ったな…ククク、問題ないだろう。次第に効果は現れる。魂が身体に馴染んだらな」

 愉快だと言うように闇魔法使いは肩を揺らしている。ルナは謂れのない不気味さを感じた。

「魂?…あれは何。ルナには知る権利があると思う」
「ククク…だから魂だよ。貴重な貴重な、とある種族の憎しみに満ちた魂さ」
「?よく分からない。もういい?ルナは行く」

 依然として楽しそうに闇魔法使いは語る。が、ルナにはこの者が何を言っているのかさっぱり分からない。付き合っていられないと、ルナは呆れ顔で踵を返して路地裏深くへと消えていった。

「…計画通り、エレインという小娘に古のハイエルフの魂が宿る、か。憎しみや恨みの念だけが残された魂だ。魂が無事馴染めば、抑えきれない破壊衝動として具現化するだろう。誰彼構わず破壊する。そうなればダンジョンは大混乱だ」

 とうとう闇魔法使いは高笑いをして天を仰いだ。偶然にも、今日は満月である。かつてハイエルフの魂を奪ったあの夜と同じ月が、闇魔法使いを怪しく照らしている。

「さぁ、どうする?お前が地上へ飛び出してまで救おうとした大事な存在なのだろう?くくく…せいぜい苦しむがいいさ」

 ウィルダリアの闇の中に、闇魔法使いの不気味な笑い声が溶けて消えていった。
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