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第六話 ワガママ王女の災難 1

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「チル、ご機嫌」
「え? あー、分かる?」

 神様たちが暴走してスタンピード騒動を起こしてから早くも半月。

 僕の肌には艶が戻り、目にも光が戻り、魔法の鋭さも一層上がった。
 そう、身体の調子がすこぶるいいのだ。

「いや~~~、本当、睡眠って大事だよね」

 しみじみとそう溢すと、レオンが複雑そうな顔をした。

「どうかした?」

 顔を覗き込んで尋ねると、レオンは唇を尖らせながら小さな声で答えてくれた。

「レオンの睡眠魔法、出番ない。レオン、チルの役に立てない」

 ああ、なるほど。
 神様たちが大人しくしている間、僕はレオンの睡眠魔法なしでも毎晩ぐっすり眠れているから、レオンはそのことを気にしているのか。

「まあ、この幸せな生活もあと半月で終わっちゃうし、そうなったらまたレオンの睡眠魔法に頼らせてもらうよ」
「ん。レオン、頑張る」

 頭をワシワシ撫でてやると、嬉しそうに目を細めるレオンは小動物のようで可愛い。

「さて、じゃあ今日も魔法の特訓といこうか」
「ん!」

 僕は大気中の水分を凍らせて、裁縫用の針のように鋭く細い氷の針を作った。その針で指先をチクッと一刺しする。
 ぷくっと傷口に血の膨らみができたことを確認し、レオンにその手を差し出した。

「やってみて」
「ん……」

 レオンは両手を僕の手に翳すと、集中力を高めるために、ふぅぅと深く息を吐いて、吸った。

 ポウッと淡く暖かな光が少しずつレオンの手に集まっていく。光を反射するサファイアブルーの瞳が綺麗で、思わず見入ってしまう。レオンの瞳は透き通っていて、本当に綺麗だ。

「んんん」

 治癒魔法は、患者の患部に意識を集中させ、怪我の状況の把握、適切な処置の判断、繊細な魔力操作によって、その効果を発揮する。

 ポワポワと小さな光の粒子が僕の指先の周りで遊ぶように弾けている。レオンは眉間に皺を寄せながら、その粒子を傷口に集めていく。シュウウと光が傷口に溶け込んでいき、やがて僕の指先の傷は無くなった。

「いいね。かなり上達したんじゃないかな」

 手を握って開いて、治療後の感覚を確認しながら言うと、レオンは納得していない様子で耳をペタンと倒した。

「全然、ダメ。チルなら一瞬」
「そりゃあ百年修行したんだもん。まだレオンは数日でしょう? 見込みあるよ」
「ひゃ?」

 レオンが僕の話に目を瞬いている。そっか、神様に師事していたことは伝えてあるけど、具体的な期間とか詳細については話していなかったな。

「そう、治癒魔法は天界の女神、ヴィーナに教えてもらったんだ。この間見せた『空間治癒魔法』もヴィーナ直伝の魔法だよ」

 ちょうどいい機会なので、休憩がてらお茶を飲みつつ修行の日々について語って聞かせることにした。

 各界でどんな魔法を教えてもらったのか。
 各界の神様はどんな人物だったのか。
 人間界と神様の住む世界は時間の流れが異なること。
 修行中は身体の刻を止められていたので、僕はまだ十五歳の少年であること。

 修行期間中のエピソードを語るには流石に時間が足りないので追々話すことにして――ざっとこんなことを話した。

 レオンはポカンと口を開けたり、「ひっ」と驚いて耳をピンと立てたり、怯えたようにペタンと耳を垂らしたり。実に様々な反応を見せてくれた。そして、僕が一息ついて自家製のハーブティで喉を潤している間、顎に手を当てて何やら考え込んでいた。

「どうかした?」

 何か聞きたいことがあるのかな?

 遠慮なく聞いて、と微笑むと、レオンは少し逡巡した後に口を開いた。

「チル、なんで大賢者になろうと思った?」
「え? うーん、なるほど」

 レオンの疑問はもっともだけど、質問内容に齟齬があるな。

「僕は別に大賢者になりたくてなったわけではないよ」
「え?」
「ただ、知りたかった。あらゆる魔法の原理や、その可能性を。全てを知るには人間の一生では時間が足りない。それに、せっかく学ぶなら、一番魔法の腕に長けた人に教えてもらうのが早いでしょう? だから神様に願ったんだ。僕を弟子にしてくれって」

 ま、常人離れの彼らに付き合うことは並大抵の努力では敵わないけどね。

 それに、初めて世界を渡ったのは、各地で好き放題暴れる魔物に辟易として、元締めである魔王に管理不行き届きの苦言を呈すために魔界に乗り込んだのがきっかけなんだよね。
 三日三晩リヴァルドと戦って、認められて、彼が使っていた魔法が凄まじかったから教えて欲しいと頼み込んだのが始まりだった。それから世界を渡り歩いて、神様たちに認められて弟子入りして、人間界に戻ってから幾つか世界的な危機を救ったら大賢者の称号を賜ったってわけ。

「だから、なりたくてなったわけじゃない。でも、せっかく大賢者と呼ばれて頼りにされているんだから、少しでも多くの人が生きやすい世界を陰で支えたいとは思っているよ。世界から困っている人をなくしたい、救いの手を差し伸べたい、なんて綺麗事を言うつもりもないけどね」
「難しい……でも、ちょっと分かった。だからチル、世界中から依頼受けてる?」
「ああ、そうだね。何でもかんでも受領しているわけではないよ。僕に依頼をするのは、自国の手に負えない時や、民に危険が及ぶ時。なんでも受け入れていたら、自分達の力で解決できることですら何もしなくなっちゃうだろう? 僕がいないと世界が回らない、なんてことになるのは望ましくない。何でもかんでも手を差し伸べることが正しいわけじゃない。僕という異端児が世界の調和を崩す可能性だってある。自立の手助けなら喜んでするけど、依存されるのは望んでいない」

 僕たちの間を優しい風が吹き抜けていく。

 レオンはレオンなりに僕の言葉を解釈しようと考え込んでいる。僕はそんなレオンの様子を微笑みながら頬杖をついて眺めている。

 レオンは随分といろんな表情を見せてくれるようになった。
 群れで冷遇されていた頃は、毎日怯えて過ごしてきたことが容易に窺えて、時折切ない気持ちになるけれど、レオンはレオンなりに前を向いて生きようとしている。僕はその背をそっと押してあげる。あとはレオンが自分の力で治癒魔法を習得し、失った自信を取り戻してくれたらいいなと思う。

 そのとき、僕の目の前に、ブウンと一枚の依頼書が転送されてきた。

「おっと、噂をすれば新しい依頼だ。どれどれ……」

 依頼書を手に取り目を通すと、依頼主はザギルモンド王国の王女であった。

 依頼内容は、満月の夜にのみ咲く『月光花』が欲しい。入手したら一人で届けに来て欲しいというもの。
月光花の生息地は公的に知られておらず、清らかな水辺、開けて月光を十分に浴びることができる土地、その程度の情報しか知られていない。
 そんな希少な花は、万能薬として高い効能を秘めている。花びらをすり潰して傷やあざに塗り込むと、たちまち癒えると言われている。

「へえ、月光花ねえ……余程の怪我でもしたのか?」

 それなら治癒魔法をかけて欲しいという依頼でもいいかとは思うけれど……それに、一人で届けに来いとわざわざ明記されていることも気になる。確か、ザギルモンド王国の王女は、随分とワガママで自分の欲を満たすためならどんな無茶なことでも強行すると聞いたことがある。

 何はともあれ、月光花はそう簡単に見つかるものではなく、捜索に軍隊を動かしても見つからない時は見つからない希少な代物だ。

「月光花?」

 レオンは初耳だったらしく、不思議そうに首を傾げている。

「ああ。とても珍しい、満月の夜にのみ咲く花だよ。せっかくだからレオンも一緒に摘みに行こうか」
「ん!」

 ちょうど今夜は満月だ。今日を逃せば一月も待たなければならない。

「ん……? でも、珍しい花、そんな簡単に見つかる?」

 元気よく同意したあと、レオンは首を傾げて心配そうに尋ねてきた。

「ああ。簡単には見つからないよ。普通はね」
「にゃ?」

 そう、普通は。

「この森にある泉に月光花の群生地があるんだよ。この森は魔物が多いからね、普通の人は近づかないから知られていないんだ」
「おおっ」

 というわけで、準備を整えてから泉まで出発することにした。
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