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第三章
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異動になった経緯を、第十二軍団第四班に語った。みなは顔を伏せて、険しい表情を浮かばせている。それぞれ思うところがあるのだろう。
「疑念を抱いたリノを異動させたのは、国が隠したい事実があるからなんだろうな」
腕を組んでダリオは、考え込んでいる。
「じゃあ、事実ってなに?」
ルーチェは誰にともなく、問いかけた。この場に“答え”を持っている者はおらぬから、誰もが口を閉ざしている。
ここは十二軍団のみが利用する兵舎の食堂。食事の時間であればさわがしいが、いまは真夜中。第四班以外は寝静まっている。
「おい、ルカ。お前はなにか、知っているのか」
ダリオが戦闘人形ルカに、話しかけた。副司令官の私兵であるから同席させたくなかったが、「つねに側にいるよう、おおせつかっております」と譲らなかった。しかたなく、リノは首を縦に振ったのである。
「申し訳ございません。一戦闘人形でしかないわたくには、わかりかねます」
当然だ。政府の要人あるいは軍の上層部しか知らぬような情報を、戦闘人形に伝えるはずないだろう。
ダリオはがりがりと、頭をかく。仕方ないか、と、言いたげな顔だ。
「ならばリノが接触したという“戦闘人形もどき”と、会ってみるのはどうだ。彼が知っているかもしれない」
班長の提案に「それだ」と誰もが思ったが、すぐにリノの一言で現実に引き戻される。
「しかしどうやって、接触するのですか」
泥人形反応のない彼を、探し出すのは至難の業だ。実際の戦闘におもむくのが可能であれば、もしかすると再会できる可能性は強まる。
しかし、われわれが属するのは十二軍団。戦争に派遣されるのは、ほとんどない。
「そもそもリノが接触した場所も、実際の戦闘が行われているところから離れている」
男は一匹狼で活動しているのだろう。軍と鉢合わせるのを、避けているともとれる。だから遠征に行くとき、泥人形反応を確認する方がいいかもしれない。偶然でも男と会えるかもしれない。
班長は考えを述べる。会える可能性が見えてきた。班員は大きくうなづくと、おのおのの部屋へ戻っていった。
リノも戻ると寝台に躰を沈める。意外にもみなに話すのを、緊張していたのかもしれない。急激に疲労が押し寄せてきた。一秒とたたずに、寝息が室内に満ちる。
戦闘人形ルカはおこさぬよう近づいて、毛布をかけてから部屋を出た。寮を出て、明かりがともっている副司令官シルヴェリオのもとへ訪れる。
「遅かったな」
「申し訳ございません。ご主人様が十二軍団第四班のみなさまに、異動の経緯をお話になっておりましたので」
シルヴェリオは滑らせていたペンを置いた。左右の指を絡ませて、眉間に当てる。
「話したのか」
「はい」
「どう行動に移すか、つぶさに知らせろ」
ルカは見聞きした内容を報告する。副司令官はあごをつまんで、考え込んだ。
「わかった。退室していい。これからも、報告を恃む」
頭を下げてルカは退室する。のこった副司令官は、椅子の背にもたれかかった。眉間のしわは深い。
「まさかリノが“やつ”と接触していたとはな。世界の真実を知ったとき、お前たちはどうするのだろうな」
誰にもとどかぬ疑問が、空気に溶けた。
***
一ヶ月もの間、遠征の仕事が入らなかった。ルカが上官に報告したのではないかと疑問を抱き始めたころ。ようやく環境調査の命令が下されたのである。
「ルカが報告していなくとも、リノを警戒している上官が遠征へ行かせたくないだろうな」
班長の言葉に、誰もが納得を示す。違いない。少なくとも、いまはリノだけを警戒している。
「ルカ。周囲に泥人形反応はあるか」
チェックリストにマークを加えながら、ダリオが尋ねる。十二軍団にも端末は支給されるが、泥人形探知機能はない。一軍団が一掃したあとの地で、調査を行うだけだから必要ないと考えているのだろう。
「いいえ、残念ながら」
と、ルカは首を横に振る。水質調査をしていたリノは、おもむろに道具を片付けはじめた。調査表の項目はきちんと、記されている。
「班長。はやめに終わったので、散歩に行ってもいいですか」
班員が「なるほど」と感心した。本来の道筋から離れても、これなら文句でまい。
「では、お供いたします」
ルカはすかさず、リノの一歩後ろをついていく。割り当てられている調査が終わりそうにないダリオとルーチェは、とうとう無駄話をはじめた。飽き性なのである。班長からの怒声がとんだのは、いうまでもない。
泥人形反応がない間は、退屈だ。リノは自然の音に、耳を澄ませる。川のせせらぎや鳥の鳴き声。木の葉のざわめき。透き通る空気。心地のよいものばかりが、あふれている。
草や土を踏む音にさえ、気持ちよさを感じていた。異星人からの侵攻は不幸だが、数百年前よりも自然が増えているらしい。
「リノ様。あまり遠くへ来てしまうと、第四班との合流がおそくなってしまいます」
人工知能を持つ戦闘人形は、小言を言う機能も搭載されているのか。わずかに顔をしかめた瞬間。つたまみれのブリキ製の物体に、足を取られた。
よく見れば、壊れた泥人形の残骸である。しかも最近破壊されたものではない。ずいぶん古いもののようだ。
「ご無事ですか」
「ええ」
ルカに答えると同時に、ブリキが音を立てた。顔を上げると、目の部分が赤く発光している。壊れていたのではないのか。
立ち上がると、ルカが目の前に立つ。守られてもらわねばならぬほど、落ちぶれてはいない。腰にある剣の柄に、手をかけた。
つたが音を立ててちぎれると、埋もれていた全体があらわになる。見えていたのは、氷山の一角だった。地面の下に十一メートルもの高さが、隠されていたのだ。
ルカが攻撃に転じようとしたとき。重量のある物体が、空から降ってきた。同時に泥人形が、真っ二つに切り裂かれる。
地面に降り立っていたのは、戦闘人形もどきの男。すぐに会えると思わなくて、リノは固まってしまう。
無言で立ち去ろうとする男に、ルカが声をかけた。
「お待ちください。あなたは何者なのですか」
灰色の瞳が、こちらを見据えた。
「ただの放浪者だ」
ふたたび歩き出した男に、今度はリノが呼び止める。
「では。あなたはなぜ軍に属していないにもかかわらず、泥人形討伐をしているのですか」
目的が同じであるならば、組織に与した方が「利」がある。食事や武器も、すべて軍が用意してくれるからだ。
「通信が来ました。彼は識別番号E52502205。個体名『ケイ』。脱走した戦闘人形です。破壊命令が出ております」
ルカが基地に、男の情報を問い合わせていたようだ。ケイはくるりと方向転換すると、背を向けて逃げていく。
「なぜ国を裏切ったのですか」
追いかけながら、ルカが呼びかける。脱走兵の足が、止まった。
「裏切ったのは国だ」
「どういう意味ですか」
ルカの問いかけには答えずに、脱走兵はふたたび走り出す。自然の中に、身をやつしてしまった。これ以上は追えないと立ち止まるリノのとなりで、戦闘人形が動揺を見せる。
感情がないと思われていたのに、戦闘人形にも意思があるというのか。
「疑念を抱いたリノを異動させたのは、国が隠したい事実があるからなんだろうな」
腕を組んでダリオは、考え込んでいる。
「じゃあ、事実ってなに?」
ルーチェは誰にともなく、問いかけた。この場に“答え”を持っている者はおらぬから、誰もが口を閉ざしている。
ここは十二軍団のみが利用する兵舎の食堂。食事の時間であればさわがしいが、いまは真夜中。第四班以外は寝静まっている。
「おい、ルカ。お前はなにか、知っているのか」
ダリオが戦闘人形ルカに、話しかけた。副司令官の私兵であるから同席させたくなかったが、「つねに側にいるよう、おおせつかっております」と譲らなかった。しかたなく、リノは首を縦に振ったのである。
「申し訳ございません。一戦闘人形でしかないわたくには、わかりかねます」
当然だ。政府の要人あるいは軍の上層部しか知らぬような情報を、戦闘人形に伝えるはずないだろう。
ダリオはがりがりと、頭をかく。仕方ないか、と、言いたげな顔だ。
「ならばリノが接触したという“戦闘人形もどき”と、会ってみるのはどうだ。彼が知っているかもしれない」
班長の提案に「それだ」と誰もが思ったが、すぐにリノの一言で現実に引き戻される。
「しかしどうやって、接触するのですか」
泥人形反応のない彼を、探し出すのは至難の業だ。実際の戦闘におもむくのが可能であれば、もしかすると再会できる可能性は強まる。
しかし、われわれが属するのは十二軍団。戦争に派遣されるのは、ほとんどない。
「そもそもリノが接触した場所も、実際の戦闘が行われているところから離れている」
男は一匹狼で活動しているのだろう。軍と鉢合わせるのを、避けているともとれる。だから遠征に行くとき、泥人形反応を確認する方がいいかもしれない。偶然でも男と会えるかもしれない。
班長は考えを述べる。会える可能性が見えてきた。班員は大きくうなづくと、おのおのの部屋へ戻っていった。
リノも戻ると寝台に躰を沈める。意外にもみなに話すのを、緊張していたのかもしれない。急激に疲労が押し寄せてきた。一秒とたたずに、寝息が室内に満ちる。
戦闘人形ルカはおこさぬよう近づいて、毛布をかけてから部屋を出た。寮を出て、明かりがともっている副司令官シルヴェリオのもとへ訪れる。
「遅かったな」
「申し訳ございません。ご主人様が十二軍団第四班のみなさまに、異動の経緯をお話になっておりましたので」
シルヴェリオは滑らせていたペンを置いた。左右の指を絡ませて、眉間に当てる。
「話したのか」
「はい」
「どう行動に移すか、つぶさに知らせろ」
ルカは見聞きした内容を報告する。副司令官はあごをつまんで、考え込んだ。
「わかった。退室していい。これからも、報告を恃む」
頭を下げてルカは退室する。のこった副司令官は、椅子の背にもたれかかった。眉間のしわは深い。
「まさかリノが“やつ”と接触していたとはな。世界の真実を知ったとき、お前たちはどうするのだろうな」
誰にもとどかぬ疑問が、空気に溶けた。
***
一ヶ月もの間、遠征の仕事が入らなかった。ルカが上官に報告したのではないかと疑問を抱き始めたころ。ようやく環境調査の命令が下されたのである。
「ルカが報告していなくとも、リノを警戒している上官が遠征へ行かせたくないだろうな」
班長の言葉に、誰もが納得を示す。違いない。少なくとも、いまはリノだけを警戒している。
「ルカ。周囲に泥人形反応はあるか」
チェックリストにマークを加えながら、ダリオが尋ねる。十二軍団にも端末は支給されるが、泥人形探知機能はない。一軍団が一掃したあとの地で、調査を行うだけだから必要ないと考えているのだろう。
「いいえ、残念ながら」
と、ルカは首を横に振る。水質調査をしていたリノは、おもむろに道具を片付けはじめた。調査表の項目はきちんと、記されている。
「班長。はやめに終わったので、散歩に行ってもいいですか」
班員が「なるほど」と感心した。本来の道筋から離れても、これなら文句でまい。
「では、お供いたします」
ルカはすかさず、リノの一歩後ろをついていく。割り当てられている調査が終わりそうにないダリオとルーチェは、とうとう無駄話をはじめた。飽き性なのである。班長からの怒声がとんだのは、いうまでもない。
泥人形反応がない間は、退屈だ。リノは自然の音に、耳を澄ませる。川のせせらぎや鳥の鳴き声。木の葉のざわめき。透き通る空気。心地のよいものばかりが、あふれている。
草や土を踏む音にさえ、気持ちよさを感じていた。異星人からの侵攻は不幸だが、数百年前よりも自然が増えているらしい。
「リノ様。あまり遠くへ来てしまうと、第四班との合流がおそくなってしまいます」
人工知能を持つ戦闘人形は、小言を言う機能も搭載されているのか。わずかに顔をしかめた瞬間。つたまみれのブリキ製の物体に、足を取られた。
よく見れば、壊れた泥人形の残骸である。しかも最近破壊されたものではない。ずいぶん古いもののようだ。
「ご無事ですか」
「ええ」
ルカに答えると同時に、ブリキが音を立てた。顔を上げると、目の部分が赤く発光している。壊れていたのではないのか。
立ち上がると、ルカが目の前に立つ。守られてもらわねばならぬほど、落ちぶれてはいない。腰にある剣の柄に、手をかけた。
つたが音を立ててちぎれると、埋もれていた全体があらわになる。見えていたのは、氷山の一角だった。地面の下に十一メートルもの高さが、隠されていたのだ。
ルカが攻撃に転じようとしたとき。重量のある物体が、空から降ってきた。同時に泥人形が、真っ二つに切り裂かれる。
地面に降り立っていたのは、戦闘人形もどきの男。すぐに会えると思わなくて、リノは固まってしまう。
無言で立ち去ろうとする男に、ルカが声をかけた。
「お待ちください。あなたは何者なのですか」
灰色の瞳が、こちらを見据えた。
「ただの放浪者だ」
ふたたび歩き出した男に、今度はリノが呼び止める。
「では。あなたはなぜ軍に属していないにもかかわらず、泥人形討伐をしているのですか」
目的が同じであるならば、組織に与した方が「利」がある。食事や武器も、すべて軍が用意してくれるからだ。
「通信が来ました。彼は識別番号E52502205。個体名『ケイ』。脱走した戦闘人形です。破壊命令が出ております」
ルカが基地に、男の情報を問い合わせていたようだ。ケイはくるりと方向転換すると、背を向けて逃げていく。
「なぜ国を裏切ったのですか」
追いかけながら、ルカが呼びかける。脱走兵の足が、止まった。
「裏切ったのは国だ」
「どういう意味ですか」
ルカの問いかけには答えずに、脱走兵はふたたび走り出す。自然の中に、身をやつしてしまった。これ以上は追えないと立ち止まるリノのとなりで、戦闘人形が動揺を見せる。
感情がないと思われていたのに、戦闘人形にも意思があるというのか。
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