上 下
3 / 5

第三章

しおりを挟む
異動になった経緯を、第十二軍団第四班に語った。みなは顔を伏せて、険しい表情を浮かばせている。それぞれ思うところがあるのだろう。

「疑念を抱いたリノを異動させたのは、国が隠したい事実があるからなんだろうな」

腕を組んでダリオは、考え込んでいる。

「じゃあ、事実ってなに?」

ルーチェは誰にともなく、問いかけた。この場に“答え”を持っている者はおらぬから、誰もが口を閉ざしている。


ここは十二軍団のみが利用する兵舎の食堂。食事の時間であればさわがしいが、いまは真夜中。第四班以外は寝静まっている。

「おい、ルカ。お前はなにか、知っているのか」

ダリオが戦闘人形ルカに、話しかけた。副司令官の私兵であるから同席させたくなかったが、「つねに側にいるよう、おおせつかっております」と譲らなかった。しかたなく、リノは首を縦に振ったのである。

「申し訳ございません。一戦闘人形でしかないわたくには、わかりかねます」

当然だ。政府の要人あるいは軍の上層部しか知らぬような情報を、戦闘人形に伝えるはずないだろう。

ダリオはがりがりと、頭をかく。仕方ないか、と、言いたげな顔だ。

「ならばリノが接触したという“戦闘人形もどき”と、会ってみるのはどうだ。彼が知っているかもしれない」

班長の提案に「それだ」と誰もが思ったが、すぐにリノの一言で現実に引き戻される。

「しかしどうやって、接触するのですか」

泥人形ゴーレム反応のない彼を、探し出すのは至難の業だ。実際の戦闘におもむくのが可能であれば、もしかすると再会できる可能性は強まる。

しかし、われわれが属するのは十二軍団。戦争に派遣されるのは、ほとんどない。

「そもそもリノが接触した場所も、実際の戦闘が行われているところから離れている」

男は一匹狼で活動しているのだろう。軍と鉢合わせるのを、避けているともとれる。だから遠征に行くとき、泥人形ゴーレム反応を確認する方がいいかもしれない。偶然でも男と会えるかもしれない。

班長は考えを述べる。会える可能性が見えてきた。班員は大きくうなづくと、おのおのの部屋へ戻っていった。

リノも戻ると寝台に躰を沈める。意外にもみなに話すのを、緊張していたのかもしれない。急激に疲労が押し寄せてきた。一秒とたたずに、寝息が室内に満ちる。

戦闘人形ルカはおこさぬよう近づいて、毛布をかけてから部屋を出た。寮を出て、明かりがともっている副司令官シルヴェリオのもとへ訪れる。

「遅かったな」

「申し訳ございません。ご主人様マスターが十二軍団第四班のみなさまに、異動の経緯をお話になっておりましたので」

シルヴェリオは滑らせていたペンを置いた。左右の指を絡ませて、眉間に当てる。

「話したのか」

「はい」

「どう行動に移すか、つぶさに知らせろ」

ルカは見聞きした内容を報告する。副司令官はあごをつまんで、考え込んだ。

「わかった。退室していい。これからも、報告を恃む」

頭を下げてルカは退室する。のこった副司令官は、椅子の背にもたれかかった。眉間のしわは深い。

「まさかリノが“やつ”と接触していたとはな。世界の真実を知ったとき、お前たちはどうするのだろうな」

誰にもとどかぬ疑問が、空気に溶けた。

***

一ヶ月もの間、遠征の仕事が入らなかった。ルカが上官に報告したのではないかと疑問を抱き始めたころ。ようやく環境調査の命令が下されたのである。

「ルカが報告していなくとも、リノを警戒している上官が遠征へ行かせたくないだろうな」

班長の言葉に、誰もが納得を示す。違いない。少なくとも、いまはリノだけを警戒している。

「ルカ。周囲に泥人形ゴーレム反応はあるか」

チェックリストにマークを加えながら、ダリオが尋ねる。十二軍団にも端末は支給されるが、泥人形ゴーレム探知機能はない。一軍団が一掃したあとの地で、調査を行うだけだから必要ないと考えているのだろう。

「いいえ、残念ながら」

と、ルカは首を横に振る。水質調査をしていたリノは、おもむろに道具を片付けはじめた。調査表の項目はきちんと、記されている。

「班長。はやめに終わったので、散歩に行ってもいいですか」

班員が「なるほど」と感心した。本来の道筋から離れても、これなら文句でまい。

「では、お供いたします」

ルカはすかさず、リノの一歩後ろをついていく。割り当てられている調査が終わりそうにないダリオとルーチェは、とうとう無駄話をはじめた。飽き性なのである。班長からの怒声がとんだのは、いうまでもない。

泥人形ゴーレム反応がない間は、退屈だ。リノは自然の音に、耳を澄ませる。川のせせらぎや鳥の鳴き声。木の葉のざわめき。透き通る空気。心地のよいものばかりが、あふれている。

草や土を踏む音にさえ、気持ちよさを感じていた。異星人からの侵攻は不幸だが、数百年前よりも自然が増えているらしい。

「リノ様。あまり遠くへ来てしまうと、第四班との合流がおそくなってしまいます」

人工知能を持つ戦闘人形は、機能も搭載されているのか。わずかに顔をしかめた瞬間。まみれのブリキ製の物体に、足を取られた。

よく見れば、壊れた泥人形ゴーレムの残骸である。しかも最近破壊されたものではない。ずいぶん古いもののようだ。

「ご無事ですか」

「ええ」

ルカに答えると同時に、ブリキが音を立てた。顔を上げると、目の部分が赤く発光している。壊れていたのではないのか。

立ち上がると、ルカが目の前に立つ。守られてもらわねばならぬほど、落ちぶれてはいない。腰にある剣の柄に、手をかけた。

が音を立ててちぎれると、埋もれていた全体があらわになる。見えていたのは、氷山の一角だった。地面の下に十一メートルもの高さが、隠されていたのだ。

ルカが攻撃に転じようとしたとき。重量のある物体が、空から降ってきた。同時に泥人形ゴーレムが、真っ二つに切り裂かれる。

地面に降り立っていたのは、戦闘人形もどきの男。すぐに会えると思わなくて、リノは固まってしまう。

無言で立ち去ろうとする男に、ルカが声をかけた。

「お待ちください。あなたは何者なのですか」

灰色の瞳が、こちらを見据えた。

「ただの放浪者だ」

ふたたび歩き出した男に、今度はリノが呼び止める。

「では。あなたはなぜ軍に属していないにもかかわらず、泥人形ゴーレム討伐をしているのですか」

目的が同じであるならば、組織に与した方が「利」がある。食事や武器も、すべて軍が用意してくれるからだ。

「通信が来ました。彼は識別番号E52502205。個体名『ケイ』。脱走した戦闘人形です。破壊命令が出ております」

ルカが基地に、男の情報を問い合わせていたようだ。ケイはと方向転換すると、背を向けて逃げていく。

「なぜ国を裏切ったのですか」

追いかけながら、ルカが呼びかける。脱走兵の足が、止まった。

「裏切ったのは国だ」

「どういう意味ですか」

ルカの問いかけには答えずに、脱走兵はふたたび走り出す。自然の中に、身をやつしてしまった。これ以上は追えないと立ち止まるリノのとなりで、戦闘人形が動揺を見せる。

感情がないと思われていたのに、戦闘人形彼らにも意思があるというのか。
しおりを挟む

処理中です...