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第一部 はじまりの物語

第十二章 エイドス支城の錬金術師

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 次についた町は、壊滅状態であった。家の残骸だけで、人はいない。痛ましい気持ちだけをかかえて、エイドス支城にたどり着いた。

「王子、よくぞ生きておられました」

 エイドス支城の主アーロンが、マリア達を迎える。刹那、城の一部が爆撃音とともに煙を上げる。敵襲かと身構えたが、アーロンが「ご安心ください。襲撃ではございません」と城の中へ通す。部屋から真っ黒にすす汚れた女性が出てきた。すす汚れてさえいなければ、美しい女性だろう。きれいな容姿をしていた。せっかくのきれいな絹のつなぎ服ワンピースドレスも、汚れていては意味がない。

「またか、セシリー」

「えへへ、やっちゃいました」

 と笑う女性はマリア達の存在に気づくと、服に付いたすすをはたき落とした。

「こんにちは、私はセシリー。これでも王宮錬金術師やってます」

 マリアが目を見開く。

「これでも王宮お抱えの錬金術師なのです。主に支城で研究室を借りて、防衛のために必要な道具を作っています」

 マリアが感嘆にも似た息を吐き出した。

「今つくってたのは、爆薬です。失敗しちゃって、爆発しちゃいました」

 笑うセシリーに、アーロンが大目玉を食らわせた。

「ええい、修繕費にどれほどかかると思っているんだ」

「ひえ、すみません!」

 まったくとアーロンがつぶやいているが、瞳はどことなく優しい。セシリーに怒ってはいるが、根は優しい人なのかもしれない。マリアがと笑みをこぼした。

「仲が良いのだな」

 マリア達は食事が振る舞われた後、それぞれ部屋に案内される。マリアだけが個室で皆は二人部屋だ。レイヴァンとギル、レジーとヘルメスという割り振りである。支城であるからか。部屋数はないようだ。マリアは久しぶりの寝台ベッドに、勢いよく寝ころんだ。眠ってしまってもよかったが、せっかく明かりもある。設備が揃っているのに、おちおち寝ていられるものだろうか。寝ていられない。マリアは意気込んで、椅子に座ると錬金術の本を開いた。元々、読むのは好きなのだ。ゆっくりとページをめくった。


 レイヴァンとギルは、マリアの部屋の右隣だった。ギルは寝台ベッドの上に寝そべっている。

「なあ、レイヴァン」

「何だ」

「エイドリアンとかいう男、もうすでに次の支城へ向かっているそうだな」

「ああ」

 レイヴァンは机に向かい、書簡をしたためている。お構いなしに、話しかけていた。

「ここはまだ占領されていなかったが、どっかは……」

「そうだな、確実にどこかの支城は落とされている」

 レイヴァンが言い切る。紙の上を滑っていた象牙のペンが止まった。紙を筒状に巻くと、鳥かごの中にいる伝書鳩の足に結びつけて窓から放す。鳩を使って城や支城と連絡を取るのだ。

「何を書いていたんだ」

「おそらく機能しているであろう支城に、マリア様の存命と兵力を集めて欲しいと書いた」

「なるほどね。余所者である俺たちが一緒にいていいの?」

「お前達はいにしえの守人だろう? それを無下にはできないだろう」

「それでも、俺たちは余所者に相違ない。温かく迎え入れてくれるというのかい」

 レイヴァンがしばし押し黙ったが、「ああ」とうなづいた。

「“余所者”なんかじゃないだろ。お前達は神話の時代より、主に仕えているのだから」

「そういう考え方しますか」

 レジーにぶつける質問をギルにも向けてみる。〈水の眷属〉の守人ならば、知っているかもしれない。

「ギルは、自分が守る〈装飾具〉がどこにあるのか知っているのか」

 ギルは「知らん」と即答する。知っていそうな顔をしている割に、あっさりと言い切った。

「守人は自分が守る〈装飾具〉がどこにあるのか、知らないものなのか?」

「さあ、たまたま俺とレジーが知らないだけかもしれないぞ。それにエイドスの街にも守人がいる」

 ギルは片眼をつぶってみせてと口角を上げる。その守人ならば〈装飾具〉の在処を知っているかもしれない。と紡いだ後に、瞳にわずかだが孤独が揺れる。

「なあ、レイヴァン。知っているか。俺たち守人は自然の声を聞くだけではなく、力を使えると」

 レイヴァンがうなづいた。横目で見やり、ギルは口を開く。

「守人に選ばれた人間は、躰の中にあってはならない物が流れているんだ」

「あっては、ならないもの?」

「普通の人間ならば死んでしまう物質、水銀だよ」

 レイヴァンが目を見開いた。ギルは息を吐き出た。

「錬金術師の誰かが見つけてね。水銀は神の水とたたえられ、不死の薬と呼ばれてきた。普通の人間にとってはただの毒でしかない。多くの権力者が命を落とした」

 レイヴァンはただ静かに聞いている。ギルは小さく笑う。

「だからかな。普通の人に比べれば短命だ。それに次の守人に伝える使命がある。終えたら亡くなって、新しい守人に力が宿る」

 わずかに目を伏せる。つまりギルに教えを説いた先代も、亡くなっている。今まで教えを説いてくれた人間が亡くなってしまうのは、どんな気持ちなのだろうか。レイヴァンが黙り込めば、ギルはおどけてみせる。

「お前が気を落とす必要はない。昔は水銀を求めて守人を殺すがわんさかいたし。自然に水銀があると見つけた錬金術師には、感謝せねばならないな」

 錬金術師のせいで守人狩りが流行ったがと、ギルは笑った。黙って聞いていたレイヴァンだったが口を開いた。

「そうだな。それに、俺はマリア様のお力になってくれるのならば神の力だろうと、お貸し願いたい」

 ギルが「神様はマリアかもしれませんよ」とつぶやいた。

「レジーも同じ考察を述べていた」

「俺たちは姫様をお守りするために、側にいるに過ぎないかもしれない。ま、本当のところは、何もわかってはいないですけど」

 レイヴァンも寝台ベッドに横になる。燭台の火を消した。露台バルコニーに隣の部屋から漏れ出した光があらわれる。飛び起きるとレイヴァンは、となりの部屋の扉を叩く。返ってこない。失礼しますと声をかけて入ると、マリアが机上に突っ伏していた。机上には燭台の火が、揺らめいている。錬金術の本が開いたままだ。熱心だが夜遅くまで起きていて欲しくなかった。
 レイヴァンはマリアを抱き上げると、寝台ベッドの上へ寝かせた。火を消そうとしたとき。

「……レイヴァン」

 マリアを振り返ったけれども、目は閉ざされたままだ。寝言だったらしい。心臓が高鳴る。方向転換すると、そっと柔らかい絹のような頬に口づけを落とした。小さな声で「お休みなさい」と、火を消した。胸の高鳴りもおさまらぬうちに、部屋に戻ると寝台ベッドに潜り込んだ。


 マリアは朝食を終えると、街を見て回っていた。にぎわいを見せているが、どことなく暗い。襲撃されるのではないかと、懸念しているのだ。心が痛む。必ず再生させてみせると、心に誓えば勇気がみなぎる。
 間抜けな声が聞こえてきたと同時に、セシリーが走ってきた。彼女の手には、が下げられている。買い物でもしていたのだろうか。

「王子様! どうかしたんですか」

「街をもっと見たくて」

「いい所でしょう。私は好きです。王妃様にはとても感謝しています。教会に捨てられていた私を、面倒を見てくれて錬金術を学びました」

「母上から錬金術を学んだのか」

「ええ、バートから錬金術を学んだと申しておりました。私が独り立ちできるようにと、錬金術を教えてくださいました」

 嬉しそうにセシリーは話す。うれしく思いながらながめていると、ヘルメスがそっとかごの中をのぞき込んだ。

「爆薬でも作るのか」

「あなたも錬金術師なのですか?」

「俺はバートから直接、錬金術を学んでいたがな。だが、他に錬金術師を見るのは初めてだ」

 セシリーは、頬を紅潮させる。

「私も初めて錬金術師に会いました。嬉しいです」

「これは、ここで売っている物なのか」

 ヘルメスにセシリーが首を横に振る。街の外へ出て、採っているらしい。

「街の外へ行くのか」

 街には売っていない物ばかりですから。マリアが「危ないんじゃ」と心配すれば、セシリーはかごの中をあさり丸い玉を取り出す。

「もしものときはこの玉を地面にたたき付けて、煙を起こしてその間に逃げますから」

 マリアは玉をまじまじと見つめる。

「調合してみますか」

「いいのか?」

「はい」

 マリアの目がひときわかがやく。ふいに買い物を終えた女性が足を止めた。

「セシリー、なにやってるの?」

 セシリーは笑みを浮かべて「クレア」と名を呼んだ。女性クレアは長い栗毛色の髪を、三つ編みにして二つに分けている。肌は少し焼けていて田舎娘の風貌だ。服がそもそもディアンドルだ。この国に住む街の娘であれば、誰もが着ている。彼女の視線がまるで刃のように強いためか、不思議な感覚に襲われる。本人であるクレアは、セシリーに近寄る。手にはかごが提げられている。

「この子は……」

 クレアはつぶやいて、マリアを見つめる。威圧的にみすえられてマリアが躰を強ばらせると、「かわいい」と抱きついてきた。レイヴァンですらおどろいて、言葉を失ってしまう。

「きゃあ、かわいい。こんな子がこの世に存在するのね。世界もまだまだ捨てた物じゃないわ」

 クレアを見つめ、レジーとギルは顔を見合わせる。ギルが口を開いたけれども、クレアは買い物があるからと走り去る。空いたままの口を閉じて、ギルは苦虫を噛みつぶした顔をした。マリア達は支城に戻ると、研究室に入る。研究の材料や器具が所狭しと入っている。周りをきょろきょろとマリアが見回している間に、素材と器具を机上に並べられた。出来ましたよと声をかけられれば、調合法通りに手をすすめる。仕上げはセシリーが行った。出来上がった玉を、マリアは嬉しそうに受け取る。

「どうですか、はじめての調合は」

「楽しい! もっと錬金術について学びたい」

「では支城にいる間だけでも、錬金術についてお教えします。嬉しいです。王子が錬金術について学ぼうとしてくださるの」

 ヘルメスは興味深そうに、セシリーが書いた羊皮紙に目を通していた。

「セシリー、花の爆薬というのは何なんだ?」

 ヘルメスを振り返り、セシリーはと微笑んだ。

「夜の空にお花を満開に咲かせるんです。爆弾で打ち上げて、ぱっと花を開かせます」

「一体、どうやって」

「秘密です」

 人差し指を立てる。今夜がお花が咲くから楽しみにしていてくださいと、にこり微笑んだ。ギルは「ほう」と感嘆にも似た息を漏らす。
 調合を続けていると、すっかり夜になった。セシリーは「あとで街へ降りてくださいね」と言い残して、去ってしまった。マリア達は夕食を終えてから、街へ降りた。爆発音と共に、空があざやかにいろどられた。

「すごい」

 マリアの元へクレアが近寄ってきた。

「すごいでしょう。セシリーが研究して作った物なんですよ」

「とてもきれい」

 マリアにほほえみかけるクレアの肩を、ギルが叩いた。

「よう」

「何よ」

「あんた、守人だろ」

 マリアが顔を上げる。クレアは髪をかき上げると、ギルを一瞥した。淑女レディのように、ディアンドルのスカートの裾をつまみ上げてお辞儀をする。夜風がいたずらにスカートをもてあそんだ。めくれて中にあった短剣があらわになった。

「はじめまして、『我らが王』よ。私は〈地の眷属〉の守人クレア。以後、お見知りおきを」

「わたし達と共に来てくれるのか」

「ええ、もちろんですとも。あなたのように可愛い方が主で良かったです」

「ああ、よろしく頼む」

 あいまいにマリアがうなづいた。後ろにいたレイヴァンがやれやれと、ため息を零した。クレアはレイヴァン達にも軽く挨拶をした。
 夜空には花が満開に咲き誇っている。爆発音が止まってしばらく立つと、セシリーが駆け寄ってくる。

「いかがでしたか」

「とっても、良かった! わたしもそんな錬金術を行いたいな」

 セシリーは、嬉しそうに微笑んだ。無邪気な笑みは子どものようで、可愛らしい。視線がクレアに向かった。

「いつの間に仲良くなったの?」

「えへへ、セシリー。私、この人たちと一緒に旅立つから」

「え!? そうなの、じゃあ珍しい植物とかあったら採ってきて!」

 セシリーに、クレアは困ったように微笑んだ。

「とうぶん帰って来れないから。無理よ」

「そっかあ残念。元気にね」

「うん、私だもの。大丈夫よ」

 悲しそうであるけれども、笑顔をクレアに向けていた。セシリーはかばんをあさって、細長い管のような物を取り出した。

「それは?」

 マリアにセシリーは、にっこりとほほえむ。

「ちょっとした脅かし花火です。いいですか」

 セシリーが細い管の先に火を付けると、と音を立ててはじけ始めた。

「足下に投げてやれば、相手に隙が出来て逃げ出せる優れものです」

「その調合、わたしでも出来るのか?」

「ええ、もちろん。これは先ほど作った爆薬よりも簡単なんですよ。明日、教えますね」

「ありがとう、セシリー」

 マリアは満面の笑みで、燃える火花を見つめるギルが見上げた空は、ただ静寂を守っていた。
 次の日、マリアは脅かし花火の作り方を教わっていた。他にも爆発物や毒物についても教わっている。一所懸命に学ぼうとすれば、セシリーも教えがいがあるのか。持っている知識を教えた。となりでヘルメスも補足を加えている。
 レイヴァン達は、支城で異変がないか探っていた。長くとどまりすぎるとコーラル国が聞きつける危険性がある。それを考慮してだった。たたでさえ、追っ手が来るのだ。ばれている可能性が高い。
 さらに日が開けて錬金術の理解を深めた後、エイドスを旅立った。お供にクレアを加えて。

「姫様はこれから、どうするつもりなの?」

 クレアに「次の支城へ向かう」と、マリアは返した。エイドス支城では、力になってもらえるよう頼んだ。反論する者もなく、準備してもらえるようだ。セシリーは爆薬づくりで大変そうだった。

「セシリーには迷惑をかけてしまったかな。忙しかったのに、錬金術を教えて欲しいなんて言ったから」

「あの子、錬金術が大好きだから。錬金術を学ぼうとしている人がいるなら、誰であろうと喜んで教えると思うわ」

 良かったと、マリアが漏らす。となりにいたギルが、あんな可愛い子が一緒なら良かったのにとつぶやいた。クレアがときて、足を引っかける。たちまち地面にのめり込んだ。

「お前なぁ……」

「ふんだ。ねえ、レイヴァン。次はどこの支城へ向かうの?」

 クレアはギルを放っておいて、レイヴァンに近寄った。

「ここより少し遠いが、シプリン支城へ向かうつもりだ」

 了解とクレアは、敬礼してみせる。とても楽しそうな顔だ。外へ出るのは初めてなのだろうか。

「初めてではないけれども、出ないから。すっごく楽しみなの!」

 軽く飛びそうな足取りだ。クレアにレイヴァンが苦笑いを浮かべる。

「基本、街はいけないぞ。遠回りているからな」

「わかってる、わかってる。だけど、楽しいんだもの。姫様はかわいいし!」

 とレイヴァンは、肩を落としそうになる。結局、そこなのか。
 二人の様子をマリアが後ろから眺めていた。青い瞳は、どことなく悲しそうだ。どうかしましたかと、復活したギルが声をかけた。

「いや、少し寂しいなと」

  にやりと口角を上げて、マリアの肩を抱き寄せる。顔が近づき、お互いの息をすぐ近くで感じる。

「ねえ、お姫様。二人で仲良くしましょうよ」

 前を行く二人が同時にと向いた。クレアは不愉快げに顔を歪め、レイヴァンは殺気に似た気配をまとわせている。見えないはずの炎が、見えた気がした。青ざめたマリアを、ギルはさらに抱き寄せる。

「姫様を離しなさい!」

 クレアが腕を引っ張っても、離さない。さらにレイヴァンの機嫌が悪くなっていく。マリアの頬が赤く染め上げられた。ギルに抱き寄せられている事実に、すっかり逆上せてしまった。
 とうとう我慢ならなかったのか。レイヴァンが強引にマリアを引き寄せた。

「ギル、誤解する行動はつつしめ」

「あなたはとられるのが、嫌なだけではないですか」

 瞬間に黒い眉がぴくりと動く。マリアはといえばレイヴァンの腕の中で、激しいを覚えていた。

「マリア様、大丈夫ですか」

 腕の中にいるマリアの小さな肩がはねた。小動物のような動きに、レイヴァンは頬を染めた。ギルがにやにやと見つめるものだから、汗をうかべる。緩む頬を隠さぬまま、さっさと前を進んでゆく。後ろからクレアが駆け寄って、話し掛けていた。
 マリアがようやく落ち着きを取り戻すと、騎士の名を呼んだ。

「どうかなさいましたか」

「そろそろ、離してもらえるか」

 肩を抱いていたと気づく。離せばほっとした表情に変わった。ギル相手に警戒しなくてもいいのにと、マリアが苦笑した。レイヴァンは顔を歪めて「何もわかってない」とつぶやいた。首をかしげたけれども、騎士のとなりに肩を並べて歩き出した。

「あのお姫様は、皆から好かれているのに気づいていないのか?」

 後方にいたヘルメスが、息と共に吐きだした。となりにいるレジーは好かれているとは、受け取っていないだろうなと王女を見つめた。
 主君の瞳に似た青い空には、さえぎるものがまったくない。光が満ちて、行く道を照らしていた。
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