マリアの騎士―名高き王と古の眷属―

草宮つずね。

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第二部 ふたりの旅路

第二十章 蜃楼海市

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 町を出てしばらく進むと、野宿をするために人里離れた場所で天幕《テント》を張っていた。マリアは休憩がてら、日記帳に紙の切れ端を合わせて読む。次のように書かれていた。

『クリフォードという人とジークフリートという人が私の護衛をしてくれると言ってくれた。それも限られた間しかできないと言っていたけど私としては心強い。こんな私に力をかしてくれるのだから』

 文面をソロモンも覗き込めば、なにやら考え込んでしまう。

「どうかしたの、ソロモン」

「いえ、エミーリアという方のことがまだいまいち、掴めないのです」

 マリアも思っていた。日記を読む限り、分からないことが多いのは事実だ。読み取るにレイヴァンの父は、ジークというベスビアナイト国の正騎士だとはわかる。母エミーリアは、捨てられていた子どもで自分の出自を知らないようだ。

「日記をあつめたら、わかるんじゃないだろうか」

 マリアが呟くと、ソロモンはうなずく。これでクリフォードとのつながりも見えてきたと考えていると、エリスが「支度が出来ました」呼びに来た。寝袋の中へ入ると、疲れていたのもあって夢の世界へと誘われた。
 日が開けると、天幕《テント》を片付けて港へと急ぐ。それから数日が過ぎて港へと到着する。
 ベスビアナイト国に劣らず、大きな港町だ。爽やかな風が吹き抜けて、潮の香りがマリアの鼻をくすぐる。

「ここも賑やかだな」

 町を見下ろしてマリアが呟けば、隣にエリスが来て「参りましょう」とさきへとうながした。町へ降りれば、馬を厩に預けて町をじっくり眺めてみる。商人や町の人々が、大いに賑わう。活気のある町のようだ。

「お昼を済ませてから、港へ行ってみましょう」

 ソロモンにうなずいて、皆で近くに店へ入る。軽く食事を済ませれば港へ行き、カルセドニー国行きの船がいつ出ているかとソロモンが航海士にたずねた。意外な答えが返ってきた。

「申し訳ないが、カルセドニー行きの船は出ていないよ」

 理由を問えば航海士は、「今、海賊が跋扈《ばっこ》していてな。どうも船を出せないんだ」教えてくれた。それではカルセドニー国へ行けないことになってしまう。少し悩んでマリアは、航海士にこう切り出した。

「我々が海賊を退散させることが出来れば、船を出してくれるのだな」

「まあ、海賊がいなくなれば。あんた、本気じゃないだろう?」

 頓狂な声を上げる航海士を聞き流して、マリアはソロモンと守人達を振り返る。

「力をかしてはくれないだろうか」

「我が主の思し召しどおりに」

 ソロモンが代表して頭を下げる。マリアは航海士に向き直った。

「航海士殿、海賊が出るという所を教えてはくれないだろうか」

 マリアの気迫に押されて航海士は、地図を広げて印をつけた。

「出てくる時間は?」

 ソロモンに航海士は、出航する時間だと答えてくれる。どうやら、わざわざ邪魔をしているようだ。海賊だから当たり前かもしれないが。

「まあ、退治してくれるっていうんなら、船に乗っけてやるさ。おれはジム、よろしく頼むよ」

 さらにジムは一時間後に船を出すから、その時に同乗して欲しいとマリア達に伝える。ソロモンはまだ聞きたいことがあると、エリスだけを側に置いて港に残った。何か企んでいるのは目に見えてわかったが、任せてマリア達は町を見て回ることにする。
 港町は色々な店が展開されており騒がしい。けれども、どこか楽しいとも感じる。

「港町というのは、こんなに賑やかなものなんだろうか」

 何気ないマリアの呟きに、ギルが口を開く。

「ここよりも、グラス・ラーバの方が賑やかではないですか。あの街は、この町で仕入れた物の他にオブシディアン共和国全体の品物、またベスビアナイト国からの物も仕入れてますから」

「詳しいな」

「いえいえ」

 おどけたギルの視線がどこかへ向かえば、先にはクレアがいた。店を覗き込んでいる。

「クレア、あまり勝手に動くなよ」

「ごめん」

 ため息交じりにギルが、諫めれば素直に謝る。クレアが見ていたものを、マリアも気になって覗き込んだ。きらきらとかがやく天然石だ。

「わあ、素敵!」

 あどけなさの残る少女の声をマリアが上げたものだから、ダミアンとジュリアが驚いて凝視する。そういえば、二人は“かわいい所”を見たことがなかったのではないかとギルが思う。
 考えてみれば二人と出会ったのは、マリアがレイヴァンと離れてからであるし、仕方ないのかもしれない。本人は気づいていないであろうが、専属護衛殿と話すとき“ねこなで声”なのだ。ここで発せられるとは、少なくとも“自分たち”に心を許しているからなのか、それともレイヴァンと側を離れているせいでストレス反応を起こしているからであろうか。真意は掴みかねたが、心のよりどころとしていた存在がいないという事実は、心をどこかしら蝕《むしば》んでいるのかもしれない。

「クリス様、欲しいものでもございますか」

 気を遣いつつギルが問いかけると、マリアは首を横に振る。

「いや、きれいだなと思っただけで別に」

「そうですか、それならいいんですけど」

 ギルは答えつつも眉をしかめる。マリアの声が、“ねこなで声”なのだ。レイヴァンの前以外では、決して見せなかったというのに。

「嫉妬してしまうな」

「え?」

 ギルがマリアの肩を掴んで呟いた。

「俺以外の男がいる前でそんな声、出さないでくださいよ。嫉妬で狂ってしまいそう……って、レイヴァンがいたら言いますよ」

 目を瞬かせたマリアであったが、小さく笑う。

「レイヴァンがわたしに対して、嫉妬なんてするはずがないじゃないか」

「本気で言ってるの?」

 ギルは口を開いてはいない。レジーが深いため息を零して、マリアに近寄ってきたのだ。いつもの表情ではなく真剣な眼差しで見据えられれば、体を強ばらせて縮こまってしまう。

「だって、いつもわたしを子ども扱いするし。それにレイヴァンには、好きな人がいるし」

 たどたどしいマリアに、レジーもギルも困り顔をする。そんな二人は何か言いたそうであるが、結局は口を噤んでいた。焦燥していると、クレアが流れを変えるために三人の間に割り込む。

「はやく、店を回りましょう? 早くしないと見て回れないわ」

 クレアに感謝しつつ、マリア達は見て回って港へ戻った。
 ソロモンとエリスは地図を開いて、海賊はもともと少人数であったが最近は数を増やしているらしいと教えてくれた。

「ここの地主の者も船を出すときは、騎士や町の役員を同行させたりしているようです。が、いつもボロボロになって戻ってくるそうです」

 エリスが付け足して説明してくれる。だから、最近は航海自体が難しい状態になってしまい輸入の数も減っているのだという。

「それは、国としても大きな問題ではないか」

 聞こえたのか、近くにいたジムが「ああ」とうなずく。商売あがったりだと手を上げた。

「けど、国も海賊には手を焼いているらしくてな。それにあまり人員を割くわけにもいかないんだろうさ。この国はあらゆる資源が集まってくるから、いろんな国が狙うからよ」

 ベスビアナイト国という大きな後ろ盾がなければ、とっくに滅んでいたかもしれないな。ジムは冗談交じりだ。マリアは知らなかったので、まじまじと見つめてしまう。ソロモンは茶化さず、説明をくわえる。

「オブシディアン共和国は国土がそれなりにあり、軍事力もそれなりにはございますが四方八方から狙われるほど資源が富んでおります。そこで同盟を結び、物資の取引をする代わりに軍事力を提供することを約束いたしました」

 国土が広ければあらゆる所に力が分散するために、すべてが手薄になってしまう。それを補うために進軍してくる国を発見したら、ベスビアナイト国から軍を派遣するという形をとっているらしい。

「軍事力に関しては、ベスビアナイト国の右に出るものはございません。しかしながら、いくら力が強くとも知恵を以てすれば崩れてしまうもの。おっと、今はそれよりも海賊をどうにかしなくてはいけませんね」

 ソロモンは話を戻して向き直る。今回の航海にも騎士と役人を雇うとつむぐ。海賊が何人いるのかわからない現状、危ない橋は渡りたくはないし人数は大勢いた方が心強い。

「そろそろ、船に乗ってくれ」

 ジムに告げられ、船に乗る。すでに武装した騎士と役人が、数十人と待機していた。

「いかりをあげろ」

 船長が声をあげれば、船が動き始める。潮の香りがさらに強く鼻をくすぐれば、風が吹き抜けて気持ちがいい。
 マリアは楽しげにしながら、波の音がよく聞こえる場所まで来た。波は、ばしゃんと音を立ててぶつかりながらしぶきを上げる。音を聞きながら、どこまでも続く水平線をじっと眺めていると船員の一人が声をかけてきた。

「きれいだろう」

「はい、とても。それにわたしは船に乗るのが初めてなのですごく楽しいです」

 素直な感想に船員は「それは良かった」と、うれしげな表情を浮かべる。

「俺も最初、船に乗せてもらったときはすごく嬉しかったなあ」

 船員をマリアが見つめれば、「名乗っていなかったね」とハンクと名乗った。

「わたしは、クリストファーです。なので、クリスと呼んでください」

「ああ、わかった。じゃあ、クリス。どうして海賊を退治すると言いだしたんだい?」

 言葉を選びながら、カルセドニー国へ行かなくてはならないと伝えた。ハンクが深くは突っ込まず、納得していると感じたのでほっと息を吐く。刹那、マリアの耳に唇を寄せてささやいた。

「女の子が男の服を着てまで向かうなんて、よっぽどの事情があるんだね」

 はっとしてハンクの方を向いたとき、船が大きく揺れた。どうやら、海賊船がぶつけてきたらしかった。よろめいたマリアをハンクはささえ、そのまま担ぎ上げてしまう。

「な、なにを」

「あんたみたいな子を、巻き込みたくはないんだよ」

 ハンクが告げたとき、「姫様!」エリスが叫んで駆け寄ってきた。だが、海賊が背後にいたことに気づかず気絶させられてしまう。

「エリス!」

 マリアが暴れれば、ハンクは手を滑らせた。しめたと思い、床の上へ降りると剣を抜いてかまえる。海賊は剣を抜く様子はないが、襲いかかってこない保証はない。エリスに近寄ると、背に隠した。

「姫様、お逃げ下さい」

 なんとか意識を取り戻したらしいエリスが立ち上がり、主人の肩を叩いたが意識は朦朧としていて足下もおぼつかない。

「だめだ、エリスをここに置いてなんていけない」

 じっとりと汗が体中を伝うのを感じつつ、マリアは剣を握り直す。それから、男に問いかけた。

「おぬしたちは、いったい何が目的でこのようなことを」

「可愛い顔が台無しだぞ、お嬢さん」

 おどけたようにハンクは男の隣に立つ。どうやら仲間なのか、男に対してなにひとつ臆していない。耳を澄ませれば、海賊が船に乗り込んでいるのだろうか。あちらこちらで剣のぶつかる音が響く。

「目的か。賊に理由など無い」

 つめたくハンクが言い放てば、マリアは拳を握りしめる。震える手にエリスが手を重ね、はっきりとした視線を投げかけた。先ほどまでの不確かな様子は消え去り、しっかりとした足取りで主の前に立つ。

「クリス様、剣をしまってください」

「けど」

「大丈夫です」

 マリアに、笑ってみせる。渋々と剣がしまわれると、エリスは懐から丸い玉を取り出した。ハンクと男に向かって投げる。同時に白い煙が玉から吐き出された。
 エリスはマリアを引っ張って、その場を立ち去った。

「げほ、ごほっ、しまった」

 残されたハンクと男は、仲間達と合流するべく船の上を駆けていき、倉口から下の甲板へと移動して船倉へともぐりこんだ。“目当て”のものを見つける。それは木箱に詰められており、持ち運ぶのは中々大変なものであった。

「とりあえず、これは見つけられた。船ごと燃やすぞ」

 ハンクは隠し持っていた鋼鉄片に硬い石を打ち合わせ火を起こすと、燃えやすいように布で覆う。その場におけば火が少しずつ大きくなっていき、やがて焔となり船倉を燃やし尽くしていく。
 ハンクと男は早急に立ち去ると、海賊の船へ戻った。


 エリスと共に身を隠していたマリアは、海賊達が船へ戻っていくのをみて違和感を覚える。何かあるのではないだろうか。羅針盤を見てみると“水”を指している針が、少しずつ“火”へ傾いていっている。

「エリス、どこか火が放たれたところがないだろうか」

 エリスは呆気にとられたが、すぐに思考を巡らせる。

「あるとすると、船倉でしょうか」

「急ごう」

 マリアは慌てたが、すでに遅かった。火の手が回り、船が沈没し始めたのだ。大きく船が傾き、まともに歩くことすらままならない。

「姫様、大丈夫ですか」

 手をかして気遣ってくれるエリスに、マリアは何とか踏ん張る。その眉間には皺が寄り、焦燥の表情をうかべていた。ハンクが船に乗り込んできて「まだいたのか」と声を荒げる。

「いいから、この船に乗れ」

 身構えたマリアであったが、エリスに「ひとまず、乗りましょう」と進言され海賊船に飛び乗った。それからハンクに、他の乗組員は小舟に避難させていると告げられた。ほっと息を吐く。

「そうか、よかった」

 無意識に握り締められた手を、エリスは眺めてハンク達に向き直る。

「あなた方は、海賊なのではないですか。なぜ、物資を奪わず燃やすだなんてことをなさるのですか」

 もっともな疑問をエリスはぶつける。海賊の一人が「へっ」と鼻で笑った。

「あんたらになんか、わからねえよ。どうせ良いところのおぼっちゃんなんだろう」

 マリアは前へ出ると、まっすぐに見据える。射抜くように青い金剛石の瞳で見つめられれば、男は僅かにのけぞった。ハンクは目を見開く。

「わたしたちは初めから君たちを、悪者と決めてかかっているかもしれない。ならば、教えて欲しい。なぜ、こんなことをするのか」

「お前たちに、おれたちのことがわかってたまるか!」

 男が叫んだとき、船員がどよめき、道を開けた。男は躰全体がよく焦げたおり、口元には黒いヒゲを蓄えている。さらに、どっしりとかまえた姿はまさに海賊の長という風貌だ。
 エリスはマリアを背に庇いながら、男を見定める。

「あんたらか、海賊を退治すると大見得を切って船に乗り込んだのは」

 地の底から出すような低い声が耳に届く。その声が海に波を起こしているのではないか、とマリアには思えた。

「おれたちは海賊じゃねえ、義賊だ」

 男は高らかに告げて威圧的に見下ろしたが、エリスがギッと睨み付ける。

「そうやって、正当化しているだけではないですか」

「きさま、船長に向かってなんたる口を」

 海賊の一人がつっかかろうとしたが、男が制して「面白い」と呟きエリスをじっと見つめる。ギラギラとした野生の目であったが、栗毛色の瞳は怯むことなく男を見据えていた。
 そこらにいる人であれば、姿を見ただけで怯むというのに動揺もみせないから、余計に男は興味を持った。

「こいつは面白い! ハンク、こいつと戦ってみろ」

 心配げにマリアは視線を、エリスに投げかけた。

「このお方の命でない限り、武器を取ることは出来ませぬ」

 マリアがどこか嬉しげにしていると、男の双眸がぎろりと睨んだ。

「ほう、こんな子どもが“あるじ”か。ままごとでもしているのか」

「我が主に対してそのような冒涜をなさるとは無礼な」

 男を睨み付けてからエリスは、マリアに向き直る。

「いかがいたしましょうか、クリス様。僕はあなたの命に従うのみです」

「わかった、聞き入れよう。ただ、ひとつだけ約束してくれ。無茶だけはするな」

「はい!」

 巻き込まれないためにも両側に捌ける。中心にはエリスとハンクが残された。ハラハラとした様子で見つめているマリアの隣に、船長の男が来て目つきの悪い双眸を二人に向けていた。

「位置について、はじめ!」

 海賊の一人が声をかけた瞬間。先にハンクがサクスを抜いて襲いかかる。鋭利な刃先という特徴を持つ、片刃の直刀で戦闘用ナイフだ。ここの海賊は皆、腰にぶら下げている。
 刃先がエリスに向かっていくが、避けるどころか武器すら抜かない。肉に食い込むか、と皆が固唾をのんだ。転瞬、金属が音を立てて弾けた。
 ハンクの手にあったサクスが空に向かって飛び上がったのだ。エリスの手の中には、“くない”が握られている。

「こりゃ面白い。お坊ちゃん、人を見る目はあるようだな」

「お褒めいただき、光栄です。船長殿」

 船長の男に臆せず笑みを浮かべたのが、海賊達には意外であったのか驚いていた。男はますます楽しくなって、マリアの背中をたたく。

「あんたも、面白いなあ。名前は?」

「クリストファーといいます」

「おれはロベールだ!」

 船長ロベールが名乗るのと同時に、二人が駆け寄ってきた。エリスは恭しくマリアに頭を垂れる。ハンクはロベールに頭を下げて、負けたことを詫びると大声がひびく。

「不覚を取ったな、ハンク。だが、これも一興。さすが、海賊を退治すると豪語するだけのことはあるわけだ」

 ぱんとロベールが手をたたいて、マリアとエリスに向き直る。先ほどまでとは打って変わって、真剣な眼差しで口を開いた。

「あんたら、カルセドニー国へ行きたいんだって? 止めといた方がいいぜ」

 ロベールが言うには、襲っている船はカルセドニー国と取引をしている船らしい。それも“クスリ”を扱っているのだという。今のカルセドニー国へ行くのは危険で、なんでも皇帝が妙な宗教にだまされて国中が荒れていると教えてくれた。

「国中が?」

 マリアは呆然した。皇帝がザシャのようになったのであれば、行くのは危険だろう。

「わたしは行かねばならぬ。どうにかして、行けないだろうか」

「だったら、おれらを退散させなくちゃあならねえな。だが、おれたちだって退けねえ。国の命運がかかっているんだ」

「君たち海賊を退散させるには、密売をやめさせればいい。そう考えていいだろうか」

「もちろんだとも、出来るか?」

「むろん」

 マリアはロベールを、まっすぐに見据える。そのあと、「ただ、皆の力もかして欲しい」と頭を下げた。

「クリス様!」

 声を上げてエリスがマリアに近寄る。王族である貴女が誰かに頭を下げるなど、あってはならないことだと言いたげだ。

「あなた様が人に頭を下げるなど」

「人にお願いするときは、誠心誠意伝えなくてはならないと思って」

 マリアはなんてことない表情だ。エリスは困った感情を表へ出してしまう。ロベールは、また大口を開いて笑う。

「面白い。いいじゃないか、力をかしてやろう。それで、いったいどうすればいいんだ?」

「船長!」

 海賊の一員が口々に不満の声を上げ始める。ひときわ声の大きい男が荒げて不満を叫ぶと、ロベールがじろりと睨み付けた。刹那に、男は怯んで何も言えなくなってしまう。

「これはおれの決定だ。おれの決定に不満がある奴は船を下りろ。刃向かう奴は、ここを抜けてもいいぞ!」

 船上はしんと静まりかえり、波の音だけが辺りを支配していた。ロベールはよほど船員から慕われているらしく、誰も不満げな声は上げない。

「それで、クリス。あんたの策を聞こうじゃないか」

 マリアはこくりとうなずくと、海賊達に話し始めた。
 実現できる根拠のない策に思われたが、それ以上にロベールが年端もいかぬ“少女”の考えが面白くて仕方がなかった。



 小舟につめられたあと何とか手でこいで陸まで上がったソロモン達は、やっと緊張状態から解き放たれた。

「はあ、やっと陸か」

 ため息交じりにソロモンがあたりを見回すと、船員とエリスをのぞく守人達が目に入る。自分が主と仰ぐ、少女の姿は見当たらなかった。

「ギル、クリス様はどこだ!」

 近くにいた伸びをしているギルの肩を掴んで問いかける。今はじめて気づいたようで、あたりを見回して焦燥の色を浮かべる。皆にも聞いてみたが、誰も知らず困った表情を浮かべるばかりだ。ジムがソロモン達に可能性の一つとして告げる。

「もしや、海賊に連れ去られたのでは?」

 他の船員も「きっと、そうだ」と口を揃えているが、マリアを心配している風ではない。海賊を悪者に仕立て上げようとしているようにしか、ソロモンには見えなかった。

「ソロモン、どうかした」

 淡々とレジーが問いかけると、策士は船員には聞こえない声で言葉を紡いだ。

「いや。この町には、何かがあるようだ」

 するどい視線を船員達に投げかけつつ、頭の中ではいくつかの“はかりごと”を巡らせていた。
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