女性一人読み台本

あったいちゃんbot

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昔の私は嘘付きだった。

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昔の私は嘘つきだった。そして、その嘘を本当に変える力も持っていた。

親や友達、先生、他の周囲の大人たちが求めるような嘘の自分を演じていた。
勉強や大人の手伝いだけでなく、友達、こども同士の関係や、部活動、生徒会に勤(いそ)しみ、大変な時でも弱音を吐かず、笑顔を絶やさない。
私は、周囲のそういった期待を敏感に感じて、それに応えて生きてきた。
あの人はいま何をして欲しいんだろう。
あれをしておけばあの人は喜ぶかな。なんて。

出来あがった仮初めの自分を演じることが、本当の自分だと、そのときは信じていた。そして、作り上げていった自分を、周囲の人はなにも疑わず、なにも感じずに受け入れた。
人は究極のところでは他人に興味がないのだと、知っていたから。そしてそれは私も同じだった。
本当の意味での友達なんて一人もいなかった。誰かと放課後や休日に遊んだ記憶はない。それは当然だ。だってそれは、みんな仮初めの私の能力を評価して、打算的に周囲にいるだけで、みんなが求めているのは私ではなく、"完璧な私"だったから。そのときの私は、周囲にそう求められることに喜びに似た思いを感じていたし、それでいいとさえ思っていた。
でも私は、完璧である必要があったし、完璧でない部分を見せるわけにはいかなかった。そうやって自分も騙して、完璧な嘘を演じていた。


だから、ずっと笑っているんだね。無理してない?ってあなたに言われたとき、初めは、この人は何を言っているんだろうと思った。次に考えたことは、この人は何て言ったら喜ぶんだろう、だった。
そうして初めて、私は私に気がついた。


そこからのあなたはしばらく、私にとって恐怖の象徴だった。
あなたが変なことを聞いてくるから、あなたが私の内側に触れてくるから。あなたが私の蓋を優しくくすぐるから。
あなたといると、今まで抱くことさえなかった感情が、堰(せき)を切ったように、ドミノ倒しのように 、突然溢れて、止まらなくなって、私が私でなくなっていった。 
気づけば私は幼稚で、わがままで、嫉妬深くて臆病で、完璧な私からは程遠い私になっていた。元の私に戻ろうと、取り繕うとすればするほど、感情が溢れて、心が痛くなって、胸が熱くなって、足元がぐらついて、その度に"もう遅いんだ"、と知らしめられた。
あなたの視線が、あなたの息が、あなたの、一挙手一投足(いっきょしゅ いっとうそく)が気になって、あなたの声が、あなたがまとう空気が気になって。


今でも鮮明に覚えている。文化祭の集まりの後、遠くで聞こえる運動部の掛け声と吹奏楽の音。涼しくなってきたけど、まだ夏服で、夕暮れの橙(だいだい)と空の青が混じった窓の手前。風が入り込んでカーテンが少しなびいて、半身(はんみ)を翻(ひるが)したあなたの眼差しに私が見つかった午後6時半。
しばらくしてから気がついた。
私はあのとき君に、恋をしてしまったんだと。
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