台本

あったいちゃんbot

文字の大きさ
上 下
17 / 27
「#箱庭遊戯」に付き合って(性別不問2人)ハートフル

「#箱庭遊戯」に付き合って

しおりを挟む
雨後うごたけ
「ただいま…」

 鍵を回して、ドアをくぐる。慣れた手付きで右側を漁り、部屋の電気をつけた。
 適当にシャワーを浴びて、明日の準備をしないとな…。この部屋を引き払う準備も進めないと。ああ、親から連絡も来てたんだっけ。気が進まない。キガススマナイ。
 10分だけと言い訳をしてベッドに寝転がり、ポケットからスマホを取り出して、ぼんやりと画面を眺める。

「…、なんだ?これ。#箱庭遊戯はこにわゆうぎ?」

※※※

ペペベロス:
「あっあの…、もしかして…」

雨後の竹の子:
「あ、ペペベロスさんですか?」

ペペベロス:
「あっ!はい!ってことは…」

雨後の竹の子:
「雨後の竹の子です。今日はよろしくね」

ペペベロス:
「は、はい!よろしくお願いします」

雨後の竹の子:
「はは、そんなに固くならないで」

ペペベロス:
「す!すみません…」

雨後の竹の子:
「…」

ペペベロス:
「…え、えー…と」

雨後の竹の子:
「まぁ、どっか入る?喫茶店とか」

ペペベロス:
「あ!そっ、そうですね!?」 

雨後の竹の子:
「うん。…コーヒー飲める?」

ペペベロス:
「あ…、あんまり…」

雨後の竹の子:
「じゃあー、チョコレートドリンクのお店にしよっか」

ペペベロス:
「…ありがとうございます」

雨後の竹の子:
「こっち。行こう」

ペペベロス:
「渋谷…、慣れてるんですね」

雨後の竹の子:
「ん?…まぁ、そうだね…。無駄に長く住んでるからね」

ペペベロス:
「…?」

雨後の竹の子:
「ペペベロスさんは?あんまり来ないの?」

ペペベロス:
「さんつけなくていいですよ。歳下ですし」

雨後の竹の子:
「…、じゃあ、ぺロちゃんで」

ペペベロス:
「ペロちゃん…」

雨後の竹の子:
「うん。こっちも、そんなに改まらなくていいよ。全然タメ口でいいし」

ペペベロス:
「あ…、はい。えっと頑張ります」

雨後の竹の子:
「頑張ること?」

ペペベロス:
「苦手なんです、誰かと話すの…。特に、初めての人とは」

雨後の竹の子:
「あー、わかる。私も昔そうだったな」

ペペベロス:
「ほ、本当ですか?どうやって克服したんですか…!」

雨後の竹の子:
「んー…。結局のところは、必要にかられて…かな。バイトとか、色々してたらね」

ペペベロス:
「必要に、かられて…」

雨後の竹の子:
「まだ、ペロちゃんはそうなる必要はないってだけかも知れないよ。はい、ついた」

ペペベロス:
「あ、…はい」

雨後の竹の子:
「どれ飲む?」

ペペベロス:
「えっと…じゃあ、この、ミルクかな」

雨後の竹の子:
「おっけー」
(店員に向けて)「じゃあ、モカとミルクを」
(ぺぺベロスに向けて)「あ、ホットでよかった?」

ペペベロス:
「あ、はい」

雨後の竹の子:
(店員に向けて)「はい。じゃあ2つともホットでお願いします。はい、あ、スマホで払います」

ペペベロス:
「あっ!払います。自分の分は」

雨後の竹の子:
「いいよ。はい、まとめて大丈夫です」

ペペベロス:
「あっ…、ありがとうございます…」

雨後の竹の子:
(振り返って)「え、…落ち込んでる?」

ペペベロス:
「あ、いや、そんなことないです」

雨後の竹の子:
「ごめんごめん。次はちゃんと聞くから。はい、熱いから気をつけてね」

ペペベロス:
「…ありがとうございます」

雨後の竹の子:
「じゃあ、改めまして、雨後の竹の子です」

ペペベロス:
「あ、ペペベロスです。た、たた、竹ちゃん。よ、よろしくお願いします」

雨後の竹の子:
「竹ちゃん?はーい。竹ちゃんです」

ペペベロス:
「…竹ちゃんで、いいですか?」

雨後の竹の子:
「もちろん」

ペペベロス:
「よ、よかったぁ…」

雨後の竹の子:
「もしかして、さっきからずっとそれ考えてたの?」

ペペベロス:
「あ…、はい」

雨後の竹の子:
「ペロちゃん、かわいいね」

ペペベロス:
「えっ…!」

雨後の竹の子:
「いやいや、ごめんごめん。で、えーっと今日は…?」

ペペベロス:
「あ、はい。えっと、きょうは私の#箱庭遊戯に付き合っていていただき、ありがとうございます」

雨後の竹の子:
「…なんか卒論の発表会みたいだな」

ぺぺベロス:
「…えっと…?」

雨後の竹の子:
「あ、ごめん。続けて」

ペペベロス:
「…えっとですね、#箱庭遊戯には2つ、ルールがあります。1つ目は、植物園に到着すること、もう一つはなにか乗り物に乗ることです」

雨後の竹の子:
「…うん?何かに乗って…、植物園に行けばいいの?」

ペペベロス:
(スマホの画面を見せながら)
「はい。これ、見て下さい」

雨後の竹の子:
「えーっと…、植物園に行く。入園するしないは自由。乗り物に乗る。乗り物はなんでもいい…と。なるほどね。じゃあ、どこの植物園に行くの?」

ペペベロス:
「しっかり決めてるわけじゃないんですけど、とりあえず近くにあるところでいいかなぁって」

雨後の竹の子:
「植物園なんて、東京にあるの?」

ペペベロス:
「え…?ない…んですかね…」

雨後の竹の子:
(スマホで調べながら)
「いや…、知らないけど…」

ペペベロス:
「……」

雨後の竹の子:
「えーっとね、あ、ある。あるけど、めちゃくちゃ近いよ」

ペペベロス:
「えっ?」

雨後の竹の子:
(スマホの画面を見せながら)
「ほら、ハチ公前から…歩いて10分ぐらい」

ペペベロス:
「歩いて…」

雨後の竹の子:
「えっとね、もうちょっと遠くだと…、あ、思ったよりも植物園あるんだね。電車に乗っていける場所もたくさんある。ほら、ここなんかは白金台で降りたら歩いて9分だってさ」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「…どうする?」

ペペベロス:
「…どう、しましょうか…。正直、もう少し長い道のりを期待してました」

雨後の竹の子:
「期待…?」

ペペベロス:
「はい。私、実は今日、結構な覚悟で来てたんです。私、引っ込み思案で人見知りで…、世間知らずなところもあって…」

雨後の竹の子:
「あ、自覚してたんだ」

ペペベロス:
「え?」

雨後の竹の子:
「世間知らず」

ペペベロス:
「…世間知らずなところ出てました?」

雨後の竹の子:
「うん。まぁ、それなりに」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「最初に#箱庭遊戯をネットで見たときにさ、あ、ヤバいって思ったんだよね」

ペペベロス:
「ヤバい?」

雨後の竹の子:
「うん。悪いことに巻き込まれそうだなって思った。人を疑うことを知らなそうだな、あるいは、そう見せて悪いことに巻き込もうとしてるかだと思った」

ペペベロス:
「そ、そんなにですか!?」

雨後の竹の子:
「うん。結構怪しかったよ」

ペペベロス:
「え、えー…」

雨後の竹の子:
「ごめん、話の腰折っちゃったね。それで?」

ペペベロス:
「えっと、あ、それで…、平たく言うと変わりたかったんです。…冒険してみたかったんです」

雨後の竹の子:
「…うん」

ペペベロス:
「昔は、もうちょっと人と話すことに抵抗なかったんですけど…、えっと、どこから話せばいいのかな…」

雨後の竹の子:
「いいよ。全部聞くからさ、ゆっくり話して」

ペペベロス:
「…。ありがとうございます」

雨後の竹の子:
「…」

ペペベロス:
「…ぺぺベロスっていう名前…」

雨後の竹の子:
「うん?」

ペペベロス:
「私の家、犬を3匹飼ってたんですよ。その中の一匹の名前が、ぺぺって言ったんです」

雨後の竹の子:
「あー。なるほど。それでペペベロス…」

ペペベロス:
「はい。ぺぺは、私が生まれた時にはもう家にいて、小さい頃からずっと一緒に生活してました。朝起きたら、まずぺぺに挨拶に行って、顔洗ったあとに、みんなと散歩に行くんです」
「3匹の中でもぺぺは一番賢くて。悲しいときには側にそっとよってきて、別に何をするわけでもないんですけど、背中の方でおすわりして待っててくれて。泣き止んでペペの方を振り返ると、いつもワンって一回鳴くんです。背中を押すみたいに」

雨後の竹の子:
「あー…。犬種は、なに…、だったの?」

ペペベロス:
「ゴールデンレトリバーです」

雨後の竹の子:
「…そっか」

ペペベロス:
「2、3日前からなんかぺぺの調子が悪かったんです。その日も大好きな散歩に行きたがらなくて、ご飯も吐き戻しちゃったり。いや、調子はもっと前から悪かったんですけど。その時ぺぺはもう15年生きてて、食べる量も減ってたし。調子が良くて散歩に行っても、他の2匹より早く帰りたがるようになってて、妹とふたりで散歩に出て、途中で別行動して早めに帰るようになってたんです」

雨後の竹の子:
「……」

ペペベロス:
「その日も、前の晩におやすみをしてから、朝、挨拶をしにいったら、もうぺぺ冷たくなってて。なんか、あっけないなぁって思って。私なりに命ってものに向き合ってたつもりだったんですけどね」

雨後の竹の子:
「そっかぁ……」

ペペベロス:
「どうしてもぺぺがまだ生きてるんじゃないかなって感じるところがあって、結局、お葬式から帰ってきて、ぺぺがいつも寝てたクッションの上に誰もいないことがわかって、やっと涙が出てきて」

雨後の竹の子:
「…うん」

ぺぺベロス:
「私、さっきも言いましたけど、人見知りで引っ込み思案だから、誰かと話すのってすごく苦手で。でも、ぺぺ達と散歩してる時は色んな人と話せたんですよ。ランニングしてる人とか、朝早く仕事とか、学校に行く人、通りすがりの人なんですけどね」
「犬の散歩してると色んな人が挨拶してくれて、私も返してたんです。でもぺぺがいなくなって、他の2匹もじきに死んじゃって。そしたら誰にも喋りかけられなくなって、私も喋らなくなって。どんどん引っ込み思案が加速して。このままじゃだめだって、思ったんです。思ってたんです」

雨後の竹の子:
「…うん」

ペペベロス:
「…実は今日、ぺぺの6回目の命日で、もともとは家で一日ペペのこと考えて過ごそうって思ってたんです。つい1週間前までは。でも、それでいいのかなって思ってる自分にも、ずっと前から気づいていて…」
「そんなときに、#箱庭遊戯の画像がネットで流れてきて…。これに参加しようって、これに参加したら、なにか変わるきっかけになるかもって、思ったんです」

雨後の竹の子:
「うん」

ペペベロス:
「それに、…画像を見たとき、偶然外で犬が鳴いて、それが、天国のぺぺが、後ろで鳴いてくれた気がしたんです」

雨後の竹の子:
「…なるほど」

ペペベロス:
「あれ?そう思うと、なんか、私、ずっとペペにお世話になってばっかりですね」

雨後の竹の子:
「ふふ。じゃあペペのためにも、頑張らないとね」

ペペベロス:
「…はい!」

雨後の竹の子:
「…じゃあ、どこの植物園行こうか」

ペペベロス:
「場所はどこでもいいんです。だから、1番近くの場所に行きましょう」

雨後の竹の子:
「え?でも乗り物はどうするの?」

ペペベロス:
「山手線に乗りませんか?」

雨後の竹の子:
「えっと…?」

ペペベロス:
「山手線一周して、渋谷に帰ってきませんか?竹ちゃんの話も聞きたいですし」

雨後の竹の子:
「…面白いこと考えるね」

ペペベロス:
「そうですよね。前何かの動画で見て、密かにやりたかったんですよ。でもなかなか機会なくって」

雨後の竹の子:
「まぁね。乗り物って、基本的に手段だからなぁ。目的ってなるとね」

ペペベロス:
「そうですね」

雨後の竹の子:
「よし。じゃあ、行こうか。飲み終わった?」

ペペベロス:
「はい」

雨後の竹の子:
「うん」

ペペベロス:
「あ。電車のお金は出しますからね」

雨後の竹の子:
「はいはい」

ペペベロス:
「…ところで、竹ちゃんは、どうして今日#箱庭遊戯に参加したんですか?」

雨後の竹の子:
「ん?…んー。最後の思い出作りかな」

ペペベロス:
「…さい…ご?」

雨後の竹の子:
「うん。今度、実家に帰ろうと思ってて」

ペペベロス:
「そう、なんですか…。実家、どこなんですか?」

雨後の竹の子:
「岡山」

ペペベロス:
「おかやま…、って、どこ、でしたっけ」

雨後の竹の子:
「ぶはっ!(笑)」

ペペベロス:
「すっ、すいません…。地理苦手なんです」

雨後の竹の子:
「いや、違う違う。みんな同じ反応なんだ。岡山ってどこ?って」

ペペベロス:
「え?」

雨後の竹の子:
「そんなとこなんだと思う。…そんなとこなんだよ」

ペペベロス:
「……?」

雨後の竹の子:
「えーっとね、鳥取の下で、広島の右、兵庫の左」

ペペベロス:
「あー…、なんとなく」

雨後の竹の子:
「実家、嫌いなんだよね。実家っていうか、地元?何もなくて。…何もなくて?いや、うーん。なんて言えばいいのかな」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「端的に言えば、田舎、なんだよな。住んでたところ。岡山も栄えてるところは栄えてんだけどね」

ペペベロス:
「田舎…ですか」

雨後の竹の子:
「…今、田舎ってちょっと過ごしやすそうだなって思ったでしょ」

ペペベロス:
「えっ!」

雨後の竹の子:
「自然が豊かでー、人はみんな優しくてー、みたいな。まぁ田舎が住みやすいって言う人もいるだろうから、決めつけちゃいけないけど、私にとってはあそこは…、一種の牢獄みたいな」

ペペベロス:
「牢獄?」

雨後の竹の子:
「地域の行事とか清掃作業とか、めんどくさいしね。町内運動会とか、ほんとにまだやってんだよ。バスも一時間に一本とかざらだしさ。そのバスも平気で10分とか遅れてくるし。…何より、退屈なんだ。あそこ」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「その点東京はいいね。面倒くさい縛りもなくて、バスや電車も、一日中走ってる」
(電車が来る)
「…こんなふうにね。さ、乗ろう」

ペペベロス:
「あ、はい」

雨後の竹の子:
「お。座れるね」

ペペベロス:
「…」
(二人で並んで座る)

雨後の竹の子:
「(ため息)…遊ぶ場所も、物も、ろくに無くて。でも時間だけはいくらでもあって。…時間だけは誰にでも平等ってのは…、あれは嘘だね。毎日毎日、無駄に過ごしてる気がしてさ、このまま大人になるのは嫌だなって、何か、時間と世界に抗いたいなって、思ってたんだ」
「それでね、私、いや、…私達。中2の時にわざわざ広島まで行ってさ、楽器買ったの。ギターとかね。中には親の金盗んできた奴もいた。楽器なんて、岡山でも買えるのにさ。わざわざ広島まで出たんだよ。そうすることが、…、なんていうか、イケてる、みたいに感じてたんだ。ちょっとでも都会へ近づきたい、退屈な田舎から抜け出したいって。それで広島ってのが、また小市民だなとは思うけどね」

ペペベロス:
「…えっと…」

雨後の竹の子:
「…それで、高校で軽音楽部作ってさ、周りに楽器やってた人なんていなかったから、みんな本とか、動画とか見て必死に練習したの。バンド組んで、文化祭で演奏したり、地域の集まりとかで呼ばれるようになってさ、地域ラジオに載ったんだよ。私達のバンドの曲」

ペペベロス:
「すごいじゃないですか」

雨後の竹の子:
「…。あのときは天狗だったな。退屈な毎日から抜け出せた。これで、特別な人になれたって」

ペペベロス:
「…特別な人?」

雨後の竹の子:
「バンドのメンバーみんなで、進学先東京にしたのさ。みんなって言っても、ベースだけはどうしても家業を継がないといけなくて岡山に残ったけど。…それで、東京の大学に行ってさ?初めて軽音のサークル見たとき、一瞬で現実に気づいた。ああ、私達は、…私は、”雨後の竹の子“だって。どこにでもいるような、平凡な、特別を夢見ていただけのガキだって」

ペペベロス:
「そんな…」

雨後の竹の子:
「しかもね、そいつらは楽しいから音楽をやってるだけだったからさ、8月ぐらいには就職先決めててさ、あっさり…、淡白って言葉がそのまま使えるように、音楽を、夢を見るのをやめていったんだ」
「…その一方で竹の子たちは、音楽にすがって東京に出て来てたから、そんなに簡単に辞められなかった。…諦められなかった…。だからさ、踏ん切りをつけるまで、こんなに時間かかっちゃったよ」

ペペベロス:
「…辞めちゃうんですか?」

雨後の竹の子:
「少なくとも、趣味程度。…かな。今みたいに音楽のために就職もしないでバイトで食いつなぐ、みたいなのは、もう辞めようと思って」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「なんで、そんなに悲しそうな顔すんのさ」

ペペベロス:
「いえ…」

雨後の竹の子:
「……ごめんね。こんな話して。ペロちゃん話しやすいからさ。…旅の恥はかき捨てっていうもんなぁ…、全然知らない人のほうが、こういう話ってしやすいよね」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「ごめん。学生に、夢のない話して」   

ペペベロス:
「いえ…」

雨後の竹の子:
「…」

ペペベロス:
「聞いてみたいです」

雨後の竹の子:
「…ん?」

ペペベロス:
「雨後の竹の子さんの曲」

雨後の竹の子:
「…。そっか。…スマホに何曲か、入ってるよ」

ペペベロス:
 それからふたりで、山手線に揺られながら。

雨後の竹の子:
 イヤホンを片っぽずつつけて、背もたれにもたれて、

ペペベロス:
 耳に雪崩込んでくる音の奔流を聞いた。それは、誰かの叫びで、それは、誰かの願いで。この穏やかな人の内側に宿る激情を見た。

雨後の竹の子:
 山手線が一周を終える頃。2人が出会った場所に戻る頃。

ペペベロス:
 私達は竹の子が軋む音を聞き終えていた。

雨後の竹の子:
「行こう。渋谷だ」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「こっちだね。新南口」

ペペベロス:
「…はい」

雨後の竹の子:
(元気がないペペベロスに気づかないふりをしながら、気まずさを誤魔化すように)
「…天気が良くてよかった…」

ペペベロス:
「…雨後の竹の子さんの曲…もっと聞きたいです。もっと、…聞きたかったです…」

雨後の竹の子:
「…。…ありがとう」

ペペベロス:
「なんで、泣かないんですか、こんなに…。…大事なものなんでしょう?」

雨後の竹の子:
「…。純粋に別れを悲しんで泣けるほど、綺麗なものじゃないんだよ。…きっと」
「夢のために誰かを傷つけたし、蹴落としたりもした。ずるいことも…。でもまだ、…スタートラインにだって立ってない」

ペペベロス:
「嫌いになったんですか?音楽のこと」

雨後の竹の子:
「…いや。嫌いになれたら、むしろどれだけ楽だろうね…。嫌いになんて、なれるわけない。いつでも頭の中は音楽のことでいっぱいだよ」
「雨の温度、風の色、満員電車の中のため息。静寂の摩天楼。街を行く人の騒音。……自分の見た世界、感じた世界をそのまま表現できる手段なんて、そうそうない。私にとって音楽は、人生の一部。いや、全部かも…」

ペペベロス:
「なら!」

雨後の竹の子:
「嫌いになったのは、音楽じゃなくて、自分」

ペペベロス:
「…え?」

雨後の竹の子:
「夢を見続ける自信がなくなった自分。バイトが終わった帰り道に、明日のバイトの事を考えている自分。未来が、曲にするものから、うれうものになった自分。バンドメンバーの就職祝いを、心から祝ってやれなかった自分。…音楽が溢れ出るものから、ひねり出すものにかわった自分。…誰も悪くないのに、誰かを呪って平静を保っている自分」
「…ごめんね。……そんなに綺麗じゃないんだよね。…私」

ペペベロス:
「…人間ですもん」

雨後の竹の子:
「…」

ペペベロス:
「奇麗なだけじゃないです。私だって…、ズルいこともします」

雨後の竹の子:
「それは…ちょっと意外かも」

ペペベロス:
「私、曲を聞いてからずっと考えてたんです。こんなに素敵な曲を歌えるのに、どうして諦めなきゃいけないんだろうって」

雨後の竹の子:
「…」

ペペベロス:
「だから、また自信が持てるように、自分のこと好きになれるように、励まさなきゃって…、夢を見れるようにしてあげなきゃって、思ったんです」
「…。でも、駄目でした。私はまだ学生で、自分の足だけで立つこともできてなくて。きっと、私が知らない世界の嫌なところもいっぱいあって。そんな私が考えられることなんて、竹ちゃんはきっとたくさん考えて、考えて考えて考えて、考えて出した結論なんだと思います」

雨後の竹の子:
「…まぁ、…それなりにね」

ペペベロス:
「だから、これしか思いつきませんでした」
「…好きです。雨後の竹の子さんの曲が」

雨後の竹の子:
「…」

ペペベロス:
「好きです。雨後の竹の子さんの音楽が」

雨後の竹の子:
「好き…か」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「ありがとう。ずっと、その言葉が聞きたかったのかも…しれない」

ペペベロス:
「…好きです」

雨後の竹の子:
「これで本当に、諦められるかもしれない」

ペペベロス:
「…。そう、ですか」

雨後の竹の子:
「…。ごめんね」

ペペベロス:
「いえ…」

雨後の竹の子:
「こっちだ。行こう」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「行こう。ぺぺにそんな悲しそうな顔、見せちゃいけないよ」

ペペベロス:
「…はい」

雨後の竹の子:
「…。…諦めたいわけじゃない」

ペペベロス:
「え…?」

雨後の竹の子:
「本音を言えば、私だって諦めたいわけじゃないんだ」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「でも、もう28だからね。そろそろそうも言ってられなくなってきた」

ペペベロス:
「…難しいです…」

雨後の竹の子:
「…簡単じゃないよね。大人になるってさ。…まったく…、簡単じゃない」
「…さ。あの角を曲がれば見えるはずだ」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「あれ…。ここのはずなんだけど…」

ペペベロス:
「…ここですよ。ほら」

雨後の竹の子:
「建て…直し…?」

ぺぺベロス:
「植物園を、建て直ししたみたいですね」

雨後の竹の子:
「はは…、そっか」

ぺぺベロス:
「レストラン、野菜の栽培…。植物園では、なくなっちゃったみたいですね…」

雨後の竹の子
「そっか…。そうか…」

ぺぺベロス:
「竹ちゃん…?」

雨後の竹の子:
「…ずるいなぁ」

ペペベロス:
「…ずるい?」

雨後の竹の子:
「なんか、出来すぎてるよな…って」
「…夢を追うことに疲れた人が、最後の思い出作りに来た場所で、夢を肯定されて、でも、別に続けろと言ってきたわけじゃない。それだけで、もう十分だったんだよ。本当に」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「今までだって、あったんだ。迷ってる時とか、疲れたときに愚痴をこぼすことが。そしたらさ、みんな決まって言うんだよ。今までの頑張りを無駄にするのか、とか、もっと頑張れ。ここが頑張り所だよ」
「…その癖に、もっと現実を見ろ、年齢があるから、そろそろ諦めたほうがいいとか、リミットを決めるべきだとか。求めてもない応援とか、アドバイスをされてさ」

ペペベロス:
「…。そんなの…私だって言いたかったですよ…。諦めないでって」

雨後の竹の子:
「うん。でも、ペロちゃんは言わなかったんだ。…言わなかったんだよ」
「私の考えをちゃんと受け入れたんだよ。頑張ったことも認めてくれて、諦めたことも、受け入れてくれた。それだけでほんと、十分なんだ。…十分だったんだよ」
「でも、最後の目的地についたらさ、ゴールがこうやって、立ち直るんだよ。ただ潰れてるだけなら、きっとこんな感情にはならなかったんだ…。ずるい…。それは。ずるいよ」

ペペベロス:
「ずるい…、ですか」

雨後の竹の子:
「どうして、こんなにも。今…。私の中で、音楽が溢れてくるんだ…。一人で諦めたときは、何もなかったじゃないか…。どうして…」

ペペベロス:
「竹ちゃん…」

雨後の竹の子:
「どうして…」

ペペベロス:
「…」

雨後の竹の子:
「ペロちゃん…。書くよ。書く。最後に一曲…。曲を書くよ。今日のこと、今までのこと、明日のこと。これからのこと」

ペペベロス:
「…はい。きっと、素敵な曲になります」

雨後の竹の子:
「…うん」

ペペベロス:
「今までで一番の曲になりますよ。きっと」

雨後の竹の子:
「…うん…。うん。ああ、ちくしょう…。ずっとそこにいたのか…。ずっと、探していたのに…」
「この音が、この音楽が曲になったら、君に、一番に聞いて欲しい」

ペペベロス:
「…はい。喜んで」

雨後の竹の子:
「どうして、最後は…、こんなにとめどなく、輝いて聞こえるんだ…」

ペペベロス:
「…大丈夫ですよ。大丈夫。全部聞きます。聞きますから」

雨後の竹の子:
「…ありがとう…。君に会えてよかった…。ここに来てよかった…。この音楽に出会えてよかった…」
「そう、名前。この曲、この曲の名前は――――…」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:21,353pt お気に入り:3,005

女性一人読み台本

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:20,100pt お気に入り:480

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:208,266pt お気に入り:12,392

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:24

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:128,078pt お気に入り:2,127

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:92,549pt お気に入り:2,300

言いたいことは、それだけかしら?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:30,892pt お気に入り:1,367

処理中です...