12 / 21
6-2
閉店後、店のご意見番の話を聴く
しおりを挟む
和彦は午前中の時間を旅行中の写真や日記を整理することと、時々ハローワークへ行ったりすることに費やした。
父の仕事の注文は和彦が十九歳で家を出た頃からめっきり減り、午前中、ビル掃除のアルバイトへ出掛けるようになっていた。
グラフィックデザインの仕事は、コンピューターにほとんど奪われていた。
その前後から、母と喧嘩を繰り返すようになった。
どちらかと言うと横暴で強権的な父に、養われているから…、と我慢を続けてきた母が、父の仕事が減り収入が少なくなった途端、今までは言わなかった不満を露わにするようになった。
母がフルタイムのパートを始めたのはその頃で、父とは意識的に口をきかなくなり、父と母が話す機会は喧嘩をする時ぐらいになった。
今も、朝から夕方まで母はパートへ出ている。
午前中、家の中で和彦は一人になる。
父が帰って来るのと入れ替わるように、和彦は昼から出勤する。
店へは、歩いて三分から五分程度の近さだ。
この近辺は子供の頃からの慣れ親しんだエリアで、店の隣りに本屋があり、よく立ち読みに通ったが、この自然食品店のことは知らなかった。聞けば、和彦が中学生の頃からあるらしいが、全く記憶にない。
店のご意見番である年配の溝口さんは、パートさん達からかなり疎んじられているようで、ちょっとした品出しのやり方、野菜のカットのしかたなどを巡って激しく対立していた。
溝口さんは色んなスーパーを渡り歩き、バイヤーやパート、アルバイトの管理や指導をしてきて、この店には去年入って来た。
元々居て、やり方が出来上がってしまっているパートさん達に対して自身の経験からズバズバと物を言うので、嫌われていた。
話を聞いてもらえない苛立ち、愚痴を、先月からアルバイトで来たばかりの和彦にぶつける。
和彦は父の理屈っぽい話を口出しせずに聴くような習性があったので、溝口さんにとっては話がしやすいようだ。
その日、溝口さんの苛立ちはピークに達していて、閉店後、店に残り、ちょっと付き合え、と言われ、野菜の作業場の二階の、面接した事務所の隣にある惣菜を作る調理場で食事をし、少し酒も飲みながら延々と話を聴いていると、いつの間にか夜中の十二時を回っていた。
定休日前だったこともあり、まあいいや、と付き合っていると、溝口さんの話は自身の少年時代にまでさかのぼって行く。
あまり友人に恵まれず、ひとりぼっちで川へ行き、フナの生態をじっと観察していた、とのエピソードが語られる。
和彦はもともと、人の人生のストーリーを聴くのは好きなので、興味深く聴く。
溝口さんの思い出話は、和彦が小学生の頃、本屋を立ち読み行脚していたことと妙に重なり、共感できた。
そう言えば和彦も、小学生の頃、暇を持て余し、本屋へも行ったが、一人で鴨川へ行き、闇雲に石を投げたりもした。
和彦が身を乗り出して頷きながら溝口さんの話に聴き入っていると、突然、誰かが階段を昇ってくるのに気付く。振り向くと、父が立っていた。
ずっと家を出ていた和彦を親が心配するはずがない、と思い込んでいたが、父は、旅行から帰って来たばかりの和彦は金を持っていないし行き場などない、と思い、以前には決してしなかった心配をしていた。
「お前、遅なるんやったら、連絡せえよ!店に、何べん電話したと思ってるんや!」
電話は店舗には繋がるが、溝口さんと和彦が居る事務所部分の電話番号は、別になっている。
溝口さんが和彦の父に謝り、事なきを得た。
和彦は父に遅れて一人で帰るが、だいぶ酔っ払った溝口さんが和彦に、スマン、と頭を下げたが、三十歳を過ぎて親が出てくるなんて、恥ずかしいことこの上なく、和彦は恐縮しきりだった。
父の仕事の注文は和彦が十九歳で家を出た頃からめっきり減り、午前中、ビル掃除のアルバイトへ出掛けるようになっていた。
グラフィックデザインの仕事は、コンピューターにほとんど奪われていた。
その前後から、母と喧嘩を繰り返すようになった。
どちらかと言うと横暴で強権的な父に、養われているから…、と我慢を続けてきた母が、父の仕事が減り収入が少なくなった途端、今までは言わなかった不満を露わにするようになった。
母がフルタイムのパートを始めたのはその頃で、父とは意識的に口をきかなくなり、父と母が話す機会は喧嘩をする時ぐらいになった。
今も、朝から夕方まで母はパートへ出ている。
午前中、家の中で和彦は一人になる。
父が帰って来るのと入れ替わるように、和彦は昼から出勤する。
店へは、歩いて三分から五分程度の近さだ。
この近辺は子供の頃からの慣れ親しんだエリアで、店の隣りに本屋があり、よく立ち読みに通ったが、この自然食品店のことは知らなかった。聞けば、和彦が中学生の頃からあるらしいが、全く記憶にない。
店のご意見番である年配の溝口さんは、パートさん達からかなり疎んじられているようで、ちょっとした品出しのやり方、野菜のカットのしかたなどを巡って激しく対立していた。
溝口さんは色んなスーパーを渡り歩き、バイヤーやパート、アルバイトの管理や指導をしてきて、この店には去年入って来た。
元々居て、やり方が出来上がってしまっているパートさん達に対して自身の経験からズバズバと物を言うので、嫌われていた。
話を聞いてもらえない苛立ち、愚痴を、先月からアルバイトで来たばかりの和彦にぶつける。
和彦は父の理屈っぽい話を口出しせずに聴くような習性があったので、溝口さんにとっては話がしやすいようだ。
その日、溝口さんの苛立ちはピークに達していて、閉店後、店に残り、ちょっと付き合え、と言われ、野菜の作業場の二階の、面接した事務所の隣にある惣菜を作る調理場で食事をし、少し酒も飲みながら延々と話を聴いていると、いつの間にか夜中の十二時を回っていた。
定休日前だったこともあり、まあいいや、と付き合っていると、溝口さんの話は自身の少年時代にまでさかのぼって行く。
あまり友人に恵まれず、ひとりぼっちで川へ行き、フナの生態をじっと観察していた、とのエピソードが語られる。
和彦はもともと、人の人生のストーリーを聴くのは好きなので、興味深く聴く。
溝口さんの思い出話は、和彦が小学生の頃、本屋を立ち読み行脚していたことと妙に重なり、共感できた。
そう言えば和彦も、小学生の頃、暇を持て余し、本屋へも行ったが、一人で鴨川へ行き、闇雲に石を投げたりもした。
和彦が身を乗り出して頷きながら溝口さんの話に聴き入っていると、突然、誰かが階段を昇ってくるのに気付く。振り向くと、父が立っていた。
ずっと家を出ていた和彦を親が心配するはずがない、と思い込んでいたが、父は、旅行から帰って来たばかりの和彦は金を持っていないし行き場などない、と思い、以前には決してしなかった心配をしていた。
「お前、遅なるんやったら、連絡せえよ!店に、何べん電話したと思ってるんや!」
電話は店舗には繋がるが、溝口さんと和彦が居る事務所部分の電話番号は、別になっている。
溝口さんが和彦の父に謝り、事なきを得た。
和彦は父に遅れて一人で帰るが、だいぶ酔っ払った溝口さんが和彦に、スマン、と頭を下げたが、三十歳を過ぎて親が出てくるなんて、恥ずかしいことこの上なく、和彦は恐縮しきりだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる