7 / 16
小手の尼
しおりを挟む
帰京した道鏡はすぐさま遣唐使船に関する全ての記録を調べた。しかし、その中に怪しい人物の名はない。書物をめくる手に汗が滲んでいる。
「残念ながら、今の父は探るばかりで、奴の正体までは、見抜けていない。全く、凄まじい擬態能力よ。父も上手な方だけれど、同族である狐にすら、その気配を感じさせないのだから」
道鏡の調査は、深夜まで続いた。
「私は父の体を心配していた。父はいつの間にか、すっかり人間社会を、気に入ってしまったのよ。どうしてでしょうね……。あ、そういえば、父は昔、こんなことを言っていたわ」
「一体なんと?」
「ある日、父は陛下にあることを頼まれたらしいの。“父君と母君に逢わせてくれないか”とね。すなわち……聖武天皇と光明子。蘇りの術を以てしても……墓に入ってしまえば流石に無理よ。涙ながらにせがむ陛下を見て、父は、よっぽど人間の方が、他者への情に溢れているって思ったって。狐の世界なんか、仲間が死んでもなにもしないし、滅多なことで、思い出したりはしない……」
帝には、父母の面影が色濃く残っていたのである。
時を同じくして、帝の元に、一人の女が現れたそうな。
「その方。誰じゃ」
「私の名は、小手尼(おてのあま)でございます……」
「……貴様。何用でここへ」
「私は陛下をお慕い申し上げているものの一人でございます……。私は朝鮮でさまざまに学を積んで参りました…。ぜひとも何かお力になりたく……」
「ふん、つまらぬ。疾く退出せよ。そもそもおぬしのような渡来人が居たかも怪し……」
それを言い終わるか言い終わらないかの僅かな間に、女は一気に間合いを詰め、人差し指と中指を帝の額に当てた。
「何なりと願いを申し付けくださいまし……」
その途端、急に帝の顔つきが変わり、ぼそぼそと何かをつぶやいた。
「朕は、父と母に一目……」
女はにこやかに返答した。
「左様でございましたか。では、今すぐに」
女は指を鳴らした。
「朕が見ているのは……」
「貴方様の望みは、叶いましたね……」
帝は虚な目をしている。
「ああ。父上、母上、ずっとお逢いしとうございました…。はい…。息災でございます……」
帝は虚空に向かって、独り話し続けた。かれこれ一時間は経っただろうか。
「ご満足いただけましたか……」
「……おぬし、これから朕に直接仕えよ。うむ、先の事もあった吉備由利の下につくが良い」
「かしこまりました。ありがたき幸せ」
小手尼は怪しい笑みを浮かべた。明くる日から突然に天皇のそばに仕えた彼女の存在は、日本史上でも稀有な存在として知られている。
この二人のやりとりは、この世の誰も知らないことである。
「残念ながら、今の父は探るばかりで、奴の正体までは、見抜けていない。全く、凄まじい擬態能力よ。父も上手な方だけれど、同族である狐にすら、その気配を感じさせないのだから」
道鏡の調査は、深夜まで続いた。
「私は父の体を心配していた。父はいつの間にか、すっかり人間社会を、気に入ってしまったのよ。どうしてでしょうね……。あ、そういえば、父は昔、こんなことを言っていたわ」
「一体なんと?」
「ある日、父は陛下にあることを頼まれたらしいの。“父君と母君に逢わせてくれないか”とね。すなわち……聖武天皇と光明子。蘇りの術を以てしても……墓に入ってしまえば流石に無理よ。涙ながらにせがむ陛下を見て、父は、よっぽど人間の方が、他者への情に溢れているって思ったって。狐の世界なんか、仲間が死んでもなにもしないし、滅多なことで、思い出したりはしない……」
帝には、父母の面影が色濃く残っていたのである。
時を同じくして、帝の元に、一人の女が現れたそうな。
「その方。誰じゃ」
「私の名は、小手尼(おてのあま)でございます……」
「……貴様。何用でここへ」
「私は陛下をお慕い申し上げているものの一人でございます……。私は朝鮮でさまざまに学を積んで参りました…。ぜひとも何かお力になりたく……」
「ふん、つまらぬ。疾く退出せよ。そもそもおぬしのような渡来人が居たかも怪し……」
それを言い終わるか言い終わらないかの僅かな間に、女は一気に間合いを詰め、人差し指と中指を帝の額に当てた。
「何なりと願いを申し付けくださいまし……」
その途端、急に帝の顔つきが変わり、ぼそぼそと何かをつぶやいた。
「朕は、父と母に一目……」
女はにこやかに返答した。
「左様でございましたか。では、今すぐに」
女は指を鳴らした。
「朕が見ているのは……」
「貴方様の望みは、叶いましたね……」
帝は虚な目をしている。
「ああ。父上、母上、ずっとお逢いしとうございました…。はい…。息災でございます……」
帝は虚空に向かって、独り話し続けた。かれこれ一時間は経っただろうか。
「ご満足いただけましたか……」
「……おぬし、これから朕に直接仕えよ。うむ、先の事もあった吉備由利の下につくが良い」
「かしこまりました。ありがたき幸せ」
小手尼は怪しい笑みを浮かべた。明くる日から突然に天皇のそばに仕えた彼女の存在は、日本史上でも稀有な存在として知られている。
この二人のやりとりは、この世の誰も知らないことである。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる