神護の猪(しし)

有触多聞(ありふれたもん)

文字の大きさ
8 / 16

狐猪の縁

しおりを挟む
「忘れもしないわ」
次に、彼らが“飛んだ”先は、俗に丑三つ時とも言う刻限であった。
「どうも薄気味悪い雰囲気ですね……」
「流石に並の人間でも感づくわね。父もこの凶兆を分かっていたみたい」
バタン!ドタドタドンドン!
向こうで大きな音がした。
「また大蛇が出たのですか」
「いや……それよりもっと性が悪い」
傍からそっと覗くと、そこから衝撃的な光景が見えた。明らかに正気を失った人間達が、狂ったように剣を振り回しているのだ。
「道鏡を殺せ!道鏡を滅ぼせ!」
その数は二〇〇にも及ぶだろうか。恐怖で彼はものも言えなかった。「これは……」
「彼らは心を操られているの。そう……九尾狐に」
彼らは道鏡の寝所に一直線に向かった。その勢いは誰にも止められるものではない。まさに押し入らんとしたその時、別の部屋の障子越しに法衣の影が映った。
「おぬしらが来ることは、大方察しがついていたのでな……。汚い手を使いおるやつめ……いざ!」
道鏡は木太刀を手に持ち、必死の応戦を見せた。既の所で一太刀を避け、急所を外した一撃を放つ。道鏡、もとは狐である。体術は出来上がっていた。しかし、多勢に無勢とはこのこと。次第に部屋の端まで追い込まれてしまった。
「道鏡を殺せ!」
容赦のない斬撃が降り掛かろうとした、その時である。
「危ない!」
それを間一髪うけとめたのは、あの清麻呂だった。
「清麻呂殿。なぜ……」
「話は後です!まずは敵を!」
道鏡は体勢を立て直し、構え直した。
「……清麻呂殿、この者たちを殺すことはどうにか避けてくだされ」
「解っておりまする!」
清麿が加わったおかげで、戦いの流れが大きく変わった。
「清麻呂はなぜ操られずに……?」
「覚えているかしら。彼は、心を読まれない。だから、他の者たちのように心を奪われずに済んだ。この朝廷で、ただ一人の男よ。ではなぜ、心が読まれないのか……」
二人は死に物狂いで戦った。……どれほどの時間が経っただろうか。突如として、敵が気を失い始めたのだ。道鏡の脳内に、かの声が響き渡る。

  この国に、我が術が効かぬ臣がおろうとは……。小癪な。……仕方があるまい。くそっ……実に、実に面白くない……
 
  貴様!どこ隠れている!出てこい!


道鏡は周囲を見渡したが、怪しい影は既に消えていた。操られた人間たちは、元に戻ったようである。寝ぼけ眼で、各々の寝所へとよたよたと戻っていった。ふうと大きな溜め息をついた道鏡に、清麻呂が後ろから声をかけた。二人の腕はまだじいんと痺れたままである。
「道鏡様……。はあ、はあ、ご無事で何よりでございます」
「いや。こちらこそ……はあ、本当に危ない所を助けてくださり、
心より感謝申し上げる」
「……あの者達はなんだったのでしょう」
「あれは恐らく……」
道鏡は途中で口をつぐんだ。
「近頃、この朝廷の転覆を企む霊狐が潜んでいるとの噂があります。もしやその類かも知れませんね」
「何!霊狐と?清麻呂殿、その話をどこで」
「夜な夜な、以前この都では見かけられなかった狐が目撃されていると聞きます……。狐は人を化かす存在。悪き敵です。私は貴族の一員として、なんとしてもこの国を守りたい。そのような輩は、断じて許さぬ所存です」
「そうですな……。やはり清麻呂殿、貴殿はこの国になくてはならないお方だ。まだお若いが、いつか必ず救国の雄となられましょう」
「いやいや……。道鏡様、私は一介の俗物にすぎませぬ。救国の雄など、烏滸がましい……」
「貴殿と共に戦って、私は確信を得たのです。貴殿には、何と言うべきか……神の加護がついている」
「神の加護とは……?」
「言葉通りでございます。そうですな、分かりやすく人間の言葉で言いますと……邪悪に染まらぬ、屈託のない清く真っ直ぐな心、とでも申しましょうか」
「人間の言葉?」
「いえ、そこは気にしなくてもよろしい」
「しかし、真っ直ぐとは……。私はただの猪のようなもので……」
「そう仰るなら、貴殿は聡い猪じゃ。軟弱な狐なぞに負けてはなりませぬ」
「ははは。その通りですな。では、私はこれにて失礼」
何事もなかったかのように、長い夜が明け、鳥が朝を迎えに来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...