嘉永の虎

有触多聞(ありふれたもん)

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立川流

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両国の地に激しい雨が降り始めた。岡田、北斎、源内の三人は、絵巻物に描かれた人物たちと同じような格好で走り、慌ててアパートへと転がり込んだ。
「はあ、はあ。歳か……」
「ぜえ、ぜえ。男三人には、ここは狭すぎるだろ……」
「……新入りなのに……贅沢言っちゃあ、いけませんよ……」
北斎は息を切らしながら二人に問うた。
「さて……どうすればいい?」
「何かヒントといえば……平成にも残っているような、江戸町文化ですかね……」
「相撲、歌舞伎、寄席、といったところか……?」
「そうか、薄々わかってはいたが、浮世絵を描くやつは、もう一人もいないのか」
北斎は少し悲しい顔をした。
「元気出してください。立派な文化として、認められているんですよ」
「ぶんか、だと?何だそれは。はっ。過去の遺物が“認められて”いる、とは笑わせるぜ」
返す言葉もなかった。
岡田は、思案を重ねるうちに、自身が両国に住んでいながら、寄席、相撲の一つも見たことがないことに気がついた。いや、かつて機会はあったはずなのだ……。

「岡田くん。来週の土曜日、空いていたりしないかい?」
「ええと……何かあるんですか?」
「いや、もう鬼籍に入っているんだけど、僕の尊敬する師匠がね、何の縁故か、かつて落語会の顧問だったんだ。その縁が幸いにも続いて、今回招待券を手に入れたんだよ」
「すみません、その日は……」
「ああ、忙しかったらいいの、いいの」
「ちなみに、何ていう人が演るんですか?」
先生は後ろの頭を掻きむしりながら答えた。
「たしか……立川……」

……この名前の響きは!
「北斎さん!烏亭焉馬は、名を変えていたと言っていましたよね?」
「ああ、そうだよ」
「名前は何に変わってたんでしたっけ?」
「立川焉馬、だ」
「やっぱり!」
「何がだい?」
「その立川の名を、受け継いでいる人がいるんですよ……!」
岡田は山積みになったチラシから、とある一枚の宣伝を見つけた。そこにはこう書かれている。

立川談志 春の落語会 特選!蔵出し名席

「ほう、江戸からそのまま連れてきたような奴だな」
「北斎さん、この人なら、きっと何かを知っているはずです」
「確信があるのか?」
「僕はこの人しか、知りません」
落語会の日付は、偶然にも明日を指していた。

――次の日――
 小さい演芸場は、最近できたばかりのようで、客の入りはまずまずである。
「お二人ですか?」
「いえ、三人です」
受付の女性は不思議そうな顔をしていた。木戸銭はきっかり三人分支払った。
「ここに座っていいのか?」
「ええ、どこでも」
そうこうしているうちに、落語会は始まった。流れる様に時は過ぎ、いよいよ真打、談志のご登場である。席が静まり返った。出囃子が鳴る。拍手だ。さて!

 ああア えエェ 毎度同じ噺で、退屈、、、でしょうなア……
マクラを……ってネエ……ハハ 何をはなそうか……

談志が目をふっと上げると、その先には北斎が頬杖をついていた。

 おお…… こりゃ、珍しいお客がいるようだネ 
 ホンモノの江戸のお人に 落語をする、のハ きんちょうするね ハハハ、どうしようかね……
 
ううン…… すまねえ……演目、変えて、いいかイ……?
今日は 『死神』を、、、ひとつ……今回ワ 真面目にネ、演るから……

会場は談志のアドリブにどっと湧いて、談志は恥ずかしそうに目を逸らしたが、その鋭い視線の先は明らかに北斎その人であった。
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