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第6話 アトリの秘密
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ある日の午後、シエルは自室で静かに読書を楽しんでいた。窓から差し込む陽光が、書物を照らし、心地よい暖かさが部屋を満たしている。その日の日課である庭の手入れや神殿の清掃はすでに終え、今は穏やかな時間を過ごしていた。
コンコン、と控えめなノックの音が静寂を破る。「どうぞ」とシエルが応じると、エリーゼが少し緊張した面持ちで入ってきた。
「シエル様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。どうされましたか?」シエルは本から目を離し、優しくエリーゼを見つめた。
エリーゼは少し躊躇いながら口を開いた。「あの、先日、街に行った際に、シエル様の絵を見かけたんです」
シエルの表情は変わらない。「絵、ですか? どのような絵でしたか?」
「はい、ロスドワーヌの街の画廊に飾られていた風景画なのですが、それがとても美しくて……。署名が『アトリ』となっておりました」
シエルは静かに微笑んだ。「なるほど、アトリの絵をご覧になりましたか」
エリーゼは不思議そうな顔で尋ねた。「はい。その絵を描かれた方は、どのような方なのでしょうか? とても繊細で、心に響く絵でした」
シエルは少しの間、言葉を選び、穏やかな声で答えた。「アトリは、私が絵を描く際に使う偽名です」
エリーゼは驚きで目を見開いた。「えっ……!? シエル様が、あの美しい絵を……?」
「ええ。聖職者として活動する傍ら、趣味で絵を描いています。アトリという名前で、時々、画廊に絵を卸しているのです」
「そんな……! まったく知りませんでした。シエル様には、本当に驚かされることばかりです」エリーゼは感嘆の息を漏らした。
「大したことではありません。ただの道楽です。神殿の維持費や、こうしてエリーゼさんが快適に過ごせるように、少しでも足しになればと思って」
エリーゼは申し訳なさそうな表情を浮かべた。「そんな、私のために……。ありがとうございます、シエル様」
「お気になさらないでください。それよりも、アトリの絵を気に入って頂けたのなら、嬉しいです」シエルは微笑んだ。
その日から、エリーゼはシエルの絵に対する見方が変わった。今まで以上に、彼の芸術的な才能に感銘を受け、尊敬の念を抱くようになった。そして、シエルが聖職者としてだけでなく、芸術家としても多才な人物であることを知り、ますます惹かれていった。
数日後、シエルはいつものように画廊に絵を卸している馴染みの画商から手紙を受け取った。
「これは……」シエルは手紙を開封し、内容に目を通した。
「シエル様、何かありましたか?」エリーゼが心配そうに尋ねた。
「ええ、少しばかり依頼のようです」シエルは手紙をエリーゼに見せた。「ロスドワーヌの貴族から肖像画の依頼が来ているようです。アトリ宛に」
エリーゼは驚いた。「肖像画ですか? シエル様は、お受けになるのですか?」
「そうですね……。少しばかり迷いましたが、お受けすることにしました」シエルは答えた。「神殿の維持費も必要ですし、何より、絵を描くのは楽しいですから」
「でも、聖職者の方が肖像画を描くというのは、あまり良くないのでは……?」エリーゼは心配そうに言った。
「確かに、表立って行うのは難しいかもしれません。ですから、今回も密かに仕事を引き受けることにします」シエルは微笑んだ。「幸い、ロスドワーヌには私の身元を知る人は少ないですから」
シエルは、肖像画の依頼主である貴族に手紙を書き、打ち合わせの日取りを決めた。そして、その日を心待ちにしながら、絵の構想を練り始めた。
「どんな絵にしようか……」シエルはスケッチブックを開き、鉛筆を走らせた。
エリーゼは、シエルの傍らで静かに見守っていた。「シエル様の描く絵は、きっと素晴らしいものになるでしょうね」
「ありがとうございます、エリーゼさん。そうなるように、精一杯描かせて頂きます」シエルは微笑んだ。
そして、肖像画の制作が始まった。シエルは、アトリとしての顔と、聖職者としての顔を使い分けながら、密かに絵筆を走らせる。エリーゼは、そんなシエルの姿を、複雑な思いで見つめていた。
(シエル様は、一体どこまで才能を隠し持っているのだろう……。そして、私は、そんなシエル様のことを、どこまで知っているのだろうか……?)
エリーゼの心には、新たな疑問が湧き上がっていた。そして、その疑問を解き明かすために、彼女は、シエルの秘密に、さらに深く踏み込んでいくことを決意した。
コンコン、と控えめなノックの音が静寂を破る。「どうぞ」とシエルが応じると、エリーゼが少し緊張した面持ちで入ってきた。
「シエル様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。どうされましたか?」シエルは本から目を離し、優しくエリーゼを見つめた。
エリーゼは少し躊躇いながら口を開いた。「あの、先日、街に行った際に、シエル様の絵を見かけたんです」
シエルの表情は変わらない。「絵、ですか? どのような絵でしたか?」
「はい、ロスドワーヌの街の画廊に飾られていた風景画なのですが、それがとても美しくて……。署名が『アトリ』となっておりました」
シエルは静かに微笑んだ。「なるほど、アトリの絵をご覧になりましたか」
エリーゼは不思議そうな顔で尋ねた。「はい。その絵を描かれた方は、どのような方なのでしょうか? とても繊細で、心に響く絵でした」
シエルは少しの間、言葉を選び、穏やかな声で答えた。「アトリは、私が絵を描く際に使う偽名です」
エリーゼは驚きで目を見開いた。「えっ……!? シエル様が、あの美しい絵を……?」
「ええ。聖職者として活動する傍ら、趣味で絵を描いています。アトリという名前で、時々、画廊に絵を卸しているのです」
「そんな……! まったく知りませんでした。シエル様には、本当に驚かされることばかりです」エリーゼは感嘆の息を漏らした。
「大したことではありません。ただの道楽です。神殿の維持費や、こうしてエリーゼさんが快適に過ごせるように、少しでも足しになればと思って」
エリーゼは申し訳なさそうな表情を浮かべた。「そんな、私のために……。ありがとうございます、シエル様」
「お気になさらないでください。それよりも、アトリの絵を気に入って頂けたのなら、嬉しいです」シエルは微笑んだ。
その日から、エリーゼはシエルの絵に対する見方が変わった。今まで以上に、彼の芸術的な才能に感銘を受け、尊敬の念を抱くようになった。そして、シエルが聖職者としてだけでなく、芸術家としても多才な人物であることを知り、ますます惹かれていった。
数日後、シエルはいつものように画廊に絵を卸している馴染みの画商から手紙を受け取った。
「これは……」シエルは手紙を開封し、内容に目を通した。
「シエル様、何かありましたか?」エリーゼが心配そうに尋ねた。
「ええ、少しばかり依頼のようです」シエルは手紙をエリーゼに見せた。「ロスドワーヌの貴族から肖像画の依頼が来ているようです。アトリ宛に」
エリーゼは驚いた。「肖像画ですか? シエル様は、お受けになるのですか?」
「そうですね……。少しばかり迷いましたが、お受けすることにしました」シエルは答えた。「神殿の維持費も必要ですし、何より、絵を描くのは楽しいですから」
「でも、聖職者の方が肖像画を描くというのは、あまり良くないのでは……?」エリーゼは心配そうに言った。
「確かに、表立って行うのは難しいかもしれません。ですから、今回も密かに仕事を引き受けることにします」シエルは微笑んだ。「幸い、ロスドワーヌには私の身元を知る人は少ないですから」
シエルは、肖像画の依頼主である貴族に手紙を書き、打ち合わせの日取りを決めた。そして、その日を心待ちにしながら、絵の構想を練り始めた。
「どんな絵にしようか……」シエルはスケッチブックを開き、鉛筆を走らせた。
エリーゼは、シエルの傍らで静かに見守っていた。「シエル様の描く絵は、きっと素晴らしいものになるでしょうね」
「ありがとうございます、エリーゼさん。そうなるように、精一杯描かせて頂きます」シエルは微笑んだ。
そして、肖像画の制作が始まった。シエルは、アトリとしての顔と、聖職者としての顔を使い分けながら、密かに絵筆を走らせる。エリーゼは、そんなシエルの姿を、複雑な思いで見つめていた。
(シエル様は、一体どこまで才能を隠し持っているのだろう……。そして、私は、そんなシエル様のことを、どこまで知っているのだろうか……?)
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