司祭シエルは今日も優雅な神殿生活を謳歌する

斗成

文字の大きさ
6 / 15

第6話 アトリの秘密

しおりを挟む
 ある日の午後、シエルは自室で静かに読書を楽しんでいた。窓から差し込む陽光が、書物を照らし、心地よい暖かさが部屋を満たしている。その日の日課である庭の手入れや神殿の清掃はすでに終え、今は穏やかな時間を過ごしていた。

 コンコン、と控えめなノックの音が静寂を破る。「どうぞ」とシエルが応じると、エリーゼが少し緊張した面持ちで入ってきた。

「シエル様、少しお時間よろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。どうされましたか?」シエルは本から目を離し、優しくエリーゼを見つめた。

 エリーゼは少し躊躇いながら口を開いた。「あの、先日、街に行った際に、シエル様の絵を見かけたんです」

 シエルの表情は変わらない。「絵、ですか? どのような絵でしたか?」

「はい、ロスドワーヌの街の画廊に飾られていた風景画なのですが、それがとても美しくて……。署名が『アトリ』となっておりました」

 シエルは静かに微笑んだ。「なるほど、アトリの絵をご覧になりましたか」

 エリーゼは不思議そうな顔で尋ねた。「はい。その絵を描かれた方は、どのような方なのでしょうか? とても繊細で、心に響く絵でした」

 シエルは少しの間、言葉を選び、穏やかな声で答えた。「アトリは、私が絵を描く際に使う偽名です」

 エリーゼは驚きで目を見開いた。「えっ……!? シエル様が、あの美しい絵を……?」

「ええ。聖職者として活動する傍ら、趣味で絵を描いています。アトリという名前で、時々、画廊に絵を卸しているのです」

「そんな……! まったく知りませんでした。シエル様には、本当に驚かされることばかりです」エリーゼは感嘆の息を漏らした。

「大したことではありません。ただの道楽です。神殿の維持費や、こうしてエリーゼさんが快適に過ごせるように、少しでも足しになればと思って」

 エリーゼは申し訳なさそうな表情を浮かべた。「そんな、私のために……。ありがとうございます、シエル様」

「お気になさらないでください。それよりも、アトリの絵を気に入って頂けたのなら、嬉しいです」シエルは微笑んだ。

 その日から、エリーゼはシエルの絵に対する見方が変わった。今まで以上に、彼の芸術的な才能に感銘を受け、尊敬の念を抱くようになった。そして、シエルが聖職者としてだけでなく、芸術家としても多才な人物であることを知り、ますます惹かれていった。

 数日後、シエルはいつものように画廊に絵を卸している馴染みの画商から手紙を受け取った。

「これは……」シエルは手紙を開封し、内容に目を通した。

「シエル様、何かありましたか?」エリーゼが心配そうに尋ねた。

「ええ、少しばかり依頼のようです」シエルは手紙をエリーゼに見せた。「ロスドワーヌの貴族から肖像画の依頼が来ているようです。アトリ宛に」

 エリーゼは驚いた。「肖像画ですか? シエル様は、お受けになるのですか?」

「そうですね……。少しばかり迷いましたが、お受けすることにしました」シエルは答えた。「神殿の維持費も必要ですし、何より、絵を描くのは楽しいですから」

「でも、聖職者の方が肖像画を描くというのは、あまり良くないのでは……?」エリーゼは心配そうに言った。

「確かに、表立って行うのは難しいかもしれません。ですから、今回も密かに仕事を引き受けることにします」シエルは微笑んだ。「幸い、ロスドワーヌには私の身元を知る人は少ないですから」

 シエルは、肖像画の依頼主である貴族に手紙を書き、打ち合わせの日取りを決めた。そして、その日を心待ちにしながら、絵の構想を練り始めた。

「どんな絵にしようか……」シエルはスケッチブックを開き、鉛筆を走らせた。

 エリーゼは、シエルの傍らで静かに見守っていた。「シエル様の描く絵は、きっと素晴らしいものになるでしょうね」

「ありがとうございます、エリーゼさん。そうなるように、精一杯描かせて頂きます」シエルは微笑んだ。

 そして、肖像画の制作が始まった。シエルは、アトリとしての顔と、聖職者としての顔を使い分けながら、密かに絵筆を走らせる。エリーゼは、そんなシエルの姿を、複雑な思いで見つめていた。

(シエル様は、一体どこまで才能を隠し持っているのだろう……。そして、私は、そんなシエル様のことを、どこまで知っているのだろうか……?)

 エリーゼの心には、新たな疑問が湧き上がっていた。そして、その疑問を解き明かすために、彼女は、シエルの秘密に、さらに深く踏み込んでいくことを決意した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~

依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」 森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。 だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が―― 「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」 それは、偶然の出会い、のはずだった。 だけど、結ばれていた"運命"。 精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。 他の投稿サイト様でも公開しています。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

処理中です...