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8_証拠探し
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俺は奴らの車を鮮明に覚えていた。あの日、五人の男たちが薄笑いを浮かべながらワゴン車に乗り込んでいく姿を、無力な俺はただ見ているしかなかった。ナンバープレートの番号と車種が、まるで焼き付いたように頭から離れない。
その記憶を頼りに、俺は夜通し襲撃された周辺を歩き回り、小さな駐車場から商業施設の敷地まで、片っ端から黒のワゴン車が止まっている場所を探した。深夜の静まり返った街を歩き続け、番号を確認しては肩を落とすばかりだった。結局有力な情報には一切たどり着けなかった。無情にも夜は明け始め、疲れ果てた俺は近くのインターネットカフェで仮眠をとった。
昼近くに京都駅に戻ると、自然と足は実家へと向かっていた。思い出の場所に戻ることで、少しでも心を落ち着けたいと思ったのかもしれない。そして何より、明美と買ったお守りを取りに戻りたかった。
実家の最寄り駅に降り立つと、懐かしさが胸にこみ上げ、幼い頃から見慣れた風景がぼんやりと目に映った。学校帰りには、友人たちと小さな商店街に立ち寄り、時には明美とも一緒に歩いた。あの日の明美の笑顔が、ふいに脳裏に浮かぶ。
「懐かしいね、ここ。覚えてる? 初めてデートした時、ここでおしゃべりが尽きなくて電車を何本も見送ったんだよ」
彼女がそう言って微笑んでいたことが、今でもはっきりと蘇る。大学生になってからも、この駅前のロータリーで待ち合わせ、一緒に並んで歩いた。駅前の小さなパン屋で、明美が俺にこっそり焼きたての菓子パンを買ってくれたこともあった。その優しさが、今となっては何よりも愛しく、そして悔しい。
あの頃、当たり前のように側にいてくれた明美の存在は、今や記憶の中にしかない。いつまでも、永遠に続かのような幸せは余りにも早く破壊された。
自宅までは歩いて二キロぐらいの距離だった。だが、そこにたどり着いたとき、俺の目前に飛び込んできたのは黒く焦げた瓦礫と化した家屋だった。驚きと共に足がすくみ、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
立ち尽くしている俺の背後から声をかけてきた人物がいた。
「政久君か?村上さん家の政久君か?」
父親と同じ位の少し太り気味の男性が声をかけて来た。近所に住んでいた伊藤さんだった。
村上政久はこの世にはもういない。病院で全身麻痺のまま死んでいるのだ。どこまで伊藤さんが知っているかは知らないので、俺は曖昧に頷く。
彼から、俺が施設にいる間に火災で両親が亡くなったと聞かされた。伊藤は、両親が亡くなったことを残念そうに語りながら、火事がただの事故ではなく、放火の可能性が高いと話し始めた。
「そう、二ヶ月ほど前かな、深夜に燃えているのに気付いた。すぐに消防に連絡したが間に合わなかった」
伊藤は申し訳なさそうに頭を垂れて、俺を見る。
「政久君のことを少しだけお母さんから聞いてたんだけど、まさか退院してるとは知らなかった」
俺は、話がそれそうになったので、慌てて伊藤に聞いた。
「それで、放火だったんですか?」
「消防や警察が調べた結果、その可能性が高いと言ってたな。ニュースにもなってたよ」
「火災のあった時間帯に、新聞配達の配達員が黒いバンが家の前に止まっているのを目撃していたそうだ。そして、すぐ近くのコンビニの防犯カメラにも黒いバンが去っていくのが映っていたそうだ」
伊藤はコンビニがある方向を指差す。確かに近くにはコンビニがあった。
俺は、頭の中が真っ白になるのを感じた。俺達が襲撃されたのも、明美が自死したのも偶然だと思っていた。二か月前だとしたら、病院から施設に移動したくらいの時期になる。火事も偶然なのか。そして黒いバン。俺が探していたものと同じものだろうか。
しかし、今になって自分の家にまで手が及んでいたのだとしたら。一体誰が、何のために、俺の家族をも巻き込んだのか。
俺は拳を握りしめ、ふつふつと胸に怒りが込み上げてくるのを感じた。何もかもを奪われ、今となっては俺に残されたものは復讐の意思だけだ。明美の仇を追うことで、真実を暴き出し、両親の死の原因も必ず突き止めてやる。
「奴らは、どこまで俺を追い詰めるつもりなんだ」誰に言うともなく呟いていた。
その声はかすれていたが、その心は燃えるように熱く、復讐の決意は以前にも増して強固なものとなっていた。
俺は伊藤さんが教えてくれたコンビニへと向かった。燃え落ちた実家を背にしながら、頭の中は怒りで煮えくり返っていた。明美も、両親も、なぜ俺だけが生き延びてしまったのか。なぜ、奴らだけがのうのうと生きているのか。
コンビニの自動ドアが開き、店内に入ると、若い店員がカウンター越しにこちらをちらりと見た。俺は息を整え、落ち着いて質問することにした。
「すみません、少しお聞きしたいことがありまして」
俺の低い声に少し驚いたのか、店員は警戒するように眉をひそめたが、
「はい、どうかされましたか?」と応じた。
「実は・・・二ヶ月程前にこの近くで火事があったのを知っていますか?」
「ああ…村上さんのお宅ですよね」と、店員は思い出したように頷いた。
「確かにあの夜は大騒ぎでした」
「その夜、何か変わったことを見かけませんでしたか? 黒いワゴン車が防犯カメラに映っていたと聞いたんですが」
その言葉に、店員の顔色が少し変わった。
「ええ、そうですね。警察の方にも映像を渡したので、私も詳しくはわからないんですけど」
俺は少し苛立ちを感じながらも、次の一手を考えた。
「それでは、その監視カメラの映像を少しだけ見せてもらうことはできませんか?」
店員は一瞬戸惑ったように視線を彷徨わせ、店長を呼びに行った。しばらくして現れた年配の店長は、俺の顔を見てじっくりと観察したが、やがて低く口を開いた。
「映像を見せることはできないが、その夜のことなら、新聞配達の男性が詳しく覚えてると聞いているよ。毎晩ここに立ち寄って話してくれている彼なら、何か知っているかもしれない」
店長の言葉に、俺の中に微かな希望が灯った。
「どこで会えるか、教えてもらえますか?」
その記憶を頼りに、俺は夜通し襲撃された周辺を歩き回り、小さな駐車場から商業施設の敷地まで、片っ端から黒のワゴン車が止まっている場所を探した。深夜の静まり返った街を歩き続け、番号を確認しては肩を落とすばかりだった。結局有力な情報には一切たどり着けなかった。無情にも夜は明け始め、疲れ果てた俺は近くのインターネットカフェで仮眠をとった。
昼近くに京都駅に戻ると、自然と足は実家へと向かっていた。思い出の場所に戻ることで、少しでも心を落ち着けたいと思ったのかもしれない。そして何より、明美と買ったお守りを取りに戻りたかった。
実家の最寄り駅に降り立つと、懐かしさが胸にこみ上げ、幼い頃から見慣れた風景がぼんやりと目に映った。学校帰りには、友人たちと小さな商店街に立ち寄り、時には明美とも一緒に歩いた。あの日の明美の笑顔が、ふいに脳裏に浮かぶ。
「懐かしいね、ここ。覚えてる? 初めてデートした時、ここでおしゃべりが尽きなくて電車を何本も見送ったんだよ」
彼女がそう言って微笑んでいたことが、今でもはっきりと蘇る。大学生になってからも、この駅前のロータリーで待ち合わせ、一緒に並んで歩いた。駅前の小さなパン屋で、明美が俺にこっそり焼きたての菓子パンを買ってくれたこともあった。その優しさが、今となっては何よりも愛しく、そして悔しい。
あの頃、当たり前のように側にいてくれた明美の存在は、今や記憶の中にしかない。いつまでも、永遠に続かのような幸せは余りにも早く破壊された。
自宅までは歩いて二キロぐらいの距離だった。だが、そこにたどり着いたとき、俺の目前に飛び込んできたのは黒く焦げた瓦礫と化した家屋だった。驚きと共に足がすくみ、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
立ち尽くしている俺の背後から声をかけてきた人物がいた。
「政久君か?村上さん家の政久君か?」
父親と同じ位の少し太り気味の男性が声をかけて来た。近所に住んでいた伊藤さんだった。
村上政久はこの世にはもういない。病院で全身麻痺のまま死んでいるのだ。どこまで伊藤さんが知っているかは知らないので、俺は曖昧に頷く。
彼から、俺が施設にいる間に火災で両親が亡くなったと聞かされた。伊藤は、両親が亡くなったことを残念そうに語りながら、火事がただの事故ではなく、放火の可能性が高いと話し始めた。
「そう、二ヶ月ほど前かな、深夜に燃えているのに気付いた。すぐに消防に連絡したが間に合わなかった」
伊藤は申し訳なさそうに頭を垂れて、俺を見る。
「政久君のことを少しだけお母さんから聞いてたんだけど、まさか退院してるとは知らなかった」
俺は、話がそれそうになったので、慌てて伊藤に聞いた。
「それで、放火だったんですか?」
「消防や警察が調べた結果、その可能性が高いと言ってたな。ニュースにもなってたよ」
「火災のあった時間帯に、新聞配達の配達員が黒いバンが家の前に止まっているのを目撃していたそうだ。そして、すぐ近くのコンビニの防犯カメラにも黒いバンが去っていくのが映っていたそうだ」
伊藤はコンビニがある方向を指差す。確かに近くにはコンビニがあった。
俺は、頭の中が真っ白になるのを感じた。俺達が襲撃されたのも、明美が自死したのも偶然だと思っていた。二か月前だとしたら、病院から施設に移動したくらいの時期になる。火事も偶然なのか。そして黒いバン。俺が探していたものと同じものだろうか。
しかし、今になって自分の家にまで手が及んでいたのだとしたら。一体誰が、何のために、俺の家族をも巻き込んだのか。
俺は拳を握りしめ、ふつふつと胸に怒りが込み上げてくるのを感じた。何もかもを奪われ、今となっては俺に残されたものは復讐の意思だけだ。明美の仇を追うことで、真実を暴き出し、両親の死の原因も必ず突き止めてやる。
「奴らは、どこまで俺を追い詰めるつもりなんだ」誰に言うともなく呟いていた。
その声はかすれていたが、その心は燃えるように熱く、復讐の決意は以前にも増して強固なものとなっていた。
俺は伊藤さんが教えてくれたコンビニへと向かった。燃え落ちた実家を背にしながら、頭の中は怒りで煮えくり返っていた。明美も、両親も、なぜ俺だけが生き延びてしまったのか。なぜ、奴らだけがのうのうと生きているのか。
コンビニの自動ドアが開き、店内に入ると、若い店員がカウンター越しにこちらをちらりと見た。俺は息を整え、落ち着いて質問することにした。
「すみません、少しお聞きしたいことがありまして」
俺の低い声に少し驚いたのか、店員は警戒するように眉をひそめたが、
「はい、どうかされましたか?」と応じた。
「実は・・・二ヶ月程前にこの近くで火事があったのを知っていますか?」
「ああ…村上さんのお宅ですよね」と、店員は思い出したように頷いた。
「確かにあの夜は大騒ぎでした」
「その夜、何か変わったことを見かけませんでしたか? 黒いワゴン車が防犯カメラに映っていたと聞いたんですが」
その言葉に、店員の顔色が少し変わった。
「ええ、そうですね。警察の方にも映像を渡したので、私も詳しくはわからないんですけど」
俺は少し苛立ちを感じながらも、次の一手を考えた。
「それでは、その監視カメラの映像を少しだけ見せてもらうことはできませんか?」
店員は一瞬戸惑ったように視線を彷徨わせ、店長を呼びに行った。しばらくして現れた年配の店長は、俺の顔を見てじっくりと観察したが、やがて低く口を開いた。
「映像を見せることはできないが、その夜のことなら、新聞配達の男性が詳しく覚えてると聞いているよ。毎晩ここに立ち寄って話してくれている彼なら、何か知っているかもしれない」
店長の言葉に、俺の中に微かな希望が灯った。
「どこで会えるか、教えてもらえますか?」
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