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【第1章】旅立編
羽をもぎ取られた蝶
しおりを挟む四人を乗せた車は山道を走りやがて見覚えのある建物が希美の目に入って来た。あの忌まわしき場所。プレハブの小屋。監禁された恐怖と大平を手にかけたこと。
希美は運転している徹に向かって叫んでいた。
「止めて、車を今すぐ止めて。なんでこんなところに連れてくるのよ」希美は両手で頭を抱えて後部座席に丸まるように前屈みになる。
「徹、今すぐに引き返せ」
希美の肩に腕を回している誠二もプレハブの小屋を見て気が付いたのだろう。運転席の徹に叫ぶが、
「もうすぐ到着するんだよ希美」
助手席に座っている優子が誠二の言葉を無視して、後ろを振り返って希美に向って言う。
「希美、落ち着いて」と、優子は穏やかな声を出そうとしていたが、その瞳にはどこか冷たい光が宿っていた。
希美は優子の言葉にさらに混乱した。
「落ち着けるわけないでしょ! どうしてここに来るの?」
希美の声は震えていた。恐怖の記憶が胸を締め付け、呼吸すら苦しくなる。
誠二も希美を守るように身を乗り出し、徹に向かって声を荒げた。
「徹! ここで止めろ! 冗談だとしても悪質すぎる!」
だが、徹はハンドルを握ったまま冷静に前を見つめていた。
「冗談じゃないよ、誠二。この場所に来ることには理由があるんだ」
その言葉に、誠二は一瞬困惑したが、すぐに険しい表情になった。
「何の理由だよ! 誰がこんなところに来たがるってんだ!」
優子は、ゆっくりと微笑みながら希美を見つめた。
「希美、ここに戻る必要があったのよ。あなたが大平さんと決着をつけたようにね。あの夜、何かが終わったわけじゃなかったの」
その瞬間、希美の背筋が凍るような感覚に襲われた。優子のその言葉、そして彼女の表情が、どこか現実から乖離しているように思えた。
「何の話をしてるの?」希美は震える声で問いかけたが、答えは帰ってこなかった。
車はプレハブ小屋の前で止まった。静寂が車内を支配する中、徹がエンジンを切ると、夜の闇が四人を包み込んだ。
優子が笑みを浮かべ、静かに車を降りる。その姿を追って、希美は恐る恐る外を見る。そこには、かつて自分が監禁されたプレハブ小屋が、闇に紛れるように佇んでいた。
優子は後部ドアを開け、希美を促すように手を差し出した。
「行きましょう、希美。これで本当にすべてが終わるわ」
希美はその手を見つめたまま動けなかった。誠二が隣で希美の手を握り、「ここから逃げよう」と耳元で囁いたその瞬間、徹の低い声が二人を引き戻した。
「逃げる? 無駄だよ。この場所に呼ばれた時点で、逃げる選択肢なんてなかったんだ」
徹のその言葉に、誠二は徹を睨みつけた。
「呼ばれた? 何の話だ!」
希美の胸には、再び逃げ場のない恐怖が押し寄せていた。
運転席から徹が降りて、誠二の後部ドアを開ける。優子は希美に向って優しそうな声をかける。
「さあ、希美、降りて」体を丸めて両手で頭を抱えるようにしている希美の腕を優しく掴む。
「いや、絶対に降りない」くぐもった声でこたえると優子の手を振りほどこうと体を揺する。
「言う事聞かない娘だね。初めから眠らせておけば良かったんだよ」
希美の隣で徹に眠らされた誠二を見て優子は徹に目配せする。希美の黒髪を頭頂近くを鷲掴みにして、身体を起こすように引き上げる。顔を覆う両手を片方の手で払いのけるように下げるとすかさず徹がハンカチに染み込ませた液体を希美の鼻にあてがう。二呼吸する間もなく希美はぐったりと助手席に倒れ込む。
希美の体が力を失い、助手席へと崩れ落ちると、徹は慎重に彼女を抱き上げた。
「やれやれ、手間をかけさせるなよ」と、冷ややかな声で呟く。
優子は車内を覗き込み、眠ったままの誠二を一瞥すると、満足そうに頷いた。
「二人とも大人しくしてくれて助かるわ。この先は手荒なことをしなくて済むかもしれない」
徹が希美を抱えたままプレハブ小屋の方へ向かうのを見て、優子は後を追いかける。夜の静けさを切り裂くように、草むらが足音に揺れる音が響いた。
プレハブ小屋は錆びついた外壁に苔が付着し、扉にはうっすらと黒いシミが広がっている。優子はドアを開け、冷たい空気が漏れ出す中で徹を招き入れた。
「ここで大丈夫?」徹が希美の体をゆっくりと床に横たえながら尋ねる。
優子は薄暗い室内を見渡し、かつての惨劇の跡が薄れた場所を指差した。
「あそこがいいわ。彼女にとっても馴染み深い場所でしょ」
壁と床に鎖が固定されており、その先には革製の拘束具がついている。かつて希美が大平に拘束されていた場所でもあった。
徹は軽く鼻で笑いながら、希美を指定された場所に運び、そっと横たえた。
「これで準備は整ったな」と徹が言うと、優子は頷きながら、何かを取り出した。それは古びた小箱で、中には赤黒い液体が詰められた小瓶が入っていた。
「今夜、すべてが繋がるわ。彼女の過去も、私たちの計画も」
優子の声には、不気味なほどの確信が込められていた。
暗闇の中で希美の静かな寝顔を見つめる優子の目には、狂気とも取れる輝きが浮かんでいた。
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