うちの課長はお若いのがお好き

杉 孝子

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【第3章】闇対光編

回想

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 部屋の片隅で微かに輝く、不気味だがどこか力強い光が希美の視野に入った。どこか懐かしくもあり、神秘的な不思議な光を見詰め続けているうちに、ある日の光景が脳裏に蘇る。
 
 オフィスの昼下がり、近くの公園のテーブルに座る希美と若い女子社員。色とりどりの弁当を広げた彼女達は、お喋りに夢中だった。季節は夏に向かい始めたばかり。公園の木々も緑を濃くして活き活きと幹を張り始めている。

 希美は隣に座る秘書課の白石智子の長く艶のある黒髪にいつもの様に見入っていた。秘書課のエースとして仕事を的確にこなしていく智子を希美はいつも尊敬していた。
 
 希美は微笑みながら智子が作ってきたという弁当の蓋を開け、手作りのおかずに感嘆の声を上げていた。  

「智子さん、これ本当に美味しい! プロの味みたい!」  
「もう、そんな大げさなこと言わないでよ。でも嬉しいな、ありがとう!」  

 由香里と美亜も楽しそうに笑い合いながら、自分の弁当の中身を見せ合っていた。希美の心にその時の笑い声が鮮明に響き渡る。
 購買部の新井由香里はショートヘアでみんなから愛される職場のムードメーカー的存在だった。体を動かすのが趣味で時間があればランニングをしているような女性だった。間宮美亜は営業部で男性社員と対等に渡り合う高いコミュニケーション能力を持ち、冷静で理知的な女性であった。

 希美に取って彼女たちはただの同僚以上の存在だった。毎日のように励まし合い、時にはくだらない冗談で笑い合う、かけがえのない仲間だった。  

 だが、その光景が突然暗転する。思い出の中の3人の笑顔が苦痛に歪み、暗闇の中へと消え去っていく。希美の胸が締め付けられるような痛みで一杯になる。  

「智子さん・・・由香里さん・・・美亜さん」  
 希美はこれが死の間際に見る走馬灯だろうかとふと思う。私は死ぬのだろうか。このまま彼女達の元に行くのだろうか。

 徐々に目の前の光が揺らめきながら形を変え、3人の姿へと変わっていく。その顔は確かに希美の記憶の中にあるものだったが、どこか神秘的で非現実的な輝きを帯びていた。  

 3人の女性たちは優しい眼差しで、微笑みながら希美を見つめたが、その姿は透明で、現実とは違う次元に属しているようだった。  

「希美・・・大丈夫。私たちはあなたと一緒にいるわ」
 智子が最初に口を開いた。その声は柔らかく、しかし力強かった。  

「怖がらないで、私たちは大平に消されたけど、完全には終わっていない。まだ、希望はある」  
 由香里が続けた。  

「私たちの魂がここに留まっている理由。それは、あなたを守るためよ。もう、私たちにできることは限られている。でも、あなたには生きてほしい。絶対に負けないで」 
 美亜が涙を浮かべながら言葉を紡いだ。   

 希美の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。自分を守るために命を落とした彼女たちが、今もなお、自分を支えてくれている。その思いが胸を熱くした。  

「ありがとう、みんな。でも、どうすればいいの? あの大平を倒すなんて、私には・・・」  
 希美が弱々しくつぶやく声は震えていた。何度も自分の中で恐怖に打ち勝とうとしてきたが、そのたびに現実の残酷さが彼女を押し返してきた。

 智子が前に進み出て、希美の肩に手を置いた。  
「大丈夫。私たちが力を貸すわ。希美ならできる」  
 智子の手が希美の肩に触れると、まるで温かい光が希美の中に流れ込んでくるようだった。

「私たちの思いは、あなたの中に宿っている。忘れないで、あなたには希望がある」  
 由香里の声が、希美の心に静かに響く。  

「恐れないで。私たちが共にいる限り、あなたはひとりじゃない」  
 美亜の言葉に背中を押され、希美の瞳が強い決意に満ちていく。  

 光り輝く3人が希美の周りを取り囲み、その身体に力を注ぎ込むように輝きを増していく。希美の心に、不思議な勇気と覚悟が沸き上がってくるのを感じた。  

「あなたの中にある希望と私たちの想いを、今ひとつにしましょう。大平には、それが一番の武器になる」  
 
 部屋の空気が一瞬で変わった。希美の体を包む光が静かに揺らめき、やがて彼女の全身に宿る。希美は目を閉じて、彼女たちの力と想いを全身で受け止めた。希美の中に宿った3人の力が、彼女の身体を包み込む。大平と異形の者たちが待ち構える部屋の中央で、希美は白い光に包まれていた。  

「私たちの命は無駄にしないで。あなただけが、私たちの願いを叶えられる」  
 3人の声が重なり、希美を奮い立たせた。  

 希美は強い意志を胸に抱きながら、かつてない覚悟で大平に立ち向かう準備を整えた。希美が再び目を開いたとき、彼女の瞳には迷いも恐怖もなかった。代わりに、かつてないほどの力強い意志が宿っていた。彼女の目には、もう迷いも恐怖もなかった。

 その様子を目の当たりにした徹と優子が一斉に不快そうなうなり声を上げた。優子の持っている蝋燭から落ちたはずの蝋は希美の体に赤い花を咲かせる前に蒸発して跡形もなくなる。優子は白く輝く光から後ずさりした。徹は手に持った鞭を希美目掛けて振り下ろしたが、白く輝く壁に阻まれたかのように彼女の皮膚を傷つけることは無かった。それまで自信満々だった彼らの態度が、明らかに変わっていた。  

「なんだ、これは?」  
 大平が低い声で呟く。彼の顔には初めて動揺の色が浮かび、目を細めて希美を凝視していた。  

「お前、何をした?」  
 大平は怒りと困惑が入り混じった声を上げる。希美を取り囲む光に手を伸ばそうとしたが、その指先が光に触れた瞬間、焼けるような痛みに顔を歪めて手を引っ込めた。  

「くっ、! こんな力、馬鹿な!」  
 彼の言葉とは裏腹に、その声には確かな恐怖が滲んでいた。  

 徹と優子が怯えたように大平を見上げる。彼らの間にも明らかに動揺が広がっていた。  

「静まれ!」  
 大平が怒声を上げると、二人は一瞬だけ動きを止めた。しかし、その視線は希美に釘付けになっている。光に包まれた彼女の姿が、彼らの本能に何か深い畏怖を刻み込んでいるかのようだった。  
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