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【第3章】闇対光編
決別
しおりを挟む悪魔はゆっくりと視線を巡らせ、異形の者へと成り果てた徹と優子に目を向ける。彼らは壁にへばり付く様にして、お互いに身を寄せ合っていた。
「お前たち、さあ、選べ」
悪魔の声が響き渡った。
「お前たちも、大平のようになりたいのか?」
その問いかけに、徹と優子の体がびくりと震えた。
彼らは既に人間とは呼べない姿へと変わっていたが、それでもわずかに理性の残滓があるのか、悪魔の言葉に反応していた。
「・・・」
優子は身を震わせ、徹はギリギリと歯を食いしばる。
しかし、悪魔はその迷いすら許さなかった。
彼が床に手をかざすと、闇がじわじわと広がり、そこから無数の亡者たちの手が再び姿を現した。まるで地獄の蓋が開けられたように。
呻き声をあげる亡者たちの手は、大平を引きずり込んだあの時と同じように、希美の周りを取り囲み、足を掴み暗黒の奈落へと引きずり込もうとする。
「ぐっ!?」
希美は、足首を絡め取る冷たい感触に身震いする。
亡者たちの指は氷のように冷たく、そして恐ろしく強い力で彼女を引きずり込もうとする。
床の奥底には、闇の深淵が口を開けていた。
そこに落ちれば、二度と戻れない。それは本能的に理解できる絶望であった。
「離して!!」
必死に足を振り払おうとするが、亡者の手は次々と増え、もがくたびにより深く希美の体を絡め取っていく。
その時、悪魔の背中から、複数の黒き触手が伸び希美に向って迫ってくる。
それは、生き物のように蠢きながら、希美の裸体に巻き付き、腕、脚、腰を締め付けていく。
「くっ! いやっ!!」
触手の感触は、冷たく体液のような粘ついた感触で、希美の身動きを封じるほど締め上げてくる。
一本の触手が首に巻き付いて、先端が希美の顔のすぐ前にまで迫る。近くで見ると先端からは、透明の粘つく粘液が滴っていた。徐々に希美の口元に迫り、柔らかな感触の触手が唇に触れる。
「ヒャハハハハッ!! アァーハハハハハ!!」
悪魔は 喉の奥から押し出すように笑い、次第に甲高く、狂気を孕んだ音に変わっていく。その笑い声は 耳障りで、不快感を伴った。
「貴様の足元を見てみろ! もう逃げ場などないのだ!」
悪魔の笑い声が木霊のように部屋に反響する。
希美の小さな口を押し開けて、触手が咥内に押し入って来た。喉の奥に粘液が流れ込み始め、希美は吐き出すことも出来ずに嚥下した。
息をすることも苦しくなり、自然に涙が溢れ出す。
そして、絶望の中で、希美の瞳が揺れた。
「やれ!」
悪魔の冷たい命令が響くと、その声に反応した異形の徹と優子が身を起こし、狂ったように希美へと飛びかかった。
彼らは、長く鋭利な爪を立て、牙を剥き、獣のように希美の体を貪ろうとする。
『ダメ・・・! このままじゃ・・・!』
自由を奪われ、身動きできない希美の目に、異形の二人が迫る光景がスローモーションのように映った。
このままでは、終わる・・・
その瞬間だった。
ーーズァァァァァァァッッ!!!
天空から、一筋の眩い光がプレハブ小屋に降り注いだ。その光は、小屋を包み込み、部屋の中に流れ込んでくる。闇を追い払うが如く部屋全体が白く輝いているようだった。
希美の視界が、神聖な光に満たされた。
その光は、希美に迫って来た異形の者たちを弾き飛ばし、希美の体を絡め取っていた悪魔の触手を引き裂いた。
「・・・来たわね」
聞き覚えのある、しかし、以前よりも力強い声が響いた。
希美が目を開けると、そこには、三人の女性が輝く光に包まれて立っていた。先程まで希美の背後に霊体として存在していた彼女達は、今この世界に存在する者として、悪魔の前に立ち塞がっていた。
智子、由香里、美亜。
その姿は、まるで天使の如く荘厳だった。
突然、黒い衝撃が空間を揺るがした。
悪魔の咆哮と共に、一度は弾き飛ばされた異形の徹と優子が、まるで糸の切れた操り人形のように身体を揺らし、呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がる。
「ウゥゥ・・・ガアアア・・・!」
かつての理性はもはや無く、彼らの肉体は変質し、異形の化け物となり果てていた。
目は血走り、口からは獣のような粘ついた唾液が滴り落ちる。
優子の腕は異常に長く伸び、骨ばった指が鉤爪のように変化していた。
徹の背中からは、まるで蜘蛛の脚のような黒い突起が生え、関節が逆方向に折れ曲がりながら不気味に蠢く。
「のぞみィィ・・・おまえェェ!!」
徹が歪んだ顔を引きつらせながら、四つん這いのまま地を蹴る。猛獣のような勢いで希美に向かって突進した。続けて優子も、異形の舌をだらりと垂らしながら、蛇のようにしなやかに体をくねらせながら、長い爪を振りかざして希美に襲い掛かる。
「もう、お前たちの好きにはさせない」
その瞬間、希美の前に白き剣を掲げた智子が立ちはだかった。
「ミカエルの剣よ、邪悪を断て!!」
ーーズバァァッ!!!
剣が振り下ろされるや否や、鋭い閃光が迸る。閃光が徹の体を貫いた瞬間、彼の全身にびび割れのような光の亀裂が走った。
「グゥアアアアアアアアアアッ!!!」
次の瞬間、徹の巨体が真っ二つに裂け、黒い血霧が飛び散ると苦痛の叫びがこだまする。
裂かれた傷口からは血の代わりに黒い霧のようなものが吹き出し、それはまるで自らを喰らうように徹の体を蝕んでいった。
「ガ・・・ァァァ・・・」
もはや、徹には希美を呼ぶ声すら残っていなかった。最期の瞬間、彼の赤く濁った瞳が希美を映し、何かを言おうとした。
しかし、徹の体は崩れ落ち、光の奔流が徹の存在そのものを完全に焼き尽くし、跡形もなく消滅した。その光景を見届けた希美は、静かに呟く。
「さようなら、徹」
その直後、優子の鉤爪が閃き、希美の顔を引き裂こうと迫る。
「希美ッ!!」
その一瞬前、美亜の体が閃光と共に躍動した。
「ウリエルの炎よ、悪しきものを焼き尽くせ!」
ーーゴォォォォォッ!!!
美亜の手のひらから放たれた灼熱の炎が、優子全身を丸ごと包み込む。
「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!燃える。燃える。燃えるー」
黒く変質した皮膚が次々と崩れ落ち、優子の体は自らの業火に焼かれながらのたうち回る。
しかし、その苦悶の中で、希美は見た。炎に包まれた優子の顔が、一瞬だけ、かつての笑顔を取り戻していた。
「あ、がァ・・・! わた・・・し・・・希・・・美・・・」
優子のかすれた声が漏れる。
それは、かつて共に笑い、共に語り合った、あの優子の声だった。だが、次の瞬間には、優子は完全に炎に呑まれ、炎の揺らめきが収まった時、そこにはもう何も残っていなかった。
「さようなら、優子」
希美は燃え尽きた空間にただ一つ、哀悼の言葉を残した。
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