うちの課長はお若いのがお好き

杉 孝子

文字の大きさ
32 / 35
【第3章】闇対光編

決別

しおりを挟む

 悪魔はゆっくりと視線を巡らせ、異形の者へと成り果てた徹と優子に目を向ける。彼らは壁にへばり付く様にして、お互いに身を寄せ合っていた。

「お前たち、さあ、選べ」
 悪魔の声が響き渡った。  
 
「お前たちも、大平のようになりたいのか?」  

 その問いかけに、徹と優子の体がびくりと震えた。  
 彼らは既に人間とは呼べない姿へと変わっていたが、それでもわずかに理性の残滓があるのか、悪魔の言葉に反応していた。  

「・・・」  
 優子は身を震わせ、徹はギリギリと歯を食いしばる。  

 しかし、悪魔はその迷いすら許さなかった。  

 彼が床に手をかざすと、闇がじわじわと広がり、そこから無数の亡者たちの手が再び姿を現した。まるで地獄の蓋が開けられたように。
  
 呻き声をあげる亡者たちの手は、大平を引きずり込んだあの時と同じように、希美の周りを取り囲み、足を掴み暗黒の奈落へと引きずり込もうとする。  
  
「ぐっ!?」

 希美は、足首を絡め取る冷たい感触に身震いする。  
 亡者たちの指は氷のように冷たく、そして恐ろしく強い力で彼女を引きずり込もうとする。  

 床の奥底には、闇の深淵が口を開けていた。  
 そこに落ちれば、二度と戻れない。それは本能的に理解できる絶望であった。  

「離して!!」

 必死に足を振り払おうとするが、亡者の手は次々と増え、もがくたびにより深く希美の体を絡め取っていく。  

 その時、悪魔の背中から、複数の黒き触手が伸び希美に向って迫ってくる。  
 それは、生き物のように蠢きながら、希美の裸体に巻き付き、腕、脚、腰を締め付けていく。  

「くっ! いやっ!!」 

 触手の感触は、冷たく体液のような粘ついた感触で、希美の身動きを封じるほど締め上げてくる。  
 一本の触手が首に巻き付いて、先端が希美の顔のすぐ前にまで迫る。近くで見ると先端からは、透明の粘つく粘液が滴っていた。徐々に希美の口元に迫り、柔らかな感触の触手が唇に触れる。

「ヒャハハハハッ!! アァーハハハハハ!!」
 悪魔は 喉の奥から押し出すように笑い、次第に甲高く、狂気を孕んだ音に変わっていく。その笑い声は 耳障りで、不快感を伴った。

「貴様の足元を見てみろ! もう逃げ場などないのだ!」
 悪魔の笑い声が木霊のように部屋に反響する。

 希美の小さな口を押し開けて、触手が咥内に押し入って来た。喉の奥に粘液が流れ込み始め、希美は吐き出すことも出来ずに嚥下した。

 息をすることも苦しくなり、自然に涙が溢れ出す。
 そして、絶望の中で、希美の瞳が揺れた。  
  
「やれ!」

 悪魔の冷たい命令が響くと、その声に反応した異形の徹と優子が身を起こし、狂ったように希美へと飛びかかった。  

 彼らは、長く鋭利な爪を立て、牙を剥き、獣のように希美の体を貪ろうとする。  

『ダメ・・・! このままじゃ・・・!』

 自由を奪われ、身動きできない希美の目に、異形の二人が迫る光景がスローモーションのように映った。  

 このままでは、終わる・・・
 その瞬間だった。

 ーーズァァァァァァァッッ!!!

 天空から、一筋の眩い光がプレハブ小屋に降り注いだ。その光は、小屋を包み込み、部屋の中に流れ込んでくる。闇を追い払うが如く部屋全体が白く輝いているようだった。  
  
 希美の視界が、神聖な光に満たされた。  

 その光は、希美に迫って来た異形の者たちを弾き飛ばし、希美の体を絡め取っていた悪魔の触手を引き裂いた。  

「・・・来たわね」  

 聞き覚えのある、しかし、以前よりも力強い声が響いた。  

 希美が目を開けると、そこには、三人の女性が輝く光に包まれて立っていた。先程まで希美の背後に霊体として存在していた彼女達は、今この世界に存在する者として、悪魔の前に立ち塞がっていた。

 智子、由香里、美亜。
 その姿は、まるで天使の如く荘厳だった。

 突然、黒い衝撃が空間を揺るがした。  
 悪魔の咆哮と共に、一度は弾き飛ばされた異形の徹と優子が、まるで糸の切れた操り人形のように身体を揺らし、呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がる。  

「ウゥゥ・・・ガアアア・・・!」 

 かつての理性はもはや無く、彼らの肉体は変質し、異形の化け物となり果てていた。
 目は血走り、口からは獣のような粘ついた唾液が滴り落ちる。  

 優子の腕は異常に長く伸び、骨ばった指が鉤爪のように変化していた。  
 徹の背中からは、まるで蜘蛛の脚のような黒い突起が生え、関節が逆方向に折れ曲がりながら不気味に蠢く。  

「のぞみィィ・・・おまえェェ!!」

 徹が歪んだ顔を引きつらせながら、四つん這いのまま地を蹴る。猛獣のような勢いで希美に向かって突進した。続けて優子も、異形の舌をだらりと垂らしながら、蛇のようにしなやかに体をくねらせながら、長い爪を振りかざして希美に襲い掛かる。  

「もう、お前たちの好きにはさせない」  

 その瞬間、希美の前に白き剣を掲げた智子が立ちはだかった。  

「ミカエルの剣よ、邪悪を断て!!」

 ーーズバァァッ!!!  

 剣が振り下ろされるや否や、鋭い閃光が迸る。閃光が徹の体を貫いた瞬間、彼の全身にびび割れのような光の亀裂が走った。  

「グゥアアアアアアアアアアッ!!!」  

 次の瞬間、徹の巨体が真っ二つに裂け、黒い血霧が飛び散ると苦痛の叫びがこだまする。  
 裂かれた傷口からは血の代わりに黒い霧のようなものが吹き出し、それはまるで自らを喰らうように徹の体を蝕んでいった。  

「ガ・・・ァァァ・・・」  
 もはや、徹には希美を呼ぶ声すら残っていなかった。最期の瞬間、彼の赤く濁った瞳が希美を映し、何かを言おうとした。  

 しかし、徹の体は崩れ落ち、光の奔流が徹の存在そのものを完全に焼き尽くし、跡形もなく消滅した。その光景を見届けた希美は、静かに呟く。  

「さようなら、徹」  

 その直後、優子の鉤爪が閃き、希美の顔を引き裂こうと迫る。  
「希美ッ!!」

 その一瞬前、美亜の体が閃光と共に躍動した。  
「ウリエルの炎よ、悪しきものを焼き尽くせ!」  

 ーーゴォォォォォッ!!! 
 美亜の手のひらから放たれた灼熱の炎が、優子全身を丸ごと包み込む。  

「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!燃える。燃える。燃えるー」


 黒く変質した皮膚が次々と崩れ落ち、優子の体は自らの業火に焼かれながらのたうち回る。  
 しかし、その苦悶の中で、希美は見た。炎に包まれた優子の顔が、一瞬だけ、かつての笑顔を取り戻していた。  

「あ、がァ・・・! わた・・・し・・・希・・・美・・・」  
 優子のかすれた声が漏れる。

 それは、かつて共に笑い、共に語り合った、あの優子の声だった。だが、次の瞬間には、優子は完全に炎に呑まれ、炎の揺らめきが収まった時、そこにはもう何も残っていなかった。
  
「さようなら、優子」
 希美は燃え尽きた空間にただ一つ、哀悼の言葉を残した。    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...